騎士の誇りとニートの戦い
俺は争う事が嫌いだ。争えば自分が苦しまなければならない。だから俺は争いが嫌いだ。
けれどもそれよりももっと嫌いな事がある。自分の周りにいる人間が泣くことだ。それが一番嫌いだ。
だからこそ、それだからこそ俺はその言葉を言い放った。
「俺と勝負しろ」
一瞬の静寂。それを壊したのはもちろんサレルノだ。
「なんだと…?騎士である私が貴様と勝負しろだと…?無礼な真似も大概にしろ!!」
「もちろんタダでとは言わない。条件をつけた上での勝負だ」
「条件だと…?」
「俺が負け時は何でも言うことを聞いてやる。死ねとゆうならそうしてやるさ」
その発言に驚きを見せたのはフィリアだ。
「な、何を言ってるの…?こんなことに命をかける必要なんてない...!」
「そうかもな...けど」
陽斗はサレルノを睨む。
「こんなクズ野郎に俺は負けねぇよ。何も心配することなんてない。俺は勝つ」
完全に挑発的な発言だ。陽斗はサレルノがこの言葉に乗ってくることを、心の中で願う。
「貴様…!どこまでも救えんやつだな……!私が屑だと…?騎士であるこの私が…!」
サレルノの表情が怒りの色に染まる。そして
「いいだろう、その申し出を受けてやる…!私が勝てばお前は拷問の後に打首だ…!死よりも辛い苦しみが待っていると思え…!」
俺の勝負を受けた。ならば俺が言うことは1つ。
「まだ俺が勝った場合の条件を言ってないぜ。」
「貴様の条件だと…?言ってみるがいい」
いわばこの勝負の本当の意味。それは勝って俺の願いを叶えること。
「俺からの条件は一つ……戦いに勝ったら俺を騎士にしてくれ。」
自分でも無茶な発言だとは分かっている。しかしこの道以外に自分を救う道はない。この条件が通れば俺の勝利が見えてくる。
「騎士に…しろだと…?貴様のような軟弱な者を騎士にしろだと…?ふざけるな!騎士の存在まで貴様は汚そうとゆうのか!」
「そんなつもりは毛頭ねぇよ。俺は自分の生活の安定が欲しいだけだ。けど信頼してくれるような相手が…」
俺はフィリアを見る。可愛らしい顔が心配そうに俺を見つめている。
「1人しかいない。ならその1人のために俺は頑張るね」
「本来騎士になるためには数十年と努力せねばならない。貴様はそれを無視して騎士にしろと言っているのだぞ…!」
「そんなこと承知の上だ。けど無視してでも俺は騎士になりたいんだよ。お前を倒してな」
頼む…!この条件を飲んでくれ…!
陽斗は心の中で願う。
サレルノの答えは
「…いいだろう。その条件飲んでやろうじゃないか。万が一貴様が私に勝てば、貴様を騎士にするように七隊長に掛け合うことを約束してやる。ただし私が負けることなど万に一つもないがな…!」
「決まりだな。戦いの内容は…」
「それはこちらで決めさせてもらおう。元はと言えば貴様から言い出した勝負だ」
「ああ…いいぜ」
「勝負は明日の明の7時。騎士隊訓練所の模擬戦場にて行う。勝負の内容だが…木剣による模擬戦とする。」
その内容に抗議をしたのはフィリアだ。
「模擬戦…?!騎士が一般人と模擬戦をすることは禁止されているはずよ!」
「此奴は私を愚弄し、騎士の名を汚した。本来ならば打首でもおかしくないことだ。私はそれを許し模擬戦で手を打ってやると言っているのだぞ」
フィリアは陽斗に詰め寄る。
「馬鹿な真似はやめて…!こんな勝負する必要ない…!働き手なら私が探してあげるから…」
「確かに働き手は欲しいけど別にそのためだけに戦うんじゃねぇぜ俺は…!」
「じゃあ…なんで…!」
「君が泣きそうな顔をしてた…!俺の戦う理由はそれだけで十分だ」
俺はフィリアを見て少し笑う。フィリアは驚いた顔を見せた。
「くだらん理由だな…。模擬戦で私が貴様を殺しても構わんのだろうな。私は手加減などせんぞ…!打首よりも苦しい死を与えてやる…!」
「ああ、いいぜ…、俺もお前を殺す気でいくからな…!」
サレルノと陽斗が睨み合う。
「では明日の明の7時。待っているぞ。せいぜいそれまでに死の恐怖に怯え震えているのだな…!」
