勝者の権利と七隊長
花畑。辺り一面に花が咲き誇り、俺の鼻腔を微かに花の香りがかすめる。とても気分がいい。
周りを見渡す。人はいない。俺一人だ。独りでポツンと花畑の真ん中につっ立っている。
「…あの子は…?」
無意識にあの子を探す。しかし姿は見当たらない。
「フィ…リア…?」
俺は名前を呼んでみる。返事はもちろん無い。見えるのは花だけ。それ以外には…
ふと丘があることに気がつく。その上に人影がある。
「……!!」
俺はその丘に向かって走る。全速力で。出来るだけ速く。
段々と人影がくっきりとしてくる。その姿が見えるようになってくる。
「フィリア…!!」
忘れもしない赤紫の髪。間違いない。フィリアだ。俺は全速力で走る。
「フィリア…フィリア…!」
フィリアとの距離がどんどん近くなる。あともう少し。あと少しで手が届く。
俺は手を伸ばす。一心不乱に手を伸ばす。
その手は彼女を掴んで…
その瞬間、世界が燃えた。
空が紅くなり、花々が燃え散っていく。
世界が悲鳴をあげる。炎の残響が耳の中に響いている。そして…
俺の目の前の彼女は憂いの目をしながら燃えていた。揺らめく炎の中でも彼女は美しい、美しかった。
「アアアアアアアアァァ!!」
現実に無理矢理に引き戻される感覚。その瞬間、あれが夢だったということが理解出来た。
「…ハァ…ハァ…」
俺は安心する。フィリアは燃えてなどいない。生きている。それだけが頭の中に残っていた。
「ここは…?」
またもや知らない場所。意識を失う度に違う場所で目覚めている気がする。
「とりあえず…フィリアを探さないと…」
そう言って体を起こそうとする。相変わらず体が重い。
「よいしょ…っと!」
腹筋をフル稼働して体を無理矢理に起こす。
そしてベットから降りようとした瞬間。
ふと感じる違和感。体の中で炎が燃えているような。マグマがグツグツと湧いているような。
その違和感はどんどんと大きくなってくる。どんどんどんどん。そして。
体中を灼かれるような痛みが陽斗の体を貫いた。
「ガァァァァァ…!!」
苦しい苦しい熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い
その痛みは消えることなく、陽斗を苦しめる。
「な…んだ…これ…!!グぇ…!」
あまりの痛みに吐き気を催す。吐瀉物をベットに撒き散らす。
そのまま苦しみに悶え続ける。陽斗はベットから転がり落ちた。
どうするどうする熱い熱い苦しい熱い苦しい死ぬ
色々な思考が頭の中を駆け巡る。
このまま俺は死ぬのか。
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ
このままでは本当に死ぬ。しかし何も出来ない。
床に這いつくばりながら考えようとするが、何も浮かばない。苦しみはまだ続く。体が悲鳴をあげる。目の前が真っ赤に染まる。耳鳴りが止まない。そして…
陽斗の体を何かが優しく包み込んだ。
苦しみに悶えながら、その「何か」を確認しようとする。もはや神経さえも焼き切れたように言うことを聞かない。目だけに全てを集中させて見る。そこには…フィリアがいた。
「フィ…リア…?」
陽斗は名前を呼ぶ。
フィリアが両の腕で陽斗を抱きしめている。まるで赤子をあやす様にゆっくりと。優しく。
苦しみは止まない。全身を灼かれるような苦しみもまだ続いている。しかしまるでその痛みをゆっくりとフィリアが溶かしてくれているかのように。どんどんと苦しみがひいていくのを感じる。
フィリアが陽斗の耳元でそっと囁いた。
「大丈夫」
一言だけ。そう言った。
その瞬間、陽斗の全身の力がフッと抜けた。
陽斗の意識は再び途絶えた。
目を覚ます。今が何時かも分からない。場所もどこか分からない。しかし一つだけ分かることがある。それは…
「おはようハルト。楽になった?」
フィリアの顔が頭の上にある。これは一体…?
