15 両手に花より団子がいい
「おはようございます、ミアさん。良い朝ですわね」
「おはよう。ロザリア」
ロザリアの友好的かつ晴れやかな挨拶に、星組の教室内は凍り付いた。その一瞬後に、ざわめきが走る。
まあ、無理もない。
ここ数日どんよりしていたロザリアが明るい笑顔を浮かべているだけでも驚きなのに、その相手がこのあたしなんだから。
何があったのかと思うよねー?
ああ。なんか、この注目のされ方は、ちょっと気持ちいい。
今まであたしが注目されるのって、魔法を爆発させたときか、ロザリアに一方的に絡まれてるかの居た堪れないヤツばっかりだったからなぁ。
これを切っ掛けに、ルシエルとの仲も少しは改善されればいいんだけど。
と思ったのだけど、ロザリアはルシエルのことは素通りだった。
意外に思ったけれど、気持ちが落ち着いて、少し距離を置くことにしたんだろうって、その時は気にも留めなかった。
「なんかよく分かんないけど、上手くやったみたいだね?」
「うん!」
こそっと話しかけてきたリョーコちゃんに、あたしは満面の笑みで頷いてみせた。
あれ? 何かおかしいな?
そう思い始めたのは、その日の実技授業の時だった。
「ミアさん。私にも何か、お手伝いできることはありませんの?」
「え? あ、ありがと。でも、気持ちだけで嬉しいから。それに、実技はちょっと、危ないし」
頬を紅潮させながらのロザリアの申し出を慌てて断ると、ロザリアは肩を落として分かりやすくしょんぼりした。
「ま、また、学科の時にはお世話になるかも」
「あー。そうだなー。ミアは、魔法史なんかはそれなりなんだが、魔法の構成図案や、呪文との関係なんかはからきしだからな。魔法を見るだけで構成が分かっちまうから、身が入らないんだろうが、このままだと試験がちょっとヤバいからな」
間に割って入ったのは、ラーラ先生だった。
ロザリアの変化に、先生はちょっと眉毛を動かしただけで、何も言わなかった。大人の余裕ってヤツ?
いや、それよりも。え? あたし、試験、そんなにまずいの?
でも、確かに先生の言う通りなんだよね。魔法の構成を、実際に目で見て覚えるのは得意なんだけど、図案にされるとさっぱりで。
あと、呪文。魔法の基本となる、一番簡単な構成には、それぞれ名前がついていて、これは魔名って呼ばれている。大きな魔法は、大体が簡単な魔法の構成の組み合わせだ。正しい構成の組み合わせ順になるように、魔名を連ねていったものが、まあ所謂呪文になる。
Ⅲ組の実技授業では、ひたすらこの一番簡単な魔法を繰り返し練習するんだって。魔名を言われたら、パッとその構成を編めるようになるまで、体に叩き込むのだと聞いた。それをマスターしたら、ようやく次の段階。魔名を組み合わせた、呪文の練習に入るのだ。
あたしも、この魔名と、Ⅲ組でやるような簡単な呪文はなんとか覚えたんだけど、ちょっと呪文が長くて複雑になってくると、途端に怪しくなる。構成自体は、体で覚えちゃってるので、正しく編めているんだけど、唱える呪文は間違ってたりすることがよくあるのだ。
構成を一発で読み解けちゃうあたしは、呪文に頼らなくれも魔法を覚えられちゃうから、ついつい呪文を疎かにしちゃうんだけど、試験のためにがんばらねば。受かりさえすれば、ギリギリでもいいから。
「そう言えば、そうでしたわね。分かりましたわ。何か覚えやすい方法がないか、私も考えてみますわね。ミアさんを落第させるわけにはいきませんもの」
まだ、あたしのことを敵視してた時の魔法問答で、あたしの弱点は大体把握してるんだろうな。ロザリアは結構あっさりと納得して、授業に戻っていってくれた。
ルシエルの時と言い、ロザリアって尽くすタイプなのかな。
ありがたいけど、実技の授業中は、ちゃんと授業に集中してね。気を散らしてると、危ないから。
「随分、仲良くなったんだね。何かあったの?」
「う、うん。昨日の夜中に目が冷めちゃって、お水を飲みに行ったら、偶々ロザリアに会ってね。少し、話しただけなんだけど。なんか、仲良くなれたみたいで」
「ふうん」
ルシエルは、何とも言えない微妙な顔をした。昨日まで、ロザリアのことを邪険にしていたルシエルだけど、そうは言っても。あんなに自分にまとわりついていたのが、急にさらっと素通りするようになっちゃうと、やっぱり複雑なのかな?
