奇妙な依頼 1
SOUPへの潜入?ふざけているのか?
ユキは平静を装いきれなかった。SOUPといえばトラストルノの中枢、触れてはならない類の組織だ。
「さらにもう一つ。SOUP潜入に際して調べてきてほしい人物がいる。」
このうえさらに…?
「イクスという人物だ。彼はSOUPに依頼され10年ほど前に連中のもとを訪れて以来、足取りが全く掴めていない。」
イクス…聞いたこともない名前だ。そもそもなぜ、その人物について知りたいのか。それはSOUPに入るという危険を冒してまで知り得るべき情報なのか。
「その、イクスという人物がSOUPにいることに何か問題があるんですか?それともその人物が…例えばカンパニーに関する極秘事項を持っている、とかそういった⁇」
ユキの問いに、恩氏は一瞬困ったような顔をする。どう説明すればいいか、といった表情だ。
これは相当なヤバイこと、に足を突っ込まされることになりそうだ。断ってしまおうか。
「イクス、という男は元々生物学を専攻する学生だった。ただ彼の妙なところは、生物学を専攻していながら、他の工学や化学、果てには哲学、文学などにまで興味を寄せて学んでいたらしい。」
学びに対して貪欲なのは素晴らしいことではないだろうか。
「そこまでは大した問題ではないのだが、彼はSOUPに呼ばれ赴く直前、ある実験を行い、奇跡的に成功していた。その実験が問題なんだ。」
「その、実験というのは?」
「クローン実験だ。クローンといっても細胞や一部組織なんてレベルじゃない。人間1人を丸々作り出してしまうんだよ。」
夢のような話だ。良い夢か悪夢かはその実験の先に何をするかにもよるのだろうが、とにかく夢のような話だ。
つまり、自分と全く同じような人間をもう一体作れるということだろうか。
「当然、それを例えば臓器移植のドナーとしたり、あるいは一種の過酷労働の労働力とするならまだしも、だ…」
いや、それはそれでどうなんだろうか。
「仮にそれで作られた連中の息のかかった人間が我々カンパニーの中に蔓延るようになったら?もしくはそれで軍隊なんて結成しようものなら、我々は連中の傘下にいれられるかもしれない。」
それは、確かに問題だ。トラストルノでは外部ーつまりトラストルノに含まれない地域ーの揉め事などが解決されない場合に、依頼された代理戦争組織同士が代わりに戦争をし、勝敗を決める。またトラストルノ内部の問題についても、基本的には力によって決める戦争解決が当たり前になっている訳だが。
ここに例えば1つの組織の圧力がかかるようなことがあれば、それは実質その組織ないし国家の世界独裁に他ならなくなってしまう。
そういうことがないように、四大カンパニーも互いを牽制しあっているのだ。
「さらに、最近どのカンパニーでも組織構成員が数人行方知らずになったりしている。その内の何人かは戻ってきているが…記憶がない。」
「つまり…彼等がクローンにすり替わっている可能性があると?」
「にわかには信じ難い話だが、可能性はあるだろう。…といってそれが証明できないうちから斬り捨てるわけにもいかない。」
南地区のカンパニーなら今頃戻ってきた奴らを海に捨てている頃だと思うが…
しかし切っても張っても本物と区別がつかないのでは困ったものだ。
「とにかく、まずは見分ける方法、ないし何か対策が出来ればということでイクスという男が必要なんだ。それから、SOUPが何を考えているのか、何を企んでいるのかも知りたい。」
「しかし……」
いくらなんでも、危険すぎやしないか?こちらにはリザもいるとはいえ、あまりにも相手が巨大すぎる。
そもそもクローンだなんて…最近、義手義足だけでなく全身アンドロイドが出てきただけでも驚き、というか不気味に感じていたのに…
ユキは言葉に詰まってしまった。
未知の生物との闘いを依頼されているに等しい。
「その…今回の依ら」
ユキが口を開いた時だった。
「断る。」