屯所での出来事
異世界に飛ばされてからいいことなど一つも無かった。
召喚された場所がまさかの荒野の真っ只中。そこから街を求めてさ迷うこと数時間。街に着いたのはいいもののそこで強盗と遭遇。人質に取られた女性を助けようとして返り討ちに。
しかしそれを全て忘れさせてくれるほどに。
彼女の赤紫の髪は綺麗に揺らいでいた。
「す、すげぇ…」
吹っ飛んだ強盗を見て陽斗は呟いた。まさか女の子が強盗をぶっ飛ばすところを見る日がくるとは。さすが異世界ファンタジー。何が起こるかわからない。
赤紫の髪の女の子は鞘に入ったままの剣を右手に握りながら俺の前に立っている。白いマントを翻す彼女の背中しか自分からは見えず、顔を覗くことは出来ない。
「グ…ア……」
吹っ飛んだ強盗が苦悶の表情を浮かべている。軽く5メートルほど飛ばされたのだ。だれでも痛みで苦しいはずだ。
「これで一件落着ってか……うん?」
腹に何か違和感を感じる。何かが刺さっているような?
恐る恐る自分の腹の辺りを見てみると、そこには
吹っ飛んだ強盗が振り回していたナイフ、ちなみに刃を半分ほど腹にくい込ませている。そこからは血がドバドバと零れていた。
「嘘…だろ…」
吹っ飛ばされる前に投げたのか…何たる不運。いや不運で片付けられるほどに余裕はない。
「これって…やばいよな……」
意識が朦朧とする。目の前の風景が遠のいていく。それに抗うことも出来ずに陽斗はゆっくりと目を閉じた。
目が覚める。知らない天井に柔らかいベッド。わけも分からぬまま、とりあえず自分が生きていることを確認する。
「生きてる…よな…」
独り言のように呟いた。体を無理矢理に起こそうとする。しかし体に力が入らない。腹には少しの違和感が残っている。
「起きたの?」
鈴のように美しい声が耳に入り、咄嗟に声の主を探す。その声の主は自分のすぐそばにいた。
紫紺に輝く瞳。どこか柔らかく凛とした表情はだれもが魅入ってしまうような美しさとを持ち合わせていた。そして目に焼き付いたまま離れない赤紫の髪。間違いない。彼女が俺を助けてくれた女の子だ。
「君が俺を助けてくれたんだよな…ありがとう。助かったよ」
「別にお礼を言われるようなことはしていないわ。私は自分の義務を全うしただけ。」
「そんなことないよ、俺からしたら超助かった。だからお礼を言わせてくれ。」
赤紫の少女が少し困ったような顔をする。それもまた可愛らしい。年は自分と同じくらいだろうか。
「えっと…ここはどこなんだ?」
「ここは王国騎士2番隊屯所よ。ちょうど近くだったからここに運んできたの。」
「騎士か…やっぱりそこらへんもちゃんとファンタジー感だしてるんだなぁ…」
「?」
俺の独り言に少女が不思議そうな顔をする。
「いやいや!こっちの話だよ。そういえばあの強盗はどうなったんだ?」
「あの暴漢は拘束して身柄を引き取って貰ったわ。あなたの傷でそれどころじゃなかったもの」
「そういえば腹の傷は…?」
腹の辺りをさすってみる。そこには傷など残っていなかった。
「一応、応急処置の治癒魔法だけはかけておいたわ。零れてしまった血は戻らないからいまは動けないでしょうけど。」
そうゆうと少女は少し顔を俺に近づけて心配そうな顔を見せる。
「大丈夫?どこか痛むところとかはない?」
こんな美少女に顔を近づけられてはコミュ障、童貞の俺はここぞとばかりにキョドってしまう。
「い、いや?!全然大丈夫!ほら元気元気!」
「そう。なら良かったわ。話も出来るみたいだし少し質問してもいい?」
「え?質問?いいけど…」
「あなた、この王国の人ではないわよね?格好が少し変だし。何か身元を証明できるものはある?」
ここに来て大ピンチ。そう異世界転生において最も最初にぶつかる壁。それは身元証明である。
この場面をどう切り抜けるかがこの後の自分が歩む異世界ライフを大きく変えるのだ。
「えっと、西…そうこの王国よりずっと西から来たんだよ!宛てなき旅的な?そうゆうので!」
「この国より西には荒野と山と小さな村しかないとおもうけど…」
はい終わった。不審者ルート確定である。まさか自分が今まで歩いてきた方向が西だったとは。モスめ、後で絶対に恨んでやる。
