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魔女の想いは砕け散り

 手のひらの上で、青い宝石がランプの明かりを受けて煌めいた。

 レティは椅子に座ってぼんやりとそれを眺めていた。


 受け取ったつもりはなかったが、こんな高価なものを森の中に放っておくわけにもいかないだろう。彼が目的の情報を手に入れた以上、二度とここには来ないかもしれないが、落としたことに気付けば拾いに来るかもしれない。それまでは預かっておこうと渋々持って帰ってきたのだ。


『誓って、あなたの不利益になるようなことはしません』


 彼はそう言った。いったい何を目的に禁域について調べていたのだろう。不利益にならないというのはどういう意味なのか。

 レティにとっては今の状況がもう既に不利益になっているのだが、これだけで事態が収束するとは思えない。何かしら、動きがあるはずだ。


 彼は何者だろうか。

 身なりなどから見て、おそらくは身分のある人物なのだろうとは推測できる。とすればやはり政府関係者と考えるのが自然だろうか。


 王都で出回っているという噂の薬物と何か関係がある……?

 まさか、リコの葉が村の管理をすり抜けて出回っているのだろうか。

 だが、禁域に生えるリコの葉は村人たちによって厳正に管理されている。フリッツは禁域が荒らされた様子はないと言っていた。

 収穫を終えた葉は村の製薬所で乾燥などの工程を経て鎮痛剤に変えられる。数量は帳簿などで管理されているため、製薬所から持ち出すのは困難だろう。


 噂の薬物の正体については決めつけるのはまだ早いか。

 禁域の詳細を話したのは今日の話である。多少のあたりはつけていたようだが、リコの葉については詳細を知らなかった彼がそんな薬物を流していたとは考えにくいだろう。

 とすれば、やはり彼は行政側の人間で、リコの葉の存在が知られてしまったと考えていいだろう。


 彼はどう出るだろうか。

 危険薬物と烙印を押して栽培を禁止するか。それとも薬効を重視して管理方法の指導程度で済むのか。


 いずれにせよ、ことがここに至ってはもう自分ひとりの手には負えない。村人たちには話さなければならないだろう。

 自分はどうなるだろう。いざという時に役に立たない魔女を、彼らはどう扱うだろうか。


 レティは覚悟を決めた。

 どうなろうと仕方がない。役目を果たせなかったのは自分の責だ。今の自分は、役目を果たすことを条件に生を許されているようなものなのだ。


 重いため息をついたと同時に、ノックの音が響いた。

 レティはびくりと肩を震わせると、手に持っていたペンダントを慌てて机の引き出しに突っ込んで乱暴に閉めた。

 深呼吸をして扉を開けると、そこにはユーリが立っていた。


「ユーリ」


 見慣れた顔に、少しだけほっとしてレティは笑みを浮かべた。


「はい、これ……って、何かあったの?」


 ユーリは手に持ったいつもの袋をレティに渡しながら、ぎょっとしたように言う。

 まぶたがはれているのに驚いたのだろう。レティはごまかすように笑いながら答えた。


「何でもないの。ねえユーリ、フリッツさんに伝言をお願いできるかしら。早いうちに直接話がしたいって」


 レティの言葉にユーリは表情を曇らせた。


「いいけど……、今は村の方もごたついてるから、フリッツさんも忙しそうだよ」


「何かあったの?」


「製薬所の帳簿がなくなったんだって。盗まれたんじゃないかって話だけど、泥棒があんな金にもならないようなもの盗ってくかな」


 ユーリはかわいらしく、こてんと首をかしげた。

 製薬所の帳簿に記載されているのは原材料から売り上げまでの数値的な情報だ。それがもし盗まれたのだとしたら、金品目的ではなく製薬所についてのなにがしかの情報を欲しているということだ。


 きらきらしい影が目の前にちらつく。帳簿を狙った目的は分からないが、十中八九、彼の仕業だろう。それにしても盗みとは、穏やかでない方法をとったものだ。そういうタイプには見えなかったのだが。