サレルノが部屋を出ていった。再びフィリアと俺のふたりきりだ。
「本当に…いいの…?きっとサレルノは本当にあなたを殺そうとする…!」
「大丈夫だよ、あんな奴になんか…」
「サレルノは王国騎士隊の中でも剣技だけで言えば五本の指に入る実力よ…!」
「な、なにそれ初耳。アイツってそんなに強いの…?思ってたよりやばいかも…」
「なら今からでも…」
「でも逃げることはしねぇぜ俺は。絶対勝って騎士になってやる…!」
今までに色んなことから逃げてきた俺だ。今頑張らなくていつ頑張るんだ。
「どうしてそこまでしてくれるの…?」
「君は俺を助けてくれたからな。次は俺が君を助けたいんだよ」
「わからない…」
「分からなくてもいいよ。俺の自己満足だ」
「……嘘はついてないみたいね。本当に不思議な人」
「ああその認識であってるよ」
外を見ればもう夜になっている。窓から見える人通りも少ない。
「今日はこのまま屯所に泊まっていくといいわ。明日の朝迎えに来るから」
「ああ、分かった。…それと」
「どうしたの?」
「最後にだけど…君の名前ってフィリアで合ってた?」
「私の名前…?どうして?」
「どうしてって、恩人の名前は知っておかなきゃな駄目だろ?君の名前が知りたいんだ」
フィリアは少しだけ戸惑うような素振りを見せる。そして口を開いた。
「…私はフィリア。フィリア・アルドレアよ」
「俺はハルト。アサギリ・ハルトだ」
「そう…。じゃあねハルト。おやすみなさい」
フィリアが部屋から出ようとする。
「ああ、おやすみ、フィリア」
「それと…」
フィリアが足を止める。
「…さっきの言葉、嬉しかった。応援してる。頑張って」
「…おう」
フィリアがドアを閉める。部屋には俺ひとりが残された。
「さてと…おい、クソ猫悪魔」
「なんだい?」
クソ猫悪魔がジャージの中から顔を出した。
「なんだい?じゃねぇよ!色々と聞きたいんだけど…!?」
「はいはーい、なんでも答えるよー」
「いちいち腹立つわー。お前力貸すって言ったよな?マッチの火くらいしか出なかったけど!?」
「あー、それは君がまだ威能のコントロール出来てないからだねー。むしろ暴走せずに済んでラッキーだったくらいだよ」
「そんな話聞いてねぇ!?てっきり炎を自在に操れるかと思ってたわ!!お陰で死にかけたんだけど!?」
「それは不運だったねー、それよりハルト」
「…なんだよ」
「流石にあのサレルノってやつとの勝負は無謀だと思うなー。パッと見勝てる確率はだいぶと低いよー」
「そのためのお前だろーが。なんか実は威能がすぐに使えるようになる裏技とかあるんだろ?」
「あるにはあるけど…おすすめしないなー」
「明日は勝たなきゃいけないんだ…!頼む、教えてくれ…!」
俺はみっともなくモスに手を合わせて助けを求める。
「…まあ僕に損はないから教えてもいいけどー」
「じゃあ…」
「でも今教えたら絶対使うでしょ。最初は自分の力で頑張るんだね。本当にピンチになったらおしえてあげるよー」
「…分かった」
「はい、素直でよろしいー」
「それともう一つ」
「はい、なんだい?」
「お前、強盗の時といい、今といいどこに隠れてたんだ?」
この猫がジャージの中に隠れている感触を覚えたのはフィリアが部屋を出ていった後である。
それまでの間、モスはどこにいたのだろうか。
「あー、そのことかー。それも話しておかなくちゃねー。はいこれ」
モスが何かを渡してくる。モスの手の肉球にはひし形の小さなクリスタルが握られていた。
「これは…?」
「僕のお家」
「お前の家…?これが?」
「いつもはその中にいるから用がある時は心の中で呼んでみてね。僕と君とは思念でも繋がってるからすぐ僕に声が伝わるよ」
「お前って何かと便利な機能持ってるよな…」
「あははー、ありがとう。なくさないでね。一つしかないからー」
モスがヒゲを撫でながらそう言った。
「ああ分かったよ、なくさねぇ。じゃあ俺は寝るぜ。明日も早いんでな」
「丁度良かった。僕も今から眠るところだったんだー。じゃあねーハルトおやすみー」
