「花火 in Just a Dream」
「あ、落ちそう」
サヨリが持って見つめている線香花火の蕾が小さくなってきていた。
「そうだね」
ケンイチも自分が手にしている花火の先から聞こえる音が小さくなっているのを見つめながら答えた。昼間の暑さとセミの鳴き声がなくなり湿った空気も和らいでいた。風も涼しくなってきていて、サヨリと一緒にする花火は楽しいとケンイチは素直に喜んでいた。
「ケンイチは明日帰るの?」
「うん」
ポトリと彼女の持つ蕾が落ちた。
「寂しくなるなぁ」
「そんなことないよ。だっていつも俺いないんだし」
彼女は足元に置いている花火の束からこよりを一本掴むとその先を、そっとケンイチが持っている蕾に近づけた。
「そういうことじゃないんだけどなぁ」
小さく言った言葉はケンイチには聞こえていないようだった。じじっと音がしてサヨリの持つこよりの先に、また丸い玉ができ始めた。
「あのさ、俺」
「うん。なに」
「もう戻ってこれないと思うんだ。ここに」
はっとした表情でサヨリはケンイチのほうに顔を向けた。
「なに?それってどういうこと?」
「だから、サヨリにはきちんと言っておこうと思ってさ」
「だから、何言ってるのかわかんないよ」
サヨリの手から激しく火花を散らす蕾がそのまま地面に落ちて行った。急に焦りだす自分の気持ちが、一緒に落ちてそんな気持ちも消えてなくなればいいのにと彼女は思った。
「第一軌道防衛隊に合格したんだ」
第一軌道防衛隊。それは太陽風が届く最後の場所で太陽圏の最果ての場所。そこで未知の地球外生命体からの侵略を防衛する最初の部隊。サヨリの表情に何も変化が現れないのを見つめて、ケンイチは言っても大丈夫だったかなと思い少しだけ微笑んだ。それでも何も言わないサヨリを見て今度は心配になった。
「ごめん、サヨリ。驚かしたちゃったかな」
「ううん、おめでとう。良かったじゃない」
下を向いたままでもサヨリがそう言ってくれたのが、ケンイチには嬉しかった。
「ありがとう」
彼女は一生懸命に自分の気持ちとは反対の表情を作って、ケンイチの方を見ようとした。だけども彼の手元にしか視線を繋げることが出来なかった。そのうち何故だか瞳から涙が流れ落ちはじめてどうしたらいいんだろうと考える事しか出来なくなった。それでも彼女は笑顔を作ってケンイチに向きなおった。急にサヨリの瞳から涙がたくさん零れ落ちてゆくさまを見てケンイチは驚くしかなかった。
「急に泣いたりしてごめんなさい。ケンイチの夢だったものね、軌道防衛隊。それも第一じゃない」
「そう。今僕がやらなくちゃいけないのは、この僕たちを育ててくれた地球を守ることだから」
ケンイチはそこではじめて気が付いた。自分が手にしているのは、とっくに蕾がなくなったこよりだけだと言うことに。そして静かに続けた。
「サヨリ、君たちを、いや、君を守らなくちゃ。。。」
ケンイチのその言葉が合図だったかのように、二人は同時にまたこよりの束に手を伸ばした。ゆらゆらと揺れるろうそくの火でこよりの先に火をつけると、お互いにでき始めた蕾をくっつけた。そして、一つの火の玉となった中からぱちぱちと飛び出る火花を見つめながら、今度はお互いの顔を近づけた。サヨリはいつもならすぐに消えそうになる火花がその激しさを保ったまま、いつまでも落ちないままでいることに不思議に思ったが、その明るく輝き続ける火花に、このままの夏の夜が終わらないようにと心から願った。
“Bring me the night” By Sam Tsui & Kina Grannis