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花の影を慕いて  作者: 深森
第二章 忘れえぬ面影
16/92

クロフォード伯爵邸…忘れえぬ面影〔二〕

正午より少し前の刻。


大広間での相談が済み、カーター氏とプライス判事は館を退去し、町に戻って行った。


玄関広間で見送りが終わった後も、マティは明るい茶色の目をいっそうキラキラさせながら、ルシールの周りをクルクルと巡っている。


「ルシール、館内の探検、まだでしょ?」


ルシールは戸惑い気味にうなづく。そこへ、キアランが振り返って来た。


「私も父の代理で決裁する書類が溜まっています。マティは頭が良い……あなたを退屈させないでしょう」


(リドゲート卿は、マティの頭の良さを随分と買っているようだわ)


ルシールが不思議に思っている内にも、マティは、上機嫌で正面階段を数段も駆けのぼり、スタンバイである。


「それから、この敷地を出る時は執事に言って下さい。護衛が付きます」


マティが正面階段の手すりの上から身を乗り出しながら、口を挟んだ。


「狙われてんの!?」


「ライト嬢は、タイター氏と係争中なのだ。彼の事は、マティも知ってるだろう?」


「ギャング=タイター! テンプルトンじゃ、知らないヤツはねえよ!」


ルシールは呆気に取られる他にない。


(私の親戚は、みんな変な意味で有名人だったりするのかしら?)


ルシールが呆気に取られている内に、キアランはルシールに一礼し、執務室へと消えて行った。


マティは驚き覚めやらぬといった風で、正面階段の手すりに変な風に乗り上げる。


「じゃーあれ、本物の果たし状!? すげーよ! 『尊大なるタイター様』なんて、変な書き出しだと思ったけど」


「どうやら私は、エラい親戚に喧嘩を売ろうとしてるみたいね……マズい内容の返し状を作成してしまったのかしら?」


ルシールは頭を抱えた。


マティは、階段の手すりから降りてルシールに更に接近すると、改めてルシールを熱心に観察し始めた。


「……やっぱり、茶色の目?」


マティはルシールの顔に手をかけ、明るい方に傾ける。


「これを、こうじゃ……あーッ、分かった!」


いきなりの大声だ。思わずギョッとするルシール。


「何か、すごーく勿体無いような……、オイラだけの秘密にしたいよーな……」


テンポ良く、クルクルと変わるマティの様子に、ルシールは目を白黒するばかりだ。


マティは、絵本に出て来る名探偵さながらの決めポーズで、半身を返す。何か楽しい事を企んでいるような、意味ありげな目付きでルシールの方を見ながら、これまた意味ありげな口調で喋り始めた。


「昨日、馬車で来た時も、その黒服だったよね。白い服は着ないの? 寝巻きだけ!?」


「白い服は無いけど。それが何か意味ある?」


「大有りさ!!」


マティはルシールの目を指差した。


ルシールの目は、正面階段に降り注ぐ光が入ってアメジスト色に変わっている。


「光が入ると目が紫色になるんだよ! 白い服なら光の量が多くなるから」


「……今まで私、目の色は茶色だと思ってた……」


「何で、カーテンみたいに前髪下げているんだか。陰になるから、茶色の目に見えるんだよ」


マティは不思議そうにしながらも、目を半ば覆い隠す形で深く下ろされているルシールのセンターパート型の前髪をつかみ、カーテンを開くかのように両脇に押しやった。


更に色合いを変え、宝石のような鮮やかさになったアメジスト色の目と共に、妖精のような繊細な顔立ちも露わになる。


思わず、目を細めるルシール。


「ああ……、まともに光を見ると、まぶしいから……」


「そうなの?」


ルシールは光に目を慣らすため、パチパチとまばたきした。明るい光に慣れるための時間が、平均的な人より少し長くなっているのだ。


マティは、ルシールが少しずつ平気な様子になって来たのを確認して、ホッとした顔つきになった。そして正面階段の上、キアランが立ち去って行った方向に向かうと、得意満面でガッツポーズをしたのだった。