モスが陽斗の手のひらの上のクリスタルの中に入ってゆく。すぐにモスは小さくなり消えていった。
「くそぅ。呑気な奴め」
陽斗もモスに倣い、眠ろうと体制を整える。
そしてゆっくりと目を瞑った。
思えば今日は今までに無いくらい長い1日であった。爆発に巻き込まれ、悪魔と契約し、異世界転生して、強盗に腹を刺され、騎士に喧嘩を売り、
「はは…めちゃくちゃだな…」
呆れた感情を含んだ乾いた笑いと共に一言呟いて、
陽斗の意識は途絶えた。
…ルト、ハルト
誰かが呼んでいる。
…きて、起きて
ゆっくりと目を開ける。
そこには赤紫の髪の美少女。フィリアがいた。
「……んん、ああ…おはようフィリア。」
「おはようハルト、体調はどう?」
「大丈夫大丈夫、さてと…」
陽斗は体を起こす。まだ少しの倦怠感は残っているが平気だ。戦える。
「騎士隊訓練所ってとこだったよな…どこにあるの?」
「やっぱり知らないわよね…案内してあげる。ついて来て。」
フィリアが部屋を出る。陽斗もフィリアを追って部屋を出る。
屯所を出るとすぐに前の大通りに出た。朝の活気づいた雰囲気が出ている。人通りも多い。
「こっちよ、ついて来て」
フィリアが人混みを避けながら進む。陽斗も必死についていく。
騎士隊訓練所は屯所から10分ほどの所にあった。訓練所とゆうよりは闘技場のような佇まいに陽斗は息を呑む。
「本当にいいの…?」
「ああ…大丈夫、準備は万端だぜ、フィリア」
「……勝ってね」
「ああ、分かってる」
俺の、異世界に来て最初の戦いが始まる。
訓練所の中は本当に闘技場そのものだった。
土でできた地面で形成された円形の広場。それを取り囲むレンガの壁。そして壁の上には観客席が設けられており…
「なんであんなに人がいるんだよ…」
観客席は満員御礼。完全に埋まっている。そしてその全員が見覚えのある白いマントを羽織っている。
「アレ、全員騎士なのか…」
俺が場の空気に呑まれ始めた頃に、相手側がご登場。
「逃げずに来たことは褒めてやるぞ、軟弱者めが」
「お前こそ逃げなかったんだな。怖気づいて逃げたと思ったぜ」
サレルノは陽斗の挑発は無視し、背を向けた。何をするかと思ったその瞬間。サレルノが声を上げた。
「この者は、騎士である私を愚弄し!騎士の存在そのものを貶めた!この罪は重いものである!よって私が誅を下す!」
観客席が沸き上がり、完全に四面楚歌となる。
「はは…完全アウェーじゃねーか」
「決闘は木剣による模擬戦とする。魔法の使用も許可し、どちらかが降参するか戦闘不能になった瞬間、相手側を勝者とする!」
陽斗とサレルノに木剣が渡される。
木剣は思ったより軽く、昔少し剣道をしていた陽斗にも難なく振り回すことができた。
「双方用意はよいか」
審判ポジションにいる騎士が確認する。
「こちらはいつでも」
「ああ、いけるぜ」
「それでは両者構えて!」
会場が鎮まる。開始の時が近づく。
大丈夫だ、俺は絶対に負けない。
根拠のない自信を胸に目の前の敵を見据える。
相手側も同じくこちらを見ている。
「……いくぜ」
そしてその時がくる。
「始め!!」
開始の合図とともにサレルノが驚くべき速さで近づいてくる。風の切る音さえ聞こえてきそうな速さだ。
ヒュッ!
サレルノが木剣を振るう。木剣の速さも異常である。目でぎりぎり追える程である。
ガキッ!!
木同士がぶつかり合う音。
陽斗はサレルノの攻撃をギリギリで防ぐ。
「ふん!少しはやるようだな、だが!」
サレルノの攻撃は続く。陽斗はそれを防ぐことが出来ず、体のあちこちを木剣で削られてゆく。防御に精一杯で攻撃など出来るはずもない。
「防御だけでは私には勝てないぞ…!」
サレルノの攻撃が重みを増して陽斗を襲う。気を抜けば体ごとふき飛ばされる様な威力である。
「クソっ…!」
陽斗が距離を取ろうとする。しかしサレルノの速さがそれを上回る。再び距離を詰められる。
「その程度の実力で…!」
サレルノが怒りの形相で陽斗を睨む。
「私に勝てると思うな…!!」
ガギンッ!!
