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10 星組の諸事情

 田舎民からすれば宝石同然の価値を持つ至福のチョコレート。草原の真ん中で涼しい風に吹かれているような爽快感をもたらすミント。冷たいのに、口に含んだ瞬間に身も心も溶かしてくれるアイスクリーム。

 その三つの魅力を、お互いがお互いを邪魔することなく見事に調和させた、究極のスイーツ。


 チョコミントアイスクリーム。


 究極にして至高の冷菓を前に、あたしはスプーンを握りしめる。

「トーリ君。今日は、ありがとう……」

 これから始まる幸せの予感に目をウルウルさせながら、あたしは斜め前に座るトーリ君を見つめた。

「ミアのお祝いなのに、私たちの分まで奢ってもらっちゃって、悪いね」

「いえいえ。お祝い事ですから、人数は多い方がいいですし。気にしないでください」

「こいつ、自分がここに来たかっただけだから、気にしなくていい」


 ここは、喫茶チョコミント。

 この間、ラーラ先生に連れてきてもらった、喫茶店とは名ばかりのチョコミント専門店に、あたしたち四人は再び集まっていた。

 あたしたち。あたしとリョーコちゃん。それからトーリ君にレイス君。前回と同じメンバー。でも、今回は、ラーラ先生はいない。

 あたしが初めて授業で魔法を成功させたのと、トーマス先生の研究室から無事生還したことを祝って、トーリ君が奢ってくれるというのだ。あたしだけじゃなくて、他の二人の分も。

 お祝いしてくれるのは嬉しいけど、別にトーリ君が奢ったりする必要はないと思うし、最初は遠慮したんだけど、なんか熱意に押し切られたっていうかね?

 決してあたしが図々しいわけじゃないんだよ?


 何でも好きなものを頼んでいいって言われたけど、結局また四人ともチョコミントのアイスクリームを注文した。

 あたしとレイス君はスイートのヤツ。で、トーリ君とリョーコちゃんはビター&スイート。ビターが美味しく食べられるなんて、二人とも大人だなぁ……。


「そう言えばさ、トーリは白と黒の魔女に特に肩入れしているってわけじゃないんだよね? そのローブを選んだのには何か意味があるの?」

 最後の一口まで堪能しつつくして、ほぅっとため息をついてから、リョーコちゃんは突然思い付いたようにトーリ君に問いかけた。

 今気づいたけどこのメンバー、チョコミントを食べてる間は、ずっと無言だ。

 みんな、どれだけチョコミントが好きなんだろう。いや、あたしもだけどさ。

 あたしも最後の一口に蕩かされながら、トーリ君を見つめる。

 ああ。冷たいのに甘く蕩ける。

 あたしが名残惜し気にため息をつくのを見届けてから、トーリ君は眼鏡を直しながら口を開いた。

 トーリ君とレイス君は既に食べ終わっている。どうやら、あたしが食べ終わるのを待っていてくれたみたいだ。

 あたしに気を使って、とかじゃない。ただ単にチョコミントへの愛が重いだけなんだと思う。

「そうですね。黒の魔女サタニア・ウルドと、白の魔女シザリー・サイトウ。どちらも素晴らしい魔法使いだと思います。ですが、僕が注目しているのは彼女たちの功績であって、花組の大半の生徒たちのように勝手に作り上げた当人たちの偶像を崇め奉るつもりはありません」

「じゃあ、なんで? そのローブ、もしかしなくても特注だよね?」

 リョーコちゃんが首をかしげた。赤毛のポニーテールが揺れる。

 トーリ君のローブは、右半分が黒で左半分が白というなかなか個性的なものだ。

「まあ、僕は魔法が使えませんからね。当然、クラスは花組になると思っていたんですよ。あそこは、黒と白を信奉する人たちの集まりですから、黒か白以外のローブを着たりしたら、どんな目にあわされるか分かりません。かと言って、どちらかの色のローブにしたなら、派閥争い的なものがあった場合に巻き込まれかねませんし。この黒と白のローブは、中立的な立場を表すための苦肉の策です」