「フッ……キアラン、オイラの勝ちだぜ!」


「一体、何を勝負してるんだか」


――と、思わず突っ込むルシールなのであった。


ルシールは気を取り直し、正面階段の周りに広がっている古風な装飾や、いにしえの騎士の時代にまでさかのぼる年代物の品々を感心して眺めた後、頭上に広がる吹き抜けの高さに見入った。


「この館は素敵ね……伯爵様は、長くいらっしゃるの?」


「都のお仕事以外は、こっちだって……まず画廊を案内するよ! 北側だから、前髪上げてても平気だよ」



画廊は、最上階のフロアにある。


メインの廊下と同じくらい長く伸びた画廊には幾つかのドアがあり、マティはそのうちの一つを開けて入って行った。ルシールも後に続く。


画廊には多数の絵画が掛けられていて、さながらちょっとした美術館と言った趣だ。いにしえの騎士の時代に由来すると思しきアンティークの品々も、置物よろしく一緒に陳列されている。


特に、ズラリと並ぶ肖像画は、それだけで存在感タップリだ。


(大きめの肖像画が、代々の当主の肖像画みたい。二代前がフレデリック・セルダン、一代前がベネディクト・ダグラス……この30年の間に、急に、氏名が変わってる……?)


やがて、ルシールは、肖像画のひとつに目を留めた。


比較的に小さなサイズの肖像画ではあるが、そこに描かれた一組の夫婦の面差しには、ハッとさせられる。


(この軍服をまとった黒髪の紳士は、リドゲート卿に良く似ている……)


額縁に付けられたプレートには、『ロイド&ホリー・グレンヴィル』と刻まれていた。この画廊に並べて掛けられているという事は、このグレンヴィル夫妻は、クロフォード伯爵家の親族か、先祖だという事だ。


(リドゲート卿は、この人たちの血が強く出たんだわ)


ロイド・グレンヴィル氏は灰色っぽい青い目をしていたが、その黒髪と強い眼差しは、キアランの父親と言っても不自然では無い。あと数年もしたら、キアランも大体こんな感じになるだろう。


グレンヴィル夫人ホリーは、黒い目と思慮深そうな雰囲気を持った知的な美人で、不思議に惹きつけられる神秘的な笑みを湛えていた。


――目はけぶるように細められ、口元は控えめなアルカイック・スマイル。ミステリアスな魅力がある。


しげしげと肖像画を見ていると、先に行っていたマティが、一枚の肖像画の前でルシールを呼んだ。


「ルシール、こっち来て。今の伯爵は、この人だよ……リチャード・ダグラス」


ルシールはマティの隣に並んだ。


その肖像画は、画廊中央の重厚なマントルピースの上に掛かっていた。現在の当主の肖像画が掲げられる定位置。


クロフォード伯爵家の当主ならではの、比較的大きなサイズの肖像画だ。そこに描かれた紳士は20代半ばから後半と思われる若さであったが、深い青さをたたえた涼やかな目元には、見覚えがある。穏やかな笑みは、昨夜見たものと同じ柔らかさを含んでいた。


「20年以上前に爵位を継いだ時に描かれたんだって。今も、老けた他は変わってないね」


「昨夜、お目にかかったわ。昔から素敵な方だったのね」


「もしかして、こういうのが好みなの?」


「まあ……何となく……」


まさに図星だ。マティは妙なところで、やたらと鋭い。


照れ隠しもあって、辺りをキョロキョロと見回す。すると、壁際に並ぶ椅子の一つに、古そうな小型ハープが置かれているのが目に入った。


(これも、先祖伝来の品というか、置物の一つかしら?)