それに後頭部に感じる柔らかい感触。
これはまさか…まさかのアレですか。
「膝枕…ですか?」
「なんで私に聞くの」
間違いない。これは男子なら1度は憧れるシュチュエーション。美少女の膝枕だ。すまん皆。俺は次のステージに進むぜ。
「けどさすがに恥ずかしいな…」
「私も恥ずかしい。けどハルトが苦しんでたから。これしか出来ないから」
その瞬間陽斗は思い出した。そうだフィリアが苦しんでる俺を抱きしめてくれたんだ。
そしてそのままフィリアの腕の中で眠りに落ち、今に至ると。なるほど。
「ありがとう、フィリア。また助けられちまったな」
「こんなこと、助けたに入らない。私は別に何もしてない。」
「相変わらず謙虚だなぁ、それとそろそろ起きていい?」
「大丈夫?起きられる?」
「大丈夫だよ…よいしょっと」
勢いをつけて体を起こす。さっきと比べると体の重さは消えている。膝枕効果なのだろうか。
「えっと…色々と聞きたい事があるんだけど」
「何から聞きたい?」
「えっと、ここはどこなんだ?」
「ここは私の屋敷よ。サレルノとの戦いの後、あなたをここまで運んできたの。」
「女の子に2度も運ばれる俺。それと…」
体の傷もかなりひどかった覚えがある。木剣で痛めつけれた体がキッチリ治っているのを見ると…
「フィリアが俺の傷を治してくれたのか。相変わらずすげぇな治癒魔法って奴は。」
「全部治すのにはかなり時間がかかったんだけどね。骨も折れてたし大変だったんだから」
「分かってるって。ありがとうフィリア。やっぱりフィリアって女神だよな…?」
「そんなこと言えるほど余裕があるってことはもう大丈夫ね」
フィリアに俺のアプローチをスルーされる。
「まだあちらこちらに違和感があるけどもう大丈夫だ!デートでもデートでもデートでも何でもするぜ!フィリア!」
「今日は大事な用があるの。陽斗も一緒に来てね。」
またもやスルー。ちくしょう絶対に諦めないぞ。
「大事な用って?」
「それは後で話すわ、それより…」
フィリアは可愛い顔を心配そうな様子に形作る。
「昨日、とても苦しんでるように見えたけど、あれは何だったの?治癒魔法をかけても収まる様子がなかったし。びっくりしたんだからね」
「俺にも理由は分からないんだ」
実は一つだけあるが。それしか有り得ないのだが。
「そうなんだ…、もし理由が分かったら言ってね。私に出来ることなら何でもするから!」
「おぉー、やっぱり優しいなーフィリアは。けどけどもう大丈夫だって。心配はもうかけないから安心してください!」
「分かった…じゃあとりあえずご飯にしましょう。お腹空いてるでしょう?」
フィリアからの提案。そういえば異世界に来てから一切何も食べていなかった。それを思い出すと急に腹の虫が鳴り出す。
フィリアがそれを聞いて笑う。
「やっぱりお腹すいてるんだ。ついてきて。食事をすぐに用意するから。」
陽斗は言われるままにフィリアについていく。屋敷の中はとても広く、案内無しでは迷子になること間違いなしである。
食堂についた。扉を開ければそこには食事が…。
ここに来て一抹の不安。異世界の食事とはどんなものなのか。もしかすると何かの獣の目玉をフライパンで焼いただけの「目玉焼き」何てものも出ないとも限らない。ゲテモノ耐性ゼロの俺には地獄である。少しばかり決意を固め、食堂に入る。
そこには…普通に美味しそうな食事が並べられていた。だよな。やっぱりゲテモノはないよな。フィリアがゲテモノを食べている絵を想像するだけで寒気がする。
「よかったー…」
「どうしたの?」
「いや…何でもないよ…とにかく食べよう。」
約1日ぶりの食事はとても美味で、かつフィリアと食べられた事が何よりも喜びだった陽斗であった。
「ふぅ…ごちそうさまです!」
陽斗が手を合わせているのをフィリアが不思議そうな顔で見ている。
「それってハルトの国でのお祈りみたいなものなの?不思議なお祈りだけど…」
「これは食べたものに対する感謝の意を込めた…そうお祈りだな、それで合ってる。俺の国ではこうやって祈りを捧げるんだよ」
「そうなんだ。また一つ物知りになっちゃった」
フィリアが陽斗をみて笑う。可愛い。
