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第4話「普通の少女」

 窓の外で小鳥がさえずる。

 朝日が紺色の髪を青く光らせ、そして少女は目が覚めた。

 向かい側のベッドでは金色の少女がまだ静かに寝息を立てている。


「んっぅ〜〜」


 軽く伸びをしてから立ち上がり、着替えをする。

 今日からこのロスト協会で支給された制服だ。

 新品の服は何だか新鮮だ。皆と同じとなると、また何か違う気分になる。


「よし! セティ、朝だよ起きてー!」


 身支度が整ったので、ぐっすりな隣人をゆっさゆっさと揺らす。


「む……あと二十五時間……」

「一日を超えるね! おーきーてーったらー!」

「起きてます起きてます……ほら、ねこさんが一匹……ねこさんが二匹……」

「こいつまだ猫さんの夢を……!」


 なかなか手強い。

 どうしたものかと悩んでいると、コンコンというノックの音が響いた。


「トレノー、朝飯七時半だってロゼが言ってたぞー」


 フラムの声だ。

 トレノはこくりと頷いて、返事をする。


「分かったー」

「ちなみにあと五分な」

「ウッソマジで!? これはやばいぞ……!」

「どうしたんだ?」


 扉越しの会話。

 切羽詰ったトレノの声で、フラムも深刻そうな声を出す。


「セティがマジで起きないんだ……!」

「……残り時間まもない。トレノに課された新たな試練。さあ、どうするトレノ・セイクレッド……!」

「実況はいいわこの野郎!」


 扉に向かって近くにあった枕を投げつける。

 ぼふんと音を立てて床に落ちた。


「じゃ」

「逃げやがった……!」


 扉の向こうからスタコラサッサーと駆けていく音。


 ――さてどうする。


「セティ」

「んぁ」


 バッと布団を取る。

 唐突に訪れた寒さにぶるりと身を震わせ、セティは猫のように丸まった。それでも頑固として起きない小さな少女。

 その図太い姿勢に、さすがのトレノもカチンと来た。

 徐に寝ているセティの顔を鷲掴み、頬を引っ張る。


「起きないと朝ごはんナシだぞ〜〜!」

「はふぇっ!? い、いひゃい! いひゃいれす!」


 起きた。

 ガバッと起き上がり、涙目でセティは頬を抑える。

 だがまだ眠気まなこな様で、二度寝しそうな雰囲気だ。


「はい着替えた着替えた! 終わったら歯磨き行くよ!」


 強制的に脱がせて強制的に着させる。そして強制的に部屋から連れ出し、強制的に歯磨き。

 右腕にセティを抱え、ドタバタと協会内を朝から走り回る。


「間に合った!!??」

「五分遅れ。それでもよく頑張ったわね」


 呆れ顔のロゼは残しておいた朝食を取りに台所へ席を立った。

 朝食が前に出されるとトレノはため息を吐き、そしてセティは、


 ――覚醒した。


「はっ! 朝ごはん!」

「朝ごはんで起きるの……」

「はて、何故でしょう。着替えは終わってますし、髪も整ってます」

「もうやだこの子……」


 席に着いてそのまま項垂れる。

 隣に座っていたフラムが憐れみの目でポンっと肩を叩いたのでとりあえず足を蹴っておいた。


「トレノさんトレノさん」


 ちょいちょい、とセティがトレノの腕を突く。

 もう隣の方を見ると、セティは嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます!」

「……まあ、明日から自分でやってくれれば」

「無理ですね任せます!」

「努力はしてください」

「努力はしますが任せます!」


 再度フラムが肩を叩いたので足を蹴り更に横腹に拳をぶち込んでおいた。


「食べ終わったら八時までには教室へ行ってね」

「「「「はーい」」」」


 ロゼが席を立ち上がって片付けに入る。

 その様子を見て、まだ手をつけていなかった朝食に慌てて取り掛かるのであった。


 ☆


「……で、あと来てないのはセティだけなのね」

「いや、あの子の方が先に向かったはずなんだけどなぁ?」