「え、と。ロザリアも、いろいろ考えてたみたいだし、今は少し、距離を置くことにしたんじゃないかな」
「え? ああ。それは、どうでもいいっていうか、むしろ望むところなんだけど。うん、何でもないの。さ、練習、始めようか。ミアを落第させるわけにはいかないもんね」
「もー。ルシエルまでー」
じゃれあいつつも、その話は終わりになった。
無理してるって感じじゃなくて、本心からそう言っている感じだった。
違和感を覚えつつも、魔法の練習中に他のことを考えるのは危険なので、一端、頭から追いやった。
あたしたち三人の関係を決定づけたのは、またしても昼休みの食堂だった。
今日こそは、ホットサンドでトロトロチーズの幸せを堪能しようと、弾む足取りで食堂に向かう。隣には、ロザリアがいた。
一緒にお昼を食べたいと言うロザリアに、あたしは笑顔で頷いた。
ああ。まさか、こんな日が本当にやってくるとは。
夢だったらどうしようなんて、かなり浮かれていた。
ハムとチーズのホットサンドとミルクを注文して席に着いたあたしは、我ながら締まりのない顔をしていたと思う。
ロザリアも、あたしと同じものを頼んで、隣に座る。あたしの左隣に。
そして。
右隣には、ルシエルが座った。
ルシエルも、ホットサンドを頼んだみたいだった。
正面の席には、リョーコちゃん。それに、トーリ君やレイス君もいる。あたしたちの周りに、一年生のほぼ全員が集まっていた。
珍しいこともあるなーと思いつつ、食事に取り掛かることにする。
まずは、冷たいミルクを一口。
「私、ホットサンドを食べるのは、初めてですわ」
「ホットサンドはチーズのトロトロが命だよね。私、いつか先輩達みたいに、珈琲と一緒にこれを食べるのが夢なんだ」
「ルシエルも? 分かる、分かる。あたしもなんだ。今は、まだ苦くて飲めないんだけど」
「ほんと? 気が合うね。いつか、飲めるようになりたいよね」
ルシエルは嬉しそうに笑った後、視線をあたしの向こうに送り、今度は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
ん? んんん?
「そうですわ、ミアさん。今度の休みに私の家に遊びに来てくださいな。これまでのお詫びに、うちの料理長特製のチョコミントアイスをご馳走しますわ。ラーラ先生のも悪くなかったですけど、うちの料理長のチョコミントもなかなかのものですのよ」
「え? いいの? い、行く行く。ありがとう」
チョコミントと聞いては、行かないわけにはいかない!
ホットサンドも幸せだけど、チョコミントはそれとはまた違った世界の幸せというか。
ロザリアへと体を向け、笑顔で大げさに頷くと、ロザリアもまたあたしに微笑みかけた後、あたしの後ろに勝ち誇った笑みを向ける。
火花が散った、ような気がした。
「随分な手のひらの返しようだけど。何か企んでいるんじゃないの? ミア、気を付けた方がいいわよ」
「あら。酷い言われようですわね」
き、気のせいじゃなかった。あたしを挟んで、派手に火花は飛び散っている。
あ、あれー?
あたしの、幸せトロトロタイムは、どうなっちゃうのかな?
救いを求めて、正面のリョーコちゃんを見たら、わざとらしく目を逸らされた。
なんで!?
「今までが、今までだしね。言われても、仕方がないんじゃない?」
「別に、何も企んでなんていませんわ。昨夜、少しミアさんとお話しして、考えを改めただけですわ。今まで散々失礼を重ねてきた私なのに、ミアさんは真剣に話を聞いてくださって、アドバイスまでしてくださいましたわ。それで、ミアさんの広いお心に、私、深く感銘しましたの。今までの償いも兼ねて、これからは、私の学園生活のすべてをミアさんのために捧げるつもりですわ」
え? いや、そんなの捧げられても困るけど。
「ふうん? 勘違いで暴走して、ミアの足を引っ張ったりしないといいけど」
「あなたこそ。その心の狭さで、ミアさんに不快な思いをさせたりしないといいのですけど?」
バチバチと、火花が散る音が聞こえてくるようだ。
二人は、同時にふん、と鼻を鳴らすと、わざとらしくそっぽを向いてホットサンドを齧り出す。
もう一度、正面のリョーコちゃんを見る。
「あ、あははー。ま、まあ、両手に花状態で、よかったじゃない?」
引きつった笑顔でそんなこと言われても!
男の子じゃないんだから、女の子に取り合われたって、嬉しくないよ。
せっかく、これから平穏な日々がやってくると思っていたのに。
なんで、三人で仲良くとか、できないかなぁ。
もしかしたら。
この二人は、最初からこういう運命だったのかも。
それにしたってだ。
二人がバチバチするのは構わないけど、あたしと関係ないところでしてよー!
心の中で叫んでいる内に、チーズのトロトロはすっかり失われていた。
あたしの、トロトロを返して欲しい。




