7 彼女にとって魔法とは
「魔法って、ちょっと料理みたいだよね」
そう言ったのは、リョーコちゃんだ。
長い赤毛をポニーテールにした、オレンジ色のローブの女の子。星組の副委員長をしているしっかり者だ。
魔法を使うには、まず、魔素って呼ばれる自然に存在する成分を取り出さないといけない。そして、取り出した魔素で魔法の構成を織り上げて、そこに魔力を流し込む。これで、魔法が発動する。
簡単に言うと、魔法ってつまり、そういうこと。
この魔素は普段は見えないんだけど、集中すると色がついた光みたいのがあちこちに見えるようになる。虹みたいな感じの光が、あちこちに。集中しても何も見えない人には、残念だけど魔法は使えない。素質がないっていうヤツだ。
逆に、集中しなくても、いつも魔素が見えている人もいるらしい。それは、何か落ち着かないっていうか、煩そうな世界だなあって思う。余計なお世話かもだけど。
で。この虹の光みたいな魔素を、糸みたいに寄りだして織り交ぜて魔法の構成を編み上げていく。
だから、魔法の構成は、編み物か織物みたいだってよく言われている。
「料理っていうか、お菓子作りの方が近いかな? 必要な材料をきっちり量って、正しい手順で混ぜていって、型に入れて、オーブンで焼く。型に入れるまでが魔法の構成で、オーブンで焼いて火を通していくのが、魔力を通すところっていうか。まあ、魔力を通すのはそんなに時間はかからないし、かかる時間は全然違うけど」
そんな例えが出てくるってことは、きっとリョーコちゃんは自分でお菓子とか作るんだろうな。
料理とかお菓子作りとかはあんまり得意じゃないあたしは、そう言われてもピンとこない。魔素で織り上げた編み物をケーキの型に入れてオーブンで焼くイメージしか浮かんでこないよ。……何が焼き上がるんだ?
でも、火入れのところとかは、確かにそうかも。火力が足りないとお菓子は生焼けで、強すぎると黒焦げになっちゃう。
そうすると、あたしの魔法は、火力が暴発して爆発したお菓子ということに?
失敗したどころじゃないっていうか、とんだ大惨事だ……。
あたしは。
料理も編み物も得意じゃないあたしは、魔法は積み木みたいだなって思ってた。
積み木で組み立てた何かに、命を吹き込むみたいだなぁって。
積み木の馬に命を吹き込んだら、その馬が走り出したみたいな。まあ、あたしは積み木に命を吹き込み過ぎて馬を爆発させちゃうことがほとんどなんだけどね。
危険だから、おばあちゃんが近くにいない時は、この“命を吹き込む”作業はやらないようにしてた。
魔素で構成を編むだけなら、何も起こらないからね。
だから、あたしは。おばあちゃんのいないところでは、ひたすらこの“積み木遊び”をしていた。
作っては壊し。作っては壊し。……言っておくけど、この壊すは爆発させるってことじゃないからね? ほら、お片付けのために、出来上がった作品を元の積み木の状態に戻すって意味だからね?
