昭和31年夏②
部活動の練習が無い、夏休みの最初の日曜日。近所の神社の縁日の日であった。
「姉さん、見て!」
今春、中学校に入学した蓉子は入学祝に浴衣の生地を新調してもらい、母や祖母に和裁を習いながら作った。
今年の自由研究の題材にもなっており、既にまとめたとか。
「これ、蓉子が作ったの?」
「そうだよー」
着付けの苦手な桜子を待つ間に、苗子と蓉子が話している。
「凄いね。じゃあ、私の裁縫の課題もやってくれる?」
「何を作るの?」
「えーっと……スカート! 出来るでしょ?」
こんな会話をしていると、着替えに四苦八苦しているはずの桜子が襖から顔を出してきた。
「ちょっと姉さん! 蓉子に裁縫の課題頼むなら私のも頼んでおいてよ」
運動が出来る苗子、勉強が出来る桜子。共通点は家事が苦手なこと。
前者は煎茶を沸かそうとしてひじきを沸かしたり、海苔の佃煮と間違えて珈琲豆の残りかすを家族分のお膳に盛り付けた。
後者は巾着袋を作れば雑巾になり、浴衣を縫えば袖を縫い縮める。
そんな困った姉たちは毎年のように家庭科の課題に苦しむ訳で、家事の得意な妹に泣きつくのだ。
「桜子姉さんは何を作るの?」
「何でも良いんだって! あんたの好きな物作っておいて」
「桜子、あんたは自分でやりなさいよ」
「姉さんこそ! 私は問題集と小論文が多いんだよ。あとクラブもあるし」
問題集、小論文、クラブ活動(部活動)は3姉妹の夏休みの半分近くを占めているが、それに構わず桜子は言い放った。
「そんなの、私だってそうだよ」
「私もそうだよ」
去年までは小学生で、言い返せなかった下の妹が反論したのは初めてのこと。それと同時に、父の怒号も飛んできた。
「お苗、桜! 出された課題は自分でやりなさい」
さすがの二人も、怒った父には逆らえない。続いて聞こえたのは、祖母の声。
「桜子ちゃん、上手く着られた?」
この祖母は、毎年縁日で櫓に登って踊っている踊り手の一人。
「はーい、着られました!」
「じゃあ、行こうか!」
そんな祖母を持っているためか、彼女たちは縁日が大好きだった。