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5 格子柄の華麗なる活躍

「昨日も言ったと思うが、大事なことだから何度でも言うぞー? 最初の一年は基本をみっちり叩き込む。特にこの一ヵ月は、基礎の基礎を集中して勉強していくからな!」


 入学三日目の一時限目。

 教卓の後ろで腕組みをして、昨日の朝も聞いたセリフを繰り返すラーラ先生に、あたしも昨日同様、こくこくと頷く。

 背が高くて体格がいい先生が後ろに立つと、教卓はなんだかオモチャみたいに見える。


 基礎から教えてもらえるのは、正直、ありがたい。

 これまでずっと、見よう見まねで魔法を使って(いや、正確には爆発させて)きたけど、ちゃんと教わったことって、ないんだよね。

 だから、理屈の方はさっぱりなのだ。

 一応、おばあちゃんにレクチャーを受けたことはあるんだけど、おばあちゃんの話は難しすぎて理解できなかった。教わらなくても、おばあちゃんの魔法を見るだけで大体真似ができたから、余計に勉強する気になれなかったのかも。

 おばあちゃんも、早々に諦めてたし。きっと、そういうのは、魔法学園にお任せするつもりだったんだろうな。

 言い訳するわけじゃないけど。あたしもおバカだったかもしれないけど、おばあちゃんもあんまり教えるのは上手くなかったと思う。


「理由は二つある。一つ目は、このクラスには、全く魔法を習ったことがない初心者もいるからだ」

 これは、あたしのことじゃない。……たぶん、あたしは含まれてない。

 先生が言っているのは、着古した白いローブに身を包んだ異国の人、ジンさんのことだ。

 白いローブを着ているのは、白の魔女派だからじゃなくて、それが古着屋で一番安かったからなんだそうだ。

 星組でただ一人の、成人した、大人の男の人。

 年も離れているし、人を拒絶するような空気を纏っている、とうか放っているので、物凄く近寄りがたい。寮も一人部屋だし、ジンさんについては、誰も詳しいことを知らないのだ。

 ローブのことも、ロザリアが意を決してって感じで聞いてくれたから分かったんだし。白を選んだ理由が「安かったから」だと分かった時には、ロザリアが怒り出すんじゃないかとハラハラしたけど、流石のロザリアもジンさんには何も言えないみたいで、顔を引きつらせながらも引き下がっていた。


「もう一つの理由は、ここ近年で、魔法学が目覚ましい発展を遂げたことにある。新しい学説や見解が生まれたり、技術革新があったりした。当時は正しかったけれど、今では間違っているとされる学説もある。あとはまあ、おまえらが知っている知識は、既に古臭くてカビが生えているかもしれないから、ここでちゃんと新しい知識に更新しとけよ、ってことだ」

 斜め前の席に座っているロザリアが、勝ち誇った表情で「あなたのことですよ?」と言わんばかりにチラチラと視線を送ってくる。

 鬱陶しいことこの上ない。

 あたしの席は、前から二列目の窓際で、いい席だなと思って喜んでいたんだけど、早くも席替えをしたい気分だ。

 言っておくけど、あたしの頭には大して魔法の知識は詰まってないから!

 ……胸を張ることじゃないな。やっぱり、あたしはジンさんの仲間かも知れない。仲良くできるかは、分からないけど。


「間違い探しでもするつもりで、基礎を学んでる奴も、しっかり話を聞いとけよー? もし、自分が知っているのと違うところがあったら、遠慮なく質問しろ。授業中に聞くのが恥ずかしかったら、授業が終わってからこっそり先生に聞くのでも構わないぞ。間違った知識を覚えておくのは、何にも知らないよりたちが悪いからな。絶対に、そのままにはしておくなよー」

 あたしの場合は、真っ新、白紙も同然だからね!

 その点は、問題なし!

 それにしても、先生の話し方はどうしてこう緊張感がないんだろう?


