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0.居場所のない女の子

※戦闘・流血描写がときどき入ります。ヒーローが死霊術師という性質上、ときどき死体も出てきます。

※あまり生々しくはないと思いますが、嫌いな方はご注意下さい。

 婚約することになっていた男が美人の義妹と抱き合っている。


 フロランスには一瞬、なにが起きているのか理解できなかった。

 父親のヴァンサンがフロランスの肩を叩いた。


「アランのことなんだがな。実はアリゼと婚約することになったんだ」

「……え」


 フロランス以外がみな、アランとアリゼを祝福している。フロランスだけがなにも知らされていなかった。


(なにがあったの)


 一晩でひっくり返った状況についていけない。


 婚約するはずだった男・アランは蕩けそうな顔で美しく可憐な義妹アリゼの腰に手を回し、アリゼはぎゅっとアランに抱きついてその胸に顔を埋めている。

 どう見ても相思相愛の恋人同士だった。

 アランとフロランスは幼馴染みで、昔からの親友である。お転婆なフロランスと純朴でお人好しなアランは子供のころから不思議と馬が合って、フロランスがアランを引っ張って村の森へ冒険に出かけることがしばしばだった。

 恋人同士だったわけではない。

 けれども二人とも恋人ができないまま大人になり、大きくなったら結婚しようという幼い日の約束のままに、今日、フロランスとアランは婚約することになっていた。

 それなのに。


 フロランスは呆気にとられた。


「アラン……なん、聞いてない……」

「ここ数日で急接近したんだ。言おうと思ったんだけどなかなかフロランスに会わなかっただろ」

「私たち付き合い始めたの。……ごめんね、義姉さん。アランを取っちゃって」


 アリゼは困ったような微笑みを浮かべながら謝罪した。けれどもその青い瞳には優越感と蔑みが見え隠れする。


(……また……?)


 フロランスは顔を強ばらせた。

 いつもそうだ。この美しい義理の妹は。8年前に父親の再婚で家族となってからというもの、フロランスが持っていたものを次々と奪い取っていく。

 父親も、村の仲間も、大事にしていたリボンや首飾りも、なにもかも奪い取っていく。

 しかも、いつも最悪の形で。


 アランとつきあい始めたならばアリゼがフロランスに報告すればいいのだ。毎日家で顔をつきあわせているのだから。

 でもアリゼはそうしなかった。


 アランはでれっとした顔でアリゼの額にキスをした。


「大丈夫さ、フロランスとは付き合ってたわけじゃないから。なあ?」

「そ……、そうよ。取るもなにもないわ」


 フロランスは動揺を必死で押し隠し、精一杯に虚勢を張った。

 取り乱して喚いてもどうしようもないとわかっている。それに、フロランスにだってプライドがある。


 フロランスはアランに恋をしていたわけではない。

 けれども村で一番の親友だった。

 幼馴染みの男たちがみなアリゼを取り囲んでちやほや褒め称え、アリゼと比べてはフロランスを貶めるようなことを言う中で、アランだけはフロランスの味方だった。家族がフロランスを蔑ろにしてアリゼばかりを尊重し、我慢できなくなったフロランスが家を飛び出したときも、アランは側にいてくれた。


 大事だったのだ。アリゼなんかに取られたくなかった。


 アリゼは目を細めて唇に笑みを浮かべている。

 人の心の機微に敏感なアリゼは、もちろんフロランスがアランへ抱く思いには気がついている。フロランスのショックが、この性格の悪い義妹には愉快で仕方がないのだ。

 アリゼは鈴を転がすような声で歌うように言った。


「義姉さん、ごめんね? でも大丈夫よ、義姉さんは美人だからすぐにいい人が見つかるわ」

「優しいなあ、アリゼは」


 アランはアリゼの髪を愛おしそうに撫でた。


 いつもそうだ。

 フロランスはキリキリと胃が痛むような思いだった。

 アリゼは心配そうな表情を浮かべているが、それは自分を善人に見せるためのポーズでしかない。フロランスは美人ではないのに、自分(アリゼ)の方が圧倒的に美人だと知っているのにアリゼはわざわざ人前でフロランスを美人だと言ってみせる。

