12 女子寮の休日
ルシエルとは寮が同部屋ということもあって、大分仲良くなったと思う。
でも、あたしたちは部屋の中以外では、決してお互いに話しかけたりしない。
仲良くしているところを格子柄に見つかると、とても面倒なことになるからだ。
何もしなくても、格子柄は面倒なんだけど。
そうは言っても。格子柄は物を隠したりとか壊したりとか陰口を叩いたりとかそういう、陰湿なことはしない。きつく睨まれたり、あたしにはちょっと難しい魔法についての議論とか吹っかけてきたりするくらい。大体うまく答えられなくて、高笑いとともに馬鹿にされるんだけど。前にジンさんに怒られたからか、授業中は大人しくしていてくれるのがせめてもの救い。
……勉強はあんまり得意じゃないから、無理やり難しいこと質問するのは止めて欲しいんだけどね。
だけど。
そんなあたしたちが、人目を気にせずに一緒に行動できる日がある。
王都に家があるロザリアは、週末の二日間は、必ずお家に帰るのだ。本人はそんなにしょっちゅう帰りたくはないみたいなんだけど、お家の人に必ず帰るように言われてるんだって。月に一回くらいなら兎も角、毎週なんてさすがに過保護なような気がするけど、あたしにとってはありがたくもある。一週間に二日くらい、格子柄を気にしなくてすむ日があってもいいよね?
まあ、そんなわけで。
とある週末の午後、あたしとルシエル、それからリョーコちゃんとモネちゃんの四人は、寮の談話室でお茶会を開くことにしたのだ。
談話室には、魔法瓶っていって、水を沸かしてくれる魔法道具が置いてあるんだ。蓋つきの大きな水差しみたいな形で、魔法の力で保温もしてくれる優れもの。お茶のセットも一通り用意されているのだ。持っていくものは、お茶請けのお菓子だけ。
幸いにも、談話室は四年生の先輩三人がいるだけで、ガラガラだった。
今日は天気もいいから、みんなお外へ遊びに行ってるのかな?
五年生は課題ががっつり出たって言ってたから、お部屋か図書館で勉強しているのかもしれないけど。
あたしたちは、先輩たちとは少し離れた四人掛けのテーブルに座った。ここなら、大きな声を出さなければ、話が聞こえることもないだろう。談話室は結構広いのだ。
あたしたち、特にあたしとルシエルは、うきうきとお茶の準備を始める。
高笑いに怯えることなく、こうしてみんなで部屋の外でお茶が飲めるのが本当に嬉しい。
談話室にもお茶の葉は用意されているけど、今日のお茶会はあたしのオススメハーブティーを持参した。お母さんの特性ブレンドなんだ。スッキリと甘い香りで、これに蜂蜜を入れて飲むのがあたしのお気に入り。もちろん、蜂蜜も持参している。
お茶請けはルシエルがサタニアさんに買ってもらったというチョコレートと、リョーコちゃんのお母さんが焼いてくれた厚焼きクッキー。リョーコちゃんは王都育ちだからねー。午前中に家に顔を出したら渡されたんだって。モネはドライフルーツとナッツを持ってきてくれた。甘いのばっかりだと飽きるから、ナッツの塩気はありがたいかも。
話題はもっぱら、格子柄のことだった。
せっかく本人がいないんだから、他のことを話せばよさそうなものだけど、つい。本人がいないから、というか、ね?
