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第5話「夕暮れ時の少年」

「一緒に行けばよかったのに」


 服屋の前を去った後、フラムはこの調子でずっとニヤニヤしている。

 正直とてもウザかった。

 だからブレーヴは、にこやかな笑みを浮かべた。


「へぇ?」

「ごめんなさい。からかうのは確かによくないですよねぇマジすんません」


 手のひら返しで態度を変える。

 彼もまた、セティと同じく学んだのだ。怒らせてはならない、と。

 現にブレーヴの声の音程は普通であり、表情も笑顔を貼り付けているものの、オーラだけは黒かった。

 心臓をドキドキさせながら話を変えようとする。


「あ、あー、さっさと買ってきましょうかァー!」

「ああ、そうだな」


 と、その時だった。


 ぼふぅ。


「わっぷ」

「っと」


 真正面から、漆黒に近いような紫色の髪をした少年がぶつかってきたのだ。


「大丈夫か?」

「わ、わわっ、すみません不注意でした。目立った外傷は特に見当たりません。内側は時間差があると聞きますが、まあ、大丈夫かな」

「お、おお……」

「随分としっかりした子だな……」

「それよりお兄さんは大丈夫ですか?」


 ふっと少年が顔を上げる。

 髪と同じ色をした、透き通るような無垢な瞳。

 左頬には血のように赤い星の形をしたフェイスペイント。それがどこか異形を放っており、純粋無垢故の恐怖をそそのかした。


「……大丈夫だよ。そもそも軽い衝撃だったんだ」

「ですよね。それではぼく、急いでますので」

「あ、ああ。気を付けろよ」

「はい、本当にすみませんでした」


 言い終える前に走って行ってしまう。

 ぱたぱたと音がしそうな走り方はやはり、可愛いものだった。


「ん?」

「どったの?」

「いや……何でもない」


 少年の容姿に気を取られていたが、駆けていく背中に視線を向ける。

 いや、詳しく言えば、背中に背負われた引きずりそうな程大きい剣だった。

 黒く、黒く、どこまでも黒い。

 少年には似つかわしくもない、禍々しいまでの黒。

 鞘に収まっているとは言え、柄部分に埋め込まれた黒の中にぽつりと血を落としたような、赤い宝石がその存在感を放っている。

 それをブレーヴは、どこかで見たような気がした。


「あれは……」


 記憶の奥底にある何かを思い出したくなくて、ふるふると首を横に振り、ブレーヴは歩き出した。


 ☆


 店内は大変混雑していた。

 全てが女性で、セティにとってこんな空間は初めてだった。

 右を見ればとてもスタイルの良いショートカットの女性。左を見れば丸い目が可愛らしいツインテールの女の子。

 どうやらこの店は色んなサイズを扱っているらしく、若い女性と言えど年代はバラバラだ。

 よしっと気合を入れて、トレノはまず、着せ替え人形もとい世間知らずの少女をコーディネートすることにする。


「じゃあ一応希望を聞いておこうかな。どんなのがいい?」

「えっと、えっと、着やすくて動きやすければなんでも構いません」

「んじゃ、好きな色は?」

「緑とオレンジ、ですかね」


 新緑のような緑と陽だまりのようなオレンジはセティの好きな色だった。

 うん、と頷いてトレノは商品棚に走って行った。

 その間セティは暇である。

 混雑している店の中でさえ心配なようで、絶対動くなよと念を押されたので、とりあえずそこら辺の棚を物色することにした。

 掛けられている服はどれもセティより少し大きめで、トレノにはぴったりだと思われるサイズだ。


「そうですね……」


 セティは顎に手を当てながら数秒間だけ考えて、海色のシャツに手を出した。


 ☆


「じゃーん!」


 三十分後、トレノが笑顔で戻ってきた。

 その手には数枚の服がある。

 随分と長かったが、それだけ考えてくれたのだろうとセティは嬉しくなって、


「どんなものを選んでくれたんですか?」

「えっとねー、これとこれとこれと、」

「し、試着した方が良いですかね……?」


 多かった。

 その数ざっと上下合わせて二十枚。

 いくら何でも持ってきすぎだと思う。


「そうね! 試着! 行こう!」


 ひたすらにテンションが高いトレノはセティの腕を引いて行く。

 それに何とか付いて行きながら、試着室へと向かった。

 木製の箱に、花柄の黄色いカーテン。

 店内の雰囲気にばっちり合ったそれは結構使われていて、一つしか空室がない模様。

 トレノに二十枚の服を押し付けられて、セティはその中へと入った。


「えーっとぉ……」


 何というか、緑とオレンジ以外何も考えていないようなラインナップ。

 それならば、着やすくて動きやすい服をこの中から選べば、大分絞れるだろう。