えーと、まあ。そんな感じで。
何かを作っては、一度バラバラにして、また新しい何かを作ってはバラバラの元の積み木状態に戻して。魔法の構成を編み上げては、また元の魔素の状態に戻してっていうのを、ひたすら繰り返していた。
本物の積み木で遊ぶみたいに。
――早く、子供の遊びから卒業して、美味しい料理や素敵な編み物を作れるようになりたいもんだ。
という前置きはさて置いて。
今回はルシエルの話なのである。
ルシエル・トゥーハート。
学園で大人気の「白と黒の魔女」。その黒の魔女サタニア・ウルドのお孫さん。星組で一番魔法がうまくて魔力も高い。
茶味がかかった黒髪をポニーテールにしている、真面目そうな女の子。
ローブの色は、サタニアさんと同じ黒。
あたしと、寮が同部屋の女の子だ。
最初の格子柄事件の後。
ルシエルと、ルシエルを追いかけた黒ローブ二人は、次の授業には間に合わなかった。その後の授業は、ちゃんと出てきてたけど。
ルシエルはずっと険しい顔をしていて、話しかけるな~って、全身で訴えていた。
それでも、ロザリアは何度か話しかけようとしていた。だけど、ルシエルは完全に心を閉ざしちゃってたみたいで、目も合わせないっていうか、まるでロザリアなんて存在していないみたいに、何も聞こえませんって態度を貫き通した。
しょんぼりと肩を落としたロザリアは、ちょっと可哀想だった。……次の日には復活してたけど。しかも、物凄く迷惑な感じに。
その夜。
ルシエルはあたしに深々と頭を下げた。泣きそうな顔で。
ご飯もお風呂も済ませて、部屋で二人きりの時に。星組の寮は二人部屋なのだ。
「ごめんね、ミア。私のせいで、おばあさまのことがみんなにバレてしまって。もし、学園ではアヴリルさんの孫だってことを隠しておくつもりだったのなら、本当にごめんなさい」
「え? 謝らないでよ。そもそも、ルシエルのせいじゃないし。悪いのはロザリア……じゃないな、これ、トーマス先生のせいだよね?」
何とか宥めようとわちゃわちゃと手を振りながらも、最後には少し真顔になってしまった。どう考えても、一番悪いのはトーマス先生だよね?
入学試験で水晶玉を壊しちゃったことまでバラされちゃったし。その後のロザリアの暴走のおかげで、そのことは有耶無耶になったからよかったけど。
ロザリアもなー。
あんな、みんなもいるところじゃなくて、せめて二人きりの時に聞いてくれればよかったのに。そうすれば、もっと何とか、何とか……。あれ? 何でだろう? どっちにしろ、最終的には似たような状況になるような気がする。
ロザリアが情熱のままに突き進む限り、どの道を辿っても結局こうなるような、そんな気がする。
なんて。あたしが横道にそれている間も、ルシエルは頭を下げたままだった。
こ、これは、深刻だ。
ルシエルが、何をそんなに気にしているのかが分からなくて。
あたしは、“そのこと”について、おばあちゃんから言われていたことをルシエルに話してみることにした。
「おばあちゃんからは、最初の内は、あたしがアヴリル・ミンスの孫だってことは黙っておきなって言われてたんだよね」
ルシエルの肩がピクッと震えた。
あ。ごめん。大丈夫! これ、そんなに大事な約束とか言うほどのものでもないから!
あたしは、慌てて言葉を続けた。
「でもね。それが、どうしてなのか理由がわかったら、後はあたしの好きにしていいって、そうも言われた」
ここで、ようやくルシエルが顔を上げた。
どういうこと? って顔をしている。
「んーとね。どうしてかが分かったら、面倒を避けてそのまま秘密にするなり、逆にそのことを利用しようとするなり、好きにしていいって言われたの。ロザリアのおかげで、理由は大体分かった、と思うし。その上で、あたしがちゃんとみんなに話そうって決めたんだから、ルシエルは何も気にする必要、ないからね?」
まあ、正確には、ロザリアとエリス先生のおかげかな。
エリス先生は、入学試験の時の試験官だったんだけど、おばあちゃんに憧れているみたいだった。アヴリル様とか言ってたし。
つまり。
面倒っていうのは、ロザリアみたいなののことで。
利用っていうのは、エリス先生みたいな人に、あたしがおばあちゃんの孫だってことが理由でよくしてもらえるかも、ってことなんだと思う。
あたしの話を聞いたルシエルは、少し考え込んだ後、ぽつぽつと自分のことを話し出した。
部屋の中なのに立ち話もないよねってことで、二人とも今はクッションの上に腰を下ろしている。
「私は、おばあちゃんのことは嫌いじゃない。でも、おばあちゃんと比べられるのは、嫌。だから、ここではサタニア・ウルドの孫だってことは、ずっと隠し通すつもりだった」
「そっかあ。でも、そうだよね。ルシエルは十分すごいのに、サタニアさんの孫だってだけで、全然すごくないなんて言われちゃうなんて。こういうの、理不尽って言うんだっけ?」
「う、うん。使い方は合っていると思うよ」
ルシエルは、どこか困ったような顔で笑った。
実は使い方を間違ってたんだろうか?
