13 昼休み格子柄事件
あれは、失敗だった。
格子柄がいないからって、浮かれて談話室なんかでお茶会をしたりするべきじゃなかったのだ。せめて、どちらかの部屋に集まってのお茶会にするべきだった。
そりゃそうだよね。
そもそも、あたしたちより先にお茶をしていた先輩たちだっていたわけだし。普通に人目につくわけだし。
……格子柄の耳に入れないように、みんなに口止めして回ったわけでもないし。
うん、そう。そうなのだ。
お察しの通り、四人でお茶会をしたことが格子柄にバレてしまったのだ。
問題なのは、四人でお茶会をしたことじゃない。あたしとルシエルが一緒にお茶会をしたことだ。
誰がバラしたとかじゃなく、偶々だった。
本当に偶然、偶々。しかも、割と最悪のタイミングで。
もう、本当に。誰かがわざと仕組んだとしか思えないくらいのタイミングだった。
誰が悪いわけでもない。あえて言うならば、迂闊に談話室なんかでお茶会をしていたあたしたちが悪いのだ。
ああ、もう、本当に。どうして、これくらいのことに気付かなかったんだろう?
あの時のあたしをどこかの小部屋に閉じ込めて、鍵でもかけてやりたい気分。
事件が起こったのは、昼休みのことだった。
朝のロザリアは、リョーコちゃんとの一件をまだ引きずっているのか、ちんやりしていた。そして、何か言いたげにあたしの方へチラチラと視線を送ってくるのだ。いつもの高圧的な視線じゃなくて、ロザリアらしくないしおらしい視線だった。
きっと、おばあさんに真実とやらを教えてもらったんだろう。ルシエルが予想したように、妄想を爆発させちゃうようなタイプじゃなくてホッとしたよ。まあ、考えてみれば、今学園には当人たちの孫が三人も揃ってるんだもんね。下手なこと言って、それが孫を通じて憧れの君本人の耳に入っちゃたりしたら目も当てられないだろうしね。
ルシエルとロザリアの仲が改善するかどうかは微妙なとこだけど、とりあえず星組の格子柄問題はこのまま沈静化していくんじゃないかと思えた。
あたしだけじゃなく、クラスのみんながそう期待していたと思う。
呑気にお茶会なんて開かなければ、きっとそうなっていたはずだ。
なのに。なのに。
あー、もう。あの日のあたしのばかー!
あ、いかん、いかん。つい、思い出したら、猛ってしまった。
えーと、どこまで話したっけ?
あ、そうそう。お昼休みだった。
その日はお弁当じゃなくて、星組の食堂でお昼ご飯を食べてたんだよね。リョーコちゃんと一緒に。少し離れた席には、ルシエルたちもいた。
食堂には日替わりの定食の他にもいくつかメニューがあって、あたしが選んだのは最近のお気に入りのホットサンド。こんがりと香ばしいトーストの中に、とろっとろのチーズと、存在感のある厚切りのハム、それからハーブのドレッシングであえてあるキャベツの千切りがぎっしり詰まっている。
人気のあるメニューで、このホットサンドと珈琲を頼んでいる上級生たちの姿をよく見かける。なんか、カッコよくて憧れるんだけど、珈琲は苦くて飲めないんだよね。
大人になったら、飲めるようになるのかな?
……じゃなくて。
ロザリアの話だった。
えーと、それで。
幸せな気分でホットサンドに齧りついていたら、思い詰めた顔のロザリアがやってきたのだ。
今までのことを謝りに来たのかなーと思って、齧りかけのホットサンドをお皿に置いた。
食べ終わってからじゃダメかな、とほんの少しだけ思ったけど、我慢することにした。ロザリアは、たぶん、まだ何も食べてないんだろうし。言いたいことを言い終えるまで、何も喉を通らないんだろうな、っていうのは分かるし。
ホットサンドを諦めて、あたしは後ろに立つロザリアを黙って見上げる。
ロザリアは何度も口をパクパクさせた。そして、意を決したというようにぐっと拳を握りしめ、いざ口を開こうとしたまさにその時。
まさにその時。
食堂のどこかから、声が響いてきたのだ。
それなりに食堂はざわついていたのに。
その声は、とてもよく響いた。
固唾を飲んでロザリアを見上げる、あたしの耳に。そして、たぶん。ロザリアの耳にも。
「黒の魔女とアヴリル女史は親友同士だったって聞いてたけど、その孫たちは寮で同部屋の割には一緒にいるところ見かけないなーと思ってたけど、この間談話室でお茶してるところ見かけて、なんか勝手に安心しちゃったたよー」
本当に。本当に本当に、なんでこのタイミング?
本人。本人がここにいるんですけど! そういうのは、本人がいないところで話すべきじゃないかな!?
あたしは、顔を青褪めさせながら、恐る恐るロザリアの様子を窺う。
ロザリアは、震えていた。やっぱり、顔色は蒼白で、目を見開いている。あたしの方を、見ているような、見ていないような。顔はあたしに向けているけど、何処を見ているのかはよく分からない感じだ。
「……どうして、どういうことなんですの……?」
あたしは、椅子の上で小さく丸まった。何て答えていいか、分からない。何を答えても、理不尽な金切り声が返ってきそうな気がした。
「私に隠れて、こっそりとルシエルさんと仲良くするなんて。私とは目も合わせてくださらないのに。こんなこと、あり得ませんわ。ルシエルさんは、あなたに騙されているんですわ! そうやって、ルシエルさんを堕落させるつもりですのね!? 許せませんわ、この悪魔の手先! 卑怯者! ルシエルさんは、この私が守ってみせますわ」
ロザリアは目に涙をいっぱい溜めて、頬を紅潮させて、猛り狂っている。
あ、悪魔の手先って……。
てゆーか、これ、どうしたらいいの!?