「ちなみに、この話はあと一週間は続けるつもりだ」

 え? そんなに、続けなくてもいいと思うんだけど。

 それだけ大事な話ってことなのかな。

 もしかしたら、自分の話し方に緊張感が足りないことを自覚していて、その為の対応策なのかも。一回話しただけじゃ、聞いてない生徒もいるかもしれないからね。一週間も続けて話せば、どこかで一回くらいはちゃんと話を聞くこともあるだろう。的な?


「よーし、じゃあ、前置きはこのくらいにして、授業に入るぞー。まずは、昨日のおさらいも兼ねて、基礎中の基礎、魔素と魔力の仕組みについてだ」

「はい!」

 指名されてもいないのに、ロザリアが威勢よく立ち上がった。

 え? 何、急に?

「魔素も魔力も自然界のあらゆるところに存在します。魔素は、色のついた光として目で見ることが出来ますが、魔力は目に見えるものではなく、感じ取るものです。この二つを見て感じ取り、自在に操る能力を有する者のみが、魔法使いになれまるのです。魔素で構成を編み、そこに魔力を流し込むことで魔法は完成するのですわ。どちらが欠けても、魔法を使いこなすことは出来ません。魔素と魔力、二つ揃ってこその魔法なのです。どんなに上手に構成を編めても、適量の魔力を注ぎ込んで魔法を発動させられなければ、全く意味がない、ということですわ!」

 高らかに言い放つと、ロザリアは着席した。

 あたしの方を見ながらしゃべっていたわけじゃないけど、あたしのことだよね、これ。

 最後の一言を言うために、わざわざ当てられたわけでもないのに発言したの?

 昨日はルシエルに拒絶されて、ちんやりしてた癖に。

 あたしへの闘志を燃やすことで回復したのかな。

 なんて、迷惑な。

 あ、そうそう。ルシエルとは、夜に二人で少しお話をした。前よりも仲良くなれたと思う。部屋の外ではロザリアの目があるから、大っぴらに仲良くは出来なそうだけど。寮が同部屋でよかったよ。

 ルシエルのことについては、またその内、みんなにもお話ししたいと思う。


「あー。まあ、その通りだ。少し捕捉するが、魔素は普段は目には見えない。魔法を使おうと集中することで、見えるようになる。見え方には個人差があって、かなり集中しないと見えない奴もいれば、常日頃から何も意識しなくても目に入ってくるって奴もいる。一応説明しておくと、見え方は、あー、虹みたいなもんがその辺に広がっていたり、散らばっていたり、渦巻いてたり、大体そんな感じだ」

 先生は呆気に取られていたけど、直ぐに気を取り直して話を続けた。

 最後の大雑把な説明は、魔法のつかえないトーリ君に向けたものなんだろう。既に知っていそうな気もするけど。

、「この色のついた光を取り出して、混ぜたりより分けたりしながら構成を編んでいくことから、魔素の構成は編み物や織物に例えられることが多い。複雑な絵柄で大きい奴ほど値段が張るように、魔法も複雑で大きな構成ほど効果が高い」

 この辺は本当に、基本中の基本だね。

 あたしでも知ってるヤツだ。

 勉強しなくても、魔法を使ったことがあれば体が知ってる的なことだ。


 ここでまた、行き成りロザリアが立ち上がった。

「魔素については、自然に存在しているものを拝借して構成を編んでいくのですが、これに対して魔力はどうでしょうか? 答えなさい。ミア・サンダーレイン」

 え? ええ?

 よく分かんないんだけど、あたし、当てられたの?

 ロザリアに?

 先生でもないのに、なんで!?

「早くさなさい!」

「は、はいっ」

 ロザリアは人差し指でトントンと机の端を叩いて催促してくる。

 なんかよく分かんないけど、あたしは兎に角、立ち上がった。

「ま、魔力は、自然に存在しているものを、使えることは出来なくて、えっと、自分が持っている魔力しか、魔法には使えません」

 ひ、ひー。

 ちゃんと喋れてたかな?

 内容は、合ってたよね?

「ふん。拙すぎる説明ですけど、その通りですわ。一応、この程度の基本は理解しているみたいですわね」

 先生でもないのに、なんでそんなに偉そうなの?