 シャツと、スカートよりズボンの方が良いだろうか? いやしかし、ワンピースも可愛い……


 ――なるほど。


 確かにこの店の服は可愛い服が多いようだ。トレノの気持ちがすごく分かった。


「選べない……」

「セティー、まだー?」

「あ、はいっ! もうちょっと待っててください」

「はーやーくー」


 この人めちゃくちゃ急かしてくる。

 カーテンの向こうから早くコールが流れ始めたので、とりあえずワンピースを手に取った。


「どうですか?」


 さっと着替えて、シャっとカーテンを開ける。

 春らしい、新緑の色をしたそれはセティの希望通り、好きな色だった。

 どうしてもロストマークが隠れてしまうが、まあ良いだろう。

 可愛いは正義だ。


「うんうん。やっぱりあたしの目に狂いは無かったようだね」

「この量を持ってきてそれですか……」

「すごく似合ってるよー! もうこれでいいや」

「めんどくさくなりましたね、今」


 いや似合ってるのには変わりないから大丈夫! と謎の言い訳をして押し付けた服を片付けていくトレノ。

 セティは少し照れくさくなって、あ、と声を上げた。


「なに?」

「はい、わたしもトレノさんに服を選んだんでした。ぜひ着てみてください!」

「え、あたしに?」


 こくこくと頷く。

 トレノはきょとんとして驚いた様子だった。

 押し付けられた服と一緒に持ってきたのだ。

 それを今度は押し付ける。


「えぇ、似合うかな……」

「大丈夫です、トレノさんとっても可愛らしいですから!」

「う、とても照れる」


 少し頬を赤くして、トレノは大人しく試着室へと入っていった。

 にこにこしながら待ってみる。

 これで人生の中で一度やってみたいリストにある『友達と買い物』はクリアかな。

 そんなことを考えていると、カーテンがもぞりと動いた。


「うぅぅぇえ……」

「なんですかその鳴き声。着替えたんですか? 開けますよ?」

「うぇっ!? ま、まっひぇっ――ッたぁ!」


 カーテンの向こうから悲鳴が聞こえる。

 見事に舌を噛んだ感じだった今のは。

 その隙を突いてセティは問答無用でカーテンを開ける。

「おぉ」

「み、みるなぁ!」


 海色のシャツと、純白のミニスカート。

 少し印象の変わるそれはしかし、よく似合っていた。


「いえいえ、とても可愛いですよトレノさん!」


 おずっと顔を上げる。


「ほんと? 世界一かわいい?」

「ええ、世界一です」

「宇宙一?」

「はいはい、宇宙一ですよ」

「――っだよね〜〜!」


 さっきまでの照れとは打って変わってテンションが再来を果たした。

 多分セティじゃ無ければ殴ってるかもしれない。ちょっとセティでも危なかった。


「それじゃ、お会計しようか」

「そのまま着て行くんですか?」

「もちろん!」


 にっこりと笑って、会計へ突っ走っていく。

 セティはその場にあった姿見を見て、その場でくるりと回ってみた。

 ふわっとワンピースが舞って、鏡の中の少女はまるで、おとぎ話の世界のように可愛らしかった。

 きっとあのまま生きていたら、こんな可愛い服は着られなかっただろう。

 少しにやけてしまい、慌てて顔を整える。

 それでも嬉しさと気恥ずかしさが込み上げて、やっぱりにやけてしまう。


「セティ、出るよー!」

「あ、はい!」


 鏡の中の少女とバイバイして、金色の少女は外の世界へと踏み出すのだ。


 ☆


 ちょいちょいと肩を指で突かれた感触がして、ブレーヴは振り返る。

 そこにはフラムがこちらを見上げていた。


「もうそろそろ、四時になるぞ」

「ん、ああ」


 近くにあった時計を確認して、買い物を切り上げる。

 ロゼから頼まれたものは全て買った。気になる露店も見た。それだけのことで時間はあっという間に無くなった。


「そうだな、広場に行くか」

「おう」


 言って、巨大な荷物を抱えて水の音がする方へと歩き出した。


 ☆


 食べ歩きをして、露天のアクセサリーを見て、猫を追いかけて。

 女の子らしく選びあった可愛い服を着て、女の子らしく遊んでいたのだ。

 それなのに。

 それなのに、だ。


「もうっ、セティのバカーーー!!」


 噴水に腰掛けて、トレノは一人憤慨していた。

 名指しをして罵倒したというのに、返事が返ってくる気配もない。

 この抑えられない気持ちをどこに向けたらいいだろうと悩んでいると、


「何やってんの、トレノ?」

「あ、フラムとブレーヴだ」


 四時ぴったりだった。

 本来ならば、これで全員揃うはずだったのだが。


「ちゃんと見張ってたんだよ? 見張ってたんだよぅ?」

「お、おう」

「それなのにあの子ったら、『猫さん! 猫さんですよトレノさん!』とか言いながら路地裏入ってってさぁ!」

「……」

