4番隊隊長と器
「遅いぞ、アルシュ」
そう言ったのはフレイブ。
「はいはーい!ごめんごめーん、寝坊しちゃってー。許してねー?」
「……早く席につけ…」
フレイブが呆れた様子で指示をする。
「あの…この人は?」
そう聞いたのはもちろん俺だ。
「…こいつが4番隊隊長アルシュ・アトルフマだ…よろしくしてやってくれ…」
「紹介に預かりました!アルシュでーす!」
なかなかのハイテンション。いや、それよりも驚きなのはこの子の風貌である。
金髪の髪はフワフワしていて、綿飴のよう。
目の色は空を詰め込んだような青。
身長は自分の胸より少し高いぐらい。
顔は幼くもどこか大人の美しさを感じさせる。
ハッキリ言ってめちゃくちゃ可愛い。アニメのキャラクターをそのまま現実に引っ張り出したような。いや、そんなことを言い出したらこの空間にいる人全員か。俺以外。
「えーっとー、君は誰?」
ゆるふわ金髪碧眼改めアルシュが俺の顔を凝視する。俺は思わず顔を背ける。
「アルシュ、お前の隊にも連絡は届いているはずだぞ…ハルト、すまないアルシュは少し自由すぎる部分があって…」
「ハルト!?聞いたことある!その名前!もしかしてあなたがハルト?」
アルシュがさらに顔を近づけてくる。やめろ。俺にはフィリアという心に決めた人が…
「あなた、サレルノを倒したって人でしょう?結構強いんだよねー!」
「あの、えっと、ありがとうごさいます」
「そんなにかしこまらなくてもいいよ!私のこともアルシュって呼んでね!」
なんだこの子、あまりにも積極的すぎやしないか。俺は恐る恐るフィリアの方を見る。
フィリアはジトっとした目で俺を見ている。
まずいまずいまずいまずいまずい
俺は一歩引いてアルシュと距離をとろうとしてみる。しかしアルシュもどんどん距離をつめてくる。その気になれば顔が当たるような距離。
「こら、アルシュ。ここは協議の場だ。そういった行為は控えるんだ。ハルトも困っている」
フレイブのフォロー。さすがフレイブ、一番隊隊長は伊達じゃない。
「はーい…」
アルシュが寂しそうに俺から離れる。守ってあげたくなるような可愛さだ。
「…少し邪魔が入ったが、今回の協議はこれで終了とする。ハルト、君は明日から2番隊に配属…」
「そんなの聞いてなーい」
そう言ったのはもちろんアルシュ。
「アルシュ、いい加減にしろ。お前が来るまでに協議は終わったんだ」
「私抜きで決めたことなんて決めたに入りませーん。なんでハルト君が2番隊に配属なのー?」
「それはフィリア君が責任を持ってハルトの面倒を見ると言ったから…」
「私もハルト君が欲しいかなー」
アルシュの衝撃の発言。
「勝手なことを言うなアルシュ。もう決まったことだ」
フレイブが即座に答える。
「でも正式にはまだ決まってないでしょー?それに…」
アルシュがフィリアの方を見る。
「あなたが辞退すればいいじゃない。アルドレア家のお嬢様。」
「………」
フィリアは黙ったままだ。何故反論しないのか。立場上は一緒のはずなのに。他の隊長も皆口出しせずに見ているだけだ。
「私は…」
「あー、悪いんだけどさ、アルシュ。俺もフィリアのとこでやるのが一番気が楽だと思うんだ。」
そう言ったのはもちろん俺。
「えー?4番隊に来れば私がずっとハルト君の相手をしてあげるよー?」
うーん。かなり魅力的な提案。しかし…
「悪いな、アルシュ。もうおれも決めた事なんだ」
フィリアのために騎士になろうと思った。それは今も同じだ。それだけは揺らいではいけない。
「…残念だなぁ、ハルト君の事、欲しかったのになー。でもそう言うなら仕方ない。今回は諦めたげる」
アルシュがフィリアを一瞥。フィリアは俯いている。
「…話は済んだかな?」
フレイブが尋ねる。
「はーい。済んだよー。ハルト君は2番隊がいいってサー、でもコッチに来たくなったらいつでも来てねー、ハルト君」
アルシュが俺に向かってウインク。俺はそれに会釈で答える。
「ではこれにて協議は終わりとする。解散」
フレイブの掛け声と共に、七隊長との出会いイベントは幕を閉じた。