 座っていいのかどうか分からなくて、あたしは救いを求めて先生を見つめる。

 偶にはm役に立ってー!

「あー。兎に角、二人とも座れ」

 ほっ。よかった。座れる。

 先生に促されて、ロザリアも渋々と腰を下ろす。

「ロザリア。一つ言っておきたいんだが。このクラスの教師はオレであって、おまえではない」

「もちろん。分かっていますわ」

 先生は締まらない真顔でロザリアを諭す。

 ロザリアは、何を今更って感じに頷いている。

 分かってて、それなの?


 ラーラ先生の鶴の一声により、静かで平和な授業が再開された。

 のもつかの間。

 数分も立たないうちに、またしてもロザリアの活躍が始まった。

 先生はその都度、注意はするんだけど、ロザリアは「分かってますわ」と答えるばっかりで、その実全然、分かってないし。

 先生の話に割って入るのは、まだいい。

 やる気があって前向き、と言えないこともない。

 でも。

 勝手にあたしに話を振るのはやめて欲しい。

 答えが合ってたからって、不機嫌な顔で睨み付けるのはやめて欲しい。

 答えが間違っていた時に、高らかな笑い声とともに馬鹿にするのもやめて欲しい。


「それはつまり……」

「ロザリア殿」

 そして、遂に事件は起こった。

 何度か同じようなやり取りを繰り返し、流石にみんなもうんざりしてきた頃。

 得意げに説明を始めたロザリアを遮ったのは、ジンさんだった。

 ジンさんが喋った!

 ロザリアもこれには驚いたのか、後列にいるジンさんを振り返って見つめる。

 目がまん丸になっていた。

 ジンさんは座ったまま、静かにロザリアを見上げていた。

 ジンさんの席は、前から三列目の窓から二つ目。

 ロザリアからは、間に一つ机を挟んだだけの、割と至近距離。

「ロザリア殿。授業は貴女とミア殿二人だけのものではない。基礎を熟知した貴女には、この授業は物足りないのかもしれないが、異国の出身で魔法を習うのは初めての拙者にとっては、この授業はとても大切なものなのだ」

 低くて、お腹の底に響くような声だった。

「先生の話はかみ砕かれていて、魔法初心者の拙者にも分かりやすい。足手まといなのは承知しているが、拙者とて星組の一員。少しでも早く皆に追いつけるよう、ロザリア殿にも協力してほしい」

 これは、もしかして。

 あたしを助けてくれたんだろうか?

 それとも、単にロザリアが鬱陶しかっただけなのかな?

 ロザリアの説明は、決して分かりづらいわけじゃない。突然、割り込んでくるから授業の内容に集中できないというのはあるけどね。特にあたしは。

 いつ当てられるか分からないから、とってもスリリング!

「え? あ? う……。それは、失礼しましたわ」

 ロザリアは口をパクパクさせて呻いていたけど、何とか絞り出すようにそう言うと、何故かあたしを睨み付けてきた。

 目から槍とか飛んできそうなくらいに。

 それはもう、盛大に睨み付けてきた。

 なんで!?

 あたし、何にも悪くないよね!?

 八つ当たりがひどすぎる。

「授業を続けてくださいな」

 正面に向き直って椅子に座ったロザリアは、タンタンと片手で机を叩いて授業再開を促す。

 自分が妨害して癖に。

 なんで、そんなに偉そうなの?


 まっすぐ前を見つめるロザリアの背筋はピンと伸びていた。

 昨日、ルシエルに目を逸らされた後は、ずっと背中を丸めて項垂れていたのに。

 こういうとこは、嫌いじゃない。

 ロザリアは鬱陶しくて迷惑な子だけど、嫌いではなかったりするんだよね。

 なんか、憎めない。


 いつか仲良くなれるのかな?

 あたしが何かしたわけじゃなくて、おばあちゃんたちの代の何やらが原因っぽいところが、何やら微妙。


 とりあえず、今度。

 全ての元凶なのかもしれない『白と黒の魔女』を、図書館で借りてこようと思う。

 それを読めば。

 何か分かるかもしれない。

 ……何も分からないかもしれない。



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