「気が付いたらまた迷子ですよ! どんだけ猫さん好きなのさ!!」

「…………」


 つまりはセティはまた居なくなったのだった。

 思えば風呂の時。夢の中でも猫を追いかけていた気がする。

 猫を見かけたら追いかける習性でもあるんだろうか。


「そんなわけで、帰る前にセティ大捜索会ってことですよ」

「なんか本当にごめんな」


 途端にブレーヴは申し訳ない気持ちに駆られた。

 何故か自分の中で『セティ・モンドの保護者』という称号を、不本意ながら受け入れてしまっていたのだった。

 トレノはブレーヴの所為ではないと言うように首を横に振ってくれた。


「そうだな、セティを探すのは一時間だけだ」

「見つからなかったらどうすんの?」

「俺が探す」

「わお」


 絶対的自信があるようにブレーヴは頷いた。

 もうあだ名が『セティ探索機』になろうが知ったことか。

 得意分野は増やしといた方がいいだろう。


 ――すごくどうでもいいことでも、いずれ何かの役に立つはずなのだ。……多分。


「一時間経ったらここにまた集合。見つからなかったら俺が残る。それでいいか?」

「ん、まあ了解したよ」

「僕も」

「じゃ、解散だ」


 そして三人は、それぞれの方向へ散り散りになり、路地裏へと入っていった。


 ☆


 時刻は今、何時だろうか。


 セティはふと後ろを振り返った。

 あるのは日影によって陰り、更に夕陽が射して何だかよく分からない色になっているカラフルな壁と、隅っこに埃の溜まった石畳み。それから時折積まれた、これまた埃を被った木箱や、こんな場所に付けても陽の光など入らないであろう窓など。

 路地裏は本当に狭くて、本当に冒険をしているようだった。

 だから楽しくて、つい夢中になってしまったのだ。

 きっかけとなった猫はとうの昔に見失ってしまっており、戻るにも巨大な迷路のように入り組んだこの場所と、彼女の方向音痴能力で、ますます迷う一方であった。

 上から射し込んでいた陽の光は、今や赤々とした色味を帯びて横から射している。

 その変わり果てた景色を眺め、さすがのセティも焦った。


「確かえっと、四時が集合でした……よね?」


 多分もうとっくに過ぎている。直感がそう告げていた。

 夜に近づいているせいか、少し肌寒くなって身を震わせる。

 春とは言え夜はまだ冷えるのだ。

 風邪を引かないようにしなければ。


「とりあえず、前に進めばどこかに出るはずですよ。……多分」


 言葉の最後辺りで自信が無くなってきて、どんどん小さくなった。

 壁に手をつくと少し砂っぽかった。

 あれだけ勝手にどこかへ行くなとか、お前は動くななどと言われれば、傷付くのは別として、少し理解してくるのも当然だ。

 いくらセティと言えども、学習能力くらいはちゃんとある。

 だから、


「わたしって、方向音痴だったんですか……」


 半眼で自分自身に呆れながらセティは呟く。

 他人が聞けば『今更か!』と憤慨しそうな一言であるが、ポジティブに考えれば漸く自覚したという第一歩だ。


 むしろ褒めてほしい。


 第一、村にいた頃は方向音痴云々は関係なかったのだ。と、思うと都会に来なかったら自覚していなかったのかぁ、と連鎖して自覚。

 しかし自覚をしてこの状況がどうにかなる訳ではない。

 そもそも、動くなと言われる前に動いてしまえば自覚がどうのとは関係がないのだ。

 つまりこれは完全に詰んだ。


「これはやばいです一刻も早く帰らなければ……」


 絶対に夕食の時間まで間も無い。

 腹時計がそう騒いでいた。正直今気が少しでも緩めば鳴ってしまいそう。

 と、そこへ一筋の光が射し込んだ。

 顔を上げれば壁が途切れているのが見える。


「出口……!」


 まるで深い森の遭難者が救助隊を目にした時のように、セティの顔は徐々に明るくなっていく。

 そろそろ本当に寒くなってきたのだ。

 体は陽の光の温かみを欲している。

 それに逆らうことなくぱたぱたと走っていく。

 光はどんどん迫ってきて、最終的にはセティを包み込むように辺りを真っ白に染めた。

 暗い場所に慣れた目を、今度は明るい場所に慣れさせていく。

 真っ白は真っ赤に、真っ赤は夕暮れの展望台へと姿を変えた。


「わぁ……!」


 黄色、オレンジ、赤、青、紺と段々になったグラデーションの空と沈みかけた太陽をバックに、赤色に染まった街を一望できる。

 そんな中、ぽつんと置かれた一つのベンチに腰をかけている影があった。

 景色に目を奪われていた為、気付くのに時間がかかったが、どうやら人のようだ。



「あれ、ここに人が来るなんて珍しい」



 そうして世界に取り残された場所で、夕暮れ時の少年と金色に夕陽を纏わせた少女は出会った。

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