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ネクロマンサーと太陽娘  作者: みつえだ西緒
第一章 藁頭のフロランス
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10.強硬手段

 喜びに飛び跳ねた心臓はなかなか収まらない。フロランスは地面から浮いているような心地だった。


(……私が、行けるんだ)


 グレゴワールはフロランスとの約束を守ってくれた。アリゼを選ばなかった。フロランスは王都へ行けるのだ!


 フロランスは固まったままの両親とアリゼを残し、ティエリを引っ張って村役場の外へ出た。無意識のうちにスキップするように走ってしまう。

 外には既にグレゴワールの姿はなく、だが村人はまだ青ざめた顔で落ち着かない様子を見せている。


「ホントに魔術師様なのかよ?」

「アリゼちゃんを攫いに来た悪い魔人なんじゃないか……」

「見たか、あの濁りきった目。この世全ての恨みが籠もってたぞ」

「まさか魔法を使えば使うほど魔物に近づいていくのでは……」


 みな好き勝手なことを言っている。

 フロランスは村人から離れてティエリに小声で囁いた。


「ティエリ。母さんの日記、王都へ持って行ってもいい?」

「あれまだあったの? てっきり父さんが燃やしたかと……いいよ、その方がいいと思う」

「ありがとう。ごめんね、あんたを置いて行っちゃって」


 ティエリは村では受け入れられているし家族に冷たく当たられることもない。だが大事な弟を置いていくことには少々の不安がある。

 ティエリは眉尻を下げて頭を振った。


「姉ちゃん、僕、もう16歳だよ。力だって父さんより強いんだ。だから大丈夫」

「うん……あんた、まだ字、覚えてる? 読める?」

「もちろん。たまに村の人にも聞かれるから」

「よかった、向こうに着いたら手紙書くわね」


 ティエリは頷いて、俯いた。それが幼子のように見えてフロランスはティエリの頭を撫でた。


「あんたは王都行きに反対しないのね。賛成もしなかったけど」

「……よくわかんないんだ。姉ちゃんの応援をしたいと思った、でも父さんの言ってることも正しく思えて……」

「ティエリ、それでいいのよ。『目を見開いてものを見よ』よ。そして時間をかけてよく考えたらいいわ」

「うん。……姉ちゃん、また会えるよね?」

「当たり前でしょ。時間ができたら戻ってくるわ」


 フロランスとティエリはしっかり抱き合ったのち、しばし思い出話を楽しみ別れを惜しんだ。



***



 その日、フロランスはティエリ以外の家族とはろくに言葉を交わさぬまま屋根裏の寝床についた。ヴァンサンは狼狽してなにか言いたげ、エリーズは茫然としアリゼは無表情になっていたが全て無視した。

 フロランスは王都行きが楽しみで眠れないのではないかと危惧したが、朝から泣いたり笑ったりと感情の浮き沈みが激しかったせいか案外すとんと眠りについた。


 ところが夜半を回った頃、フロランスは異変を感じてぼんやり目を覚ました。


 何か重いものを引きずる音、ドンと壁になにかをぶつけたような振動。それが何回か続いた。ぼそぼそと何かを囁く声も聞こえる。


「……リゼ……こんな……」

「……から、大丈夫……」


 どうやら階下でヴァンサンとアリゼが話しているらしい。床板の隙間から明かりが漏れている。エリーズの声も聞こえる。

 フロランスは眉根を寄せた。静かに寝床から出て床に耳を付けた。


「しかし、あの魔術師様は納得して下さるだろうか……」

「大丈夫よ、私が謝ってくるわ。不肖の姉で申し訳ありません、急に里心ついたみたいでって。強制的に連れて行くつもりはないと思うわ」

「ねえ、アリゼちゃん、でもあの方、フロランスちゃんを気に入ってたみたいだったわ。代わりにアリゼちゃんが王都へ行くのは難しいかも……」

「……。それなら、今まで変わらないってだけよ。それでいいわ」


 ぶっきらぼうにアリゼが答える。


(まだなにか企んでるのね)


 フロランスは大きくため息をついて、暗い中、床が軋まないように慎重に部屋の隅を目指した。そこには四角く穴が空いていて、普段はそこに梯子を立てかけて屋根裏と一階を行き来している。その穴から覗けば下の様子がわかるだろう。

 フロランスは足を止めた。


(……え)


 下で明かりを灯せば穴から二階の屋根裏まで弱い光が入ってくるはずである。だが今、それはない。暗いままだ。

 急いで部屋の隅まで移動したフロランスが見たものは、四角い穴のすぐ下にある木箱の蓋。それを強く押してみたが動く気配はない。全く手応えがない。釘で打ち付けたのではなく、箪笥かなにかを穴の下へ運び、その上に木箱を重ねたようだった。


(――うそ、ふさがれた!)


