昭和31年春②
ある4月の朝のこと。
阿部家三姉妹の長女・苗子はいつものように遅くまで夢の中で遊んでいた。
「苗子、桜子と蓉子はもう出掛けましたよ。早く起きなさいな」
彼女の通う県立第三高校は自宅から大通りに出て通う程の距離にある。
中学校より遠いのに、彼女の朝起きの時間は年々遅くなっている気がする。どういう訳だろうか。
「苗子、起きなさい苗子」
普段のおっとりした性格はどこへやら、実は飴と鞭の使い分けの巧い母は、朝から畑仕事に勤しむ父を呼んだ。
「お父さま、お父さま」
「どうした、お苑」
「苗子がいくら呼んでも起きないのです。起こしてやってくださいな」
父・阿部正は明治45年(1912年)生まれ。品行方正で穏和な男性だが、明治生まれの気質と言うべきか、叱るときは厳しい。
母・苑子は6歳年下の大正7年(1918年)生まれ。県内ではなかなかの資産家の家に生まれ、天真爛漫に育てられたそうな。
だが、母も父同様に、叱るときはしっかりと叱る。
「お苗、起きなさい」
父も初めは優しく声を掛けるのだが、3度声を掛けて反応が無いと人が変わる。
「起きろ苗子、桜もお蓉もとうに家を出ているぞ! 長女のお前がこれとは何事だ!?」
と言いながら、寝ぼけ眼の苗子目がけて拳骨を飛ばすのだ。
要領の良い妹二人は、幼少期からずっとこのやりとりを見ているのですっかり早起きになったが、姉である彼女だけは毎日のように拳骨を喰らっている。
「お…お父さんお早うございます……」
だが、拳骨さえあれば飛び起きることが出来る苗子はまだ質が良いとも捉えることができる。
長女・苗子のお話。
優秀な妹たちに比べ、ずぼらな面が目立ちますが肉体的にタフな所もあります。
言うならサ●エさんタイプ。 少しおっちょこちょいな高校生。