「本人に悪気がないのが、一番困るよね」
「悪気がないというか、自分こそが正義だと思ってるみたいですからね」
丁寧な話し方なのはリョーコちゃんと同部屋のモネちゃんだ。ルシエルの幼馴染でもある。サタニアさんと一緒に働いている魔法使いの娘さんなんだって。
モネちゃんはルシエルと一緒にいることが多いから、ゆっくりお話しするのはこれが初めてなんだー。
「でも、リョーコはすごいよね。この間のミアが本を返す時もどうなるかと思ったけど、上手く収めてたもんね」
「ああ、確かに。あれは見事でしたね。一応、ロザリアの顔も立てていますから拗れずに済みましたし。あれがルシエルだったら、ロザリアを一方的に責め立てて、かえって険悪にしてしまうところでした」
「いちいち私を引き合いに出さないでよ」
「ま、まあまあ。でも、あの時は本当にありがとう。助かったよー。あの後、ちょっとだけ大人しいし」
「え? いやいや、そんな大したことしてないよ。丁度、図書館の資料とか調べた後で、上手く話を持っていけそうなタイミングだったってだけで」
リョーコちゃんは謙遜してるけど、実際大助かりだったのだ。
あの日。
ロザリアに借りた『白と黒の魔女』を返した時、勝ち誇った表情で今にも高笑いしそうなロザリアを遮って、間に入ってくれたのがリョーコちゃんだった。
「あ、ミアもそれ読んだんだ。おもしろいよね。実在の人物や実際に会ったことを参考にしてるみたいだけど、それを元に全然違うお話にしちゃうなんて、すごい想像力だよね」
「な、何をおっしゃってるんですの? 『白と黒の魔女』は実際にあった出来事をその通りに書いた、そう、いわば真実の書ですわ」
思わぬ横やりに、ロザリアは髪をかき上げる仕草の途中で固まったままで、反論した。
でも、リョーコちゃんはまるで動じなかった。まあ、その反論は予想してただろうしね。あたしでも、予想できる。
「またまたー。特に公言はしてないけど、これは史実じゃなくて小説なんだし、モデルにしたってだけでしょ? だって、よく読むと学園の行事とかも実際とはちょっと変えてあるみたいだし、魔法に関することなんかも結構間違ったこと書いてあるしね。これを史実だって言ったら、流石にモデルだって噂のサタニアさんやシザリーさんも黙っていないんじゃない?」
「そ、そんな……」
「分かってるって。これは小説だから、話を面白くするために、わざとそうしているんだよね?」
「あ、う……」
リョーコちゃんの爽やかな猛攻にロザリアは目を白黒させている。
あたしもちょっと、目が泳いだ。
間違ってたとこ、あったっけ? うわ、全然気が付かなかったよ。あ、もう一回読み直したくなってきた。
「図書館に行けば、昔の発表会の資料とかあるから、読んでみると面白いよ。発表会の手柄横取り事件とかも実際には全然そんなことなかったみたいだし。サタニアさんって魔法の発想がすごくて新しい魔法とかいろいろ思い付くんだけど、構成を図案に起こすのは苦手なんだってね。誰かに手伝ってもらうのは、当時のⅠ組ではいつものことだったみたいだし。先生たちも、またかーって感じだったんだろうね」
「そ、そうなんですの?」
「うん。モネに聞いたんだけど、卒業してからも図案に起こすのはずっと誰か他の人に頼んでるんだって」
「……わ、私、少し用事を思い出しましたわ」
「あ、ロザリア。もうすぐ授業始まるから。図書館に行くなら、お昼休みか放課後にしなね」
「わ、分かってますわ!」
途中だった髪をかき上げ終えて、あたしから本を奪い取るとロザリアはつかつかと自席へと向かう。
絶対、分ってなかったよね?
で、まあ。その日はずっと、心ここにあらずで。
図書館に行って、リョーコちゃんの言っていた資料を確認したのか、それからずっと気味が悪いくらいに大人しくしている。
このまま沈静化してくれればいいんだけど。
なんか揺り戻しがきそうで恐ろしい。そんな今日この頃。
「もう一波乱、起きそうな気がするんだよね」
厚焼きクッキーを齧りながら、ルシエルが不吉なことを呟いた。
あたしも、そう思ってはいるけどさ。
口に出したら、本当になりそうだから止めてー!