「…そうだ。今日は用があるんじゃなかったっけ?」
それを言った瞬間、フィリアの顔が曇る。
「あ、えーっと、はぁ、やだなぁ」
フィリアが珍しく弱音を吐いている。
「そんなに嫌なことなのか?嫌ならやめといた方が…」
「そうゆうわけにもいかないの!陽斗もちゃんとついてきてね、重要なことだから」
フィリアが念を押してくる。
「分かってるよ、ちゃんとついていくから。それで?その用って言うのは?」
フィリアがため息混じりに答えた。
「七隊長の集まりがあるの……」
七隊長。確かサレルノも口にしていたワードだ。フィリアも王国騎士隊隊長と呼ばれていた。
「フィリアもその『七隊長』の1人なのか?」
「そう。私は2番隊隊長。隊長はあと6人いるんだけど…」
フィリアが憂鬱そうな顔をしている。
「なんでそんなに嫌がってるんだ?」
「……大丈夫、別に大丈夫だから!」
フィリアが元気よく声をあげる。それもまた可愛い。
「それで…なんでその集まりに俺もついて行かなきゃいかないの?」
「もちろん、今回の集まりの原因がハルトだからよ」
「そ、そんなの聞いてない…」
「…一生恨むからね…」
「ごめんなさい!こんなことになるとは…」
「冗談よ」
フィリアがケタケタと笑う。
「じゃあ準備していくわよ、遅刻したら置いてくからね。」
「ご、5秒で用意してきます」
機嫌が少しだけ悪そうなフィリアを横目に陽斗は急いで自室に戻るのだった。
「それで…その集まりはどこであるの?」
「七隊長が集まる時はいつも一番隊屯所なの」
街の通りを歩きながらフィリアと陽斗が話す。
「一番隊ってのが一番偉いのか?」
「んー、そうね。地位的に言うと一番隊が偉いかも。」
「じゃあフィリア2番隊だからすごいじゃん。上から2番目じゃん」
「…そうとも限らないんだけどね」
「そうなの?」
陽斗とフィリアはどんどん街の中心に歩いていく。フィリアの屋敷は王都の少し外側に位置していたため、ここまで20分ほど時間を要した。
「さてと…着いたわ。ここが一番隊屯所よ」
「2番隊屯所よりデカイんだなぁ」
昨日訪れた2番隊屯所よりも一回り大きい。やはりそれほど一番隊が重要なのか。
「何かの集まりの時にもここがよく使われるから。さてと、多分皆もう待ってるから。早く」
フィリアが手を引いて急かす。フィリアと手を繋ぐことができて少し嬉しい。そのまま中に入る。
中の造りは2番隊屯所とそんなに変わりはない。見覚えのある造形がならんでいる。
「こっちよ」
フィリアが手を引く。階段を登り、3階に到着。そこには一つの大きな扉があった。
「いい?絶対に余計なことはしないでね。約束だからね?」
フィリアが念を押す。
「大丈夫だって、フィリア。何もしないさ。」
「じゃあ行くわよ」
フィリアが扉を開けた。
扉の奥には七つの席に二つ席を空けて5人が座っていた。五人それぞれが皆違った雰囲気をだしている。
「アサギリ・ハルトを連れてきたわ」
フィリアが話す。さっきとは打って変わって真面目な雰囲気。完全に騎士モードである。
「うん、ありがとうフィリア君」
七つの席のちょうど真ん中に座っている青年が答えた。髪の色は藍色。瞳は青空のようなセルリアンブルー。おなじみの白いマント。印象としてはかなりの好青年だ。
「君がアサギリ・ハルト君だね。君の話はきいているよ」
「あー、えっとどうもっす」
「まずは謝罪させて欲しい。サレルノの無礼、本当に申し訳なかった。どんな理由があっても騎士が一般人に手を出すことはあってはならない事だ。これは僕達の責任だ。本当にすまない」
青年が陽斗に謝罪を尽くす。
「いやいや!そんな謝ることないですって!あれは売り言葉に買い言葉で発展したもんですから!」
「そうはいかない。僕達が悪かった。許してくれ」
この人、いい人すぎる。陽斗はそう思った。
「おっと、自己紹介が遅れたな。僕は王国騎士隊一番隊隊長フレイブ・ディア・アルフォーレンだ。」
この人が…一番隊隊長。つまり騎士の中でも一番の騎士。それも納得できる徳の高さである。
「えっと…よろしくお願いし…」
「ガハハハハッ!!この小僧がサレルノを倒したのか!にわかには信じられんな!」
