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花の影を慕いて  作者: 深森
第一章 ミステリー・クロス
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アシュコート伯爵領…舞踏会・第一夜(後)

会場を、物陰から窺う人影がある。


その人影は、そっと会場を離れると、帰宅準備のため控え室に戻って行くアンジェラとルシールの後を付いて行った。


スタッフ用の出入口と直結する控え室にて。


小柄なルシールが、高い場所に吊るされた外套を苦労して外そうとしていると、そこに先程の人影の手が伸びて来て、外套を事も無げに外し、ルシールに手渡した。


「え? あ、有難うございます……」


戸惑いながらも振り返るルシール。


そこに居るのは、完璧な金髪碧眼の、背の高い立派な体格の紳士だ。


くっきりとした貴族的な目鼻立ちが、周囲から際立つような華を添えている。『騎士道物語』に出て来そうな、絶世の美貌を持つ高潔な騎士を想像するとしたら、まさに、こんな感じだろう。


このような目立つタイプのイケメンは、そうそう忘れられるものでは無い。


――以前に、会った事があったかしら?


ルシールは暫し首を傾げた後、不意に目をパチクリさせた。


「前シーズンもいらした方ですね。お名前は、存じ上げませんでしたが」


金髪碧眼の背の高い美青年は、小柄なルシールに合わせて、紳士らしく腰をかがめて来た。


「時に……先程の黒髪の紳士と、お知り合い?」


「リドゲート卿の事ですね? 今夜が初めてですが」


「黒髪の彼、実に無愛想で冷淡だったでしょう? 気を悪くしていないと良いのですが」


金髪碧眼の完璧な紳士は、苦笑を浮かべている。ルシールの脳みそはクルクルと回り出した。


――この金髪碧眼の美青年もまた、リドゲート卿の友人らしい。


成る程、リドゲート卿のムッツリぶりは、当然、多くの人々を戸惑わせている筈だ。エドワード卿はチャラチャラし過ぎていて、お世辞にもフォローになっているとは言いがたいし、このピカイチの友人が、その面倒を始末して回っているというパターンなのだ。


ルシールは納得顔でうなづいた。外套の紐を結びながら暫く考え、失礼にならないように、慎重に同意する。


「口数は多くない方のようですね」


「彼には、くれぐれもご用心を。実に冷酷な男ですから、女性に対して……身の程知らずの野心もあってね、彼の縁結びは止めておいた方が良いでしょう」


「そうなんですか……? えっと……確かに、あまり反応しない方でもいらっしゃるようですね」


ルシールは思案顔になり、絵に描いたような金髪碧眼の美青年を見上げた。


――この金髪碧眼の紳士、頭が良いんだわ。


彼は、前シーズンにも来ていただけあって、会場スタッフとしてのアンジェラとルシールの『もう一つの仕事』――良縁を探している独身の男女を対象とする、『縁組ビジネス』の存在に気付いていたようだ。


――そんな人の目から見ても、あのムッツリ黒髪のリドゲート卿は、改善の余地も無い程、性格の悪い人物だという事かしら。アンジェラの危機の時も、素っ気無い程に無反応だったし……


リドゲート卿が、他人に対して冷淡であるというのは確からしい。考えが読めないくらいの、不吉な印象も感じられる無表情。考えれば考えるほど、要警戒人物のように思えて来る。


ルシールは、次第次第に眉根を寄せ、表情を曇らせた。


ふと顔を上げると、金髪碧眼の完璧な紳士が、こちらを注意深く窺っていた。ルシールは気を取り直し、丁重に言葉を継いだ。


「ともあれ、先ほどは御親切に、有難うございます。失礼ながら、お名前をおうかがいしても?」


「これは失敬。私はレナード・ダレットです……今夜はもうお帰りだとか。明日は是非、かのサービスの件で、お話をしたいものですね」


「当・舞踏会の『縁組サービス』ご利用、うけたまわりました。ご料金はイザベラ代表とご相談のほど……」


ルシールは軽くうなづき、レナードと名乗った男から差し出された手に応え、握手を交わした。


半分ほど屋外に身を乗り出して、送迎馬車が回って来るのを待っていたアンジェラは、背後で進行していた出来事に既に気付いていた。『レナード・ダレット』と名乗った金髪碧眼の紳士をチラリと眺め、感心したような顔つきになる。


順番に会釈を交わし、レナードは会場に戻って行った。レナードの姿が見えなくなるまで見送る。


やがて、アンジェラとルシールは送迎馬車へと歩を進めた。


「金髪レナードは独身貴族よね? モテモテなんだけど、釣り合う奥方候補ならいるんだよね」


「もう仲介先の淑女を検討していたの? 仕事熱心ねえ」


*****


アンジェラとルシールを乗せた馬車は、帰路を走り出した。


馬車内で揺れるランプの下、二人は、今季シーズンの会場も盛況で良かった、という感想を言い合った。その後、アンジェラは急に先程の出来事を思い出し、飛びぬけて美しい顔をしかめて見せた。


