昭和31年春⑦
翌日の月曜日。 その日は桜子の15回目の誕生日だった。
蓉子は桜子が部屋を出る前に起きて、南京玉を組み合わせたアクセサリーを作っていた。
「桜子姉さん、喜んでくれるかなあ」
独り言を言いながら、流行りの歌を歌いながら、ビーズ手芸を楽しんでいた蓉子だったが…。
日が昇ってきた頃、彼女は赤い顔をして居間に現れた。
「お蓉、どうしたんだ。熱を出したのか?」
父が蓉子の額に手を当てると、やけに熱い。
高い熱を出したようだ。
「お父さま?」
戦時中に生まれた末娘のことを、父は特に可愛がっている。
上の娘たちも可愛がっていない訳ではないのだが、幼少期から虚弱な蓉子の身体は母より気遣ってきた。
「今日は寝ていなさい」
だが、当の蓉子は家も好きだが学校も勉強も好き。少しの熱で学校を休むのは恥と考えていた。
「どうしてですか、私学校に行きたいです」
「ダメだよ、蓉子。お父さまが心配してるのに。他人の厚意ってのはねぇ、進んで受け入れるべきだよ」
「姉さん、それもどうかと思うけど…」
横から突っ込んできた桜子の助言もあり、蓉子は渋々部屋に布団を敷き直した。
熱で浮かされたからだろうか、童顔な蓉子が妙に色っぽく見える。
こんな姿を小林甫には見せられないと、桜子は思った。
だが彼は今日もめげずに外で待っているのだろう。さてどう言い訳しようか。
「お早う桜子ちゃん。今日は蓉子ちゃんと一緒じゃないんだね」
そうこうしているうちに、甫と鉢合わせてしまった。
桜子はあたかも本当のことのように、悲しそうに告げた。
「蓉子、寝過ごしてしまったようで……。遅刻しそうだから甫さんにお会いできないと寂しがっていました」
「え、蓉子ちゃん寝過ごしたの? 珍しいね」
「だから、先に行っててほしいと」
「そっか、分かったよ」
蓉子がいなければ何て素っ気ないのだろう。
桜子はそう思ったが、普段からこんな調子だったら苦労しない、とぼやいた。
ビーズ手芸は、大正末期に日本で大流行したそうです。
また、戦後は日本独自のビーズカバンの制作が流行り、それを着物とセットで使うことが多かったそうです。
本作では、アジアンノット(飾り結び)と組み合わせていることにしています。