 またひとつわからないことが増えて、混乱する。

 レティはため息をついた。


「そう。でもできるだけ早いうちがいいわ。そう伝えてくれる?」


「わかった」


 こくりと頷いたユーリのふわふわ頭をぐりぐりと撫でる。


「……やめろよ。みんなして俺のこと子ども扱いすんだから」


 ユーリは不機嫌そうに頭の上に載せられた手を払った。


「七年前は嬉しそうに撫でられていたのにねえ」


「七年前って俺、五歳だぞ!」


 ぷうっと頬を膨らませるしぐさがまだ子どもっぽくて、レティはふふっと笑った。


 * * * * * * * * *


「ああ、そうだわ。おばさん、栗好きだったわよね。たくさん採れたから持っていってくれないかしら。コケモモもあるのよ」


 おばさんの作る栗の甘露煮はおいしかったわね、とぶつぶつ言いながらレティは台所の方へ引っ込んだ。

 奥でごそごそとやっているレティを待ちながら、見るともなく室内を眺めていると、ユーリの視界の隅で何かが揺れた。


 よく見ると、それは細い鎖のようだった。机の引き出しの中から鎖が垂れている。

 ユーリは足音を忍ばせて机に近寄ると、引き出しをそっと開けて息を飲んだ。


 そこには、見たこともないような綺麗な青い宝石がついたペンダントが入っていたのだ。

 見てはいけないものを見てしまったような気がして、反射的に引き出しを閉め、またゆっくりともとの位置に戻る。ちょうどレティが戻ってきたのはその時だった。

 両手に持った袋を、はいとユーリに押し付ける。どうやら相当な量が入っているようだった。


「こんなにもらっていいの?」


 量に驚いて何気なく聞くと、レティは見たことない顔して笑った。


「いいのよ。今年は栗を食べたくない気分なの」


「気分?」


「そう。そんな気分なの」


 ユーリにはレティの言うことがよくわからなかった。けれど、知らない人みたいに笑う彼女を追求するのは何故かためらわれて、ただありがとうと礼を言うにとどめた。


 袋を肩に担ぐと、じゃあと言って扉を閉める。

 今日は村の方が騒ぎになっているせいで禁域での収穫作業もない。ユーリは村までの道を戻り始めた。


 みちみち、先程見たものについて考える。

 透明感のある青い石はとても大きく、美しい形にカットされていた。青い宝石以外にもこまごまと装飾がなされており、ひとめで高級品だと知れる。

 あんなものはこのへんの片田舎には用事のないものだ。もちろん、売っているところも見たことがない。この近くであんなものを商っているところがあるとすれば王都くらいのものだろう。


 魔女の生活は村の収益によって保障されている。ただし、それは衣食の最低限という意味であって、贅沢をさせる余裕はない。村人だって質素な生活をしているのだ。魔女がいくら村のための存在だからと言って、腹の足しにもならない装飾品を用意する必要はないのだ。