気まずい。かなり気まずい。
七隊長との協議の帰り道。フィリアと俺はとりあえず屋敷に戻ることにした。明日からは見習い騎士生活が待っている。今日はそのための英気を養うようにとフレイブに言われた…のだが…
「あのー…フィリアさん…?」
フィリアの名前を読んでみる。返事はない。
「もしかして、俺とアルシュが…その…仲良くしてたのに怒ってる?」
「別に…怒ってないし」
フィリアが不機嫌そうに答える。
「別に、ハルトがアルシュに迫られてニヤニヤしてたのが見ていて気分が悪かったとかそうゆう訳じゃないし。アルシュに4番隊に誘われて迷ってたのを見て腹が立ったとかそうゆう訳じゃないし」
「いや、怒ってますよね!?ごめんなさい!男は美少女には弱いのです!!」
「アルシュが美少女ってことは認めるけど…ハルトはもっとしっかりするべきだと私は思います。そんな事だと好きな人に嫌われるわよ?」
地味に胸に刺さる言葉。しかし反論する余地は無い。
「はい…全くもってその通りでございます…」
「でも…」
「ん?」
「私が黙っちゃった時に、助けてくれたんでしょ?私、アルシュがちょっと苦手なの。助かったわ」
フィリアが微笑む。そうこれこそが俺の女神フィリア。
「でも、怒ってるのは怒ってるんだからね!」
「やっぱり怒ってたんだ!?」
「嘘よ。助かったわ。今日の集まりは少し不安だったから。」
「不安って…皆別に悪い奴には見えなかったけど…」
「…そうよね。皆いい人よ。七隊長に悪い人はいない。けど…」
「けど…?」
「…何でもない!早く屋敷に帰りましょう。お腹空いたでしょう?」
「めっちゃ空いてる」
「じゃあ早く!」
フィリアが俺に向かって手を差し伸べる。俺はその手を掴む。夕焼けに染まる町並みが妙に目の中に残っていた。
「ふぃ、ごちそうさま」
夕食も豪勢なものだった。少なくとも前にいた世界では万札がヒラヒラと飛んでいくような豪勢な食事。こんな贅沢してもいいのか。
「はい、美味しかった?」
「そりゃもう。これってこの屋敷の使用人が作ってるの?」
「そう。毎日同じ人が作ってるわ。美味しそうにハルトが食べてたって伝えておかなきゃ」
「この料理も充分美味いけど…俺はフィリアの手料理も食べてみたいなー」
「はいはい、機会があれば作ってあげる」
「まじで!?やったぜ…」
フィリアの手料理。食べてみたいことこの上なしだが…
「美少女の料理って、不味いのがお約束なんだよな…」
「なんかいった?」
「いえ!?なんでもないです!」
「そう。ハルトの部屋は今日起きた部屋とは違う部屋にしたからね。前の部屋のベットがその…凄いことになってたから」
そうだった。俺ベットにゲロぶちまけたんだった。今になってとても恥ずかしくなってきた。
「おぉう…。ありがとう、色々と悪いな、フィリア」
「これくらいなんてことないわ。部屋まで案内するからついてきて」
フィリアが食堂を出る。俺もそれについて行く。
相変わらず屋敷の中は広い。まだ全貌が把握できない。
歩くこと一分。部屋に到着。
「今日はここに泊まってね。明日の朝起こしにくるから」
フィリアはそう言うとすぐさま行ってしまった。
「風呂とトイレの場所、聞きそびれたな…」
俺は部屋に入る。内装は前の部屋と同じ客室だ。
俺はベットにドカッと倒れ込む。そして心の中でアイツの名前を呼ぶ。
「おい、モス。」
「なんだい?」
ポケットの中に入れていたクリスタルが光り、中から猫が飛び出してきた。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン。みんな大好き黒猫悪魔のモスだよー」
「その鬱陶しい自己紹介はスルーの方向で」
俺はスルーしてモスに質問をする。内容は今朝の事だ。
「俺が今日、起きたときにめちゃくちゃ苦しんだのって『裏技』のせいだよな…?」
「おー、察しがいいね!その通りだよ!」
「聞いてねぇよ!そんなペナルティあるなら先に言えよ!」
そのお陰でフィリアに抱きしめて貰えたことには感謝するが…感謝するが!
