14 格子柄の行末
食堂での格子柄との一件以来、ルシエルは一皮むけたというか、いろいろ吹っ切れたみたいだった。
今までは、言われたことは真面目にこなすけど、自分から積極的に前に出ようとはしていなかったのに。何ていうか、行動的になった。授業中も、自分から進んで意見を言うようになったし。
それは、いいことだと思う。
今日の魔法実技の授業でも、あたしのためにある提案をしてくれた。
「ラーラ先生。私、考えがあるんですけど、いいでしょうか?」
「おう。なんだ?」
「私は学園に入る前にも魔法を習っていたので、今の授業レベルの魔法は既に習得済みです。なので、一応授業の初めにラーラ先生に問題ないか確認してもらったら、その後はミアの補助に回ろうと思うんですが、どうでしょうか? そうすれば、先生は他の生徒の指導にもっと時間を使えますし、星組全体の魔法技術の向上を考えると、この方法がベストだと思います」
「そうだなぁ。ルシエルの防護壁の魔法は申し分ないレベルだし、ミアの爆発にも十分対応できるだろうしな。じゃあ、頼めるか?」
「はい! お任せください」
ルシエルは自分の提案が採用されて、嬉しそうに瞳を輝かせた。
その申し出はありがたい。
大変、ありがたい。
トーマス先生の助言のおかげで、一時は調子が良かった魔法実技なんだけど、最近また爆発が続いているのだ。魔力を調整しやすい規模の魔法を教えてもらって、そのサイズの魔法なら爆発させることなく発動させられるようになった。
感覚を完全に掴んで、やったーって思ってたんだけどね。
問題はその後だ。
練習用の魔法は、あの時と同じ魔法花火。花火のサイズや色数と、魔法の構成量は比例してるから、練習用にちょうどいいんだよね。
で、あたしにとってのジャストサイズ花火を完全マスターした後は、花火のサイズを大きくしたり小さくしたりして、またひたすら練習なんだけど。
これが面白いように爆発するんだよ。
あたしは魔法花火じゃなくて、魔法爆弾を作っているのかってくらいに。
うう。ちょっとサイズを変えただけで、魔力のコントロールが上手くいかなくなるなんて、あたしって応用力がないのかなー?
あとちょっとのさじ加減が上手くいかなくて、あって思った時には爆発しているっていう。
これはもう、ひたすら練習して体で覚えるしかないんだけど、練習するためには誰かの補助が必要になるのだ。暴走の具合にもよるけど、可愛くない規模の爆発が起こることが多いから、周囲に被害が及ばないように誰かに防護壁の魔法を張ってもらわないといけないのだ。かと言って、危険が伴うので下手に生徒に頼むわけにもいかないし、星組の生徒はあたし一人じゃないから、ずっと先生を独占するわけにもいかないしで、練習がはかどらなくて実は困っていたのだ。
その点、ルシエルなら申し分ない。一年生だけど安定感のある魔法を使うから、あたしの爆発にもバッチリ対応してくれそう。
だから、その申し出は本当にありがたい。
ありがたいんだけど。
「ちょっと待ってくださいな。どうして、ルシエルさんがミア・サンダーレインのために犠牲にならないといけないんですの? 納得いきません」
ほーら、来た。
「別に犠牲になんてなってないけど。元々、今の授業内容だと物足りないから手持ち無沙汰だったし。この方が効率的だと思うけど」
「だったら、ミア・サンダーレインはラーラ先生に任せて、ルシエルさんが私たちに教えてくだされば」
「ごめん、私先生じゃないから、誰かに教えたりとかできないし。防護壁を張るくらいは簡単だけど」
ロザリアをやり込めるのが楽しいのか、ルシエルの声は弾んでいる。
ああ、ルシエルの本性が、今!?
