噂の首席
Sクラスの校舎は少し離れた所にある。そのすぐ裏手が、Sクラス専用の寮だったはず…。
「首席って…どんな人かな…」
「まぁ多いのは"いかにも"な人だよね。でも今回は女の子らしいからね、どんな感じかなー。」
「女の子…珍しい…?」
「そうだね、珍しいと思うよ。俺が知ってる限りでは初めてじゃないかな?」
女の子でこのPEPE東校の首席を務めるなんてただ者じゃない。名前だけは調べがついてる、ただSOUPに接するような情報は無かった。
名前しか、調べがつかないのは逆に違和感があるのだが。普通、調べれば顔写真がでるはずなのに出てこなかった。…つまり学校の生徒名簿に載っていない可能性がある。
「なにやってるんですか?」
後ろから声を掛けられ、驚いて振り向くと長身痩躯の青年がユキ達を見下ろしていた。
身長がゆうに2mはあるように見える。180近くあるユキですら、近づかれると見上げるような形になってしまうのだ。
それから、威圧感がすごい。
背の割に体躯は細身なのでいかつい印象は無い…しかし纏っている空気がピンッと張った糸のようなのだ。
「あぁ、えっと名影首席に会いに来たんだけど…」
「は?名影に?なんで?」
訝しげな顔をされてしまった。
顔をまじまじと見て気づいた。彼は顔写真にもちゃんと出てきた、"次席"だ。そしてあの芦屋家の次男、芦屋聖だろう。
「いやぁ実は僕はここのOBなんだけど、今回PEPEの歩みについてを本にでもまとめようかと思っていてね。だから、現首席にも取材を…と思っているんですよ。」
少し胡散臭すぎたか…。
「今は…忙しいので、それどころじゃありません。後日また出直してください。」
後日だと困る、いま(・・)情報が必要なのだから。それに日を置けば、芦屋くんがお父様か誰かに確認をとって、そんな本の作成など出まかせだとバレるやもしれない。
「忙しい…って少しもダメでしょうか?」
「えぇ、少しも無理ですね。」
困った。どうしたものか。
ユキが困っている。私にはこの場での有効な手は思いつかない。
「ねぇ…首席は今、とっても落ち込んでるね。それから、怪我もしている。」
リザがふいに声をかけ、そんなことを言うと、ユキは「?」という風だったが、芦屋の方はぎょっとした。
身体の共鳴、気持ちの共鳴…なんて格好いい文句は所詮後付けの名称だ。でもそういったものは確かにあった。
リザとその首席は他人だが、同じだ。
芦屋が気味悪そうにしているのもお構いなしに話しだす。
「今日会えないなら、しょうがない…帰る…」
芦屋が顔を歪める。
ユキは相変わらず、事の成り行きが分からないという風だったが、とりあえずリザに任せることにしたらしい。帰る、と聞いて残念そうに項垂れてみせる。
「後日…なら取材もお受けできるかもしれません…」
芦屋がダメ押し、とばかりに呟く。
「それなら後日、また伺いますね。」
嘘だ。もう2日も経たずしてリザ達はSOUPに潜り込み、外部との連絡のほとんどを断つ。
その時、芦屋の後ろからさらに人影が出てきた。
「聖、おそ……‼︎」
その人物を見て、ユキは「しまった」という顔をする。
向こうはむこうで驚きで固まってしまっている。
「え…ユキさん⁇」
「は?知りあい?」
ユキが相手に必死に目で何かを訴えている。相手も何か、が分かったのか
「あぁ、前にちょっとだけ会ったことあるんだよ。ほら、この人、ここの卒業生なんだよ。俺の先輩‼︎」
「あ…そう。」
芦屋は納得いかないようだったが、忙しい、と言っていたのは本当のようで、後からきた人に連れられ挨拶もそこそこに校舎の方へ行ってしまった。
「びびった…そっか、そうだよね、彼になら話を少しは聞けるかも…いやぁ思わぬ見落としだった…」
大した収穫もなく車に戻ると、ユキがブツブツ言いだした。リザは小さな亀のぬいぐるみを積み上げて遊びだす。
「知ってる人…なの?」
「ついこの間会った恩氏の息子さんだよ。」
「孫…じゃなくて?」
「うん…孫じゃなくて、息子。」
恩氏は親子揃って知的な感じだ。
彼ならSクラスについてや、SOUPについて教えてもらえるかもしれない。父親経由でアポをとれば良いだろう。
それにしても、忙しいとはなにがあったのだろうか?とりあえずの断わる理由ではなく、本当に忙しいようだった…
それに、名前しかでてこない首席、"名影零"。
女の首席、というだけで十分珍しいのに、この情報の出なさ具合は珍しいとか奇妙を通り越して、少し不気味だ。
おまけにSOUPの構成員の可能性がある、ときた。
"名影零"…SOUPに入る前にぜひとも色々と知っておきたい。
それから、リザのこと。
今回の依頼には普段とは違った積極性を見せている上に、さっきの意味深な発言だ。
でも、むりやりに聞いたりしない。
本人が話そう、と思うまでは触れない。
きっと時が来れば、教えてくれるのだから。