第六話 「約束」
二人は世界を見て回った。大草原ガルピスでは、草の津波に飲み込まれた。らくだに乗って東方砂漠の砂丘をいくつも超えた。氷塊の浮く海に飛び込むペンギンを横目に、アイススケートもした。工芸品の街でガラス細工を作り、お互いにプレゼントした。
時には、ルシーの家族や家臣も一緒に出かけた。ルシーは彼らに命日のことを知らせていない。死ぬ前だからと変に気を遣われるのが嫌だったらしい。両親には長い手紙を書いておくと言っていた。したがって、ミカエル以外で未来を知っているのはバストロだけだった。
塩分濃度の高いスール海に浮かんでいたルシーは、浜辺に向けて手を振った。浜辺にはバストロがいて、ぎこちなく手を振り返した。軸の力で空間を把握していたミカエルだけが知っていることがある。この時、バストロは眉間を押え、涙していた。バストロの弱い部分を垣間見たのは、それが最初で最後だった。
空間移動で上空に飛び、スカイダイビングをしたこともあった。パラシュートは必要なかった。地面に衝突する前に、空間軸で別の場所に飛べばいいのだ。
「約束して」
落下中、ルシーが言った。髪は上へと流れ、額を隠すものはなかった。
「私がいなくなっても生きて」
「言われなくても、俺はあと七十年は生きるんだろ。未来の墓にそう書いてあったと言ったのはお前だ」
「抜け殻になっちゃダメってこと。過去を懐かしむのはいいよ。過去を優先させるのはダメ。自由に生きて。きっと楽しいことがたくさんある」
「分かったよ」
約束を守れる自信はない。でも、そう言うしかなかった。旅立つルシーにこれ以上心配をかけさせてはいけない。
ルシーが死ぬ前日、森の湖畔に墓を建てた。墓石はミララ山から取って来た水晶だ。公式の墓は城のすぐそばにある墓地に建つ予定だ。非公式でも二人だけの場所に墓が欲しかった。
最後の夜はベッドで身を寄せ合った。
「時間軸は誰に譲るんだ?」
「秘密」
「俺の知っている奴か?」
「知ってるかなあ。今はまだ知らないんじゃない?」
鐘の鈍い音が城を包んだ。今が零時だ。
「どういう意味だ?」
「さあ? どういう意味でしょう?」
ミカエルは長くは考えなかった。ルシーとの時間を浪費するわけにはいかない。
「まあ、軸なんてどうでもいいや」
「じゃあ、どうでもよくないのは何?」
静かにミカエルはキスをした。薄目でルシーを見つめる。今は生きている。死の影は見えない。呼吸、体温、鼓動全て問題ない。けれど、明日、ルシーは死ぬ。
涙は出なかった。ルシーも泣かなかった。
ミカエルは出会った日のことを思い出す。ルシーにくそったれと言い、ルシーはくっそたれの馬鹿王子と言い返した。今なら、別の言葉を言える。
「ありがとう」
ミカエルは言った。ルシーは掠れる声で同じ言葉を返した。




