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屈辱

「皆んな聞いてくれ、昨日 坂本課長が入院された。退院するまでしばらくかかるようだ、そこで今日から私が課長代行を勤めることになったんで宜しくな、」

「やった、係長ご昇進ですか?」

山木はポマードでテカテカの頭を櫛で撫でながらにやついている。

「昇進じゃないさ、職階は係長のままだ、いいか皆んな、俺は課長とは違う、やさしくもないし情もない、正直君達の面倒をみるのはまっぴらだ、とにかくだ問題を起こさないでくれ、いい仕事をしろなんて言わないさ、無理だからな、問題を起こさないことそれだけだ、それだけ頼むよ、以上だ、」


「坂本課長入院したんだって?」

「うん、そうなんだよ、おかげで今日から課長代行様だよ、3課の連中の面倒をみるなんてまっぴらごめんさ、天下の美生堂になんであんな連中が入社できたのか不思議でしかたないよ、」

絶品の肉じゃがを頬張りながら、美咲はいつものカウンターのいつもの席でビールを飲んでいる。

「そんなこと言うもんじゃないわ、坂本課長が不在の間はゆうちゃんが皆んなを守ってあげないと、特に現場の美容社員達は営業担当とゆうちゃん、坂本課長だけが頼りなんだから、」

「まぁ、分ってはいるんだけどさ・・」

「まぁ、仕事の話しはやめましょう、それより私達の将来の話しでもしようよ、」

「はぁー、なんだい将来の話しって・・」

「だからね、ゆうちゃんはサラリーマン生活に嫌気がさしている訳だし、この際スッパリと辞めてさ、この店を一緒にしようって話しよ、」

「なんで?」

「そしたら何時も一緒にいられるでしょう、素敵じゃない、」

彼女は揚げたての天麩羅の盛り合わせを運んでくると、隣に座った。

「さっちゃんもさ、早く再婚しなよ、いいひといないのかい?」

「だからゆうちゃんと再婚してあげるわよ、ゆうちゃんも37でしょ、あっと言う間に40よ、あっと言う間に老後がくるのよ、」

「嫌なこと言うなよ、一人ってね気楽でいいんだよな、」

池田 幸子は5年前に結婚し、腕の良い板前であったご主人とともに、この小さな居酒屋を開業した。3年前にご主人を病気で亡くしてからは一人でこの店を切り盛りしている。三課の美容主任 山口 愛のもと同期でもあった。

外ではなごり雪がシンシンと降っていた。


(まったくなんだよ、この提出依頼は・・)

坂本課長のパソコンには各部署からの提出物依頼メールが溢れている、一つ一つ確認しては添付ファイルを開き保存をかけていく、

(課長はどうやってこのくだらない提出物を処理していたんだろう・・滅多にデスクには居ず、販売店廻りばかりしていたが・・とてもじゃないが店廻りなんてできないぜ・・)

通常、係長職階までは営業担当の一人として若干の販売店を担当するのだが、坂本課長は美咲には販売店を担当させなかった。

『いいかね、美咲係長、三課全店が君の担当店だ、各店を訪店してそれぞれの販売店の状況を把握するんだ、買場がどうなっているか、営業担当との関係はどうか、美容社員が快適に仕事ができているか、しっかりと現場の状況を掴み、そして営業担当達をマネジメントしていく、それが君の仕事だよ。

ただね、あくまで主役は営業担当達だからね、君が出過ぎてはいけない、裏でしっかりと支えていくんだ、いいね、』

坂本の言葉が脳裏に浮かんだが、まずは課長代行としてのこのやっかいな提出物を処理してしまわなければならない、パソコンとの格闘が始まった。


「美咲課長代行、大変そうですね、」

パソコンから顔をあげると、村上 百合の白い笑顔があった、大きな黒い瞳が真珠のように輝いている。

「はい、お茶です、お客様用にだす玉露ですから美味しいですよ、」

「ああ、ありがとう、」

熱めのそれを口に運ぶとほろにがく美味い、

「あー美味いな、気分がリフレッシュするよ、ありがとう、」

「営業担当さんの属性調査ですね、それ私にメールで飛ばしてください、調べるの大変でしょう、私が必要事項を入力して美咲課長代行に返信しますから、」

「えっ、本当・・助かるよ、」

「お礼はディナーでいいですよ、」

「えっ、ディナー・・・」

彼女は小さく手を振るとデスクに戻って行った。


(あー、今日はここまでにするか・・)