そう言うのは髭面の男。茶色い髪と髭に顔には一つの大きな切り傷。それだけでその男が歴戦の猛者とゆうことが分かる。
「えっと…」
「ハルト、紹介しよう。この人は3番隊隊長ドレッド・ムサエフだ」
「おう!宜しくな!ガハハハハッ!!」
見るからに豪胆そうなオッサンは歯を見せて笑っている。決して嫌いなタイプではないが…
「ねぇねぇ??君って強いの??強いんだよね??僕とも戦ってよ!!」
次に話しかけてきたのは橙色の髪をした少年。無邪気な顔でコチラを見ている。
「こらカルマ、話を反らすな。この人が5番隊隊長カルマ・ヘンドリクス」
「はいはーい!カルマでーす!!」
かなり元気の良い少年だ。直射日光を浴びているような気分になる。
「あらぁー、可愛い顔してるわねぇー、お姉さん好みかも」
今度は紫色の髪をした女性。年は20代ほどか?かなり綺麗である。フィリアには負けるが…
妖艶という言葉がかなり似合う女性だ。
「こちらがハルシャ・イサベル。7番隊隊長だ」
髭面オッサンに元気のいい少年。謎の美女とバラエティ豊かである。
「…フレイブさん…早く本題に入りましょうよ…無駄な時間は省きたい…」
小さな声でボソボソと話している黒髪の青年。髪を肩まで伸ばし顔が隠れそうだ。見た感じは年はそんなに変わらないように見えるが…
「そう言うなシルバ、こちらが6番隊隊長シルバ・ユーハイムだ」
「えっと…よろしく」
黒髪の少年、改めシルバはそれを無視する。
「………」
「シルバは初対面の人にはそんな感じなんだ。容赦してくれ」
フレイブのフォロー。まあいいんだけどさ…。
「…さてと、そろそろ本題に入ろうかハルト。」
フレイブが真面目な雰囲気を作る。
陽斗も釣られて姿勢を正す。
「君をここに呼んだのは…君がサレルノとの勝負に勝ったら騎士にすることを条件にした件について話すことがあるからだ」
なるほどやっぱりそうゆうことか。
つまりサレルノに騎士にするように頼んだことがここまで大事になったのか。
「それで…答えを聞いてもいいのか…?」
陽斗は恐る恐る尋ねる。
フレイブは一呼吸あけて
「残念ながら君を騎士にすることはできない」
そう言った。
「やっぱり…か…」
「とゆうと?」
「無茶な条件ってことは最初から分かってたさ」
陽斗が諦め半分で話し始める。
「なんだよ…結局俺の骨折り損じゃねぇか。怪我して骨折ってそれで終わりかよ…」
「待ってくれハルト。話は終わりじゃない」
フレイブが陽斗の話の腰を折る。
「…どうゆうことだ?」
「君を騎士にすることは残念ながら出来ない。騎士になるためには結果よりもそこに至らしめた経緯が必要なんだ。君にはその経緯が足りていない。王国への忠誠も恐らくは足りていないだろう。そこをすぐになんとかすることはできない」
話の核がイマイチ掴めない。
「えっと…つまりどうゆうことなんだ?」
「見習いの騎士として君を迎えることはできる。」
陽斗は一瞬言葉を見失う。見習い…?そんなの
願ったり叶ったりだ。
「おう!見習いでいい!むしろそっちがいい!」
「み、見習いがいいのかい?不思議なことを言うものだ…。もちろんきみのその条件の根底にあった衣食住の保証はしよう。それでどうかな。こちらとしてもサレルノを倒せるほどの実力者はみすみす逃す訳にはいかないんだ」
「それならむしろ俺の望み通りの展開だよ!ありがとうフレイブ!」
「礼を言われることはしてないよ。あくまでこれは君が勝ち取った権利だ」
さすが一番隊隊長、言うことが違う。
「それで、君の配属先なんだが…」
「私が面倒を見ます」
そう言ったのはもちろんフィリアだ。
「しかし…フィリア君の隊にはサレルノがいるだろう?色々と思うことがあるんじゃないのかい?」
「大丈夫です。私が責任を持ってハルトの面倒を見ます。」
「…ならいいだろう。ハルト、君は2番隊に配属だ」
フィリアの隊ならば安心できる。他の隊では居心地が悪すぎる。正直助かった。
「ありがとうフレイブ、色々と助かった」
「…よし、では今回の協議は以上だ。これにて解散…」
フレイブが最後の締め的な挨拶をしようとしたその時だった。
「遅刻しましたーー!」
扉が開かれ新たな乱入者が参戦したのであった。