……驚くことに、弦は新しく張られたばかりの物だ。


試しに爪弾いてみると、整備された音程ではあるが調律が甘く、微妙に狂っている。しかしながら、年季が入ったお蔭か、ハープ本体の共鳴は素晴らしい物になっていた。年季の入ったバイオリンが優れた音色を出すのと同じだ。


ルシールは疑問顔でマティを振り返った。


「弦が緩んでるけど、現役のハープよね……」


「ハープが弾けるの!? すげーや! 何か弾いて!」


*****


画廊の隅で、ハープ音楽が流れている。


「プロ並みの腕前……」


マティは、すっかり感心している様子だ。ルシールはニッコリと微笑んで見せた。


「アシュコートのオリヴィア様が師匠だったの。私が母から教わったのは庭園の魔法……祖父が庭園のプロだったと聞いてるけど」


マティは、すぐに知人に思い当たった。


「アントンの事だよね? 年末年始に此処に親族で集まった時、見た事があるんだ。此処の館の庭園を管理していて……ものすげえ偏屈なガミガミじーさんって感じだった」


ルシールは目をパチクリさせた。


「あッ……でも、庭園の管理は、とても上手いって聞いたよ。あのガミガミ・アントン……確か茶色の目で――だけど、もしかしたら、ルシールみたいに紫色に変わる目をしてたかも知んない」


自信無さげに追加するマティである。


「若い頃は割とイケてる顔立ちだったのかなあ? アントン、ルシールと同じ色の髪してたんだよ」


「まあ」


マティとルシールが夢中で談笑しているところに、杖を突いた老人が現れた。老人はルシールを見るなり……驚愕の表情で立ち尽くした。


人の気配に気づき、マティとルシールは一斉に振り返る。マティが目を見開いた。


「あッ……じいじ!」


杖を突いた老人は、クロフォード伯爵より一回り二回り程度は年寄りと言った風だ。暗色系のスーツをきっちりと着こなしており、寄る年波にやつれた印象はあるものの、その雰囲気には年季の入った端正さがある。


老人は、ルシールの顔に釘付けになったまま、すっかり青ざめている。不自然なまでの挙動不審だ。老人は、まるで幽霊でも見ているかのように震えているのだ。


マティがビックリして、祖父の異変を見つめた。


「私の目が、どうかしただろうか……あなたは……アイリス・ライト嬢その人に見えるのだが」


「アイリス・ライトは、私の母ですが……?」


小首を傾げながらも、おずおずと慎重に応えるルシールである。


「ああ……思わず失礼をして……余りにも驚いたので。アイリスさんに、生き写しだ……」


「伯爵様にも同じような事を言われましたわ。母は金髪で、私は茶髪ですが……そんなに似ているんですか?」


「どういう事だよ、じいじ! オイラの知らぬ間に」


マティが老人に飛び付く。老人は困ったようにマティを見下ろした。


「慌てるな、マティよ……椅子を持って来てくれんか」


老人は杖を突いているとは言え、長く立っているのは辛そうな様子である。


マティが早速、椅子を引きずって来た。


ルシールが気遣って差し出した手にすがり、老人はゆっくりと椅子に腰を下ろす。最初の衝撃が過ぎ去った後は何らかの納得がいったらしく、老人はルシールをしげしげと眺め始めた。


「あなたがハープがお出来になるとは驚きです。これは、私の亡き妻の物なのです」


「それは済みませんでした」


「いやいや……そのハープは、いつでも弾いて良いですよ。私は腰が痛くて、ずっと放置していたもので」


ルシールもマティも改めて各々腰を下ろす。老人は一息つくと、自己紹介を始めた。髪はすっかり白くなっていたが、マティと良く似た明るい茶色の目をしている。


「マティの母方の祖父、クレイグです。現在は腰の痛みで引退しましたが、昔、ダグラスの地所の牧師を務めました」


牧師――雰囲気や物腰の端正さに年季が入っているのも、当然だ。ルシールは納得し、引っ掛かった部分を疑問にして、口を開いた。


「ダグラスって、今の伯爵様の氏名と同じ……?」


「うん、昔、先々代だかの伯爵が急に亡くなった時、一番目の跡継ぎの子爵が失格しててさ。ダグラス家の伯父さんたちが伯爵に繰り上がったんだよ。その跡継ぎに次ぐ爵位継承権を持つ、クロフォード直系親族でもあったんでさ」


