異世界ニート
目の前の白がどんどん薄れてゆく。白以外の色が風景を彩ってゆく。それは自分が再びこの世に戻って来たことを教えてくれる。そして目の前が色の塗られた景色になって、朝霧陽斗は息を吸い込んだ。
「戻ってきたんだ…よな」
今自分は生きている。右腕もちゃんと体に付いている。それだけで嬉しくてたまらなく感じる。
陽斗はとりあえず自分が生き返ったことに感謝して意識を目の前に移す。
そこで少しの疑問が生じた。
「どこだここ?」
目の前にはただひたすらに広がる荒野。遠くには山が見える。しかし一番大事な…
「人がいない…」
どうゆうことだ?まずここはどこなんだ?色々と疑問があるがまずは…
「ん?なんだい?」
この黒猫について何とかせねば。
「なんでお前もここにいるんだよ?!」
「なんでって君と僕は契約した仲じゃないかー、これからはずっと一緒だよ?」
「なんで?!契約したらずっと一緒にいないといけないの?!そんなの聞いてねー!!」
「いや、聞かれてないから話すことも無かったからさー」
「そうゆうのって初めに利用規約として話すべきだよな?」
「てへ♡」
「可愛くねーよ!!」
こんな奴とずっと一緒だと?たまったもんではない。しかし契約した以上一緒にいなければならないとはひどい話である。
「それでここはどこなんだ?」
「さあ?」
「は?」
陽斗の背中に嫌な汗が流れる。
「もしかして…」
「僕もどこだかわかんない」
「おいおい、まさか海外ってゆうんじゃないだろな」
「あ、安心して。少なくとも君がさっきまで生きてた世界とは別の世界だから。」
「ふぇ?」
こいついまなんて?別の世界だと?つまり…
「俺って異世界転生したってこと?」
「そうそう、そんな感じだよ」
「いや、いやいやいやなんでだよ。元の世界に戻してくれよ」
「あ、それは無理だよー、一度死んだ世界には戻れないってゆうルールがあるからねー。諦めるんだねー」
「それも初めにゆうべきだよな?」
「…てへ♡」
「ふざけんなーーー!!」
陽斗の怒りの雄叫びが荒野の乾いた大気を震わせた。
「はぁはぁ…はぁ…」
果てなき荒野を歩き、そこから街を目指すべく山を二、三上り下り。かれこれ4時間は歩いている。いっこうに街どころか人1人すら見当たらない。
「まさか、人のいない世界とかないよな…それだと俺孤独死する自信あるぞ…」
「無駄な自信だけはあるんだねー」
「うるせぇよ!!てかお前自分で歩けよ!」
忌々しい悪魔猫ことモスが俺の肩に乗りながら独り言にいちいち突っ込みを入れてくる。
「いやー、別に僕重たくないでしょ?ケチケチ言わないで乗せておくれよー」
「じゃあ出来れば黙ってくれない?腹立つから」
「ふぁーい、じゃあ僕は寝るとするよー、おやすみー」
あくびしながらモスがノビをする。そのまま肩の上で寝始めた。器用な奴だ。
「こいつのせいで二倍疲れてる気がする…それより街はどこだ…そろそろ俺の自宅警備で培った体力ももたねぇぞ」
グチグチ言いながら丘を登りきる。疲れと怒りがピークに達しかけた時、目の前に希望の光が見えた。
「街だ…」
目の前に街が見えた。それもとびきり大きな街。都と言ってもいいくらいの大きさである。
「やったぜ…勝ち確…」
最後の力を振り絞って足をひたすら前に進めた。
「やっと着いたー!!」
街についてまずは歓喜の雄叫び。周りの目などきにするものか。まず周りの目があることを今はありがたいこととしよう。
流石は異世界と言ったところか。
周りの人々は皆西洋風の格好である。
それに比べて自分はヒキニートのユニフォーム、ジャージ。ハッキリいってめちゃくちゃ浮いている。髪もいつもよりボサボサになっており、正直言って人の目が痛い。
「あれ?今になって恥ずかしくなってきたぞ?」
「うるさいよー、ハルト。何かいい事でもあったのかい?」
「うるせえな!やっと街に着いたんだよ!そんでもって異世界文化を身をもって体験してんだよ!」
「あー、よかったねー、それでここからどうするのー?」
「とりあえず……どうしよ」
「だよねー、だと思った。おやすみー」
「ちょっと待って!?モスさん!?モスさん?!起きてください!!」
「なんだい、僕は鬱陶しかったんじゃないのかい?」
「どうすればいいの俺、これから…」
「知らないよー、とりあえず働き手でも見つけたらー?」
働き手だと?この自宅警備員で培った労働力とコミュニケーション能力でなにをしろと?