 では、彼女はあれをどうやって手に入れたのか。

 ユーリの脳裏に先日の夕景が浮かぶ。

 あのきらきらしい男。

 どこの馬の骨か知らないが、身なりは立派で大層な馬を連れていた。少なくとも金はたんまりと持っていそうな風体だった。


 彼女はあの男にたぶらかされたのだろうか。

 レティは魔女という職務上、始終あの黒いローブを着て不気味さを演出している。髪が黒いのも、ちょうどいいわねと七年前も笑っていた。

 見た目の不気味さに騙されがちだが、彼女はちゃんとすればそれなりに美人なのだ。少なくともユーリはそう思っている。

 そんなことを知っているのは自分だけでいいと思っていたけれど、あの男にも目を付けられたのかもしれない。


 だとすればあの男はレティをどうするだろう。

 金も地位もありそうな男が片田舎で隠れて暮らす女に価値を見出した時、普通に考えれば連れて行きたいと思うのが普通だろう。

 けれど、レティは魔女だ。彼女の村への想いも知っている。生真面目なレティが簡単に首を縦に振るわけがない。……そう思いたい。


 青い石が脳裏できらりと輝いた。

 あんな贈物をできる者など、こんな田舎にはひとりもいない。

 レティはきらびやかな贈物をもらって、どう思っただろうか。こんな森の中での窮屈な生活など捨てて、華やかな暮らしをしたいと一瞬でも思わなかっただろうか。


 まぶたが腫れぼったくなったレティの顔を思い出す。目も赤く充血していて、何かあったのは明白だった。

 彼女の目をあんな風に腫らしたのは村への想いなのか、それともあいつへの恋心なのか。もっと別の何かなのか。


 ちゃんと聞けばよかったのかな。

 いまさらそう思ったが、そんな勇気もなかった。


 背負った袋が急に重くなったような気がして、ユーリはため息をついた。

 魔女の掟に反するこの行為を、報告するべきなのだろうか。

 レティはたぶん、あの宝石を見られたことに気付いていないだろう。本人に確かめてもいないのに、そう決めつけて先走っていいものだろうか。

 可能性は限りなく低いが、拾ったということもありえなくはない。万が一を考え始めればきりがないものだ。

 やはり、本人に確認してからにしよう。

 そう結論付けて、背中の袋を背負いなおす。


 食べない栗を、どうしてこんなにたくさん拾ったんだろう。

 ふと疑問に思ったが、まあいいかと思いなおした。

 母は言葉には出さないものの、レティを心配している。彼女からのお裾分けだと言うときっと喜ぶだろう。

 村の明かりが近くに見えて、ユーリは足を速めた。


 * * * * * * * * *


 村の男衆が小屋を訪ねてきたのは翌日の早朝のことだった。

 フリッツの声に扉を開けたレティに男衆の視線が集中する。いつもは後ろめたいような感情を感じるそれらの視線が、今日に限ってはやけにとげとげしいものになっている。

 レティは戸惑いながらも、男衆の中心にいたフリッツの前へ進んだ。

 フリッツはいつにもまして厳めしい顔をしており、眉間のしわは刻まれたかの如く深くなっている。ちらりとレティを一瞥すると、腕組みをしてひとつため息をついた。


「今朝禁域の畑が荒らされているのが見つかった。何者かがリコの葉を一部むしり取っている」


 森に住む動物はリコの葉を食べたりはしない。体の大きな人間ですら大変なことになるのだ。森の動物たちはこの葉がどんなものかよく知っているのだろう。


 つまり、むしり取るというのは人間しかあり得ないのだ。

 通常の収穫作業では刃物を用いるため、切り口は乱れない。対して、今回の下手人は力任せに引っ張ってちぎったように切り口がギザギザになっていたらしい。


「昨夜は収穫作業がなかったから、一昨日の夜から今朝までの間に起こっている。なにか心当たりがあるか」


 ディーにリコの葉の話をしたのは昨日だ。時間的には不思議はない。

 だが、禁域の場所を詳細に話してはいない。栽培とは言っても、特に区切られた空間があるわけでもなく、ただリコが群生している場所があるというだけである。広くない森とは言え、リコの葉の特徴なども特に説明していないとなれば、畑の場所を特定し、リコの葉を持っていくことができるだろうか。

 今の情報だけでは結論は出せない。しかし、他に思い当たることがない限り、彼の仕業であると見るのが自然の流れだろう。


 考えたって仕方がない。どちらにせよ、昨日の出来事は話さなければならないのだ。

 レティとヘルネ村の関わりを始め、大体のことに察しがついていたらしいこと、悪いようにはしないと言ったこと、半ば騙され、脅されるように口を割らされたことをかいつまんで話す。話すにつれて男たちのざわめきが大きくなった。