時計は17時を廻っていた。

「美咲課長代行、お電話です・・」

村上 百合が普段みせない不安な声でささやくように告げている、

「えっ、どこから?」

「警察です・・」

「えっ、警察・・・」

「3番です・・」

「あっ、はい・・」

受話器を取ると、3番のボタンを押した、

「お電話代わりました、美咲でございます、」

「こちらはM警察署の交通課の者です、小山 雄太さんの上司の美咲さんですか?」

「はい、そうです、何か・・」

「実は小山さんが車から道路に荷物を落下されまして現在 国号4号線が大渋滞を起こしています、出来ましたら何人か応援を連れてすぐに来ていただけませんか?」

「はい・・分かりました、すぐに伺います・・」

警察官から告げられた場所をメモに書きなぐると、急いで上着に袖をとおした、

「なにかあったんですか?」

村上 百合が不安な表情で聞いている、

「うん、小山が4号線に荷物を落として大変な事になっているらしいんだ、すぐに行って来ます。あ・・それと村上さんこのことはまだ誰にも話さないでいて欲しいんだけど・・」

「分かりました、誰にも言いません、気をつけて行ってくださいね・・」

「うん、ありがとう・・」

「チース、係長ただ今帰りました、あー、村上さんと何をひそ話ししてんすか、怪しいなー、」

「おお山木、いいところに帰ってきた、すぐに俺と一緒に来てくれ、」

「えー、どこに行くんすか?」

「車の中で話すよ、」

「チース、」

「係長、ただ今戻りました、」

「おお、秋山、ナイスタイミングだ、これから俺と一緒に来てくれ、」

「はい、どこに行くんです?」

「車の中で話すよ、」

山木が、おどけて美咲の真似をしている、


「なんすかね、係長、この大渋滞は、」

山木はハンドルをトントン叩いて貧乏ゆすりをしている、

「係長、この場所って健美堂さんのある場所ですよ、」

秋山が後の座席でスマホを確認している、

「そうだよな、健美堂さんのある場所だ、小山の一番店だ、」

美咲は嫌な予感がした、

大渋滞の先に赤色灯が見えてきた、パトカーが3台も止まっている、そしてその横に美生堂の営業車が止まっている、うす暗い中 車のドアに美生堂のロゴマークが微かに見える。

「あーっ、小山さんすっよ、」

山木が指さす先に警察官に事情を聞かれているらしい、小山の姿があった、うなだれて肩を落としている、廻りでは多くの人達が道路に散乱した商品の欠片を拾ったり、掃除したりしている。

「山木、これじゃ近づけない、一旦裏道に入って健美堂さんの駐車場に車を停めよう、」

「チース、」

(これは大変な事になったぞ・・もしけが人でもでていたら小山は・・・)


「申し訳ございません、小山の上司の美咲と申します、」

小山に事情を聞いているらしい警察官のもとに走ると、まずは深く頭を下げた、

「ああ、上司の美咲さんですね、いやね、小山さんが走行中に商品の入った段ボールを5ケース道路に落とされてしまいましてね、後ろのドアがちゃんと閉まってなかったんですな、瓶ものの商品が全て割れて道路に広範囲に散乱している状況です、幸いけが人等は出ていませんが、国道4号がこの通りの大渋滞となっているんですよ、」

「本当に申し訳ございません、」

美咲は再度 頭を下げている、

「それでは一緒に道路を片づけていただけますか、終わりしだい小山さんと署に来ていただいて再度事情徴集や書類を書いていただきますので、」

「はい・・分かりました、」

小山は隣でただ、肩を落としてうなだれている、死人のような表情をしている、


「まぁ、今回はけが人や事故も起きませんでしたので、これで解放させていただきます。今後はとにかく荷物の積載には十分に注意をしてください、特に荷物を積み込んだ後、後ろのドアがロックされているかの確認は大切です、もう二度とこのような事がない様にお願いしますよ、」