助けを求めて視線を彷徨わせるけど、突然のこと過ぎて、みんな呆気に取られているみたいだった。隣に座っているリョーコちゃんも、フォークを握りしめたまま、固まっている。直ぐには、助けを期待できそうにない。
オロオロするしかないあたしに、救いの手を差し伸べてくれたのはルシエルだった。
自分のトレーを持って、空いていたあたしの正面の席に座りながら、ロザリアではなくあたしに話しかけてくる。
「ミア。お昼、一緒に食べよう? これまでは、仲良くしている姿をロザリアに見られると、ミアがロザリアに嫌がらせをされるから遠慮していたけど、なんかもう、そんな気づかいしても無駄みたいだし、私も好きにすることにしたの。これからは、部屋の外でも仲良くしようね」
何かが吹っ切れたような晴れ晴れとした笑顔。
救いの手じゃなかった。火に油を注ぎに来ただけだよ、この子。注ぐっていうか、大量投下だよ。
ルシエルはもう少し、自分の思ったように行動すればいいのにとは思っていたけど、何も今、このタイミングでなくても!
怖くて、後ろを振り向けないんですけど。今、後ろ、どうなってるの?
「ル、ルル、ルシエルさん? その、あなたは、騙されてるんですわ! その、私……」
「妄想も大概にしてよね。私がミアに騙されてるって、どういう意味? 大体、何のためにミアが私を騙すの?」
「そ、それは……、ルシエルさんに取り入ろうとして……」
「取り入ろうとしているのは、あなたの方じゃないの? ロザリア。黒の魔女の孫と仲良くなりたかったんでしょ?」
「そ、そんな! 私は、ただ、ただ……。その……この間のことは、本当に申し訳ありませんでした。私の不用意な発言であなたを傷つけたこと、深くお詫びしますわ。ですから、どうか、私、私はただ、あなたと……」
「ごめんね、ロザリア」
ルシエルは、花が綻ぶように笑った。
後ろで、ロザリアの緊張が和らいだのが感じられた。
いや、でも、これ。たぶん……。
「私、心が狭いうえに、結構根に持つタイプみたいなの。あなたの物凄く失礼な発言、とても許せそうにないし、許すつもりもないんだ。悪いけど、あなたとはただのクラスメート以上の関係になるつもりはないから」
ああー。やっぱりー。
そんな可憐な笑顔で、お断りの言葉をさらっと口にするなんて。
ルシエルが、ルシエルが悪女に!
「…………あなたのせいよ、ミア・サンダーレイン! あなたのせいで、ルシエルさんは……」
思わず、振り返りそうになった。
い、いや、待って。
それ、あたし関係ないよね!?
「いちいち、ミアのせいにするの、やめてくれる? 不愉快なんだけど。これは、あなたと私の問題であって、どう考えてもミアには関係ないよね? 文句や言いたいことがあるなら、ミアじゃなくて私に言えばいいじゃない。私に素っ気なくされたからって、ミアに絡むのは止めて」
あ、そこにも怒ってたんだ。
そして、後ろはなんか静かになっちゃったけど、もしかして泣いてる?
「ロザリア、その辺にしとこう。こっちにおいで。ミックスフルーツジュース作ってもらったから、これだけでも飲んで」
こ、この声は。
ロザリアと同室のパチュアだ。赤いローブの女の子。一匹狼って感じで、いつも一人でいるんだけど、意外と面倒見がいいのかな。
まあ、何にせよ、助かった。
後は、任せる。
背後からロザリアの気配が消えて、周囲にざわめきが戻ってきた。
ああ、どうせなら、教室でやって欲しかった。
一年のみんなは、大体事情を知ってるから、まだいいんだけど。
詳しい事情を何も知らないはずの先輩たちには、どう思われているんだろう?
「もっと、早くにこうしていればよかったな」
チラチラと視線が送られてくる中、ルシエルは清々しい笑顔を浮かべている。
うん、まあ。言いたかったこと、全部言っちゃったんだもんね。そりゃ、スッキリもするよね。
大人しくて真面目そうな子だと思っていたのにな。
もしかして、騙されていたのはあたしの方じゃないんだろうか?
「ホットサンド、冷めちゃったね。チーズがトロトロなのが美味しいのに。残念だったね」
「え? う、うん」
この居心地の悪さをものともせずに、ホットサンドの心配ですか?
意外と心臓が強いルシエルに、リョーコちゃんも苦笑いを浮かべている。
「それにしても、明日から、どうなるんだろうね……」
「うん……」
リョーコちゃんのため息が聞こえてきた。
頷いて、ホットサンドに齧りつく。
幸せな気分は、もう戻ってこない。
チーズがトロトロでも、そうじゃなくても、もう味なんか感じなかった。
明日からのことを思うと気が重い。
これまでの経験上、今日の午後は、ショックを引きずって大人しくしているはずだ。
問題は、一晩経って落ち着いた明日だ。
今度は、何がどうなるんだろう?
なんか、結局。
あたし一人がなすすべもなく振り回されるだけのような気がする。
ああ、もう。どうして、どうしてこんなことに。
明日なんか、永遠に来なければいいのに。




