2 難しい案件ですな
試験は散々だった。
一番最初の魔力測定テストでは、測定用の水晶玉を壊しちゃったし。筆記試験は微妙なところだし。二日目の実技試験でも、ちょっといろいろ爆発した。
誰にも、怪我をさせたりはしていない。
でも、物は壊した……。
もう駄目だ。入学なんて無理。
……って思ったんだけど、村からここまで付き添ってくれたおばあちゃんは、なぜか余裕の顔だった。
散々だったことは伝えたのに。
「だからこそだ。おまえは絶対に受かっている。そして、クラスは星組。間違いない」
そう言って、ニヤリと笑った。
ほ、星組って、あれでしょ?
あれだよね?
これからの魔法社会を担う期待の星となるべく、稀有な才能の持ち主を選りすぐった特殊クラスって、入学の案内書には書いてあったんだけど!?
さすがに、そんなわけないって反論したんだけど、おばあちゃんは自信たっぷりのままだった。
「星組は、おまえみたいな子のために創設されたクラスだからね。創設に関わったあたしが言うんだ。間違いない」
「ふえぇ!? そ、それって、コネとか、ゴネとかいうヤツじゃなくて!?」
「あたしは何にもしてないよ。創設に関わったから、どういう子を対象にしたクラスなのかを理解しているってだけさ」
どういう意味なのかはさっぱりだったけど、おばあちゃんはそれ以上のことは教えてくれなかった。
いけずー!
期待の星。稀有な才能。
……魔法を暴発させちゃうことが?
どっちも、結びつかないよ?
どういう意味かを考えていたおかげで、心配とは不安を置き去りにしたまま、合格発表の日を迎えることとなり。
結果はというと。
おばあちゃんの言ったとおりになった。
合格発表は、クラス分けの発表も兼ねていた。これは、クラスによって寮に入れるかどうかが決まるからだ。寮に入れなかった子は、入学までに住むところを探さないといけないから、その為なんだって。
幸いにも、あたしが選ばれた“星組”は、寮ありのクラスだから住む場所の心配はしなくて済んだ。
なんだけど。結局、おばあちゃんは“どういう意味”なのかを教えてはくれなかった。
まあ、割とすぐに、その“意味”を知ることになるんだけど。
入学式の日に、星組の担任の先生の口から聞かされた、それは。
――物凄く、納得のいく理由だった。
さて。ここで少し、説明をしておこうと思う。
イズミエル王立魔法学園には、大きく分けて三つのクラスがある。
まずは、Ⅰ組から始まる、通常の魔法使い育成クラス。昔からあるヤツだ。クラスごとの人数やクラスの数は、入学する子の人数や才能のバラつき加減によって変えるから、毎年違うんだって。今年は、Ⅰ組からⅢ組まである。
クラス分けは、Ⅰ組から順に優秀な子が選ばれていくんだって。
Ⅰ組は、少数精鋭のエリートクラスで、6人くらいしかいなかった気がする。
Ⅱ組は、その倍以上はいたかなぁ? で、Ⅲ組は、もっと人数が多い。
うん。ごめん。自分のクラスじゃないから、ちゃんと人数は確認してない。
ま、それは置いておいて。
残りは、20年位前に新しく創られた花組と星組の特殊クラスだ。
花組は、魔力を持たない子も入れる、実技のないクラスで、当然、卒業したからと言って魔法使いになれるわけじゃない。正直、何のためにあるのかよく分からないクラスだ。入学案内には、知識の花を咲かせようとか何とか書いてあったけど、やっぱりよく分からない。不思議なクラス。
そして、最後はあたしが入ることになった星組。
期待の星で稀有な才能とか書いてあったヤツ。
今年の星組は、あたしを含めて15人。
入学案内の説明だけ見てると、Ⅰ組と何が違うのかよく分からない。まあ、直ぐに分かるんだけど。
この中で、寮に入れるのは、Ⅰ組、Ⅱ組、星組の生徒だけ。星組の寮は、後から造られたせいか通常クラスとは少し離れた場所にある。
入学式の前日までには、入寮の手続きも済ませて。
いよいよ。
入学式。
花組以外の生徒は、学園内では必ずローブを着ないといけない。
でも、特に色とかデザインに決まりはない。
あたしが選んだのは、綺麗な黄緑色のローブ。
一目惚れだった。
蜂蜜色のふわふわくるくるな金髪のあたしが着ると、タンポポみたいでなかなか可愛いんじゃないかと思う。店員さんも可愛いって褒めてくれたし、おばあちゃんは何も言わないけど満足そうに頷いていたし、他人から見ても似合ってるってことだよね?
