2人らしい日常
「困ったもんだよ、まったく…」
いや、多めに対価物を渡した俺が悪いか…
ユキは目の前のビニール袋を困り顔で見つめた。ユキは貨幣が使えるスーパーへ諸々の備品などを買いに、そしてリザに今日の夕飯の買い物を任せた。
リザにだってたまには好きな物を買わせてあげよう…とおもったのだが…失敗。
袋の中には肉、肉、肉、肉、肉‼︎野菜も、主食になるパンや米なども一切無い。袋の中は見事に肉ばかり。
「いやまぁ…あのチップでここまで大量に肉を買ってこれたのは逆にすごいよ?」
トラストルノでは外からやってきたいくつかの大型スーパーを除いて、金銭が使える場所はほぼ無い。市場で物々交換が普通なのだ。その交換物がなぜか"対価物"と呼ばれている。
今日、ユキがリザに渡した対価物は、ミントガムが3つ、石鹸2つ、不要になったリボルバー銃が1丁。
これに対して、リザが物々交換で得てきたものは巨大な肉の塊が7つ。
リザが見た目に似合わず大食いなので、量は問題ない。これくらい買ってくると思ってた。
問題なのは種類だ。なぜ全て肉?
「ごめん…思わず買いたいもの言ってったらお肉ばっかりになってて…しかもオマケしてくれて…」
絽南市場は東地区でもかなり大きな市場なのだが、その一画9番地の辺りをユキ達はよく利用する。そしてその9番地の人々がとにかく、リザに甘いのだ。
いや、もちろんありがたいことだが…せめて、そんなに肉ばっかり買っていいの?とか聞いてもらえれば…
幸い2人は日頃の努力とユキのやり繰りのおかげで、比較的裕福な生活を送ることが出来ている。部屋は高階で綺麗だし、冷蔵庫にテレビ、電子レンジ、ホログラム端末まである。
だから冷蔵庫に入れておけば肉も明日くらいまでは持つし…野菜を改めて買いに行くか…
「ユキ…玉ねぎとピーマンと、あとじゃがいもとか、色々ちょっとずつ、あるよ…?」
リザが冷蔵庫を開けて中を確認してから、戻ってきて申し訳なさそうに申告する。
「じゃあ…今日はバーベキューにでもしようか?」
「…うん‼︎」
おい、ズルいぞ。顔こそ相変わらず無表情気味だが、目をキラキラさせて頷くリザを見ると、しょうがない気がしてくる。
なにがともあれ、まずは肉を切らねば。それから野菜も。
その間にリザにはテーブルのセッティングなどを任せる。万能板もユキ達は持っているため、準備さえ済ませれば、完璧な焼き上げも、煙の対処もすべて万能板がしてくれる。
「これ考えた人って…そんなに焼肉とかバーベキューの…焼くの、めんどくさかったのかな?」
「え?いや…それはち」
「すごい、同感…」
「え?ど、同感なんだ…」
懐かしい。リザがたまたま見つけて気に入ったらしく、それ以来店に行くたびに視線で訴えてきたのだ。「買ってくれ」と。
あの時は渋々買ったけれど、今となっては良い買い物だった。
思えば、ユキとリザの周りは万能板以外は旧式のものが多い。主にユキの趣味だが、リザも案外そういったものを好んでくれている。
たとえば料理だって、機械に任せてしまえばあっという間だ。肉を切るのにもこんなにあくせくしなくて済む。
それからテレビ。今はみんなハイパースクリーンで観るのが当たり前で、わざわざ場所をとる液晶テレビなんて観る人はほとんどいない。少なくともユキ達レベルの生活水準の人は。
ハイパースクリーンはなにもない空間に映像を映し出す、小さな箱型の機械だ。
あとはなんといっても、車。
ここはユキの趣味全開。
「自動運転車なんてありえない。"運転"をなんだと思ってるんだ?」
と言って、ユキが選んだのは手動運転車のポルシェ911。リザに言わせると
「ふる…レトロな感じがして良い。」
最近のどれもこれも同じ形の自動運転車なんかとは比べ物にならないくらい最高の車だ。燃費は悪いし、今は製造もほとんどされていないから値も張るが、ユキはこだわった。
あぁでも、もう1つ旧式じゃないものがあった。
ホログラム端末だ。
旧式のもので近いものといえば、スマートフォンやその他携帯端末があるが、こればかりは端末の方が使い勝手がいい。
ホログラム端末の中には、それぞれ持ち主のアバターがいる。人型もいれば、動物、植物、無機物まで。時として幽霊や怪物といった異様なものも存在するくらい多種多様なアバター達は、いわば端末内にいる"もう1人の自分"だ。
