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11 白と黒の魔女

 『白と黒の魔女』は、イズミエル王立魔法学園を舞台に実在の人物をモデルにして描かれた、王都で大人気の小説だ。

 なんと、舞台にもなっているらしい。

 魔法は使えないけれど白と黒の魔女と同じ学園に通ってみたいわ、といかいうお金持ちのお嬢様方の願いを叶えるべく、ぼったくり授業料を払えば誰でも入れる「花組」なんてクラスが学園に創設されちゃうくらいの大人気。

 学園全体に、白と黒のローブが大流行するくらいに大人気。


 それは、まあ構わないんだけど。

 問題なのは、モデルになった実在の人物というのが、あたしとルシエルのおばあちゃんたちだということだ。そして、それが原因で引き起こされる格子柄被害。

 格子柄があたしを目の敵にするのは、その小説のせいらしいのだ。


 小説の内容は、知らない。

 王都の大流行も、うちみたいな辺境の田舎までは届いていなかったし。

 そもそも、そんな小説があることすら、王都に来て初めて知ったのだ。

 読んでみたいな、とは思っている。

 一体、何がどうして格子柄がそうなっちゃったのか知りたいし。おばあちゃんの時代の学園生活とか、授業の様子とか、興味あるし。

 でも、大人気なだけあって、図書館ではいつも貸し出し中なんだよね。買うにはちょっと、お財布的に厳しいし。


 ところが。

 チャンスは、思わぬところからやってきた。

 なんと、当の格子柄があたしに本を貸してくれるというのだ。

 休み時間に、読んでみたいけど手に入らないってぼやいていたのを聞きつけたらしい。

「話は聞きましたわ、ミア・サンダーレイン。おかしいと思いましたわ。何食わぬ顔してのうのうと授業を受けていられるなんて、なんてお顔の皮が厚いのかと思っていましたけれど、読んだことがなかったのですね。乙女としてなっていませんけれど、まあ、田舎者ですから仕方ありませんわね。特別に私が本を貸してあげますわ。さあ、これを読んでおのれの罪深さを思い知るといいですわ!」

 金の巻き毛を片手でぶわさっとかき上げながら、ロザリアは大切そうに両手で抱えた本をあたしに差し出した。

 ん? あれ? 片手でかき上げて、両手で差し出す?

 ……髪をかき上げてたのは、あたしの心象風景かもしれない。

 兎に角。そんな感じで、まったく思いもよらぬ形で、話題のあの本を読むチャンスを手に入れたのだ。

 貸してくれたのがロザリアというだけで、好奇心でワクワクしていた気持ちがスーッと消えうせて、宿題を増やされたみたいな義務感になっちゃうのはなんでなんだろう?

 まあ、誰に借りても中身は一緒だよね。

 と、自分に言い聞かせて、借りたその日から早速読み始めることにした。

 早く読んで返さないと、何を言われるか分からないしさ。


 そして、そして。

 気になる内容の方はというと。

 うん。あたしがおばあちゃんの孫でなければ、実在の人物がモデルとか言うのを知らなければ、素直に楽しめたかも知れない。

 そんな内容。


『白と黒の魔女』の主人公は、Ⅱ組の女の子で、魔法学園への入学から卒業までの様子が描かれている。

 タイトルにもなっている白と黒の魔女の二人は、主人公が憧れるⅠ組の生徒だ。二人ともすごい美人で、抜群に魔法がうまい。主人公だけじゃなくて、学園のみんなの憧れの的。白の魔女は、優しくてしっかり者なお姉さん的な存在。で、黒の魔女の方は、少し男勝りだけど気高くて、魔法に情熱を捧げている、Ⅰ組の中心的存在。二人は大の親友らしい。

 この黒の魔女のモデルになったのが、あたしと寮が同室のルシエルのおばあさん、サタニア・ウルドだ。それで、あたしのおばあちゃんはというと。どうやら主人公のライバル役っぽい、Ⅰ組の女の子がそうなんじゃないかと思う。名前は全然違うけど(白と黒の魔女も、一応全然違う名前になっている)、役柄的に間違いないと思う。

