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第2話「ロスト協会」

 結論から言うと、何度かはぐれた。

 その度にロゼとブレーヴが溜め息を吐きつつ探してくれるので、最終的にセティは罪悪感でいっぱいである。

 その後腹を満たしてから一行はロスト協会本部へ向かった。


「さて、改めてようこそ。ロスト協会へ」


 ロゼがそう告げる。

 オルセイア南東区の外れにあるこの場所は、膨大な敷地面積を誇っていた。

 スパリーレなどの練習をするには持ってこいである。

 その建物の一角にある応接室に、三人は居た。

 片方のソファにセティとブレーヴが、もう片方にはロゼが向かい合うように座っている。


「てっきりロストは六人だと思っていたのだけど、セティで七人目ね。他にもまだ居るのかしら」


 ロゼは首を傾げる。

 それにセティは首を横に振った。


「いえ、ロストは七人のはずです」

「あら、どうして?」


「『彼女は神になり、そして自分の代わりとなる世界の調律者を作りました。

 七人の総称をロスト。

 再生世界へと変わり果てたこの世界の、救いの手を差し伸べる者達。』」


 セティはずっと読んで覚えてしまった本の一部を述べた。

 ブレーヴがセティの顔を覗き問う。


「それは?」

「『終わり世界の大魔導士』という本の一部です。ノンフィクションで五十年前の話を書いたとか」

「『終わり世界の大魔導士』……? 聞いたことないわね」

「それはそうですよ」


 セティがきょとんとした顔で言った。


「これ、お母様が書いた物ですから」


『何をそんなに驚いた顔をしているのか』とでも言わんばかりのセティの顔を、驚愕の表情で見る二人。

 セティの顔が少しドヤ顔なのが腹が立つ。

 それもそのはず。

 五十年前の文献など皆無に等しいこの時代で、セティの母は五十年前を描いたと言う。


「ちょ、ちょっとその本、暫く貸してもらえないかしら」

「良いですよ。汚さないでくださいね」

「ええ、もちろんよ」


 セティはショルダーバッグから赤い本を取り出してロゼに渡した。

 ロゼはそれを手に取ると「さて、」と手を叩いてから立ち上がる。


「まずは皆を紹介しないとね。付いてきて」

「どちらへ?」

「教室よ」


 教室? と二人は首を傾げた。

 学校自体、少子化で問題になっているこの世の中で設立されているのが、都会である大都市オルセイアと海の都アクアエリクサーのみなのだ。

 セティは村人にある程度の教養を受けていたし、村には他の子供も居なかった為、ゆっくりと歳を取っていくロストの存在は、いつまでも子供がいる感覚を大人達に与えていた。

 ブレーヴの方は、数えるほどではあるが何回もオルセイアに訪れている。しかしそのどれもが、買い出しという名目の為、学校など知るよしもない。

 そんな訳で、二人は学校という存在を知らないのだ。


「これから、そうね。一年くらいかしら。ロストにとっての基本教育を受けてもらうわね」

「お、お金とかいるんでしょうか……!」

「ああ、要らないわよ。支援もあるしね」

「住む場所とかあるのか?」

「ここでいいわ。詳しい施設とかは先に来た二人に教えてもらってね」


 ロゼに付いていくと、応接室より広い部屋に着く。

 十分な広さを誇っており、五人分の机が並べてあってもまだスペースには余裕があった。前には黒板と教卓、後ろにはいろいろな器具。

 これが教室か、と眺めていると、知らない少年少女の元気の良い声が掛かる。


「あ、ロゼ! 新しいロスト?」

「うわ! 僕よりでかいのと小さいのだ!」


 少女の方は青色の髪を黄色のリボンでサイドに結んでおり、金色の瞳が爛々と光り輝いている。水色の服からは豊満な胸が半分露出しており、右胸元にロストの印。

 少年の方は横だけを伸ばした赤い髪に、青い瞳。頬にロストの印。茶色の上着が良く似合っていた。

 そうよ、とロゼはため息交じりに答える。


「女子の方がトレノ・セイクレッド。赤いのがフラム・ハーシーよ」

「赤いのってなに!?」

「こっちはブレーヴとセティ・モンド」

