クロフォード伯爵邸…ディナー席の面々
クロフォード伯爵邸の豪華な食堂で、当主不在のディナーが始まった。
今夜のディナーの席に連なったのは、六人だ。
伯爵家の唯一の嗣子であるキアランが、父・クロフォード伯爵に代わって、当主代理を務めている。キアランの隣には金髪の青年――キアランの親友エドワードが居た。その隣にプライス判事。
そして向かい側の椅子には、中年夫婦と若い娘の三人が座っていた。その三人は、いずれも見事な金髪と貴族的な雰囲気の持ち主だ。
「何て恐ろしい事故でしょう! 一日も早いお怪我の回復を祈っております」
手の込んだカールと髪型をした見事な金髪、澄んだ青い目をした、上流貴族の令嬢と言った風の美少女が、意外に大きな胸の前で心配そうに手を揉み、美しい声を震わせた。
「父をご心配頂き有難うございます、ダレット嬢」
キアランは、いつもの堅苦しい態度で、丁重に一礼するのみだ。
金髪青年エドワードは、昼の出来事についてプライス判事と一言二言かわした後、キアランを振り返った。
「大丈夫か? アシュコートの社交界に顔を出そうとはしていたが……訪問はキャンセルした方が良いかな? 手頃な穴場といった物ではあるけど、そんなに重要でも無いし……」
「いや……予定通り付き合うよ、エドワード。この件には、一生の面目が掛かっているのだから」
キアランの返答はあっさりとした物であったが、プライス判事はその内容の意味に即座に気づき、面白そうな顔をした。
「……ほう! エドワード君は、近々アシュコートを訪問するのか?」
「トランプ勝負で、私の花嫁探しに付き合うという約束を勝ち取ったんですよ! この絶好の機会を有効利用しない手は無いという事です」
エドワードは芝居がかった気障な手ぶりでワイングラスを揺らし、軽薄な笑みを浮かべた。
「まあ……、マジメな話、本家からしつこく縁談を持ち込まれ、こちらもツイ啖呵を切ってしまった手前、北から南まで社交界巡りをする羽目になっていた……と言うのが真実です」
確かに、エドワードは結婚適齢期の青年ではある。しかし、結婚対象としては、その市場価値は極めて怪しい物だった。『頭の軽すぎるチャラ男』という印象がある。
気障ったらしく金髪を伸ばし、気障なファッションに身を包む、いかにも遊び人といった雰囲気。さながら歩くファッション雑誌だ。最先端の流行ファッションを着こなしているつもりが、間の抜けた着崩しパターンになっており、微妙に趣がズレてしまっている。
プライス判事は、そんなエドワードの様子を改めてマジマジと眺めると、おかしそうに吹き出した。
「百人の淑女にプロポーズを断られた男!? その様子が目に浮かぶようだよ……! プレイボーイの浮名は、ますます高まっている……という訳だ!」
「浮名は余計ですよ、プライスさん! 私の理想は、極めて真面目なものです」
ことさらに大真面目な顔をして切り返すエドワードであったが、その軽薄そうな印象は、かねてからの社交界での若干よろしくない評判とも相まって、どう見ても金欠の放蕩紳士と警戒されるべき代物であった。出身こそピカイチではあったが、噂によれば、放蕩が過ぎて実家から勘当され、金を持つ友人のツテを辿って、フラフラと各地をさまよっているという。
「実際、その真剣な動機と行動実績は、高く買えるかと…」
クソ真面目な顔をしたキアランによる、あまり効果のないフォローが入った。傍目にはやはり、どう見ても『贔屓の引き倒し』と見えるものであった。
金髪碧眼の美少女・ダレット嬢は、生真面目そうに顔をしかめて見せた。
「浮名を流すから金髪は頭が悪いと思われてしまうの、実害があります!」
「あの社交界の評判では誰も信じないでしょ!」
隣に居た金髪の中年婦人も、口元で贅沢なハンカチをヒラヒラさせながらコメントして来た。
「第一、悪徳業者に騙されたとか……あら何でしたっけ、エドワードには結構な額の負債があると言う噂!」
「どうって事無いですよ、ダレット夫人。あの屋敷、何処かにお宝が埋まってると言うのは本当に違いない。壁を外して地面を掘り返したら、埋蔵金がきっと出て来るって」
「あら……業者が、そういう風にのたまったの?」
「そうなんです」
エドワードの笑みは、いかにも頭が空っぽと言うべき代物だ。
ダレット夫人の口元には、憐みを込めた苦笑が出来ている。真っ赤な口紅の周りには、年相応の小じわがある。若い頃はさぞや美しかっただろうと思われる金髪の婦人であったが、年齢による容色の衰えは、色濃いものであった。
ディナー席で、キアランの真向かい側に座る形となっている大柄な体格の中年紳士が、ダレット氏だ。
クロフォード伯爵家の直系親族でもあるダレット準男爵は、金髪に青い目、貴族的な容貌をした派手な顔立ちだ。若い頃は華やかな美青年だったのだ。しかし今は、贅沢と美食に目のない中年世代の男性の常、顔面は若干脂ぎっており、腹部が不健康に突き出しているという、『ちょいメタボ体型』だ。
