ローズ・パーク邸…新年の事件
――あの雪闇の蒸発事件から25年後――
クロフォード伯爵領内に広がる丘陵地帯の一角を占め、かつては「ローズ・パーク荘園」と呼ばれた広大な地区がある。
その地区の小高い丘の上には、この地区を中心とした地元社交の場となっている白亜の豪邸が建っていた。
「ローズ・パーク邸」と呼ばれる、そのいかにも貴族好みの、新古典様式とエキゾチック様式が入り交ざった華やかな館は、新年社交シーズンの中盤を迎えており、いつもの年のように、事態は順調に推移していた。
穏やかな雪が舞う中、地元社会で新年を祝う社交の夕べ。地元の名士たちが集まり、華やかなさざめきが続くローズ・パーク邸。
そんな豪華絢爛な、ローズ・パーク邸の地所の中。
広大な庭園と直結するささやかな小道の中ほどに、平屋タイプの小さなコテージがある。
とりわけ木立の多い片隅を選んで、その薄暗がりにひっそりとうずくまるように建っている。元は倉庫か、作業小屋だった物を何とかリフォームして、一般民家に近づけてみたと言う風の簡素なコテージだ。
扉や窓をはじめ、煙突や暖炉などの基本的な設備は意外にシッカリしており、素朴ながらも実用的な家。しかし、スペースが小さく部屋数も少ないので、隠者の一人住まいか、ギリギリ二人住まいといった風である。
夕方と言うには遅く、かといって夜更けと言うほどでもない、微妙な時間帯。
くるぶしの上あたりまで積もった雪の中、そのコテージ前を通る小道の上で、一人乗りの小さな馬車が止まった。
そして、奇妙に小柄に見える、上下にひしゃげた人影が出て来た。防寒着の裾をバサバサとなびかせ、馬車の座席からノソノソ、ドスンと降りて来る。
成人男性にしては低すぎる……背丈の低さをごまかすためか、その人物が頭に乗せているシルクハットは、いびつなまでに高いデザインだ。
浅く積む雪に、短い足を取られながらも、コテージにじわじわと接近する訪問客。
コテージのドアが乱暴に叩かれた。
「早く開けんとブチ破るぞ!」
ほどなくして、ドアが細めに開かれる。
中から顔を出して来たのは、ほとんど白髪の年配の家政婦だ。突然の訪問客の顔を見て、一気に渋面になる。
家政婦は、訪問客の強引な要求に応じて、渋々と言った様子で、応接間に通す。
しかし、家政婦はその後も、不安そうな表情でランプの灯りを守りながら、小柄でぽっちゃりとした身体をひねり、応接間を仕切るドアの方を何度も見やっていた。
*****
それから数分経過した後の、コテージの中。
名ばかりの応接間で、コテージの主人と訪問客との言い争いが始まった。
「また来たのか、クソ野郎ッ……!」
怒髪天そのものの激怒を見せて怒鳴る主人。既に年老い、頭は禿げていながらも意気軒昂な男である。白いものがだいぶ混ざった濃い茶色のあごひげは意外にきちんと手入れされている。やや骨ばった頑固そうな人相や体格からして、人嫌いの隠者のような雰囲気ではあるが、それなりの地位の地元紳士であるという事が見て取れるものであった。
「金だ! 25年前の件、慰謝料がまだまだ足りねえ!」
「貴様にやる金など無い!」
「ある! ジジイの持ってる庭園オーナー権だよ!」
両者ともに、互いに顔を突き合わせた瞬間から激しい敵意をむき出しにしており、今にも取っ組み合いをせんばかりの様相だ。
「やらん!」
「何だとォ、このジジイ!」
応接間のドアの外では、家政婦がオロオロしながらも、言い争いの様子を窺っていた。
「あんたは老人、息子は居ない! 唯一の子供は既に死んだ!」
「くどいッ! 相続については既に遺言状を作成してあるんだ! さあ……さっさと帰れ! 帰れッ!!」
「この俺を無視するか! 絶対にそうはいかねえぞ!」
訪問客は遂に激高して、コテージの老主人につかみかかった。老主人が再び怒鳴った。
「何をする!」
そのまま二人はもつれ合った様子である。続く衝撃音と、ただならぬ叫び声。
ドアの外からなおも様子を窺っていた家政婦は、ひたすら真っ青になって震え上がるのみだ。
――そして、物音ひとつせぬ、不気味なほどの静寂が落ちた。わずかな物音さえも、雪の中に吸い込まれていったかのようだ。
一分か――二分か。
その凍り付くような空白の後、一息おいて家政婦は意を決し、バタンというドアの開閉音を殊更に立てて、応接間に飛び込んだ。
しかし、家政婦が見たのは、実に最悪の事態であったのだ。
――応接間の真ん中に、ばったりと仰向けに倒れてしまった、コテージの老主人。
「あ……ああ……旦那様!」
家政婦は動転して叫ぶばかりであった。