「まあ、そうですね」
「…………」
モネちゃんも同意しないでー。リョーコちゃん目を逸らさないでー。
「ロザリアのおばあさんってさ、自分の妄想を本当のことだと思い込んじゃう系の女子じゃないかなって思うんだよね。だとしたら、実家に帰ってるロザリアに、『白と黒の魔女』こそが真実の書で、図書館の資料が間違っているとか言い出しかねなくない?」
「止めてー。怖いこと言わないでー」
あたしは頭を抱えて丸くなる。
「図書館の資料が間違っているというのは、少々強引すぎると思いますけど。流石にロザリアも信じないのでは?」
「どうかな? ロザリアは『白と黒の魔女』で純粋培養されたんでしょ?」
「まあ、でも。星組にはサタニアさんの孫のルシエルがいるし、Ⅰ組にはシザリーさんのお孫さんもいるんでしょ? ロザリアのおばあさんも、滅多なことは言えないんじゃないかと思うけどな」
「いずれにせよ、ロザリアが戻ってきてからのお楽しみですね」
「他人事だと思ってー」
あたしの講義に、モネちゃんは素知らぬ顔でそっぽを向いた。
「ルシエルは、もう少しロザリアに歩み寄れないの? ロザリアが昂るのって、ルシエルにちょっかいかけて素っ気なくされた時だよね。まあ、最初の頃のあれは確かに失言だったと思うけど、ロザリアも根は悪い子じゃないし。仲良くは無理でも、せめて挨拶くらいは返してあげなよ。あとはもう割り切って、いいように使っちゃえばいいんじゃない? 迷惑料と思ってさ。ルシエルが頼めばなんでもしそうだよね」
うわ。リョーコちゃんが、こんな黒いことを言うなんて。
でも、そうしてくれれば、いろいろ丸く収まるのになー。それってつまり、子分とか手下とか、よく言って取り巻きってヤツだよね?
でも、そうしてもらえるとあたしはありがたい。
期待を込めて、チラリとルシエルの様子を窺うと、ルシエルは眉間に盛大にしわを寄せていた。口元はへの字だ。
これは、無理そう。
「挨拶は、考えておく。でも、私、あの子のこと嫌いだから、それ以上は無理」
クラスメートでいることすら、気に入らないって感じだ。
「まあ、仕方ありません。ルシエルのサタニアさんに対するコンプレックスは根深いですし、それに……」
クラスメートでいることすら気に入らないといった感じのルシエルに、困った顔をするリョーコちゃんと、渋い顔になるあたし。取り成したのは、モネちゃんだった。
「入学する直前に、サタニア様絡みの失恋をしたばかりでしたしね。サタニアさんとの関係を隠して、一人の女生徒として学園生活を送り、サタニアさんと自分を比較したりしない素敵な男性と新しい恋をしようと希望を抱いていたのに。まだ、学園生活に慣れていない頃にあっさり正体をばらされて、希望を打ち砕かれちゃいましたものね。まだ、失恋の傷も癒えていない頃に……」
「な!? ちょ!?」
ルシエルは顔を青くしたり赤くしたりして、椅子の上から立ち上がりかけてはまた座るという動作を繰り返した。相当、動揺しているみたいだ。
「いいじゃないですか。失恋の傷は、友達に話したりすることでも癒えると聞きますし、せっかくの機会なんですから、思い切ってぶちまけちゃいましょうよ。きっとスッキリしますよ。それにほら、ミアさんはルシエルがロザリアに素っ気ないせいで迷惑を被っているのですから、せめて理由ぐらいは説明してあげるべきでは?」
「…………わ、分かったわよ」
ルシエルは渋面を作りながらも頷いた。
「いや、無理しなくてもいいよ、ルシエル」
「う、うんうん」
「ううん、いい。話す。聞いて欲しい」
そう言って、ルシエルは半分ほど残っていたカップの中身を一気に飲み干す。
あたしとリョーコちゃんは一瞬だけ顔を見合わせて、そのまま大人しく続きを待つことにした。
話したくないのに無理に聞くのは悪いかなーと思うけど、でもやっぱり興味はあるのだ。あたしだって、年頃の女の子だからね。
「私の故郷は、結構な田舎なんだけど、でもおばあちゃんの研究を手伝いたいとか、おばあちゃんに意見を聞きたい魔法使いがよく訪れるの。シラギリさんも、その内の一人だった。年は、二十代後半とか、かな? 初めて私に会う人は、みんながっかりした顔をするだよね。私が、おばあちゃんみたいな美人じゃないし、魔法の才能もおばあちゃんほどじゃないから。でも、シラギリさんは違ったの。思ってはいるけど、口には出さないだけとかじゃなくて、本当に全然そんなことは思っていないみたいだった」
「もうそれだけで、ルシエルはキュンキュンきちゃうんですよねー。まあ、シラギリさんは外見も悪くない感じでしたしね。優しそうで頭よさそうで、大人の男性って感じで」
余計な合いの手を入れるモネをルシエルは軽く睨み付ける。コホンと咳払いをしてから、また話を続けた。
「そういう男の人は初めてだったから、それでちょっと気になり始めて。いつも目で追うようになって……」
ルシエルは薄っすらと頬を染めて、遠く焦がれるような瞳で宙を見つめた。
うんうん。それでそれで?