「…………」

「…………」

「…………」

 話を聞き終えたあたしたちは無言で水を飲んだ。

 割と、どうでもいい感じの理由だった。

 それにしても、花組って、一体……。

 水の入ったグラスを弄びながら、あたしはふとロザリアのことを思い出した。

 ロザリアは黒と白の格子柄のローブを着てるんだけど、あれはどっちも好きでどっちかに選べなかったからなんだろうな。ロザリアの単純さが、何だかとても微笑ましく思えてきた。

「……そういや、なんでトーリは星組なんだ? 花組以外は、魔法が使えないと入れないんじゃないのか?」

 同じようにグラスを弄んでいたレイス君が、小首を傾げた。

 短い銀髪がサラリと流れる。

 男の子なのに、女の子みたいでドキドキする。

 レイス君は口を開かなければ、文句なしの美少女だ。紫の瞳が不思議に輝いていて、何ていうか、妖精的な可愛さ。

 しかし、レイス君、それ聞いちゃうんだ。

 実は、あたしも気になってはいたんだけど、聞いちゃいけないことかと思って、ずっと聞けずにいたんだよね。

 トーリ君、答えてくれるかな?

 言えないことなら無理に聞かないようにしないと、なんて思ってたんだけど、トーリ君は意外にあっさりと答えてくれた。

「ああ。ラーラ先生に頼まれたんですよ。星組に入れてやるから、代わりにクラス委員長をやってくれと。今年の星組は、少々面倒くさいことになりそうなので、王都出身でクラスのまとめ役になれる奴が欲しいと言われまして。僕としても花組で偏った授業を受けるよりは、星組で魔法使い候補生たちが受けるのと同じ授業を受けた方が勉強になるので承諾しました。まあ、入学試験の学科でトップを取ることが条件ではありましたけどね」

「そ、そんな理由!? しかも、ラーラ先生の一存っぽいんだけど!」

「いいのか? そんな選別理由で……」

 あたしとレイス君が驚いたり呆れたりしてる中、リョーコちゃんだけは苦笑いで水を飲んでいた。リョーコちゃんはクラスの副委員長だし、もしかしたらもう聞いたことがあったのかな?

 あと、面倒ってもしかして、ロザリアのこと? いや、ある意味あたしも当事者だけど。

「まあ、さすがに、Ⅰ組からⅢ組の通常クラスでしたら、魔法を使えない生徒を入れることは絶対にありえませんけどね。ですが、星組は、その辺が緩いんですよ」

「緩い?」

「ええ。元々、星組はミアのようなイレギュラーな生徒に対応するために創られたクラスですしね。結構、融通が利くんです」

「あたしみたいな?」

 そう言えば、おばあちゃんも星組はあたしみたいな子のために創られたクラスだとか言っていたような?

「将来、大化けしそうだけれど、入学の時点ではⅡ組止まりの生徒ですとか。ある一点においては突出した才能を持っているけれど、総合的に判断するとⅡ組が妥当な生徒とか。そういった生徒に、Ⅰ組並みの少人数できめ細やかな授業を行う為に創られたのが星組なんですよ」

「きめ細やか……?」

「むしろ、大雑把……」

「それは、まあ。ラーラ先生ですから、仕方ありません。ですが、人数が少ない分、生徒の個性に合わせた授業が行えますし。ほら、この間の特別実習室での授業のように。担任の判断で、ああいう臨機応変な授業を行えるのも星組ならではです。将来、大成するかもしれないけれど癖のある生徒を集めて、枠に捉われない自由な授業で伸び伸び育てよう、というのが星組の創設理由なんです」

「ほ、ほー」

「ふーん?」

 Ⅰ組とかⅡ組の授業って、どんな感じなんだろ?

 もしかして、星組の授業とは全然違うのかな?