「無理だ…異世界転生した時点で詰みゲーだったわ…あはは死のうかな」
「自殺はやめてねー、僕も死ぬから」
「初耳な事が多すぎるわ」
「君は僕とは契約で繋がってる状態なんだ。君の命は僕の命、共有してるんだよ。そうじゃないと君の寿命も貰えないしね。そこら辺ちゃんと分かっててね」
「初めに言えよ…」
呆れて言葉もでない。なんなんだこの説明不足クソ猫野郎は。
「とりあえずまずは情報収集…だな。インフォメーションセンター…はないとしてどこかで情報を仕入れないとな…」
「キャーーー!!」
そこで耳に入ったのは女性の悲鳴。
「なんだ!?」
視覚に全ての神経が集中する。後ろからだ。後ろを振り向きそこで見たのは、
大声で叫びながらナイフを振り回す男と人質に取られた女性。それを周りで見ながらオロオロとしている人々だった。
「金だ!金を寄越せ!こいつが死んでもいいのか!」
強盗の上等文句を叫びながら男がナイフを振り回す。
「た、助け…て…」
女性は泣きながら助けを周りに求めている。しかしこの状況、彼女を助けようとするものなどいるはずもない。周りの人々はただ驚きながら振り回されるナイフに萎縮するだけだ。
「あれ、マズイだろ…普通街中であんな大胆なことするかよ?」
「確かにマズイねー」
「助けないと…」
「どうやって?」
「どうやってって……お前の力って炎を操れるんだよな?」
「うんそうだよー」
「それを使ったら彼女を助けられるのか?」
「さあねー」
「さあねって…いや殺されそうなやつが目の前にいるのにほっとけるか、やってやる!」
「無駄な正義感は身を滅ぼすよ」
「うるせぇな、黙ってろ!」
陽斗は前に出る。そしてナイフを振り回す強盗に向かってゆく。周りは皆目を見張り、陽斗を見る。男は激昴した様子で叫ぶ。
「て、てめぇ!!この女が死んでもいいってのか!本当に殺すぞ!」
「黙れ!強盗め、おれの異世界デビューの糧にしてやるぜ!」
陽斗は手を前に出す。そして叫ぶ。
「くらえーー!!」
強盗が驚いた様子で目を見開く。そして…
ポンッ
マッチ棒程の小さな火が人差し指から出た。
「はえ?」
「……てめぇ驚かせやがって!タダのへぼ魔法使いじゃねぇか!もういい!お前から殺してやる!」
男が陽斗に向かって突進してくる。もちろん陽斗は何も出来ない。渾身の力がマッチ棒の火とは…笑うに笑えない冗談である。
「やばい、これ死んだかも…」
男が突進してくる。もう逃げられない。転生して早々死ぬとは何たる不運。俺が死を覚悟したその瞬間…
銀色の閃光が一筋に煌めいた。
キィィィン!!
甲高い金属音を上げる。そして男が吹っ飛んだ。
そして陽斗の目の前に立っていたのは、
赤紫の髪の毛をした少女だった。