「それにしても、客人扱いだと会場の印象も変わるわね! ナイジェル何某の正体が、金髪狙いのセクハラ紳士とは予想外だったわよ……注意しないと!」


「そう言えば、エドワード卿と何かあったの? あの金髪紳士は、アンジェラのために決闘しかねない勢いだったけど」


ルシールは首を傾げながらも、ボーイ・ミーツ・ガールに続くロマンスの気配に興味津々だ。


ルシールの最愛の親友アンジェラは、頭がとても良い。頭も勘も良すぎるために、却って大抵の男どもの(例えばナイジェルのような男の)反応に幻滅してしまうというのが難点だ。


ルシールはルシールなりに、親友の恋愛運の無さ(?)を心配していたのだった。


アンジェラは、お行儀悪く鼻を鳴らしている。


「ホントに決闘でナイジェル何某を転がしてもらえば良かったかしら? 二回ダンスしただけなんだけど、武器の腕前は、ヒューゴさんより明らかに上だと分かるんだよね」


「エドワード卿って、顔だけだと思っていたから驚いたわ。アンジェラの背景を探り出せるなんて、すごい頭脳じゃ無い。金欠と放蕩の噂は、ともかく……ヒューゴさんの先輩だと言うし、淑女百人斬りってプレイボーイの噂、実話だと思うけど」


アンジェラは自信たっぷりの笑みを見せた。


「本人に放蕩の気配は皆無! 四人の淑女も粒ぞろいの候補、幸先が良くて結構な事だわ」


「それにしては……エドワード卿は、会場の淑女には興味が無いみたい」


「ふーん、そんな感じだった? お連れの黒髪の紳士にしか興味が無いなら、私の勘も鈍ったものだけど。男同士の恋人縁組は不案内なの。前シーズンのパニック、まだ夢に出るし」


アンジェラは悩まし気に目を伏せた。前シーズンの縁組に関するショックが、まだ響いているところなのだ。今さらながらに当時の衝撃を生々しく思い出し、アンジェラは疲れたような溜息をつく。


ルシールはコロコロと笑い、フォローに回った。


「結局ベストカップルだったから、大丈夫! 彼らは共同事業でもパートナーを組んで、上手くやってるとか……」


そこでルシールは、ふと思い出した事があり、話題を変えた。


「エドワード卿はアンジェラに興味持ちそうだから、釘刺しといた。ロックウェル事件のゴシップの紹介で」


「それで良いわ。間違って彼らがバラバラ死体になったら、大変な損失だもんね」


アンジェラは元気を取り戻し、ウキウキとした様子で指を動かし始めた。想像上のそろばんをはじいてゆく。


「それにしても……あの掘り出し物が、真面目な顔をして二回目のダンスを申し込んで来た時は、さすがにお仕事とは言え、ちょっとトキめいた! 琥珀色の目で、光が入ると金色で……彼はとびきりの美形だし、自分の魅力を充分に心得ている様子だから、特に社交スタイルの助言も必要なさそう。ますます夢の勝利の予感よ」


アンジェラは、改めて顔を引き締めた。


「あの人たちの縁組は、高く売れる! カータレット嬢もエリー嬢も完璧で、かつ理想の候補……この縁組を派手に成功させて、此処の社交場を、王国第一の『恋人の名所』にするのだ!」


「そして、首都の社交界に勝利する!」


グッとコブシを握り締め、威勢よく振り上げる二人。


「エドワード卿とリドゲート卿、それにレナード、まとめて史上最高額で売り飛ばせ! えいえいおー!」


*****


馬車が、宵闇の中の教会へと近づいて行った。


帰路を急ぐ都合上、足早に通り過ぎるところだが……馬車は教会の門前に停車した。


アンジェラとルシールが馬車を降り、ささやかな教会堂に向かう。


初老の御者が、馬車を駐車場に入れながら声を掛けた。


「お嬢さまがた、お気をつけて下さいよ」


「時間は、そんなに掛からないから。すぐ戻るわ」


「承知いたしました」


教会堂は、必要最小限ながら適度に照明が配置されている。


――夜の礼拝を捧げていた老牧師が、豊かな白ヒゲを揺らしながら穏やかに振り返って来た。


「おや、これは。ゴールドベリ邸のお嬢さんたちですな」


アンジェラとルシールは、それぞれ「お世話になっております」と一礼し、老牧師の導きに従って夜の礼拝を捧げたのだった。


しばし目を閉じ、そしておもてを上げて……真正面の高い位置に掲げられたバラ窓を見つめる。


全知全能の神を称える聖句とされる文字列が、バラ窓の縁でキラキラと輝いていた。いにしえの、騎士が活躍した時代の頃から、その場所に刻まれ続けて来たと伝えられる伝統のフレーズ……《花の影》。


――劫初 終極 カイたたえて立つものよ――


やがて、アンジェラが静かな声でささやいた。


「ルシール。近いうちに……この数日の間に、ルシールの運命を大きく左右するような何かが起きるような気がするの」


「それ、透視なの、アンジェラ? ゴールドベリの……」


「分からない。単なる直感かも……でも、外れてはいないと思う」


アンジェラの宝石のような緑の目は、神秘的な深みを帯びている。


ルシールは気もそぞろに、胸元を飾るアメジストのバラのブローチに手をやった……


*****


――程なくして馬車は、教会堂を辞した二人を乗せて、帰路についた。


かくして、夜は更けていったのだった。

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