不安になりながらも、あたしは続けた。
「それに、ルシエルよりもすごい人がそう言うなら、まだ納得できるけど。そうでもない人に言われたら、ものすごく腹が立つと思う! ロザリアにもさ、『おばあちゃんには敵わないけど、あなたよりは魔法がうまい』とか言い返しちゃえばよかったんだよ」
「え、ええ? そ、そんなこと、言えないよ。確かに、それはそうだけど」
困った顔でルシエルは否定したけど。“それはそう”とは、思ってるのか。ちょっと、意外。
ルシエルはもっと、思ってることを言っちゃっていいと思うな。
ルシエルに必要なのは、“思い切り”なんじゃないだろうか。
「でも、そんな風に言えたら、少しスッキリするかも。想像するだけでも、楽しいし」
ルシエルが浮かべた本当の笑顔に、あたしは嬉しくなった。
楽し気に表情を緩めた後、でもルシエルは、遠くを見つめながらポツリと漏らした。
「魔法のことだけだったらなぁ」
「え? どういう意味?」
首を傾げていると、ルシエルはまたあの困ったような笑顔を浮かべた。
「おばあちゃんて、物凄い美人だったんだよ。今でも、十分綺麗なんだけど、若い頃は絶世の美女だったらしいよ?」
「ぜっせいのびじょ……」
うちのおばあちゃんは、どうだろう? 若い頃は、もしかしたら美人だったりしたのかもしれないけど、絶世とかではなかったと思う。それは、断言できる。
「初めて会った人はみんな、私を見て、がっかりっていうか、期待外れみたいな顔をするんだよ。あのサタニア・ウルドの孫にしては大したことないなって、口に出さなくても丸わかりなんだよ!」
ルシエルは膝の下からクッションを取り出すと、ボスボスと床に叩きつけた。
お、落ち着いてルシエル!
ルシエルは、普通に可愛いと思うよ! 普通に!
……うん。でも、そうだね。絶世、とかでは、ないかな……。
こんな時は、何て声をかけるのが正解なの?
「せめて、私がもう少し可愛かったらよかったのに! それか、いっそ! 男の子に生まれてきてれば、そんなこと気にしなくて済んだのに!」
床にたたきつけたクッションを、拳で殴りだすルシエル。
ひ、ひー。
「で、でも! ルシエルが男の子だったら、同じ部屋にはなれなかったし、女の子でよかったってあたしは思うよ!」
火に油を注ぐことにならないかと心配しながらも思ったことを告げると、ルシエルはクッションを殴りつけていた手を止めた。ウルウルと瞳を滲ませている。
「ミア……。ありがとう……」
よかった。油じゃなかった。
「でも、もしも本当に男の子だったら、ロザリアみたいな女の子たちにモテモテだったりしたのかな?」
「あんな子にモテても、少しも嬉しくないよ」
調子に乗って余計なことを言ったら、ルシエルはぷくっと頬を膨らませた。
真面目で大人しそうなわりには、言うことは言うよね。ルシエルって。
それとも、少し打ち解けてきたから、なのかな?
そこで、ふと思い出して。
あたしはルシエルに、編み物と料理と積み木の話をしてみた。
ルシエルにとっての魔法って、何だろう?
少し考えた後、ルシエルは期待していたのとは違う答えを返してきた。
「編み物に例えるのは聞いたことあるけど、うーん。私はあんまり考えたことないかな、そういうの。魔法は私にとって、手足を使って何かするのと一緒っていうか。魔法を使うことが、当たり前すぎちゃって。でも、だからかな。将来、魔法使いになって何をしたらいいのかとか、全然考えてなくて。他にとりえがあるわけじゃないから、魔法使いになるしかないんだけど。卒業した後のこととか、本当に何にも考えてなくて……」
そう言って、憂い顔でため息をつく。
ルシエルは悩み多き女の子のようだ。
ルシエル・トゥーハート。
悪い子じゃないんだけど。
ちょっと、面倒くさい女の子だなって思う。