 全身から血の気が引いた。

 他には屋根裏には小窓しかない。そこからはフロランスは出入りできない。

 アリゼの声がしたので、フロランスはとっさに再び床に耳をつけた。


「それより母さんはティエリをちゃんと見ててね。あの子は優しいから情に流されてフロランスを外へ連れ出しちゃうかもしれないわ」

「……こんなこと、していいのかしら……」

「いいのよ。ここにいるのが義姉さんのためよ、不器用だし失敗も多いもの。王都へ行ったらきっと見限られて酷い目に会ってしまうわ……ねえ、継父さん?」

「……あ、ああ……、そうだな……」


 フロランスはまたゆっくり移動して寝床に転がった。このままではグレゴワールが出立するまで監禁され続けるだろう。

 フロランスは焦燥に駆られて指先でロケットをいじった。


(どうにかしてここから出なきゃ! それに見つからないように……どうやって?)


 フロランスは目を閉じて深呼吸した。耳を澄ますと階下の話し声は止んで、小さく足音が聞こえた。三人が寝床へ入ったのだろう。

 どうにかして出て行くなら、三人が寝てから他の村人が目を覚ます朝方までの間にすべきだ。


(……(のこぎり)もないわ。せめて(くわ)があれば壁の板が外せるのに……なにか考えるのよ)


 フロランスは全身の感覚を研ぎ澄ませて天井を見上げた。

 小窓から助けを呼ぶ? これは難しい。アランなら助けてくれるかもしれないが、アランに救援要請が届くよりも家族にばれる可能性の方が高い。

 窓枠や壁板は素手で外すのは難しい。体当たりを繰り返せば壊れるかもしれないが大きな音が出る。それでは家族に見つかって別の方法で監禁されるだけだ。


(どこか柔らかいところ……腐った板を探すのがいいかしら……ん?)


 寝転がっていたフロランスは、むき出しになっている藁葺(わらぶ)き屋根に目を止めた。


 ――ねえ、ティエリー。もし母さんに怒られて屋根裏に閉じ込められたらどうする?

 ――寝る!

 ――あはは、じゃあ寝あきたら?

 ――うー……屋根に穴あけて出る! それで遊びに行く!


 子供のころにティエリとそんな会話をしたのを思い出す。

 小さな鋏なら屋根裏にある。それを使って地道に作業すれば、分厚い藁屋根に穴を開けることもできるかもしれない。


(……よし。やってやる)


 フロランスは慎重に木箱を積み重ねて足場を作り、鋏片手に梁によじ登って、藁屋根に挑みかかった。





 ぱちり、ぱちりと地道に藁を切っては床に落とす。小さな鋏を握る右手は痛い。だが辞めるつもりはなかった。

 どのくらい時間が経っただろうか、せっせとフロランスが作業していると、キイ、と小さく家の扉が開く音がした。


 フロランスはびくりとして耳を澄ませた。

 小さく足音、トンと木がぶつかる音、ついでギッギッと軋む音。その音は、フロランスに近づいてきていた。


(ばれた……? いや、まさか……外からじゃまだわからないはずだし)


 フロランスが固まっていると、小さく声がした。


「姉ちゃん。起きてる? 聞こえる?」


 声の主はティエリだった。ティエリは梯子かなにかで屋根に上ったらしく、予想外に近いところから声が聞こえる。


「ティエリ!? どうして」

「父さんたちが姉ちゃんを閉じ込めたんだ、屋根裏の穴を塞いで」

「知ってるわ。あんたも気づいてたのね」

「寝たふりして見てたんだ……箱をどけようかと思ったんだけど、父さんたちにばれそうだったから……その、屋根に、穴を……」

「同じこと考えてたの?」

「姉ちゃんも?」


 フロランスは急に元気になった。

 藁を切ってえぐれたところを強く押すと、少し藁葺き屋根は盛り上がった。


「ティエリ、わかる? ここを内側から削ってるところなの。なにか持ってない?」

「鍬持ってきた。姉ちゃん、ちょっとどいてて」


 フロランスが床に降りると、鈍い音がしばらく続いた。間もなくバラバラになった藁がフロランスの頭上に降ってきた。

 見上げれば小さいがフロランスでも通れそうな穴が屋根に空いていて、そこからティエリが顔を覗かせていた。その上は満天の星が輝く夜空だ。フロランスはかなり藁屋根を掘ることができていたらしい。


 フロランスは急いで寝床から鞄を引っ張り出して、梁を昇り、穴に手を掛けた。ティエリがフロランスの腕を掴んでひっぱり出してくれた。


「よかった、出られた! 本当にありがとう、ティエリ」

「いいんだ。あのね、姉ちゃん……うわあっ」

「あっ」


 ずるりとティエリがバランスを崩した。フロランスも足を滑らせる。二人はゴロゴロと藁葺きの上を転がった。


(落ちる!)