「えっと…」
「私は立場上あなたの身元を確かめる必要があるの。だからお願い。嘘はつかないで」
嘘をつくなとゆわれても…異世界から来ましたといっても信じてくれるだろうか。いや絶対にない。100%不審者扱いだ。
「出身地は…わからない、えっと…身元を証明出来るものは…」
ポケットのなかを探る。ちなみに今の俺の格好はヒキニートのユニフォーム、ジャージである。確かにジャージはこの世界では変な格好かもしれない。ポケットには携帯、財布しか入っていなかった。財布には少しばかりの金しか残っていない。
「身分証明もできない……」
「自分の出身地も分からずに身分証明もできないの?あなたって何者なの?立場上見過ごすわけにはいかないわ」
「決して怪しい者じゃないよ!約束する。それは絶対に保証するから…」
苦し紛れの誤魔化しだ。こんなのが通用するわけない。
「そんな言葉を信用しろと…?」
「…そうだよな…信じれるわけないよな…」
もうダメだ、俺はこれからどうなるのだろうか。不審者ならばこのまま身柄を拘束されて投獄されるのだろうか。
「でも、あなたは嘘はついていないみたいね。」
「へ?」
「私、人が嘘をついているかどうか何となくわかるの。あなたの言葉に嘘はなかった。言ってることはめちゃくちゃだけど」
「じゃあ…」
「信じてあげる、それが私の…騎士としての正義だから」
「ありがとう…信じてくれて…」
やっぱりこの娘はいい子だった。そりゃそうだ。美少女に悪い娘などいるものか。それにしても可愛い。女神か。女神なのか。
「でも…あなたこれからどうするの?」
「で、ですよねー、ここからが問題ですよねー」
それが次の問題だ。これからこの異世界でどう生きていけばいいのか。それが一番といっていいほど重要である。
「あなた、よかったら…」
少女が何か言いかけたその時…
「おい、フィリア!フィリアはどこだ!」
部屋のドアが勢いよく開いた。
ドアを開いたのは長身の男だった。銀髪の髪に端正な顔立ち。イケメンの部類に入るだろう。腰には剣を携え、全身を白いマントでつつんでいる。
「サレルノ…どうしたの?」
「どうしたもなにもどこで油を売っていたんだ!隊長の身でありながら、軽率な行動は謹んで頂きたい!」
「別に無駄なことをしていたわけじゃないわ。彼を助けていたの」
「なんだと…おいお前!」
怒りの矛先が俺に向かう。面倒なことになった。
「聞けばお前、強盗に立ち向かって見事に返り討ちにされ致命傷を負ったらしいじゃないか。出過ぎた真似をするならそれ相応の力を付けてからにするんだな。腹の傷如きで我々騎士の手を煩わせるな!」
いちいち癇に障る言い方をしてくるな、こいつ。
嫌いなタイプかもしれない。
「そしてフィリア!お前もお前だ!隊長であるならばもっと自分の行動に責任を持つんだな!これだからアルドレア家の者は…!」
銀髪の男は少女に…フィリアに向かっても容赦なく暴言を吐き散らす。
フィリアは男の暴言を黙って聞いているだけだ。
「アルドレア家の者ならばそうらしく本来しているべきなのだ…!」
フィリアの顔が少しばかり曇った。
「一番出過ぎた真似をしているのはお前かもしれないな、フィリア!」
フィリアの顔がまた少し曇る。
「お前の血筋は、途絶えるべきだったのだ…!」
「うるせぇよ」
声の主は陽斗だ。
「なんだと…?」
サレルノが視線を陽斗に向ける。
「さっきからなんちゃら家がどうだの血筋がどうだのうるせぇんだよ」
「貴様…!騎士に向かってその発言、タダでは済まさんぞ…!」
「ああ、俺をタダで済まさないのはどうでもいい。煮るなり焼くなり好きにしろ」
陽斗がサレルノを睨む。
「ただし、フィリアに謝りやがれ…!」
「なんだと…?私がフィリアに謝れだと…?ふざけるな!」
「ふざけてんのはてめぇだよ、銀髪野郎。フィリアは俺の恩人だ。馬鹿にするのは許さねぇ」
「貴様…!どこまでもふざけおって…!どうなるか分かっているんだろうな…!」
「ああ、分かってるさ、分かっている上で言わせてもらうとだ…」
そして陽斗はサレルノに向かってこう言った。
「俺と勝負しろ」