「あの・・僕は逮捕とかされないんでしょうか? 罰金はどのくらいになるんでしょうか?」

「逮捕も罰金もありません、ただ一生懸命に片づけを手伝ってくれた販売店の皆さんや、こうして頭を下げてくれる上司の方に感謝してください、貴男も大変な一日だったでしょう、この件は会社には連絡しません、元気をだして明日から仕事に頑張ってください、」

警察官は優しい微笑みで告げている、

「ありがとうございます、本当にありがとうございます、」

小山は何度も頭を下げると涙を流している、

「本当にお手数をおかけしてお詫びの言葉もありません、以後は私が責任を持って指導してまいります、本当に申し訳ございませんでした、そしてありがとうございました、」

警察署を出たのは20時を過ぎていた、


「係長、本当にすみませんでした・・僕首ですよね・・・」

「解雇はないだろうが、何らかの処分はあるだろうな、」

「係長には上に報告義務があるでしょう、」

「まぁな・・」

「僕はいいですよ守ってくれなくて、どうせ3課のクズ社員だし、将来もないし、実家に帰って酒屋を継ぎますから・・」

「俺は課長みたいに情はない、課長だったら身を犠牲にしてお前を守るだろうな・・まっ飲もうぜ・・」

屋台で立ち昇るおでんの湯気を見つめながら、美咲はどうでもよい気分になっていた。


坂本課長が入院して1週間が過ぎた、集中治療室から解放され、面会が許されるとの連絡を受けた美咲はさっそく病院に向かった。

複雑な病棟の中を迷いながら、ようやく病室にたどり着いた。坂本 太助の名札のドアを開けると、坂本がベットに寝ていた。

美咲に気がつくと、嬉しそうに手を振っている、

「いやー美咲君、すまん、迷惑をかけてしまって、」

「課長、お加減はいかがですか?」

「うん、大丈夫だよ、なんか頭に腫瘍があったらしくてね、どうりで頭痛が続くと思っていたんだが、良性みたいでね、しばらくは様子見だそうだ、」

(見るからに痩せてしまっている・・大丈夫なのか・・・)

