昭和31年春⑤
所変わって、阿部家の隣の小林家。
間取りは客間と、居間と、台所に、部屋が6部屋。割と大きな日本家屋だ。
便所や風呂は、全て離れにある。
「甫兄ちゃん、母ちゃん呼んでるー…って、輔兄ちゃん?」
小林家の次女・サヨが3人の兄のうちのすぐ上の兄の部屋を開けると、そこには何故か真ん中の兄がいた。
「ここって、甫兄ちゃんの部屋だよね?」
小林家の子どもは全部で5人。
長女は既に家を出て嫁いでいる。長男は最近結婚し、妻と共に暮らしている。
次男が輔、三男が甫、そして次女で末っ子がサヨだ。
「甫なら、どうしてだか知らねえが部屋替えてくれって頼まれたんだ」
「はあっ!? 何それ聞いてない!」
見ると、運ぶのにもうんざりしそうな机や、箪笥も入れ替わっている。
「で、母ちゃんが甫のこと呼んでたって?」
「あ、そう! そうよ、甫兄ちゃん変なことやったのかなあ?」
大至急、甫兄ちゃんを呼んでくると言って、サヨは輔の部屋を出た。
そして、元々輔の部屋だった甫の部屋に行く間、何故部屋替えなどという面倒臭いことをやったのか考える。
まず、部屋の面積。
祖父母と両親、長兄夫婦の部屋の面積は6畳。
そこに妻たちの鏡台があったり、箪笥があったり、夫たちの低い机が所狭しと敷き詰められて、布団を敷くとかなり窮屈だ。
一方、輔、甫、サヨの部屋は全て4畳半。
甫が輔と部屋を替えても、面積は広くならない。
次に考えたのは、部屋の方角。
元の甫の部屋は縁側に面していて、家の南側にあったため日当たりは抜群。
そんな部屋を譲られた方は喜んで替えるかもしれないが、サヨはどこか奥歯に物が挟まったような気がしてならない。
はて、待てよ。
元の輔の部屋には、大きな窓がある。
朝は日の光が眩しくてこの上ないが、サヨにとっては縁側の次に魅力的な物だ。
そして大きな窓の向こうは……阿部家の西側に面していて、こちらも大きな窓がある。
西側の大きな窓がある部屋と言えば、サヨは何度か入ったことがある。
あれは確か、蓉子の部屋だったはずだ。
「……って、甫兄ちゃんの目的は蓉子ちゃん!?」
小林家と阿部家は距離があるが、目視できない距離ではない。
常人より視力のある甫には阿部家の蓉子の部屋を覗き見するのは造作も無いこと。
「輔兄ちゃん、なんで部屋替えたのよ!?」
サヨは当初の目的などどこへやら、元来た道を全速力で引き返した。
「あれは蓉子ちゃんの部屋だろ? 替えないと煩そうだから替えたんだよ」
「確かにそうだけど、ダメでしょ!!」
この時のサヨは、完全に甫への用事が頭からスッポリ抜けていた。
お陰で後で母親からの説教があったのだが、彼女にとっては甫と蓉子のことの方が何倍も重要なことであった。
小林家は、次男が輔、三男が甫です。
何だかとっても紛らわしい。