ここにアプリケーションを入れて、交流したり擬似訓練をしたりする。"ホログラム"とつくだけあって、画面の中のバーチャル空間を現実に投影して使うことも出来、どうやっているのか匂いや感触まで再現される。
ただ、ユキはあまりこの端末を好まない。リザに至っては使ったところを見たのは買った時だけ。
便利さと同時に、危うさも感じるのだ。
「いただきます。」
「いただきます…」
四苦八苦しつつも、肉を切り終え2人でテーブルに着く。
ユキはリモコンを取り、テレビをつける。チャンネルは700番に。リザの好きな動物のドキュメンタリーがもうじき始まる。
トラストルノのテレビはチャンネルが無限にある。いつも減ったり増えたり。テレビ局なんて無い。個人が思い思いに、簡単に番組を放送出来るのだ。
それでもこれだけ面白い番組がたくさんあるんだもの…テレビ局なんて必要ない。昔の人はなんのためにわざわざ番組を"作ろう"なんて思ったのか。プロなんて必要なく、ただあるがままを写したり、面白いと思ったネタを吹っかけてくれればそれでいいように思うが…
『それでは、最後のニュースです。』
この時間、700のチャンネルでは昔風の大掛かりなニュース番組を流す。これはなかなか分かりやすくて良い。
昔の人もニュース番組、を作っていたのだろうか?
『本日未明、スープと…れる組織から……が…逃亡し……なお……日本の………であるとの情報が……』
おかしい。
テレビの電波が突如として乱れたことではない。
なぜ、SOUPの名前が出た?本来こんな誰でも見れるようなところで出されるような名前ではない。
だから…妨害されたのか?
「あ、はじまった…」
しかしその乱れた画像と音声は数分間流れた後、途絶え、そしてリザのお気に入りの動物ドキュメンタリー番組が始まった。
「なんだったんだろう…」
ユキはしばし考え込むが、最近仕入れた情報でそれらしいものはない。
考えたって仕方がない。とりあえず今日はゆっくりすると決めたのだ。近くでテロが起こりでもしない限り、今日はもう家から出る気も、仕事机や端末に向かう気もない。
「おいしい…‼︎」
リザがすごい勢いで食べ進めていく。
幸せそうでなにより。
片付けをしている間にリザが風呂からあがって、窓の前、夜景の見える特等席に座る。ユキはリザの後ろ側に立ち、タオルで髪を拭く。
リザはユキに言われた通りのシャンプーやトリートメントで洗い、ユキに拭いてもらい、乾かしてもらう。
リザのサラサラの髪質も、整えられたショートヘアも、陶磁器のような肌も、ユキのおかげで保たれている。
「よし、乾いたかな。先にベッドに並べてきな。俺は風呂入るから。」
「うん。」
ユキが風呂に行くと、湯船が紫色になっている。今日はラベンダーの入浴剤を入れたらしい。
リザはいつも気分によって違う入浴剤を入れる。
唯一通販でリザが選び、リザが買っている常備品だ。
「ふーーー…」
今日もまぁまぁ平和な1日だった。
朝方近所で爆弾テロがあって、さらに帰ってきた時に聞いた話では裏手の宝石商に強盗が入ったらしいが、そんなことは日常茶飯事。今さら驚くことでもない。
当たり前なのだ。
むしろ、こうして住む場所があって、風呂もあって、寝るためのベッドまである。それが特別幸福なことなのだ。
それになにより、ユキにはリザがいる。
大切な相方。
風呂からあがり、髪を乾かしてベッドに向かうと、ベッドにはいつも通り山盛りのぬいぐるみが置かれていた。その中心に、ひとが2人ギリギリ入れる程のスペースがあり、そこにリザが横になっている。
「寝れそう?」
なんとかぬいぐるみの山を乗り切り、リザの横のスペースに腰掛け、髪を梳く。
リザはちらりとユキを見ると、また目を閉じる。
「おやすみ」
「…おやすみ」
リザの小さな返答が聞こえ、しばらくすると寝息が聞こえてきた。
今日も幸せな1日が終わる。
リザが過ごした何百年もこんな1日の連続だっただろうか…
そうだといい。
そして、願わくは
俺とリザの明日も、こんな1日でありますように…
ユキはリザの寝顔を見て、毎日そんなことを願う。
夢は見ない。
寝ることにも飽きてしまった。
数百年の間で始めて出会った大切といえる青年の優しい寝顔を見ながら、起きている方が良い。
ユキ…は私を置いていかないでね…