他のみんなはどんな色のローブを選んだんだろうなー。
ワクワクしながら臨んだ入学式。
あたしの期待は、あっさり裏切られた。
白、黒。
黒黒、白。
白白、黒。
入学式の会場である大講堂は、白と黒のローブで埋め尽くされていた。
本来、ローブを着る必要のない花組の子まで、白か黒のローブを着ている。
しかも、白・黒ローブを着ているのは、圧倒的に女の子が多い。
な、なんで!?
女の子はもっと、明るくて可愛い色を選んでもいいじゃない?
たまに見かける違う色のローブは、紺とか深緑とかで、着ているのは大抵男の子だ。
せめてもの救いは、あたしが並んでいる星組の列には、ピンクとか水色の子もいるってことかな。
壇上でありがたいお話をしてくれている学園長の黄金色に輝くローブが、今はとても頼もしい。
「よーし、では、星組の諸君。教室まで案内するから、オレの後についてきてくれ」
入学式が終わると、星組の列の前に、灰色のローブを着た男の先生が現れた。
やたら背が高くて、肩幅がガッチリしている。ローブを着ていても分かる、立派な体格。眉毛が凛々しくて厳ついけど、ニカッと笑うと愛嬌がある顔立ち。
えーと。あたしの村にも、こういう猟師のおっちゃんいた。けど。
ローブを着ているってことは、魔法使いなんだよね?
あと。先生なんだよね?
魔力は、あまり感じられない。
でも、一流の魔法使いは、相手に自分の力を悟られないように魔力を隠すことが出来るから、何とも言えない。先生なんだったら、それくらい出来てもおかしくないいだろうし。
ちなみに、なんでそんなことを知っているのかというと、おばあちゃんに教えてもらったからだ。実演もしてもらった。離れていてもどこにいるのか分かるおばあちゃんの魔力が一瞬で消えて、消えたかと思ったら、また元に戻る。それを見た幼い頃のあたしは手をパチパチと叩いて喜んだものだ。
懐かしー。
とか。
昔のことを想いだしている内に、いつの間にか教室に辿り着いていた。
やばい。
道順、覚えてないよ。
あわあわしながらも、指示された通り、並んできた順番のまま、席についていく。
ズラリと並んだ机と椅子。
横に6列。縦に5列。全部で、30。全員が座っても、後ろの方にまだ半分、空席が残されていた。今年の星組は、人数が少ないってことなのかな?
あたしは、二列目の窓際だった。
席について、前を見る。
目の前の壁には、白い板がはめ込まれてる。
マジックボードっていって、文字を書いたり消したり出来る、魔法の板なのだ。
そして、マジックボードと生徒たちが座っている机の間にある段が教壇で、その真ん中にあるのが、教卓っていう背の高い台だ。
おばあちゃんから聞いていた通りだ。
灰色のローブの先生が教卓の前に立つと、なんか小さく見えるけど。子供用に作られたのを、大人が使ってるみたい。
「そういや、自己紹介がまだだったな。オレは、ラーラ・ミンファイ。星組の担任教師だ。親しみを込めて、ラーラ先生と呼んでくれ」
先生は教壇の前で、ニッカリと笑った。
愛嬌のある笑顔。嫌いな顔じゃない。
ないけど。
ラーラ先生?
えっと、そのう。見た目に反して、名前が可愛すぎるような?
きっと、そう思っているのは、あたしだけじゃないはずだ。
誰も、何の反応も返さない。
たぶん。どう反応していいのか分からないんだと思う。
ぷって吹き出すよりも、ぽかーんって感じ。
先生は、それには構わずに、どんどん話を進めていく。
「みんなにも自己紹介をしてもらいたいが、その前に、この星組がどういうクラスなのかについて説明しようと思う」
先生は、むんと腕を組んだ。
「通常クラスについては、今更説明するまでもないと思うが、あっちは普通にⅠ組から始まってるのに、後から出来た特殊クラスは、どうして花組とか星組とかなのか、不思議に思わないか? クラス編成は年によって数が違うから、数字の連番はつけづらいってのもあるかもしれない。だが、それだったら、数字を飛ばして花組はⅪ組、星組はⅫ組でもいいだろう? まあ数字じゃなくてもさ、もっとマシな名前、あるよな?」
思わず、頷く。
うん。特に花組。どうして、花?
他の子の頭も縦に動いているのが見えた。
だよね。
頷いてない子もいるけど。
「ここだけの話な。あれ、特殊クラス設立が正式決定する前に、内部で仮に使っていた呼び名が、うっかり正式採用されちまったんだってさ」
え?
そんな理由?
それはそれとして、どうして花組?
