第一章3「共存を願う者」
「俺の夢は、他種族との共存なんだ……ッ!」
勇気の宣告は静かだが力強いものだった。二人は辺りに一瞬の静寂が生まれる。
「他種族との共存? 何を不抜けたことを言っている? そんな馬鹿な夢を抱いているのは貴様だけではないか?」
ハハハ、とシャルの夢に呆れ地の底へと蹴落とすかのような大笑いが響き渡る。
「そうだな。俺一人だけの無謀で無力で無価値な夢かも知れないな。でも、俺は絶対に諦めたりなんかしない……! いつだって俺は本気だ! 絶対に俺の夢を実現させてやるんだ……誰に何と言われようと、自分の決めた夢は絶対に貫き通す!!」
シャルの曇のない瞳が夜の暗さを照らす。それは小さな歴史の一歩が刻まれた瞬間であった。
人間と吸血鬼、決して交わり合うことのできない、わかり合うことの出来るものではないことは誰もがわかっていた。しかしシャルだけは違った。必ず、共存の道を切り開いてみせる、その強い決意はシャルただ一人の、世界でただ一つだけの超然だった。
「人間だろうが吸血鬼だろうが関係ない。分け隔てなく互いが互いを認めあってこそ、本当に幸せな毎日が訪れる、俺はそう思ってる……!!」
声を張り上げ、ニカッと笑ったその表情は子供のような無邪気で陽気なものであった。
それでも、シャルの心は不安と期待、相反する二つの気持ちが重なり合い、今にも押しつぶされようとしていた。
吸血鬼の男もまたシャルの表情に戸惑いを隠せなかった。彼が嘘をついているとは見えない。しかし、未だに人間という低俗な生き物を信じ切ることはやはりできなかった。
「……貴様、本当にそんな馬鹿げた夢を抱いているのか?」
「もちろんだ。俺の心は嘘を言っていない」
きっぱりとそう告げられると男は静かにその分厚い腕をシャルの胸へ翳した。
シャルが動揺の色を浮かべているのを前に男は語る。
「私は"あらゆる生物の心を読む"ことが出来る。嘘をついているかどうかもはっきりと区別することが出来る。"覚"といったものだ」
男は数秒胸に手を置き、心を読む。その須臾は純真で貪ることの出来ない鮮好たるものであった。
覚終えると同時に、男はため息をつく。それは安堵と諦念の混じった深いものであった。
「どうやら本当のようだな。貴様のような馬鹿で偉大な信念を抱いているやつがいるとはな……」
――馬鹿は余計だ。
ムスッとした表情を男に押し付ける。その表情を前に男はシャルの心の内を悟ったかのように、そして深く溜め息をつきながら続ける。
「貴様は本当に不思議な男だ……人間という生き物は必ずと言っていいほど嘘をついている。 口にはしていないだけで、心の奥底では純然ならざる気を発しているのだ。 "ソレ"は手を翳さなくとも目に見えている」
男は最初にシャルとの対面を果たした様子とは裏腹に、静かに落ち着いた様子で説明する。
彼にとって人間は愚の骨頂であり、不条理極まりない、そして――薄弱な生物にほかならなかった。彼ら吸血鬼に対する行動すなわち悪行は屈辱そのものであった。
それに伴う怒りや苦しみ、憎しみの憂さ晴らしの対象は一体、誰に対して向けたらいいのであろう、答えは簡単であった。
人間を殺すことこそが発散方法――ただそれだけの、簡単な解答。
だが、彼ら自身争いを好まない、否、"争いを避ける"ことが彼らの掟であり、義務であった。だがそれは、侵入者を除いてのことである。
彼の目の前にいる少年こそがその対象であった。争いを避ける、だが侵入者は致し方なく排除する、それが本来の吸血鬼の義務――。
しかし、人間であるはずの少年なのに、愚劣で苛辣な生物であるはずなのに――。
「だが、貴様だけは違う。手を翳してわかった。貴様の心は光で満ち溢れ、それは虚偽のものでもない。何度でも言う——貴様は本当に不思議な男だ」
彼の目に映る男の姿は、形は貧弱で壊れかけの人形のように儚い存在――しかし何故だろう、初の対面を成したあの瞬間よりも大きく、勇敢にさえ見えた。
「そういえば、私の名を伝え損ねていたな」
彼は人間を信用していない、信頼していない。だがこの少年になら、この男にならこの身を預けてもいい様な気持ちになっていたのであった。彼は初めてこの生物とともに日を共にしたいと思えるのであった。
彼は大きく息を吸い、そしてゆっくり声を吐息と混ぜあわせながら――。
「私の名は"プレードゥ・ヴァンプリル"。気高き吸血属の長にして、覚を扱い、そして――真の共存を願いし者である」
辺りには静寂が生まれる。それは二人が初の体面をなした時の、”あれ”とは全くの別物であった。
シャルは自分の夢への、一本の道が切り拓かれたことをこの瞬間確信した。
自分を信じることこそが
「よろしくな、プレードゥ!!」
満面の笑みを浮かべながら手を差し出す。その手が他に何を意味しているのか、プレードゥは理解出来た。
「ああ、私こそよろしくな、"未来の英雄"よ」
「…………ッ!!」
シャルは"英雄"という言葉に一瞬驚き、今までに言われたことのない言葉を掛けられ、握り締めていた手を解き、一つは腰に当て、一つは頭の後に回しながら躊躇いと含羞の表情を造る。
二人の間に友情が芽生える。異種間とのそれは異例であり、偉大なものであった。
だがそれに氷柱を刺すような冷たい視線が物陰から彼らに向けられていた。
静かに、そして冷酷に――。