木剣が弾かれる音。飛ばされたのはもちろん陽斗の木剣だ。
「これで終わりだ…!」
陽斗の横腹にへこむような違和感。続いて凄まじい鈍痛。
陽斗が横腹を見ると、木剣が叩き込まれている。
「せぁ!!」
そのままサレルノが剣を振り切る。陽斗の身体は宙を舞った。
「ガハッ……!」
肺の空気が全て外に出ていった感覚。息ができない。
一瞬の浮遊感。そして硬い地面に身体が叩きつけられる。
「……ッ!!」
陽斗は再び身体を起こそうとする。しかし体に力が入らない。
「クソ……!」
口の中が血の味で充満する。横腹には感覚がない。恐らく骨も折れている。
「クソ…!」
俺は負けるのか。
木剣を杖がわりに立とうとする。しかし身体が言うことを聞かない。
「諦めたらどうなんだ、今ならその傷だけでよしとしてやろう」
サレルノが余裕の表情で陽斗に語りかける。
「や…なこった…」
立ってやる、絶対立ってアイツを倒してやる。
陽斗がサレルノを睨む。
視界にはサレルノとその後の観客席。
その時に目に入ったのは。
赤紫の髪をした少女。フィリアだ。
必死な顔で何かを叫んでいる。
ああ、そうだ。あの子が助けを求めていたんだ。
俺はあの子を助けたかったんだ。
あの子が泣きそうな顔をしていたから。
その顔を見ると放っておけないから。
その顔を笑顔に変えたくて…
「俺は…戦ってるんだっ……!」
陽斗が立った。大丈夫だ。まだ戦える。
「…負けて…たまるかよ…!」
陽斗が地面を蹴る。サレルノが再び構える。
「理解に苦しむな。なぜあの女のためにそこまでする…!」
サレルノの木剣が陽斗を襲う。
「グハッ……オラァッ!」
木剣を持たない陽斗が握った拳をサレルノに向かって振るう。サレルノはそれを容易く避ける。陽斗の身体はバランスを崩し、致命的と言ってよいほどの隙を作ってしまった。
「これで…終わりだ…!」
サレルノの木剣がハルトの首に向かってゆく。凄まじい速さ。剣は陽斗の首を……
ゴオッ!!
その時だった。爆炎が弾けた。この炎は…
「…モス…!」
心の中で名前を呼ぶ。
「これ以上だと君死んじゃうからねー。君に死なれると困るんだよ、色々とさ」
いつものようにモスの呑気な声がする。
「モス……お前の力が使えるようになるってゆう裏技を教えてくれ…!」
俺は最後の望みである「裏技」の方法をモスに問う。
その答えは…
「…寿命を払うんだ。払った分だけ君は一時的にだけど僕の力を使えるようになれる。今回だけはサービスしてあげるよ。緊急事態だ」
「マジかよ…。15年以上とるのか…」
しかし今の状況を変えられるのはそれしかない。
「アイツを倒すのに、どれ位払えばいい…?」
「1ヶ月で手を打とうじゃないか」
「……分かった……」
陽斗はサレルノを見る。サレルノは驚いた様子を見せている。しかしそれも束の間。再び距離を縮め、陽斗に止めを刺さんと迫ってきている。
「モス……1ヶ月分の力を…俺にくれ…!」
「引き受けた」
その瞬間身体に力が漲る。全身が燃えたぎるような高揚感。今なら何もかもができそうな気がする…!
今なら…何だって…できる…!
「喰らえ…!!」
両の掌を開き、サレルノに向かって手を伸ばす。
サレルノが少し驚いた表情をする。
「いまさらこの程度の魔法で悪あがきか…!往生際の悪い…!この一撃で終わらしてやる!」
サレルノが今迄で最高と言ってもよい速さの一撃を陽斗に叩き込むべく距離を一気に詰めた。
「…いくぞモス」
「いつでもいいよ」
この一撃に全てを…!
陽斗とモスが同時に叫ぶ。
「獄炎螺旋!!」
その瞬間目の前の世界が炎で埋め尽くされる。
熱い。熱い熱い熱い熱い。
しかし苦しくはない。不思議な高揚感が
身を包んでいる。
その炎が自分の手から出ていることをとてもではないが信じることができない。
いける…!これなら…!
「…っああああああ!!」
陽斗の咆哮。
「グアアアアッ!!」
サレルノの悲鳴にも似た叫び。
そしてその炎は自分の手から離れ…
サレルノを包み込んだ。
「ハァ…ハァ…」
陽斗が立っている。確かに立っている。
「ガ…ハ…」
サレルノが倒れている。
炎に包まれたはずであるのに身体が黒炭になっていないとゆうことは白いマントには何か秘密があるのだろうか、と頭の中で疑問が浮かぶ。
しかしそんなことはどうでもよい。
サレルノは一向に立ち上がろうとする様子を見せない。
その状況の理解は誰もがなし得た。
審判の騎士が勝者の名を呼んだ。
「し、勝者…!!アサギリ・ハルト!!」
勝ったのか……?
陽斗は呆然と周りを見渡す。観客席では騎士達が各々驚きの表情を見せる。
フィリアは…?
「……はは…勝ったぜ…」
勝利の雄叫びのひとつでもあげようかと思ったその時。
全身の力が抜け、その場に倒れ込む。
「また…かよ…」
苦し紛れにそうゆうと…
陽斗の視界は再び暗黒に覆われた。