 主人公はひょんなことから、学園の憧れの的である白と黒の魔女と知り合いになる。三人は、段々と仲良くなっていくんだけど、それが気にくわないライバル役が何かと主人公と二人の仲を邪魔してくる。白と黒の二人の親友にふさわしいのは同じⅠ組である自分のはずなのに、その自分を差し置いてⅡ組の生徒が二人と仲良くしているのが気に入らないみたい。「Ⅱ組のくせに、生意気なのよ」って、出てくるたびに言っていて、自分がⅠ組なのを鼻にかけて、Ⅱ組やⅢ組の生徒を馬鹿にしている嫌なヤツなのだ。

 嫌がらせの内容は、嘘の伝言で三人の約束を邪魔したり、変な噂を流したり、主人公のローブにいたずらしたらりと、女の子がよく使う定番中の定番だ。うちの田舎にもいたよ、こういうことする子。でも、うちのおばあちゃんは、そういうことするタイプじゃないと思うんだけどなー。

 まあ、ライバル役の妨害にも負けずに友情を育んでいくというのが大まかなストーリーみたい。クラスもⅠ組とⅡ組に分かれているから、身分違いの恋的な要素もあるようなないような。

 で、あるあるこういうのっていう嫌がらせの合間に、たまーに大きい事件が入ってくる。

 印象に残っているのは、魔法の研究発表会の手柄横取り事件?

 年に一回の研究発表会用に、新しい魔法の開発を始める黒の魔女なんだけど、これが思うように上手くいかない。それを陰ながら支えるのが主人公。すったもんだしながらも、主人公の何気ない一言がヒントになって、ギリギリで新魔法を完成させる黒の魔女。でも、発表会では魔法の実演をするだけじゃなくて、魔法の構成の図を描いて、それも一緒に発表しなくちゃならないんだけど、これが間に合いそうもない。絶望しかけた時に現れたのが、なんとライバル役。ライバル役の協力もあって、三人は何とか発表会に間に合わせることが出来た。ライバル役に感謝する二人。ところが! 図案を描いたのは自分だからって、無理やり合同研究という形にして、手柄を半分横取りにしてしまうのだ。おまけに、自分が協力したから新魔法が完成したと吹聴して回る始末。

 二人で協力し合った時間も否定されたように感じて落ち込む主人公。黒の騎士は主人公の瞳を覗き込んで優しくこう言った。

「君の協力のおかげで魔法が完成したことは、私がよく知っている。他の誰も知らなくても、私だけは知っている」

 あっさり機嫌を直して、涙を浮かべながら何度も頷く主人公。

 あ。うっかり、騎士とか言ってた。黒の騎士じゃなくて黒の魔女だった。

 っていうかさ。女の子同士なんだよね?

 何なの? この雰囲気?

 でもまあ。そこはまだいい。

 それよりも重要なのは。

 ライバル役が手柄を横取りしたとかいうくだりだ。

 これ、ねつ造なんだよね?

 うちのおばあちゃんが、本当にこんなことしたわけじゃないよね?

 今すぐ田舎に帰って本人に問いただしたい。

 いや、もちろん、信じてる。

 おばあちゃんがこんなことするはずないって、信じてるけどね?



「あ。読み終わったんだ」

 三日後の夜。

 最後まで読み終えて、力なく本を閉じたあたしに、ルシエルが冷たい声を投げかけてきた。まさしく、吐き捨てるって感じに。

 声が冷たいのは、あたしに対してどうこうじゃなくて『白と黒の魔女』のことをよく思っていないからだ。

「こ、この本に書いてあるのは……」

 本を胸に抱えてふるふる震えるあたしに、ルシエルはそっけない一言を放つ。

「ほぼ、ねつ造だと思うよ」

「そ、そっか! そうだよね!」

 冷たい一言にこんなにも心を温められるとは。

「それ書いたの、ロザリアのおばあさんなんだよ」

「え? ええ!?」

 何か行き成り、とんでもない新事実、来た!