ダレット氏は、非友好的な目つきでエドワードを眺めていた。『こんなチャラ男が名門クロフォード伯爵家の跡継ぎの親友なのか』とでも言いたそうな雰囲気が、ありありとにじみ出ている。今のところダレット氏は、口を出さず、エドワードに胡散臭そうな目を向けながら黙々と食事を続けていた。
ダレット嬢は、エドワードの言葉に心底呆れたといった様子で、大袈裟に頬に手を当て、嘆息して見せる。
「あたくしは幸運ね! キアラン様という婚約者がいらして!」
「……キアラン君の婚約者? 初耳で、しかも意外です」
プライス判事が不思議そうな顔をしたところへ、ダレット氏が重々しく口を挟んで来た。
「いや、いや! 当然の流れと言える物だ……ほら、キアラン君はクロフォード伯爵家の直系では無いのだから、血族のバックアップが絶対的に必要なんだ」
器用にフォローはしているものの、ダレット氏の口調には明らかに、絶対的優位者に特有の傲慢なものが混ざっていた。
ダレット氏とキアランとの間に、一瞬、緊張が走る。
「アシュコートの舞踏会は、目下の評判ですのよ! 勿論、あたくしも一緒に連れてって下さるでしょ?」
「未来の義父母も忘れないでね!」
微妙な緊張感に満ちた空気を全く読んでいなかったかのように、ダレット嬢はウキウキした様子で、可愛らしくおねだりを始めた。そしてダレット夫人も、当然の権利のように便乗して来たのだった。
キアランは無表情のまま、目を伏せて一礼した。
「仰せのままに。大型馬車を、もう一台用意させましょう……」
ダレット一家とキアランとの奇妙な関係――これが、婚約を控えた関係なのか?
プライス判事もエドワードも沈黙し、キアランの様子を見守るばかりであった。
*****
深夜。
キアランの私室にはエドワードが来ていた。
ディナーの時の、野暮スレスレの気障ったらしいファッションを解き、今はシンプルなシャツ&ベストという格好だ。親友同士の気安さで、クラヴァットまでゆるめている。
エドワードはドカッとソファに腰を下ろすと、呆れたような心配そうな眼差しで、別の椅子に座っている黒髪の親友を眺めた。
ローテーブルの上に置かれたささやかなランプだけでは、表情は細かいところまでは読み取れない。
しかし、エドワードは、キアランがどういう気持ちでいるのかについては、既にあらかた予想がついていた。
「あのアラシア嬢が、君の婚約者とは知らなかったよ! 本当に彼女と――アラシア・ダレットと結婚するつもりか?」
キアランは、ムッツリとした無表情のまま沈黙していたが、やがて口を開いた。
「私は、公的には婚約の存在すら認識していない。復活祭シーズンが終わった直後、レオポルド・ダレットが妻子を館に引き連れて来て、長期滞在を始めた。そして、婚約話を仄めかして来た。あのトラブルの後、公平を期すために別途対処したのが、どうも妙な意味で理解されたらしい」
「あのトラブル? 賭博借金に女性が絡んだ、あの問題?」
エドワードは一瞬、不思議そうな顔をしたが、すぐに「ああ……そういう訳だったのか!」と思い当たり、納得した様子である。次いでエドワードは、なおいっそう呆れた様子でキアランを見やった。
「その努力の結果が――バリバリの政略結婚?」
否とも言わず沈黙を続けるキアラン。
エドワードは腕を組み、ブツブツと呟き始めた。
その様子は、ディナーの時の軽薄そうな様子とは、全く別物だ。シンプルなシャツ&ベストの下の、良く鍛えられた体格が――見事に均整の取れたラインが露わになっている。ランプの光を反射する琥珀色の目は、角度によっては金色の目だ。そこには、鋭い刃物にも似た理知の光が浮かんでいた。
「確かに、彼女は金髪の美人で血統は良い……条件としては悪く無いが……、ダレット一家の贅沢ぶりが示す経済観念の欠如――結婚後は、面倒が増えそうだな?」
それは、疑問とも確認とも付かぬ口調。
キアランは、ムッツリとした様子で応じた。
「だが、血統主義の親族たちを納得させるには、割と願っても無い話かも知れない」
暫くの間、沈黙が流れる。
ダレット氏が指摘したように、クロフォード伯爵家の跡継ぎとしてのキアランの立場は、過去の因縁もあって、それほど確かな物ではない。嗣子でありながら直系では無い――その複雑怪奇な事情を、エドワードは良く理解していた。
エドワードは無表情な親友の中にある動揺ぶりを察しながらも、軽薄そうに苦笑して手を広げるばかりだった。
「気苦労の多い問題ばかりだな、我が友よ! アシュコート訪問は、正しい決断に行動だ……君には絶対、息抜きが必要だよ!」
無表情のままだったものの、キアランは奇妙な眼差しで、エドワードをじっと見つめていた……