「だからおすすめしないって言ったじゃないか」
「あれは一体何だったんだ?死ぬかと思ったんだぞ…」
「あれはあり余った力の暴走だね。よし、説明してあげよう。」
モスが小さい両手でお椀の形を作る。
「威能を使うには悪魔の力を操るための『器 』が必要なんだ」
「器?」
「そう器。君はその器が小さい。小さすぎるんだ。」
「そんなのどうすればいいんだよ?」
「君の中の器は威能を何回も使えば大きくなる。器が大きくなればなるほど力の操作も簡単になるよ」
「なるほど。練習あるのみってゆうことか」
「けど、君みたいにズルして力を使おうとする奴もいるんだよねー」
「人聞きの悪い言い方やめて!?ちゃんと寿命も払ったじゃねぇか!」
「そうだねー、寿命を払ったことで一時的に器を大きくしたってイメージだね。そして一時的に大きくなった器に力を貯めたってこと、水を貯めるみたいにね」
「それじゃ、一時的に大きくなった器が急に小さくなったらどうなるんだよ?」
「それは君が身を持って知ってるでしょー。急に器が小さくなれば力が溢れちゃう。溢れた力は全身を暴れ回るんだ」
つまり俺が苦しんだのはそのせいと言う訳か。
「なるほど、じゃああの『裏技』はあまり使いたくないな、てか二度と使いたくない」
「僕もそれをおすすめするねー。僕にも船酔い程度の影響が出るからさー」
「お前は船酔いで済むんだ!?羨ましい!」
「あははー、それともう一つ豆知識」
「なんだよ?」
「威能には二種類ありまーす。放出型と表着型。僕は放出型が得意かな。頭の片隅に置いといてね」
「表着型ってゆうと纏うのか。炎を纏うってのもまたカッコイイよな…」
「表着型は得意じゃないからねー、制御できる自信がない」
「つまり放出型だけ使えと…まあ表着型って名前からしてムズそうだしな。お前の言う器を大きくしない限り使えないだろ」
「物分りが良くて助かるよー。はい今日の話はこれでおしまい!おやすみー」
「おい!待て…」
モスはそそくさとクリスタルの中に入っていった。いつもいつも自由な奴め。
「はぁ…俺も寝るか…」
俺はベットに体を預けて天井を見る。
今度は知っているようで知らない天井だ。
明日からは見習い騎士の生活が始まる。
「とりあえず…上手くいってよかったな…」
とりあえず衣食住の確保はできた。これで暫くは安心出来るだろう。
「安心…出来るよな…?」
まだサレルノの事が気になる。もし明日アイツに会えばどうすればいいだろうか。もしかすると剣で斬りかかられるかもしれない。あいつすぐキレるし…
「考えててもしかたねぇ、今は寝ることに集中するか…」
そう言って俺は目を瞑る。
明日からまた長い1日が始まる。
新しい生活が始まる。
薄れゆく意識の中で。
あの赤紫の髪を思い出していた。