食い入るように先生を見つめる。
「ちなみに花組なんだけどな。あそこ、魔力はないし魔法使いになれなくてもいいけど、学園に通ってみたーいとかいうお金持ちばっかりなんだぜ? 実技がないわりにやたら高い授業料払って、やたら高い教材買わされるっていうのに、それでも通いたーいって生徒が毎年かなりの数集まる。一部の教師には、『お花ちゃんたち』とか言われてるな。あ、これ、オレから聞いたって内緒な? 他の先生には言うなよ?」
一応頷いたけど、話の意味はよく分からなかった。
なんで、内緒にしないといけないんだろう? 花組だから、お花ちゃんなんじゃないの?
あたしにはさっぱりだったけど、意味が分かった子もいるみたいだった。
鼻で笑ったみたいな音が聞こえてくる。
「で。肝心の星組だ。ここに集められたのは、厄介だったり面倒だったり微妙だったりする奴らばかりだ。あと、一部の例外」
………………え?
え?
ええーーーー!?
な、何それ?
期待の星で、稀有な才能はどうなっちゃったの?
いや、あたしが期待の星で稀有な才能っていうわけじゃないけど。ないけどさ。
担任の先生からはっきり言われると、流石にショックだよ……。
まあ、納得もしてるけど。
「おまえみたいな子のために創られたクラスだ」
あのおばあちゃんのセリフはこういう意味だったのか。
確かに、その通りだったよ……。
「おっと、だが、勘違いするなよ? 入学案内にも書いてあった通り、期待の星で稀有な才能ってのもちゃんと選ばれた理由だ。期待の星の『星組』ってのは、間違いじゃないんだぜ? だが、エリート養成コースのⅠ組や、中堅どころのⅡ組に入れるには、ちょっと灰汁が強いっていうのか? 下手に混ぜると、変な魔法反応起こしそうっていうか、まあ、本人のためにも周りのためにもならないっていうか、そんな奴らを集めたのが、この星組だ」
「……先生。そういう実情もあるのかもしれませんが、入学式の日に教師の口からそれを言うのは、流石にどうかと思いますが」
ため息交じりの呆れた声が聞こえてきた。
一番前の真ん中辺。
眼鏡で賢そうな男の子だ。
右側が黒で左側が白という、ちょっと微妙なローブを着ている。
「今の先生の話を聞いて、もし気落ちしている人がいたなら、あまり気にしなくていいですよ。型にはまらない才能を伸ばしたいというのが、星組のコンセプトです。実際、既存にはない新たな魔法の体系や発明をするような魔法使いは、そのほとんどが星組の卒業生だと言われていますからね。皆さんは十分、期待されています。まあ、最も実際に高名な魔法使いとなれるのは、ほんの一握りですけど。新しい発明をしたところで、それが役に立つかどうかはまた別問題ですからね」
なんか、この子の方が先生みたいなんだけど。
でも、皆さんはって、どうして他人事みたいに言うんだろう? 自分だって、星組なのに。
「おー。さすが、筆記試験主席のトーリ・ルノワだな。その調子でクラスの委員長も頼むぜ。どうせ、このクラスにはやりたいって奴もいないだろうしな。とまあ、それは兎も角だ。つまり、オレもそれが言いたかったんだよ。型破りな生徒たち相手だからこそ、こっちも型破りな授業をするつもりだから、ちゃんとついて来いよって、そう言いたかったんだ。そういうわけで、よろしくな!」
「全然、そうは聞こえませんでしたが。先生はもう少し、会話の技術を磨いた方がいいと思います。教師なんですから。ああ、それから、クラス委員長については、他に希望者がいなければお引き受けしますよ」
あたしは、大きく二回頷いた。
前半部分にも後半部分にも同意します。
先生よりもこの子の方がしっかりしてそうだし。
なんか、主席? とからしいし。
他の子はどうなんだろう、と様子を窺ってみると、周りの反応はまちまちだった。
あたし同様、頷いている子もいれば、興味なさそうに窓の外を見ている子もいる。
何となく、どういうクラスなのか分かってきた気がする。
……大丈夫なのかな。このクラス。先生も含めて。
「まあ、いろいろ余計なことを言っちまったかもしれないが、心配するな。エリートどもとはウマが合わないだろうってだけで、おまえ達はちゃんと期待されているし、ちゃんと立派な魔法使いになれる。何といってもこのオレも、星組の卒業生だからな!」
先生は逞しい胸を張った。
ドーンと。
でも、それ。
本日、一番の微妙発言っていうか。
反応に困るっていうか。
えーと。こういう時に、ふさわしいセリフがあった気がする。
おばあちゃんを尋ねてくる魔法使いたちが、偶に言ってるセリフ。
そう。確か。あれだ。
難しい案件ですな。