 フロランスはぎゅっと目を瞑ってティエリを抱きしめた。


 そのとき、ごうっと風が吹いてフロランスとティエリの身体がふわりと浮き上がった。それから二人は尻餅をつくように軽く地面に落ちた。


「ぎゃっ……ティエリ、大丈夫?」

「うん。ねえ、今のは……?」

「なにしてるんだい?」


 囁くような第三者の声にぎょっとして、フロランスとティエリは声のした方向を見た。家の脇にある森の奥になにかが揺らめいて見える。村人ではない。その陰は森から出てくる。

 徐々に近づいてくる足音に、二人は思わず抱き合ってそちらを見つめた。


「怪我はない?」


 ティエリが持っていたランプの光に照らし出されたのはなんとも不気味な黒フードの長身――グレゴワールだった。



***



 一通り説明した後で、フロランスは首を傾げた。


「あの風はグレゴワールさんの魔法ですか?」

「ウン。風の魔法も得意じゃないから綺麗に着地させられなかったけど」

「す、すげえ……」


 ティエリは目を輝かせてグレゴワールに尊敬のまなざしを向けた。

 グレゴワールはフフッと笑うと一つ頷いた。


「ともかくフロランスは私と一緒に今から屯所へ行こう。それでいいかな? 荷物はある?」

「はい。ありがとうございます、お願いします」

「魔術師様、姉ちゃんをどうぞよろしくお願いします」


 ティエリは地面に両膝をついて頭を下げた。

 グレゴワールは目尻を和ませると、以前フロランスにしたようにティエリの手を取って立ち上がらせた。


「ウン、約束する。大事にするからネ。フロランス、キミは良い弟を持った」

「はい! 自慢の弟です。……ティエリ、本当にありがとう。あの穴は私が一人で開けたってことにしてね」


 どうせフロランスはもう両親には会わないのだ。

 ところがティエリは頭を横に振った。


「ううん、僕は正直に言うよ。……昼までは姉ちゃんの王都行きのこと、どう考えて良いかわからなかったんだ。でも今はっきりわかった。父さんもアリゼ義姉ちゃんも間違ってる。怒られたって平気だよ、僕はもう子供じゃない」


 揺らぎのないティエリの目に、フロランスは胸が突かれた。……大人になった。

 フロランスはもう一度ティエリを抱きしめた


「ティエリ、困ったらアランを頼りなさい。あの人は誠実だから」

「うん。……行ってらっしゃい」

「行ってきます。またね」


 欠けた月は森の中に沈もうとしている。あと数時間もすれば朝日が昇る。

 家の中へ入るティエリの背中を見送りながら、フロランスは首を傾げた。


(……あら? そういえばグレゴワールさんは村でなにしてたんだろう)


 グレゴワールの大きな手が差し出される。フロランスは反射的に――今度は迷わずその手を取った。


「おや、また手を怪我しているネ」

「治して頂いたのにごめんなさい……さっき藁を鋏で切ってたから」

「フフ、それならまた健康診断しなくちゃネ」


 妙に楽しげなグレゴワールに気を取られて、フロランスは先ほどの疑問を忘れてしまった。

 こうして、フロランスは村を出た。



***



 グレゴワールは一睡もせずに、窓を開けて夜が明けるのを見守っていた。


 予定外の家族の抵抗のおかげでフロランスを早めに屯所(てもと)に置けることになったはよいが、フロランスを寝かせる場所が問題だった。


 現在、クレドーの屯所はローアンヌ軍クレドー駐在兵と王軍の兵士で溢れている。入りきらなかった兵は外にテントを張っている。そして兵士には当然、女性はほとんどいない。

 つまり、現在の屯所およびその周辺は野郎の巣窟である。若い女性をそこへ一人放り込むのは危険だ。一人部屋を与えれば下手をすれば夜這いを受けかねない。


 心の中で迷いに迷った挙げ句、グレゴワールは自分の借りている部屋を衝立で区切りフロランスの寝床をこしらえた。少なくとも魔人だの魔物だのと恐れられる自分の部屋に突撃してくる馬鹿はいないだろうという判断である。


 フロランスはどうやらグレゴワールと同室で寝ることに全く抵抗がないようで、おまけに疲れていたのか、寝床に潜り込んだと思えばすぐに寝息を立てていた。


(……男女同室だけど仕方ないよネ? ウーン、これは大事にしてないことになるのかな)


 グレゴワールがこれでいいのかと自問自答していると、開いた窓からジェレミーが滑り込んできた。

 彼はクンと鼻を鳴らすと鋭い目付きで衝立の向こう側を見た。


「あれが太陽(ソレイユ)か?」

「ウン。家族と不仲みたいでネ、丁度いいからもらってきちゃった」

「もらってきちゃったって、あなたは……まあいい。ほら、これが今回の報告だ。そっちはどうだった」

「周辺の村にも痕跡はナシ。でも別の情報はあった。デフロット老師は一時クレドーにいたみたいだヨ。ただ、間もなく出て行ったみたいだネ」


 ジェレミーは顎に手を当てた。


「妙だな。クレドーの情報網には引っかからなかったぞ」

「どうやら当時の代官の娘が若きデフロット老師に惚れて、逆恨みした代官が街から追い出したってオチだったみたいでネ」

「それで禁句のようになり、いつしか忘れられたと」

「ウン、そういうこと。フロランスのところの村長に尋ねたらアッサリ教えてくれたヨ」

「あなたは俺より尋問の才能がありそうだな」


 ジェレミーは冗談なのか本気なのかわからぬ台詞を無表情で言い放った。

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