奇妙な2人 5
「お客様です。」
豪奢な応接間へ2人組を通し、他の者があとから持ってきた茶菓子を、対になったソファの間、脚の低い机の上に静かに置いていく。
「本日は、御自宅にまでお招き頂きまして、まことにありがとうございます。」
痩躯な青年が深く頭を下げる。横にいる少年は頭を下げないどころか、キョロキョロと辺りを見回している。無礼な態度が気にくわない。
「いやいや、そう硬くならないで。ま、座って。」
恩先生はどんな人にも柔らかく接する。志乃は拾われたのが、恩先生のもとでよかったとつくづく思う。
恩先生と青年は互いの近況についてや、恩先生の御子息について、そして最近の代理戦争組織のアレコレについてを話している。
本題には切り出さないが、きっと互いに腹の探り合いをしているのだろう。
志乃は、"万が一"に備えて、恩も2人組も両方が目に入る位置に立ち状況を見守った。
「お客様です。」
中から返答が聞こえ、通された部屋は旧中華風の豪奢な部屋だった。玄関からここまで案内してくれた使用人ーおそらく彼が手伝い兼用心棒の"志乃"ーがそのまま部屋に残る。
そこまで目をつけられるようなことをした覚えはないので、おそらく念には念を、というやつだろう。
ただ、こちらにはリザがいる。
リザが本気で恩氏を襲うようなことがあれば、確実に恩氏を仕留めるだけでなく、志乃くんのことも仕留めるだろう、しおそらくリザ本人とユキは無傷でここから出ることが出来る。
あとが面倒なのでそんなことは間違ってもさせないが。
「最近、お仕事の方はどうですかな?」
「えぇ、まぁまぁですね。羽振りがいい、とまではいきません。」
そう言うと、恩氏も苦笑して
「どこもかしこも最近は羽振りが悪い。」
「良くも悪くも、静かですからな。ここじゃあ、静かで動きがなくて平和だ、なんて悪夢みたいなんもんだ。」
「たしかに。殆どの人間は戦争が無けりゃ商売あがったりですからね。」
トラストルノで1番の産業は"戦争産業"だ。
あまりに多くの人間が戦争によって生計を成り立てているために、戦争が無くなると生きていけなくなる。皮肉なものだ。
「戦争は幸福を生み出さない。でも、平和は戦争があって初めて平和であるといえる。」
誰だったか、昔そんなことを言われたことがある。
「そういえば、息子さんは?」
「あぁ、変わらず。」
「そうですか。お元気なんですね、なによりです。」
恩氏の息子さんはとても立派な好青年だと聞く。娘さんを亡くしてからは、一人息子が可愛くて仕方がなかろう、とおもっていたが、案外そっけなく返されてしまった。
「お客様です。」
志乃の言葉に襟を正し、客人を待ち受ける。入ってきたのは痩躯な好青年と、華奢な少年…のような少女。志乃とは逆のほうに中性的に見える。
…ところで、彼女の真っ黒なパーカーのフードから真っ黒な"何か"が見えるのだが。
小さな猫のぬいぐるみが、フードから顔だけ出している。しかし、青年も志乃も知ってか知らずかなにも言わない。…出鼻を挫かれたような気持ちになる。
青年と軽く談笑をしている間、少女は退屈といった風にしていたが、ふとした瞬間、こちらをじっと見つめることがあった。その視線は刺すように鋭い。
…侮れないな。
直感でそう思わされる。
「ところで本題なんだが…」
長々と世間話をしていても仕方がない。切り出さねばならない。
「今回の依頼なんだが、少々複雑…というか厄介かつ危険な依頼なんだ。」
危険、という言葉に少女がピクリと反応する。
「実はこの依頼は、我々紅楼だけではなく、東西南北…つまり四大カンパニー全てからの依頼なんだ。」
「…え?」
青年が素っ頓狂な声をあげる。無理もない。四大カンパニーは表向き険悪な空気を出さぬようにしているが、それは互いに牽制しあってうまくやっているからで、実際はいつだって理由をつけて互いを潰してやろうとしている。東西南北にまたがる情報屋の彼なら、それくらいの裏事情はもちろん知っているはずだ。
しかし依頼主くらいで驚いて引かれては困る。
「あ、てっきり紅楼の後継者問題についての情報収集とか…かと思っていまして。」
「あぁ、もちろん…そちらも色々と大変なんだが…」
頭の痛い問題は次から次へと途切れず舞い込む。
「今回は、情報収集がてら潜入捜査をしてほしいんだ…」
「え?潜入⁇」
「あぁ。潜入先は…
SOUPだ。」