ドキドキしながら続きを待つ。
すると、突然ルシエルの表情が陰った。憂いを帯びたとかそういう感じじゃなくて、何というか、そう! 怨念が混じってるみたいな感じに。
「いつも目で追うようになったから、気づいたの。私がシラギリさんを見つめるみたいに、シラギリさんはおばあちゃんを見つめているってことに。シラギリさんにとって特別な女の人はおばあちゃんだけで、その孫だろうが娘だろうが関係ない。その他大勢と一緒。シラギリさんにとって、おばあちゃん以外の女の人は、みんなカボチャも同然なんだよ。ふ、ふふ。そりゃ、私を見てがっかりしないわけだよね? そもそも何の期待もしてなかったんだから、がっかりしようもないよね? ふ、ふふふ……」
う、うわ。これ、何て声をかけたらいいの?
それにしても、サタニアさんってすごいな。うちのおばあちゃんと同じ年なんだよね? どんな人なんだろう。会ってみたいな。
「初恋のタレス君にも、ルシエルのばーちゃんは美人だけど、ルシエルは大したことないな、とか言われてましたよね。その後も、ルシエルが好意を寄せる男性は、割とそんな感じの失言をする感じでして。私としては、サタニアさんのせいというよりは、ルシエルに男を見る目がないだけのような気がしますけどね。乙女心を解さない迂闊な男性ばかりを、選りすぐって好きになるというか」
「う、うぐっ」
ルシエルが胸を押さえてテーブルに突っ伏した。
お、幼馴染って、容赦がないな。
楽し気に笑っているモネちゃんに、あたしは戦慄を覚えたよ。
「え、えっと、まあ、今の学園の生徒で直接サタニアさんを知ってる人はあんまりいないと思うし、そんなに気にしなくても大丈夫じゃないかな。こ、この学園の中には、気になる人はいないの?」
おお。リョーコちゃん、いい質問だよ、それ。
この学園でルシエルに恋人が出来れば失恋の傷も癒えて、ロザリアへの態度も軟化するかも。
さて、気になるルシエルのお答えは?
「そ、その……ミアの前で、言いづらいんだけど……」
ルシエルは胸の前で両手の指と指を合わせてもじもじし始めた。
え? あたしが知ってる人? だ、誰?
「その……暴走していない時の、トーマス先生とか、ちょっといいなぁって……」
「え!?」
「寄りにもよって、そこ!? いや、見た目はまあ、綺麗な顔立ちしてるとは思うけど。ルシエルってもしかして、面食いなの? そ、それは、レイスじゃダメなの?」
「え? ベ、別に、見た目で好きになったわけじゃ……」
ちょっといいな、から好きになってるよ!?
な、なんで、寄りにもよって。だって、あの人! 研究のためなら女の子を平気で裸にしようとかする人だよ!? 純粋に研究への探求心からみたいだけど、エッチな気持ちがなければいいというもんじゃないよね!?
うっかりお茶を零しそうなほど動揺しているあたしとリョーコちゃんを余所に、モネちゃんだけが涼しい顔をしている。
知ってたのか。若しくは、察してたのか。
「ど、どこが、好きなの?」
ゴクリと生唾を飲み込んでから、リョーコちゃんが恐る恐る尋ねる。
「トーマス先生が興味あるのは、魔力の研究対象だけなんだよ。それ以外は、みんな同じなの。つまり、トーマス先生にとっては、私もおばあちゃんも等しくカボチャなんだよ。そういうところが、いいなって思って」
ルシエルは頬を赤らめてもじもじしている。
あたしとリョーコちゃんは完全に撃沈した。
ダ、ダメだ、この子。
ルシエルは男を見る目がない。
うん。その通り。
モネちゃんの意見に、深く深く同意するよ。
ルシエルの恋に幸あれ――。