「それでは、話さなければこの森の秘密を暴露すると脅されたと言うんだな。それで目的も聞かずに帰してしまったと」


 レティが話し終えて口を閉じると、フリッツが俯いて唸った。


「申し訳ありません」


 謝ることしかできない。

 そう思ってうなだれるレティに、男衆の批判に満ちた視線が降り注ぐ。

 仕方がない。それだけのことをしたのだから、と身を縮めていると、ふと立ちつくすユーリの姿が目に入った。

 どうしてだろう、怒っているような、悲しいような複雑な顔をしている。


「……嘘だ」


 か細い声が空気を震わせた。

 レティに集中していた視線が、一斉にユーリの方へ向く。それも目に入らないのか、ユーリはレティを凝視している。


「脅されたって言うならなんで……?」


 信じられないものを見るように目は見開かれ、口角がうっすら上がっている。ただならぬ様子に、声をかけようとした時だった。


「だったらなんで――あんな宝石なんか持ってるんだよ!」


 ユーリの言葉に場は騒然とする。


「宝石って何のことだ」


「ユーリ、説明しろ」


 男衆に囲まれて質問攻めにあうユーリに人垣の隙間から睨みつけられて、レティは思わず後ずさった。

 あんな目をしたユーリを知らない。いつも笑顔でかわいい三つ年下の幼馴染。ユーリが森に来るようになってからだって、良き理解者だった。


「俺、見たよ。机の引き出しにおっきな宝石のついたペンダントが入ってた」


 レティを暗い目で見つめながら、ユーリは男衆に言う。それを聞いた男がひとり、戸口に立っていたレティを突き飛ばして小屋に入ると、乱暴に机の引き出しを開けて目的のものを取り出した。


「あったぞ!」


 男は小屋から出てくると、握った鎖を高々と振り上げてその場にいた者に宝石を見せつけた。青い宝石はいつもと同じように冷たく輝いている。


「これは……どういうことだ。掟に反するようなことをしたのか?」


 突き飛ばされたまま地面に座り込んでいたレティを見下ろして、フリッツが冷静に問う。

 事情を説明しようと口を開きかけたレティの言葉をさえぎって、男衆たちが興奮したように喚いた。


「掟どころじゃない。これは裏切り行為だ」


「こんなもんと引き換えに村の秘密を売ったんだな!」


「もしかしたらリコの葉と引き換えにしたのかもしれねえ」


「最近王都で出回っている薬物はこいつのせいだったんだ」


「あのやけに身なりのいい男だろ。もしかしてあいつとできてんじゃねえのか」


「これだから小娘は……!」


「俺たちが汗水流して働いてる間、何してるかわかったもんじゃねえ」


「おとなしくしてりゃつけあがりやがって」


 喚き立てる男たちに取り囲まれて、レティは視線を彷徨わせた。

 男たちの輪の外でフリッツが戸惑ったように男たちに何か声をかけているが、かき消されて聞こえない。その横で無表情のユーリがレティを人垣の隙間から見下ろしていた。

 反論する暇も与えず、男たちは熱に浮かされたようにレティを糾弾する。異様な雰囲気に、座り込んだまま後ずさったレティの背中が小屋の壁に当たる。


 ここにきてわかった。

 自分たちをつなぐ絆のもろさが。

 彼らの怒りは罪悪感の裏返しだ。

 後ろ暗い連帯感は、裏切りの香りがした途端に崩壊する。

 罪悪感によって結束した自分たちが、うまくいくはずがないのだ。それはちょっとしたほころびでこうやって簡単に瓦解する。


 七年間、自分を殺して頑張ってきたつもりだった。最初は母のため。母が亡くなってからは村のため。それがレティの人生のすべてだったし、これからも死ぬまでそうだと覚悟していた。

 その覚悟がどれだけ苦しいものだったか、彼らにはわかるだろうか。自分で選んで背負ったのだと言い張るしかなかったレティの気持ちがわかるだろうか。


「……誰にもわからない」


 馬鹿馬鹿しくて笑える。ははっと乾いた笑いが零れ落ちた。

 おばばさまの声が耳に蘇る。


『お前をこんな道に引きずり込んで、置いていく私を許しておくれ』


 あれはきっと歴代の魔女たちの言葉だ。

 魔女の苦悩は魔女にしかわからない。この生活の果てに次代の魔女へ受け継ぐ絶望を、誰よりも嘆いているのは他でもない死にゆく魔女本人なのに。


「あなたたちにはわからない。私たちの果てしない孤独と戦う悲壮な覚悟も、死の間際まで絶望に苛まれていることも。それでも――村を見捨てられない忌々しいこの気持ちも」


 それは一種の洗脳だ。村のためと繰り返し刷り込まれて、いつしかそれが生きがいになっている。それでも孤独を感じないわけではないし、辛い気持ちだってある。引き裂かれそうな気持ちに涙する時だってある。