 あたしは、胸の中の本とルシエルを交互に見る。

 ルシエルは椅子に座って足をぷらぷらさせながら、皮肉気な笑みを浮かべていた。ちょっと、悪女っぽい。

「その本の主人公と違って、Ⅲ組だったらしいけどね。おばあちゃんは名前も知らないみたいだったし、友達どころか知り合いですらない。それに、白と黒の魔女は大親友とか書いてあるけど、おばあちゃんの親友は、たぶんミアのおばあさんのアヴリルさんだと思うよ。白の魔女のモデルのシザリーさんは、一度医療の道に進んでから魔法学園に入っていて、二人よりも結構年が上のはずだし」

「え? そうなの? じゃ、じゃあ! 本に書いてあった、研究発表会の手柄横取り事件とかは?」

「あー……」

 ルシエルは、顔をしかめて一度天井を見上げた後、少し気まずそうにまた話し始めた。

「うちのおばあちゃん、魔法の構成を図案に起こすのとか、すごい苦手なんだよね。だから、面倒くさがってアブリルさんに押し付けたんだと思う。発表会の時も、実演はおばあちゃんがやったけど、構成の細かい説明とかはアヴリルさんがやったみたい。それを勝手に勘違いしたのか、いいようにねつ造したんだと思う」

「なあんだー、そっかー。よかったー」

 安心したあまり本を放り投げそうになって、あたしは慌てて抱え直した。

 いけない、いけない。

 これは、ロザリアに借りた本なんだから。傷でもつけたら、大変なことになってしまう。

「なんか、ごめんね、うちのおばあちゃんが面倒くさがりなせいで」

「え? いやいやー、ルシエルが謝ることじゃないってー」

 あたしは、ふやけた笑顔でルシエルに手を振った。

 事実無根だって、わかったし。

「あ。でも、ロザリアはこれを信じてるってこと?」

「あの態度からして、たぶん。まあ、自分のおばあさんが嘘を書いたなんて、思いたくないだろうし」

「うーん、嘘っていうか……」

「うん。ロザリアのおばあさんは、嘘を書いたつもりじゃないんだとは思う。きっと、こうだったらいいなっていう妄想の産物なんだよね。あの小説は」

「あ、あははー。妄想の産物って……。まあ、そんな感じはしたけど」

 苦笑いでルシエルに答えながら、あたしは本をカバンの中に仕舞う。うっかりして、何かしちゃったらいけないからね。はー、やっと返せる。

 もしかして、返す時に何か感想を言わなきゃいけないのかな?

 あ。何か、気が重くなってきた。

「あんまり、気にしなくていいと思うよ。うちのおばあちゃんも大分、美化されてるし。ミアの知ってるアブリルさんが、本当のアブリルさんだと思うよ」

「うん。ありがとう」

「なんかね。うちのおばあちゃんもシザリーさんも、魔法が出来る上にすごい美人で、クラスが違うⅡ組やⅢ組の子とか、下級生にすごい人気だったらしいよ。それで、こんな本まで出来たんだけど、最初は学園の生徒の間だけで流行ってたんだよ。印刷して、学園祭でこっそり売ってたらしいよ」

「へー。それが、段々、王都全体に広まっていったの?」

「王都で人気が出たのは、シザリーさんが新しい魔法薬を開発して、有名になったからかな。難しい病気の治療薬の開発にも成功していて、王様から勲章をもらったこともあるって聞いたことある」

 あー。何となく、分かってきた。

「そのシザリーさんをモデルにした小説があるって話題になって、それからだよ。生徒や卒業生たちの間だけで読まれていたのが、一気に人気の本になって、舞台にまでなって、それで余計に知名度も上がって、また人気が出て……」

 ルシエルの声に、段々怨念がこもっていく。

「シザリーさんは、確かにすごい人だと思うけど。うちのおばあちゃんなんて、そりゃまあ、美人だしすごい魔法使いなのは認めるけど、実物は大雑把でいい加減で面倒くさがりなのに、なにあれ? ほとんど、ううん、完全に別人なのに。実物とだって比べられるのに、本の中の別人とまで比べられるなんて……」

 ああ!

 ルシエルが、一人の世界に籠ってしまった。

 え、えっとー?

 あたし、そろそろ、寝てもいいかなー?


 あー。

 でも、寝て起きたら、明日になっちゃうんだよなー。

 明日になったら、本を返さなきゃいけないんだよなー。

 感想、感想……。

 うう。なんて言えばいいんだろ?

 あたし。今晩は、眠れないかもしれない。


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