 ロゼがため息をつく中、トレノが冷や汗を流しながら弁解する。

 呆れながらロゼは首を横に振った。


「なんで一緒に来なかったのよ」

「すたこらさっさと行ってまわれまして」

「もう、自覚してない子は面倒ね」


 時刻は八時半を過ぎていた。

 既に授業に入っているはずの時間に、室内は一つ空席を出していた。

 トレノが言うには、ダイニングに残った二人は急いで食べており、先に食べ終わったセティが「では、お先に失礼します」と言い残し去っていったようだ。


「ほら、ブレーヴ」

「はい?」

「あんたあの子の保護者でしょう。さっさと連れて来なさい」

「えっ俺いつから保護者になってたの?」

「連れて来た時から」

「最初から!」


 そう言いつつもブレーヴはしぶしぶ立ち、駆け足で教室を出て行く。

 その背中を見てロゼは感心したように呟いた。


「何だかんだお願い聞いてくれるのよねぇ」

「いや、命令してるだけだと思うけど……」


 ☆


 結論から言えば、速攻で見つけた。

 そのうち『セティ探索機』とでも呼ばれそうな勢いで見つけてしまった。


 何故か――外で。


「なんで外!?」

「おや、ブレーヴさんではないですか」


 ロスト協会前の下り坂を彼女は今まさに降りようとしていた最中。

 まさか外には出てないだろうと確認してみれば大当たりだったのだ。


「一向にたどり着けそうになかったので外からこう、ぐるりと回り込めば何とかして行ける気がしました」

「お前もう『気がする』で行動するのやめろ……」


 探す方は大変なのだ。分かっていただきたい。

 ブレーヴはため息を吐きながら、ピンッと人差し指を立てる。


「行動する時は誰かと一緒。『気がする』で行動しない。思いつきでどっか行かない。オーケー?」

「わたし子供じゃないですよ?」

「り・か・い、したよな?」

「は、はいオーケーです任せてくださいばっちぐー」


 怯えたように手のひら返しで態度を変えるセティ。

 それもそのはず。人差し指を立てた手が一瞬にして握り拳へと変わった。ついでに黒い笑みも付いてきた。

 ロゼに続く怒らせては駄目な人第二位だ。

 余計な行動は控えようと胸に誓う。


「うっし、じゃあ戻るぞ」

「はーい」


 その時だった。

 ふと、横を駆け抜ける一陣の風が吹いたのは。


「……」

「どうした?」


 突然立ち止まったセティの様子が気になって、ブレーヴが声をかける。

 セティのその横顔は、何か、物欲しそうな、悲しそうな顔だ。


「なんでもないですよ!」


 すぐにぱっと前を向いて無理やり作った笑顔を向けられる。


「さあ行きましょう!」


 てててっと坂を駆け上がっていく。

 ブレーヴは先ほど彼女が向いていた方向を見てみた。


 ――ああ、なるほど。


 その先には彼女と同い年くらいの、三人の少女たち。

 お揃いの髪飾りをつけ、仲が良さそうに笑いあっている。

 友達が欲しいのだ、彼女は。普通の生活を、してみたかったのだ。


「っと、セティ、そんな先行くとまた迷うぞ!」

「ああ、はい。すみません」


 きらきらの笑顔は、何一つ曇ることのないものだ。

 そんな少女の願いを、無下にすることはできないだろう。

 そうだな、と呟いてブレーヴは協会へ足を踏み入れるのだった。


 ☆


「お買い物、ですか?」


 今日の授業は簡単なものだった。

 ほとんどが今後の予定を説明するだけである。

 前半はスパリーレの強化が中心。特にセティは頑張れと言われた。

 後半は今の所お楽しみらしい。

 もちろん普通の勉強もするそうで、世の中で生きていく上で必要最低限の知識も教えてくれるそうだ。

 そんなこんなで現在は昼。

 昼食を取りにダイニングへ集まっている中、唐突にブレーヴが話を切り出したのだ。


「そ、お前何も持たずにこっちに来ただろ? 俺も何点か揃えたいし、どうかなと思って」

「そうですね……」


 むむむ、とセティは顎に人差し指を当て、考える素振りをしてみせる。

 しかし彼女の中ではもう既に決まっていた。