 ただの嫌味だ。

 あるいは、周りに「凡庸な顔のフロランスを美人と言うなんてアリゼは優しいな」と褒められるための手段にすぎない。


 女心に鈍感なアランがアリゼの言葉に隠れた魂胆に気がつくわけなどなかった。


 アランは照れくさそうに頭をかいた。


「じゃあ俺たち、代官様のところへ報告してきますんで」

「ああ、行ってらっしゃい」


 ヴァンサンは二人を送り出した後で、腕を組んで感心したように言った。


「本当に良い子に育ったなあ、アリゼは。ずっとアランが好きだったのにお前に義理立てして黙っていたんだと」

「……そう」


 嘘だ、とフロランスは思った。

 アランは優しいがモテる男ではない。背は高くないし顔も十人並みだ。ぼんやりしていて気が回る方ではないし、花や宝飾品を送って女性の気を引くこともできない。

 アリゼが好きなのは代官の息子や村へときどきやってくる吟遊詩人のような、眉目秀麗な、女性の扱いに長けた粋な男であって、今まではアランのような野暮ったい男には見向きもしていなかった。


 ヴァンサンは上機嫌でにこにこしている。


「はっは、遠慮することなどなかったのになあ。アランから告白したそうだ」

「……ふうん」


 アリゼのしそうなことだ、とフロランスは唇を噛みしめた。あのぼんやりしたアランが一番の美人と名高く派手なアリゼを口説くはずはない。アリゼがアランに言い寄ったのだ。


 なぜアリゼが急にアランに興味を示したのかははっきりしていた。

 結婚相手として最適だからだ。


 フロランスとアリゼは半年しか歳が変わらない。つまり、アリゼもそろそろ結婚適齢期にある。男を侍らせて遊ぶのが好きなアリゼも身を固めることを考えたに違いない。

 そして、いくら好みのタイプだからとて、身分の違う代官の息子や各地を放浪する吟遊詩人と結婚するのは難しい。一方、アランは数年前に鍛冶屋に弟子入りしてからというものメキメキと腕を上げ、ここ最近は将来有望と名高い。村に住む他の若い男たちよりも条件(・・)が良く見えるのである。


 そんなアランと、アリゼ(じぶん)より劣ったフロランスが婚約しようとしている。一度婚約してしまえばそれを覆させるのは難しい。

 ならば婚約する前に奪ってしまおう。


 そう考えたのだろう。


 ヴァンサンはふと眉を顰めた。


「なんだフロランス、気に入らないのか? 別にいいだろう、アランと恋人だったわけじゃないんだから。お前はいつもアリゼに冷たく当たりすぎだ。さっきだってほら、アリゼはお前なんかを美人だと言うくらいお前を慕っているんだぞ?」


 ヴァンサンはフロランスの実父だ。アリゼとは血が繋がっていない。それなのに、ヴァンサンはいつもアリゼの味方だった。

 むろん、アリゼの実母でありフロランスの継母であるエリーズも同様だ。


 ヴァンサンは難しい顔で続けた。


「結婚を焦っているのか? はあ、まあそうだな、お前の結婚相手はちゃんと俺や母さんが探してやるから。いいか、村の若い衆がみんなアリゼに惚れてるのは仕方がない、アリゼのせいじゃない。アリゼはお前と違って美人なんだから。変な気を起こすんじゃないぞ」


 フロランスは唇を噛みしめた。


(……ばかみたい)


 村の男は大半がアリゼの味方だった。

 村の女たちはアリゼの本性に気がついてフロランスに優しくしてくれたが、最近はフロランスに優しくするとアリゼと取り巻きに嫌がらせをされるというわけで、フロランスも遠巻きにされている。


「アランは名工になりそうだしな、お前にはもったいなかったじゃないか。美人で気立てのいいアリゼならぴったりだ。これでよかったんだよ」


 フロランスは俯いた。


 家族も、村の人もフロランスの味方ではない。

 唯一味方だったアランもアリゼの婚約者になってしまった。


(なんで、私だけ……)


 じわりと涙が出てくる。

 フロランスはそれを必死にこらえた。

 ここで泣けばフロランスが悪者になることはわかっていた。


 ――アリゼちゃんの目は宝石みたいで綺麗だなあ、フロランスとは全然違うね。


 ――フロランスは藁みてえな髪なのに、同じ色のアリゼの髪は絹糸に見えるな。


 ――アリゼはあんなに可愛いのにお前もちょっとは可愛くなろうとは思わないわけ、ブス!


 ――おお怖、アリゼちゃんとは大違いだな。


 ――フロランス、キミ、もっと頑張りなよ。頑張ってもアリゼみたいにはなれないだろうけど。


 ――我慢しなさい、二人は連れて行けないと言ったろう。アリゼが行きたいって言うんだからお前は残るんだ。


 ――フロランスちゃん、もうちょっとアリゼちゃんを見習って我慢強くなってくれると、継母(かあ)さん嬉しいわ。


 ――フロランス、お前はアリゼとは違うんだ。


 ――フロランス、なんでお前は我が儘なんだ。


 ――フロランス、いいかげんにしなさい!


 ――フロランス!!




 こうして、ついに村からフロランスの居場所がなくなった。

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