第一話
流行ってるようなので、試しに書いてみました。
この世界に迷宮が出来てから五年、世の中いろいろと変わった。
迷宮が民間人にも開放された二年前は未知の伝染病や、増殖するアンデッドなどのさまざまな問題が懸念されたが、現在に至るまでそんな厄介な存在が確認されたことはない。もちろん、危険な伝染病や増えるアンデッドなどの不都合な事態が公表されるはずがないとも言える。
ただ、迷宮は想定外の恩恵を探索する冒険者達にもたらした。如何に珍奇なモノとは言え、迷宮からもたらされる年間僅か数トンの物資が世界を変えるはずはない。迷宮が発見された当初は誰もがそう思っていた。だが、迷宮からもたらされた様々な物資と金は十分に世界を変えた。少なくとも世界を変えるきっかけとなった。
迷宮を探索して収入を得る冒険者と呼ばれる職業が定着したし、魔法と呼ばれる迷宮外では奇跡と呼ばれる特異な現象も確認された。
故に人々は迷宮の恩恵を求めて、最寄りの迷宮に殺到した。人が集まるということは金が集まるということでもある。大規模な迷宮には各階にコンビニやファーストフードが出来たし、簡易な診療所もできた。医療が迷宮に進出すれば保険も迷宮に付き合わざるをえない。日曜日に趣味で浅階層を探索する冒険者であれば保険業界も「ご家族みんなで迷宮特約」を売りにできたが、深階層を探索する専業冒険者には専用の保険が準備された。もちろん、国が運営する国民健康保険も専用の冒険者保険を用意した。
迷宮探索が金になると解るとお役所もどんどん首を突っ込んできた。
まず迷宮探索に免許制度が導入された。
つまり、一部の例外を除き十八歳未満の若者が迷宮から排除された。
浅階層の探索が許可される第四級探索者免許は各地の交通安全センターでの講習会を受ければ取得できるが、第三級から迷宮探索の知識を問う筆記試験、第二級からは各種実技試験が導入された。
もちろん、迷宮探索者免許には自動車運転免許のように二年に一回の更新がある。迷宮探索者免許の更新講習では何とも親切な事に、下手なスプラッタ・ムービーが裸足で逃げ出すような凄惨な動画をたっぷりと見せてくれる。浅階層専門の方とか泣くのはマシな方で、ゲロゲロ吐く方も少なくない。
そのおかげで低階層から下に降りようと言う探索者が減っているのだからありがたい事ではある。
正直、素人さんが浅階層から下に降りれば迷宮保険の保険料が馬鹿高くなりそうだからな。
俺は一身上の都合で会社員から冒険者に転職したアラフォーのおっさんである。
扶養すべき猫はいるが家族はいないので当面の問題はない。当面の問題はないが、可愛い猫たちを路頭に迷わせるわけにはいかないので冒険者になった。
迷宮探索免許は免許制度ができた頃に当時の友人たちと第三級まで取っているので問題はない。お世話になっている自動車保険の担当さんに連絡して迷宮探索者保険に入り、健康保険の切り替えも終わった。後は装備を買って、迷宮にもぐるだけである。
装備は最初は通販で買うことにした。バラバラで買うと必要経費の処理が面倒だからだ。というわけで、某巨大ネットショップで武器やら防具など買う事にする。
当面の主武器である片手用ツルハシが二千百十八円。
予備武器兼刃物である鉈が五千四百三十一円。
黒いスウェット上下で二千三百八十円。
モトクロス用の胴体と手足のプロテクタがセットで九千九百五十四円。
スキーヘルメットが四千八百九十九円。
安全靴が四千六百一円。
タクティカルグローブが千九百八十円。
目出し帽千百二十円。
サバゲ用ゴーグル千七百二十円。
容量四十リットルの防水リュックサックが三千九百八十円。
計三万八千二百六十三円だ。後は食料や飲料などの消耗品を加えても五万円を超える事はないだろう。
しかも注文した三日後には注文したすべての商品が届いた。世の中に本当に便利になったものである。
ちなみに刃物をメインウェポンにしない理由は簡単で返り血を浴びたくないし、しかるべき訓練を受けてない人間が刃物を振り回せば必ず自分か周囲の人間が怪我をする。特に日本刀は今日から使い始めましたと言う坊ちゃん嬢ちゃんに使いこなせる武器ではない。大体、日本刀は引き切りするものだと言う基本的な常識を知らない奴が多すぎる。それに刃物は打撃武器に比べて維持に手間も費用もかかる。一戦闘終わったら洗って血糊落として乾かしてとか、魔法でも使えないと無理だろう。
……年寄りの愚痴はこれぐらいにしておくか。
全ての商品が届いた翌日、俺は黒いスウェットに着替え、モトクロス用のプロテクタを装備する。食料やスポーツ飲料にごみ袋や携帯トイレなどの消耗品を詰め込んだリュックサックを背負い、近所の迷宮まで自転車で移動する。迷宮攻略が解禁される前なら間違いなく警察に通報される格好だ。正直、現在でも警察関係者の皆さんは迷宮近隣以外では探索者にいい顔をしない。
迷宮はなぜか古い神社仏閣の内部に発生する。俺が向かっている迷宮も歴史あるお寺の一角に発生した。もしかしたら全世界規模で何らかの結界が破れたのかもしれない。
自転車を駐輪場に止めて、境内にある迷宮の入り口まで歩く。
迷宮の入り口と呼ばれている場所は物理的にはなにかあるわけではない。ただ、その空間に入ったモノは有無を言わさず迷宮に転移させられる。そーゆーわけで、迷宮の入り口の傍に派出所がある。不法侵入者が迷宮に侵入しない様に警備しているわけだ。もちろん、迷宮内部での落とし物や事件、事故などの処理もここで処理してくれる。迷宮内部に派出所がないのは迷宮内部が日本国内ではないからだ。外国に日本の警察署が設置できない様に、国内ではないダンジョンにも日本国の司法権を行使する組織を置くことはできないらしい。不便な事だが、国外で日本国の司法権が行使できる法律が成立するはずがない。
いずれ、迷宮の住民の方々の同意を得てから迷宮は日本国に併合されるのだろう。迷宮に住んでいる住民の皆さんは元日本人らしいからそれほど問題はおきないはずだ。
むしろ、自分達が日本国から日本人と見なされてないと知ったら驚くだろう。
「こんにちは」
「免許証を確認させていただけますか?」
「どうぞ」
首からぶら下げていた名札入れに入れている迷宮探索免許証を当番のお巡りさんに確認してもらう。未成年者は所轄の警察署に氏名と免許証番号が一致しているか問い合わせるなど念入りに確認されるが、俺はアラフォーのおっさんなので有効期限が切れていないか確認する程度だ。確認作業はすぐに終わる。
「お気をつけて」
「ありがとうございます」
派出所のお巡りさんにお礼を言って、迷宮の入り口に入る。水の中に入るような抵抗感があり、視界が一転する。
迷宮の入り口の先にあるのは踏切どころか信号機がないど田舎の集落だ。
ど田舎の集落だが迷宮の入り口の先にあるだけあってコンビニと牛丼屋がある。このコンビニと牛丼屋はどうやって商品を補充しているのだろう? 冒険者には公開していない専用の入り口があるのだろうか?
お疲れさまでした。
更新はあんまり期待しないで下さい。