昭和31年夏④
「わぁー、和子ちゃん可愛い! 私もお母さんになりたいなぁ」
「じゃあ、まずはお嫁に行かなきゃねェ」
男性であるにもかかわらず、女性も驚くほどの長い時間を使って身嗜みを整えた甫が玄関をくぐってきたのは、蓉子がユキノの娘を抱いているときだった。
「蓉子ちゃんに、赤ちゃん…?」
学業はふるわなくても、妄想なら天下一品の甫。案外、漫画や小説の原作者という名のネタ提供者に向いているかもしれない。しかし彼の妄想全てを忠実に物語化するのに子ども向けの漫画は似合わない。
そんな彼の脳内は、10年後の蓉子で埋め尽くされていた。
自分は28歳、蓉子は23歳になる10年後。結婚適齢期で縁談がどっさり舞い込んでくるだろう。だが蓉子だけは縁談という恋愛抜きの結婚から守って、所帯を構えるのだ。
自分は三男なので、滅多なことが無い限り家を継ぐことはない。どこに新居を構えようか。
実家近くなら気軽に里帰りできて良いが、東京や横浜などといった都会に住むのもいい。蓉子と、蓉子よりも垢抜けて、洗練された子どもたちに囲まれて愉快に暮らすことが出来るならどこでも良い。
それにしても、蓉子と自分の子どもは可愛い。どんなに手のかかる子でも、とんだガキ大将でも、ツッパリになっても可愛いだろう。
甫の妄想は、自分自身の人生設計図に変わり果てている。
「甫さん、お囃子が聴こえてきましたよ。行かないんですか?」
「あっ…勿論! 行こう行こう!!」
今日は神社の縁日だが、盆踊りも神輿もある。苦労して貯めた小遣いで何を贈ろうか本気で悩んでいた甫だが、神社までの道のりを蓉子と二人で歩くという現実に浮かれてそのことは忘れていた。