 ちょっと、興味が出てきた。

「ああ、それから。星組の生徒の選別については、ほぼ担任教師に一任されているみたいですね。まあ、人数の多いクラスに入れると問題のありそうな生徒を押し付けられることもあるみたいですが」

「ふ、ふーん」

 やっぱり、それって、ロザリアのこと?

 ああ。この場にいないのに、脳裏にちらつく格子柄!

「リョーコは今の話、あまり驚いていないみたいだったけど、知ってたのか?」

 レイス君の質問に、リョーコちゃんの毛先が揺れた。

「うーんとね、知ってたってわけじゃないんだけど。うち、父さんも魔法使いで、学園の卒業生なんだ。父さんの見立てでは、私はきっとⅡ組になるだろうってことだったんだよね。それが星組になったってことは、トーリと違って先生の打診があったわけじゃないけど、たぶん、同じような理由で選ばれたんだろうって、父さんは言ってた。確証があるわけじゃないけど」

「は、はー……」

 あたしはポカーンと口を開けて、困ったように笑うリョーコちゃんを見つめた。

 田舎者にはついていけない話だ。

「……なあ。ルシエルとロザリアは、なんで星組なんだ? ルシエルは普通に優秀っていうか、Ⅰ組でもおかしくないよな? あと、ロザリア。あいつ、言うほど魔法上手くないよな? ギリギリ、Ⅱ組って感じ? 白黒魔女のうん蓄以外に、すごいところがどこにも見当たらないんだけど」

「ルシエル……は、よく分からないけど。ロザリアは問題ある生徒だから押し付けられたんじゃないの? ほら、白と黒を称える集会とかを勝手に開いて、生徒の心を惑わすかもとかそんな理由で」

「星組には、ルシエルとミアがいるのにか? まあ、星組は隔離されてるから、被害が少なくて済むってのはあるかもしれないけど」

 レイス君の質問は、結構遠慮がないなぁ。いくら、本人たちがこの場にいないとはいえ。

 うーん、でも、確かになんでだろ?

「リョーコちゃんたちは、何か知ってる?」

 会話に入ってこなかったリョーコちゃんたちに話を振ったら、二人は腕組みをして、微妙な顔であらぬ方向へ視線を彷徨わせていた。

 あ。これは、何か知ってるんだな。

 二人とも、口を開けたり閉じたりしている。

 絶対に話しちゃいけないヤツじゃなくて、話していいかどうか迷っているだけと見た。

 あたしは二人を、じーっと見つめた。

 無言の催促というヤツだ。

 レイス君もあたしの意図を察してくれたらしく、無言で二人を見つめる。

 美少女(男だけど)の無言催促に、二人は呆気なく陥落した。

 二人とも心なしか頬を赤らめながら、咳払いをしている。

 リョーコちゃんとトーリ君は、何やら目配せで交信してから、交互に話始めた。

 うーん、でも、いいな。あたしも、レイス君に見つめられてみたいかも。

「ルシエルのことは、僕たちにも詳しいことは分からない」

「でも、ロザリアはたぶん、お金の力で強引にねじ込んだんじゃないかな~って」

「まあ、憶測ではありますが。おそらく、間違いないかと」

「星組の子たちは、あんまりこういう話興味ないみたいだけど、花組や普通クラスの方では、結構噂になってるんだよね、この話」

「まあ、これも星組ならではの話だと思いますが」

「ここで話さなくても、いずれは耳に入ると思ったから話したけど、あくまで憶測だし、ロザリア本人に何か言ったりはしないでね?」

 あたしは引き続き無言で頷いた。

 レイス君は気に入らなさそうに鼻を鳴らしながらも、一応頷いている。


 うわ。

 何、それ。

 都会って、怖い。


 っていうか、格子柄さん?

 お金の力を使ってまで、ルシエルと一緒のクラスになったのに。

 肝心のルシエルとは、仲が拗れちゃうとか。

 何だろう?

 微妙に、憎めない。




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