「誰にもわからないわよ!」


 捨て鉢な気持ちになって大声が出た。

 表向き良好を装った関係など既に崩壊している。こうなったらせめて言いたいことだけは言わせてもらう。この後どうなるかなんて知ったことではない。もう何もかもどうでもいい。


 そうだ、壊してしまえ。跡形も残らぬほどに。

 心の隅で冷静な自分が囁く。


 ――ああ、なんてこと。

 自分にこんな凶暴な一面があったなんて、知らなかった。


 誰かの顔が脳裏をかすめて頬をゆがめた。

 こんな女だと知ったら嫌になるでしょう?


「誰が養ってやってると思ってんだ!」


 近くにいた男が右腕を振り上げた。

 セオリー過ぎて笑ってしまう。思い通りにならない女は少し怖い目にあわせれば、言うことを聞くとでも思っている。

 だが、生憎とそんなにかわいい女じゃない。


「養ってやってるですって? 私は魔女としての役割の対価として、食料を受け取っています。愛人か何かと勘違いしないで」


 座り込んだまま睨み上げてそう挑発すると、男は顔を赤くして唾を飛ばしながら怒鳴った。


「役割を果たしていないから、変な男に付け込まれるんだろうが!」


「付け込まれてなどいません。私は日々森中を巡回し、侵入者に対しては説得を繰り返しました。魔女に課された役割は日々の巡回と侵入者の察知、可能である限りの排除です。この役割をおろそかにしたことはないと誓えます」


 男は手を振り下ろすこともできずに肩で息をしている。表情は憤怒の様相だ。

 レティはのそりと起き上った。小屋の壁を背に立ちあがって、真っ向から男の目を見据え、一歩前に出る。


「個人的な判断で強硬手段に出て、村に不利になるようなことがないように、魔女の行動には制限がかけられているはずです。そういう意味で、私はあくまで役割に忠実に行動しました。私のどこに不備があったと?」


 物怖じせず一歩近寄ってきたレティに、男は気圧されて一歩後ずさった。

 対照的に、次第に冷静になるレティは淡々と正論を述べた。逃げ道など残してやるもんか。完膚なきまでにたたきつぶしてやるという激しい感情が胸の内で燃え盛る。


「じゃあ、あの宝石は何だ! お前はあれで村を売ったんだろう!」


 レティはわざとらしくため息をついてみせた。


「事情を聞きもしなかったくせに、勝手に物語を捏造しないでください。あれは拾ったんです。どっかの馬鹿が落として行った宝石を、森の中に置き去りにしておくわけにもいかず、仕方なく預かっていたにすぎません。そもそも、ここで生活していく上で、そんなもの一体何の価値があるんです。何かくれるって言うならもっと使えるものを要求します。そんなことぐらい考えたらすぐわかるでしょう?」


 腕組みをして、ふんと小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。嘲笑の笑みを浮かべたレティに、彼は激高した。


「このっ……!」


 あまり頭はよくないらしい。たかが小娘と侮っていた相手に思わぬ逆襲を受けて、返す言葉もないらしい男が、勢いに任せて右腕を振り下ろした。視界の端にフリッツの慌てた表情が映る。


「やめろ、ハンス!」


 フリッツの制止の声を聞きながら、レティは目をそらさず男を睨みつけた。殴るなら殴ればいい。この状況で折れるのは彼の自尊心だけだ。

 一瞬の後に訪れる痛みを想像してもなお、レティは怯まなかった。

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