「で、でも。それでは、ルシエルさんが危険ではありませんの!?」
「私じゃ実力不足だって言いたいの?」
「そ、そういうわけでは……」
「あー。二人とも、その辺にしとけ。今は授業中だぞー。授業は、おまえたち二人だけのものじゃなくて、みんなのものだってことを忘れるな」
「な!? あ、あなたがしっかりしないからでしょう。生徒に危険な役目を押し付けるなんて、許せませんわ」
形勢不利だったロザリアは、二人を仲裁しようとしたラーラ先生に食って掛かった。ルシエルに対しては及び腰だけど、先生に対してはまったく遠慮がない。
「ルシエルの実力なら問題ないと判断したから任せるんだ。不服か?」
「………………分かりましたわ」
ロザリアはあたしを睨みそうになるのをぐっとこらえて、代わりにラーラ先生を睨み付ける。
「よーし、じゃあ、授業を始めるぞー」
ロザリアは唇を噛みしめて、ぐっと何かに堪えている。
最近は、大体こんな感じだ。
あたしに八つ当たりするなって、ルシエルに釘を刺されちゃってるから。
懲りずにルシエルにちょっかいをかけてはやり込められ、一人でぐっと堪えるか、しょんぼりと肩を落とすかなのだ。
これはこれで、物凄いプレッシャーなんだよね……。
その内にロザリアも爆発しちゃうんじゃないかって、もんもんとしてるんだけど、あたしに出来ることも何も思い浮かばなくて。大好きなホットサンドも美味しく食べれない日々が続いていたりする。
そんなことが続いた、ある夜。
夜中にふと目が覚めてしまったあたしは、その後、なんでか寝付けなくなってしまった。何回か寝がえりをうった後、諦めて水でも飲んで来ようと談話室に向かうことにした。
談話室には、夜でもお湯が入った魔法瓶と水の入った魔法瓶が用意されているのだ。
月明かりが窓から入ってくるおかげで、灯りを持たなくても十分な明るさがあった。
すっかり寝静まった寮の階段を、探検でもするつもりで降りていく。
談話室のある一階の廊下に出たあたしは、人影を見つけて危うく叫び声を上げそうになってしまった。
幽霊かと思った人影は、ロザリアだった。
窓の傍に立って、外を見ている。お月見だろうか?
幽霊じゃなかったことには安心したけど、これはこれで問題だ。見つかったら、また何を言われるか分からない。
水は諦めて部屋に戻ろうかと一度階段を上りかけて、やっぱり引き返した。
ぼんやりとお月見をしているロザリアが、本物の幽霊みたいに、何だか頼りなく見えたのだ。
怒られたら退散しようと覚悟を決め、あたしもロザリアの隣で月を見上げる。
綺麗な半分のお月さまだった。
「眠れないの?」
「ミア・サンダーレイン……」
声をかけると、力ない返事が返ってきた。
ロザリアがあたしの前でこんなに大人しいなんて。しかも、今はルシエルがいるわけでもないのに。これは、本格的にヤバいのでは?
なんだかちょっと心配になってきたら案の定!
「私……退学しようかと思っていますの」
こんなこと言い出すしぃ。
「ま、魔法使いになれなくてもいいの?」
学園を卒業しなくても魔法使いにはなれる。なれるけど、王国からの正式な魔法使いの認定はもらえない。辺境で魔法使いをやっている分には、それでも問題ないけど。王都でちゃんとした魔法使いの職に就くには、やっぱり魔法学園の卒業資格が必要になるのだ。
でも、ロザリアはあっさり首を振った。
「構いませんわ。元々、大して魔法が上手いわけでもありませんし。卒業したとしても、魔法使いの職に通つもりもありませんから」
「…………そっかー。ルシエルとのことが原因なら引き留めるとこだけど、魔法使いになるつもりがないなら、それでもいいのかもね。ちゃんと、やりたいこと見つけて、そっちに時間を使った方がロザリアのためなのかな」
「……私がいなくなって、せいせいするんじゃありませんの?」
あたしの声に、少し残念そうな響きが混じっていることに気が付いたのだろう。ロザリアは意外そうな顔をあたしに向けた。
「そんなこと、思わないよ。まあ、確かに、迷惑だったり大変だったりはしたんだけど。でも、ロザリアのことは嫌いじゃないよ」
「はぁ。お人好しですわね」
「そんなことないと思うけど」
「そんなことあると思いますわ。……その、ごめんなさい。今まであなたに、散々失礼なことを言いましたわ」
「え? う、うん。いいよ、もう。それは」
「ほら。やっぱり、お人好しですわ」
「そうかなー」
ロザリアはおかしそうに笑って、それから窓の外の半分のお月さまを見上げた。
「小さい頃からずっと、白と黒の魔女に憧れていましたわ。私も、13歳になったら、必ず学園に入って、あの本みたいな素敵な学園生活を送ろうって、ずっと思っていました」
「うん」
「白と黒の魔女のお孫さんたちも女の子で、私と同じ13歳だって知った時は、本当に嬉しかった。二人とも絶対に、学園に入るはずだから、私も頑張ろうって思いましたわ。念願が叶って、黒の魔女のお孫さんと同じクラスになれて、本当に本当に嬉しかったんです。絶対に友達になるんだって、出来れば親友になりたいって、そう思っていましたわ。彼女のためなら、何だってしてあげようって、それだけを夢見てここまで来たのに。どうして、こうなってしまったんでしょう」