美咲は手短に三課の状況を報告した、

「結局、小山の件は報告しなかったんだね、」

「ええ、翌日新聞に出れば、朝一番で報告しようと思いました、」

「出なかったのかい?」

「いえ、ほんの小さく出ていました、ただ姓名も会社名も掲載されていなかったので報告するのを止めました・・」

「ありがとう、いい判断だ・・小山が終わるところだったよ、さすがに解雇はないだろうが営業担当からは外される、あとは佐々木に適当に処分されるところだったよ・・」

「はい・・それと課長、提出物の件ですが、どうやって処理されていましたか? 私は1日中かかっても処理できなくて・・」

「ははっ、すまんな、課長の提出物って多いだろう、処理するのは簡単さ、いい加減に書いて提出すればいい、」

「ええっ、いい加減で大丈夫なんですか?」

「大丈夫さ、あんな物は本社のお偉さん達が、さも自分達が調べたことのように適当に会議で使うしろものだ、現場の事を知らない連中が見ても何も分からないさ、」

「そんなものですか?・・」

「そんなものだ、」

「くだらん意味のない仕事は適当にやればいい、君がすべきは販売店、営業担当、美容社員達を守り、少しでも幸せに仕事ができる様にフォローすることだ、いいね頼んだよ、」


3月の本決算を控え、M支社も販売店も忙しくなっていた。そんな時、 朝一番に紅屋の店長から業務用形態に電話が掛ってきた、山木が営業担当を勤める1番店である。

「美咲さん、悪いんだけど今日来て貰えないだろうか、」

「あっ、はい・・何かありましたか?」

「いやね、美生堂さんだけ在庫があわないんだ、それも下代(卸価)50万もね・・本決算だからね、社長にも報告できなくて困っているんですよ・・」

「下代50万って異常ですよね、分かりました午前中にお伺いします、」


「再棚はされましたか?」

「うん、スタッフと一緒にすぐにしたんだが、やはり50万合わないんだ、どこかに商品がないか店内も隅々までチエックしたんだが無いんだよね、」

「山木は何て言ってます?」

「いやー彼に言っても無駄だからね、あてにならないんでね・・美容社員の上田さんも美咲さんに相談して下さいと言うもんだから・・」

「分かりました、すみません・・ちょっと山木と連絡を取ってみます、」

『チース、係長、山木っす、』

「山木、これから紅屋さんに来れるか? うん、丁度向かっている、分かった待っているよ、」

「店長、とにかく山木に聞いてみましょう、それとこの件は解決するまで社長には・・」

「分かっているよ、親父はうるさいからね、私も責められるのは嫌だし、今だに怖いんだよね・・」

美咲の脳裏に、厳格な3代目、紅社長の顔が浮かんでいた。


「あれっ、係長来てたんですか?」

「さっそくだが山木、棚卸で在庫が50万合わない件知っているよな?」

「あー、なんか美容社員の上田さんが言ってたけど、別に相談もないので・・」

「お前、何か心当たりないか?返品の未計上とかないか?」

「未計上って言うか、預かり商品はありますよ、えーと、」

ゴソゴソ汚い鞄を探ると、返品伝票の控えを出してきた、

「見せてみろ、」

美咲は急いで電卓でそれを計算した、

「これだ、ぴったり下代で50万、お前これ計上したのか?」

「いえ、店長がとにかく邪魔になるから持って帰れって言うんで、倉庫で預かっているだけです・・」

「この伝票の控えは店長にお渡ししたのか?」

「いえ・・」

「馬鹿野郎っ、お前何やってんだ一歩間違えば泥棒だぞ、」

「泥棒って、毎月少しづつちゃんと計上してるから泥棒じゃないす・・」

「いかなる理由があれ、預かり商品は厳禁だ、お前がこのことを店長や上田さんにキチンと伝えておけばこんな迷惑をかけることはなかったんだぞ、店長と上田さんに謝罪しろ、上田さんは自分の責任じゃないかって泣いてたんだぞ、お前には営業担当の資格はない、いいかこの伝票は俺が計上して処理する、お前には任せられない、」

山木はただ不貞腐れている。


 二年前4月、都内高級ホテルの大ホールで恒例の営業部門特別表彰式が開催されていた、その壇上に美咲は居た。100名の表彰者を代表して好事例の発表をしている。会長はじめ、社長、本社の幹部達が彼のスピーチに聞き入っている。終了後鳴りやまぬ拍手が彼を包んでいた。

その後、大ホールで会食会が始まった、贅をつくした料理がフルコースで振舞われ、栄冠を手にした営業担当達の笑顔が弾んでいる。

とろけるようなステーキを口にしながら、次々と本社の幹部達が酌をしてくれる、彼は今勝利と絶頂感を手にしていた。


「美咲君、ちょっと相談があるんだが・・いいかね、」

幹部会から戻ってきた課長の松坂が遠慮がちに話しかけてきた、

「あっ、はい松阪課長何か・・」

「いやー、なにね、2課でアクシデントがあってね数字が大きく狂いそうなんだ、そこで支社長からなんとか我々1課で数字をカバーしてくれないかと言うんだよ、」

「しかし課長、1課も・・私の係も決算に向けそうとうの無理を販売店さんにしてもらっています、これ以上の上乗せをすると来期の数字が大変なことになりますよ、」

「分かってるよ、我々1課は十分数字の責任は果たしているからね、私も不必要な無理はしたくないんだが、支社長の地区本部長への昇進がかかっているらしくてね、なんとしても今期の達成が必要だと言うんだよ、」

「いくら上乗せすればいいんですか?」

「500万、下代で500万だ・・」

「500万・・」

「2係、3係、4係で100万づつ、君の1係で200万を上乗せしてもらえないだろうか・・」

「200万ですか・・課長断れないんですか?」

「すまん、業務命令なんだ・・」

「分かりました・・考えてみます、」

「美咲君、その替わりと言ってはなんだけどね、支社長から内示をもらっているんだよ、君は次の人事で課長C,Bを飛ばして課長Aに昇進する、私もねようやく部長の席につけそうなんだ、無理した分報酬の用意もされていると言う訳だ、頼んだよ、」

「はい・・」

(さすがに係のメンバーに数字のうわのせは言えない、俺の担当店に頼むしかないな・・)