マティが目をキラキラさせながら、クロフォード伯爵家の事情をかいつまんで解説して来る。


ルシールは目をパチクリさせて、クレイグ牧師とマティを見比べた。


「伯父さんって……クレイグ牧師様は、伯爵様のご親戚なんですか?」


「ええ。クレイグ家はダグラス家の傍系です。偶然ながら、私はリチャードの……クロフォード伯爵の叔父なんです。クロフォード方とは血が繋がっていないので、爵位継承権は無いですが」


ルシールは感心して、目を丸くした。確かに血縁ならではの気配がある。伯爵と似通う部分が端々に見られる。


クレイグ牧師はおもむろにマントルピースの方に首を傾け、その上の壁に掛かっている若き日の伯爵の肖像画を、感慨深げに見やった。


「今の伯爵は、両親を早くに亡くしていて。彼には兄も居たが……私がまとめて後見をしとりました。あの頃は……まさか、宗家直系の子爵が失脚するとは――ダグラス家が宗家に繰り上がるとは――夢にも思わなかった」


ルシールは、クレイグ牧師の昔語りに興味を持って、慎ましく耳を傾けていた。


(叔父に当たるお方が、このようにおっしゃるのだから、伯爵様ご本人も、いっそう戸惑われたに違いないわ)


マティ自身は、自分が生まれる前の話だからか、ギクシャクとした部分を全く感じていない様子だ。


「ダグラス家の伯父さんたちは、二人兄弟なんだ。兄の方が先に伯爵になって、それが先代。先代も急に死んでしまったんでさ……」


ルシールは、今聞いた話を何とかまとめようと、頭の中を整理し始めた。


(伯爵様には、お兄様が居た。お兄様は、今は亡くなられている)


ルシールの脳裏に閃くものがあった。先ほど見た、グレンヴィル夫妻の肖像画。


(あの人だわ。リドゲート卿の顔立ちが、父親に当たる筈のクロフォード伯爵と雰囲気が異なっているという理由が、これで綺麗に説明がつく! ……彼のフルネームは、ロイド・グレンヴィル・ダグラス、というのかも知れない)


「あ、あの、肖像画の……」


「リチャードから、あなたの話を聞きましたが」


不意にクレイグ牧師が口を開き、ルシールは思わず口を閉じた。


老いた顔には懐かしそうな表情が浮かんでいる。ルシールの面差しの中に、かつての忘れえぬ面影をハッキリと見ているに違いない。


「リチャードが……伯爵が驚いたのも、無理は無い。アイリスさんに良く似ています。しかも、同じ紫色の目をしている」


「前髪でふさいでないから、光が入って……」


ルシールは戸惑って、目をパチクリさせつつ、頬に手をやった。他人に、目の色が紫色だと言われても、実感が無い。


マティがむくれ始めた。


「なんだよ、目の色の秘密はオイラが第一発見者なのにさ!」


「ハハハ、彼女の母親は見事な金髪のお嬢さんでな……それは美しいアメジストの目をしとった」


クレイグ牧師は愉快そうに笑い声を立てている。


ルシールは両頬に手を当てたまま、ポカンとして、クレイグ牧師を眺めるばかりだった。


「良くご存知なんですね……母とは、何処でお会いになったのですか?」


「テンプルトンですよ」


ハッとするルシールに、クレイグ牧師は説明を続けた。


「そこは、昔の『前の子爵』の地所だったのです。失脚前の『子爵』は、クロフォード伯爵家の筆頭の跡継ぎだったと言う事もあって……特にローズ・パークは、ダグラス家も含めて、地元の多くの良家が訪問する場所でした。今でも、クロフォード伯爵領内の地元社交界の名所ですよ」


薔薇の花咲く白亜の館。ルシールはドキドキし始めた。


「ローズ・パークは、昔は、クロフォード伯爵家が直接、というよりは、後継者・子爵が管理する地所だったという事ですね……子爵の失脚に伴って、ローズ・パークのオーナーも、今のオーナー協会に変わった、という事ですか?」


「だいたい、それで間違いないです。実際の経緯は、もう少し込み入っているのですがね」

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