半月を見上げるロザリアの頬を涙が伝う。
「ロザリアの気持ちも分からないでもないんだけど。入学して直ぐに夢破れちゃったっていうのは、ルシエルとお相子かなぁ」
「どういうことですの?」
まん丸になった眼が、あたしを捕らえた。涙はひとまず止まったようだ。
「ルシエルはさ。入学の直前に、サタニアさんへのコンプレックス絡みのショックなことあったばかりでさ。だから、学園ではサタニアさんの孫だってことは秘密にして、ただのルシエルとして、普通の生徒として学園生活を送りたいって、夢見てたみたいなんだよね」
「あ……」
ロザリアの瞳が再び揺らぐ。
悪気があったわけじゃないけど、入学して間もない頃に、ルシエルが黒の魔女の孫ってバレちゃったのは、ロザリアが原因だからなぁ。
別にロザリアを落ち込ませたいわけじゃないんだけど、あたしは先を続けることにした。
ロザリアには、ルシエルがどうしてあんなに怒っているのか、ちゃんと分かってもらいたいから。その上で、完全決裂するなり、和解するなりして欲しい。ここで、学園を退学しちゃうというなら、尚更。
これから話すことは、あたしの憶測なんだけど、でもたぶん。そう間違ってはいないはず。
「それとさ。これは、あたしがそうじゃないかなって思ってるだけで、ルシエル本人が言ってたわけじゃないんだけど」
「構いませんわ。聞かせてください」
あたしの前置きを受け止めて、ロザリアは頷いた。
「ロザリアはさ。黒の魔女の孫と友達になりたいって思ってるだけで、ルシエル本人と友達になりたいわけじゃないよね? ルシエルがロザリアに冷たく当たるのは、それに気が付いているから、なんじゃないかな。ルシエルは、そういうの敏感そうだし」
「え? どういう、ことですの?」
戸惑いに揺れる瞳。
「んー。何て言えば、いいんだろ。ロザリアは、誰が黒の魔女の孫だったとしても、その子と友達になりたがるんじゃないかなって」
「…………」
あ、ダメだ。意味が分からないって顔してる。
え、えーと。
「つまり、そう、例えば。実はモネちゃんの方が黒の魔女の孫だって、後で判明したとしたら、ロザリアはルシエルには目もくれなくなって、モネちゃんだけを追いかけまわすようになるんじゃないかってこと」
「そ、そんなことは……」
ないとは言い切れない様子で、ロザリアは瞳を泳がせる。
最初はあたしが黒の魔女の孫だと勘違いして、仲良くなろうとしてくれたけど、違うと分かったとたん手のひら返されたしね。まあ、あたしが「黒と白の魔女」に出てくるライバル役のモデルになったアヴリル・ミンスの孫だったからってのもあるけど。でも、そうじゃなかったとしても、目の敵にされたりしないだけで、途端に空気みたいな扱いになったと思うんだよなぁ。
ロザリアは窓枠を掴んだ自分の手を、じっと見ている。
本当に学園、やめちゃうのかな?
せっかく、これから仲良くなれそうなのに、何だか寂しくなって、ついポロリと漏らしてしまった。
「ロザリア。ちゃんと学園を卒業して、花組の先生になればいいのに」
「私が、花組の先生に?」
ロザリアがぽかんとあたしを見つめた。
口に出してみたら、自分でもいい思い付きのように思えた。
ロザリアはそんな未来を想像したのか陶酔しかけて、でも一瞬で顔を引き締める。
「とても素敵な思い付きですけど、そういうわけにもいきませんわ。今回のことでは、皆さんに迷惑をかけてしまいましたし」
「んー。だからこそ、なんじゃない? 自分のしっぱ……経験を踏まえてさ。物語は物語として楽しみつつ、現実との違いも教えてあげるっていうかさ。それに、作者の孫が先生とか、入学希望者増えそうだよね」
出来れば、同じような勘違いをして暴走する生徒が現れないように、きっちり教育してあげて欲しい。その場合、一番迷惑を被るの、たぶんあたしのはずだし。
「あ、なるほど。そう……ですわね。皆さんに迷惑をかけたからこそ、同じような失敗をする生徒が現れないように、教師として導いて差し上げる。素敵な考えですわ。物語は物語、現実は現実として受け入れ、その上で「白と黒の魔女」という物語を愛し続ける。その精神を伝えていく。……ああ。なんて、素晴らしいのでしょう! ありがとう、ミアさん。私、未来に希望が持ててきましたわ。これからのこと、もっとよく考えてみたいと思います」
ロザリアの顔がぱあっと華やぐ。
あ。なんか、元気になったみたい。よかった、よかった。
すっかり晴れやかになったロザリアと、おやすみの挨拶を交わして、あたしたちはそれぞれの部屋へ戻った。
ミア・サンダーレインではなく、ミアさんと呼んでもらえたことが、すごく嬉しかった。
これで、明日から。
みんなで仲良く平穏な毎日を送れるに違いない。
そう思って、あたしは幸せな気持ちでベッドに入る。
眠気は、直ぐにやって来た。
でも、それは。
ほんの一時の平和に過ぎなかった。
格子柄騒動は、まだまだ続くのだ。