 答えはイエスだ。


「もちろんです!」


 都会での買い物なんて、人生初の試みをこの好奇心の塊が逃すわけがない。

 案の定、彼女の瞳は爛々と輝いており、まるで新品のランプのようだ。


「トレノとフラムはどうだ?」

「あたしも行きたーい!」

「んじゃ僕も。まだ探検とかしたことないしなー」


 はいはいとトレノが元気よく右手を上げた。

 ちらりとセティの方を見ると、『これはもしや、噂に聞くお友達とのお買い物……!?』などと呟いている。


 ――ビンゴ。


 ブレーヴは満足気に頷いて、ロゼを見た。

 その視線に気付いた彼女は近くに置いてあった鞄を開け、中を雑に掻き回す。

 暫くすると、目的のものを見つけたようで、ハイっとブレーヴにがま口財布を渡した。

 紅いワインの色をしたそれは、ロゼに似合ってとても大人の雰囲気だ。


「全員分のお小遣い。ブレーヴが一番管理できそうだから渡しとくわ」

「つまり買う場合は俺を通せと」

「午後は授業無いから、いってらっしゃいな。夕飯までには戻ってくるのよ。あとセティをしっかり見といて」

「わたし迷子なんてなりませ――」

「「「分かった」」」


 きょとんとした顔のセティがゼロパーセントのことを言い出すので、全員で遮っておく。

 えっえっと順番にそれぞれの顔を見ている百パーセント迷子っ子は無視だ。


「じゃあ行ってくるよ」

「いってらっしゃい。あ、そうだ」

「?」


 ロゼがふと、何かに気付いたようにブレーヴだけを引き止め、他の皆を玄関へ行くようにと促した。


 ☆


 商業地区。その中でも一際大きな通り。活気付く街を一人、青年はげんなりとした表情で歩いていた。


「けっっっっっこうある」

「もしかして皆荷物持ちの可能性大?」

「かもなぁ」


 ロゼに渡されたのは、買い物メモだった。

 それも、かなりのロングペーパー。精一杯に広げた掌を縦に並べた二個分くらいの長さ。

 確かにこれだけの子供が住んでいたら、消費する物も多くなるのは分かるのだが。


「なんであの人いっぺんに買おうとするかなぁ」


 無くなったものをすかさず補充、ではなく。無くなったものを溜めておき、一度に買うタイプの人間だった。

 ブレーヴとフラムは溜め息を吐き、前の女子二人を見る。

 こういう時、男性が大変なのは経験したことは無いが、街で何度か見かけたことがある。

 女性が買い漁り、男性が荷物持ち。それが世の中の常識。

 男性陣はもう一度溜め息を吐いた。


「っと、あった!」

「おお、これが服屋なんですね。服がたくさんあります」


 大通りの一角。

 おしゃれな店がそこにはあった。

 若い女性を狙った服を取り揃えており、中には沢山の女性が店の狙い通り集まっている。

 トレノは一度、自分の服装とセティの服装を見て、声を出した。


「買ったら着替えちゃおうか! せっかく街にいるんだから、おしゃれして出掛けてみたいよね」

「そうですね、やってみたいです!」


 現在の皆のは支給された制服に身を包んでいた。

 女子は女子だと言うかなんと言うか。

 少しの時間にでもおしゃれをしたがるのか。

 男性陣は顔を見合わせハテナマークを頭上に出す。その間にも、女性陣はまさに店に入ろうとして、足を止めていた。


「あ、ブレーヴも付いてきてね」

「はっなんで!? 無理だろこれは!」


 店の中を詳しく見ても、男性など一人も入っていない。その中に混じるのは無理があるのだ。


「だってお金持ってるのブレーヴじゃん」

「えっ、あ、そうだけど……」

「ね? だから早く」

「あー、もう! じゃあある程度渡しておくから買ってこいよ!」


 半ばヤケになったように財布を乱暴に開け、適当に金貨を出す。

 それをトレノに押し付けて、ブレーヴはフラムを連れて『じゃあ四時に噴水のとこ集合な』とだけ言って去って行った。


「ちぇ、つまんないのー」


 トレノはボヤいて、セティを連れて店に入るのだった。

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