「なんだね、美咲君頼みって」

「社長、実は決算の数字が足りなくて、少し仕入れをお願いしたいんです・・」

「ほー、いつもの事だね、いくら欲しいんだね?」

「200万です、卸価で200万です・・」

「卸価の200万、上代(販売価格)の200万ならなんとかなるが、下代200か・・、大きいな・・」

「すみません、重々分かっています、その替わりと言ってはなんですが、来年のコーナー改装費は社長のご希望どおりの金額を応援させていただきますのでなんとかお願いします、」

「うーん、そうかい・・まぁね、君の頼みとあれば断る訳にもいかんしな、うん・・いいよ発注はこちらからするから・・・」

「ありがとうございます、本当に助かりました、」

(なんだろう、いつもと違って簡単にOKをだしてくれたな・・)

少し違和感を感じながらも、彼の1番店である華美堂との信頼関係の賜物と過信していた。


1課のふんばりで支社はもとより、地区本部の達成にも寄与し、美咲は地区本部長の推薦で営業部門特別表彰を受賞したのである。

授賞式の翌々日、華美堂のセクション美容社員、井上 由美から業務用携帯に連絡が入ってきた。

『係長、お店が開いてないんですよ、今日って店休とか聞いていますか?』

「いや、華美堂に店休日はないよ、」

『そうですよね、他メーカーの美容社員達も待っているんですが、スタッフの方誰も来なくて、』

美咲はふと、嫌な予感がした、

「井上さん、いまからすぐに行くから、何かあったら連絡を入れてください、」

『はい・・』


華美堂に向かう車中の中、何度か井上から電話が入ってきた、

『係長、なんだか怖い人達がお店の前に集まって来て、怒鳴っているんですよ、私怖くて・・』

「どんな人達だい?」

『スーツを着ていますが、柄が悪くて、逃げやがったとか、大屋を呼べとか叫んでいます、』

「分かった、井上さんそこは危険だからとりあえず店から離れてください、そちらに着いたら携帯に電話するから、」

『あっ、はい・・』


店の前にはいかにもそれらしい連中が集まっている、シャッターを蹴ったり、店に向かって怒鳴ったりしている、

「あのー、店どうかしたんですか?」

 一番まともそうな男に声をかけてみた、

「あー、あんたも債権者かい?」

「ああ、まぁそうなります・・」

「夜逃げだよ、夜逃げ、借金踏み倒して逃げやがったんだよ、せめて店内の物を差し押さえないとな、」

(夜逃げ・・まさか・・・)

『おせえぞこのやろう、早く店をあけやがれっ、』

 ほうほうの体でかけつけた大屋さんが店を合鍵で開けている、

なだれ込む男達の後から美咲も店内に入った、そこには美容椅子一つ残っていなかった、

(ま・まさか・・本当に夜逃げしたんだ・・・)


「美咲君、在庫は幾らあったのかね?」

「下代で500万です、いえ、一昨日200万仕入れてもらっているので700万です・・・」

「今月の支払い予定は幾らだったのかね?」

「250万です・・」

「君、合わせて950万じゃないか・・大変な損失だよ・・どうするんだね・・」

「どうしょうもありません・・社長を見つけたとしてもあれだけの債権者が関わっていては・・とても・・・」

「金額だけではない、大切な商品が乱売屋にでも売られてみろ、大変なことになるぞ、」

「すみません、責任は私にあります・・」

「当たり前だ美咲君、これだけの損失を会社に与えたとあれば君も私もただでは済まないよ、せめて責任を感じるならば200万の件は君の判断で頼んだことにしてくれ、私が指示したことではないことにしておいてくれたまえ、」

松阪課長は美咲と対策を考えるどころか、自らの保身だけを考えている。

その後、分かった情報では華美堂の専務である社長の息子が不動産に手をだし、2億もの借金を背負っていたことが判明した。

営業部門表彰で好事例のスピーチをしたはずの美咲は、いつしか首都圏地区本部管轄の中で、昇進の為に店を食い物にした恥ずべき営業担当と言うレッテルを貼られてしまった。全ての責任を一身に背負った彼は、係長Bへの降格と、やる気の失せた湿った心でM支社に転勤となったのである。





 














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