「よろしくな」

「よろしくお願いします」

「よろしくね~~」

「ああうんよろしく。ってロゼ! 聞いてる!?」


 ロゼは面倒臭そうにひらひらと手を振って、うるさいとサインを出した。

 フラムと呼ばれた少年は素直に黙ったが、腑に落ちないようかのように、ムッと口を尖らせる。

 大人しく席に座った辺り、いい人何だろうなとセティは思った。

 席は特に指定はされなかったので適当に座る。


「セティはどこから来たの?」


 トレノが後ろを振り返ってセティに話しかける。


「ベルスーズスです。セイクレッドさんは?」

「トレノでいいよ。あたしはアクアエリクサーのスラム街から。そこの赤いのも一緒ね」

「トレノまで赤いのって言わないでよ!」


 少し会話を交わしただけでも、トレノとフラムはどうやらとても仲がいいのだと分かる。

 セティには同い年くらいの友達など居なかったので、羨ましかった。

 それと同時にこれから友達ができることにわくわくする。


「そうだ、ずっと気になってたけどブレーヴは名字無いの?」

「えっ」


 フラムがブレーヴに話を振った。

 確かに、とその辺はセティも気になっていたためブレーヴに顔を向ける。


「い、いや……俺は拾われた子供だから、さ……?」

「そうなんだ。修道院?」

「ああ」

「いいね、僕達スラム街だから結構苦労したよ」


 セティにはブレーヴが少し焦ったように見えたので首を傾げたが、他の皆は気にならなかったようで、そのまま話を進めていた。

 その時だ。


 ガラガラガラッ!


 物凄い勢いで扉が開けられた。

 驚いて一斉にそちらを見ると、眼鏡を掛けた二十五歳くらいの青年が立っている。

 黒髪に青い瞳。後ろ髪を一括りにしている。顔立ちは結構イケメン枠だが、漂うめんどくさがり屋感が残念なんだろうな、と予感させる。

 ロゼだけがそちらに目もくれず、先程から教室の隅で椅子に座り、セティが貸した本を読みながら冷静に口を開いた。


「一週間の遅刻ね」

「なかなか依頼が終わらなかったんだって!」

「さて、アホも来たことだし、始めましょうか」

「無視すんなよロゼちゃん!」


 眼鏡の青年がお疲れ顔で抗議する。

 しかしその発言がロゼには気に入らなかったようで、ハイヒールを脱ぎ、手に取った。


「ちゃん付けやめろッ」

「ぶべらッ」


 スコーン、と先程も耳にした小気味よい音が教室内に響く。

 あれロゼさんの必殺技なのかな、気を付けよう。とセティは小さく頷く。


「いったた……はっ」


 暫くでこを抑えていた青年が何かに気付いたように顔を上げ、すくっと立ち上がる。

 そのまま教卓の前に立ち、ドンッと教卓を両手で叩いた。

 顔が何やらドヤ顔だ。咳き込む真似まで付け加えている。


「えー、よく集まってくれなお前ら。俺はカルト・スロウス。よろしくな」

「今更格好付けてももう意味無いわよ」


 ぼそりとロゼが毒を吐くが、カルトは気にしない。


「集まってくれたのは他でもない。聞いて驚け!」


 カルトは大振りに両手を広げた。


「なんと! ロストの謎が解けそうなんだ!」

「………………は?」


 セティだけが『何だかよく分からないけどめでたいんだろう!』という表情でパチパチと手を叩く中、ロゼ以外の皆がぽかんと口を開けている。


「え、なにいい子一人しか居ないの?」

「あ、いやちょっと待って、謎なんて今まで考えたこと無かったからさ?」


 沈黙の中既に半泣きのカルトにフラムが静止を示す。

 それにカルトは驚きの声を上げた。


「えウッソ! 誰も考えたこと無かったの!? ロストが何故生まれたとか、何の使命が与えられたとかさ! ロストなら誰もが一度は考えるロマンだろ!?」

「まあ確かに気にはなるけど……」

「生きるのに精一杯だったしねぇ」


 フラムとトレノが顔を見合わせる。

 一方セティはというと、少しカルトの考えに共感していた。

 だが自分の世界が平和だったし、母の書いた本があったので、その謎は思い付かなかった。

 というか今、『ああ、確かに』状態になっている。

 カルトは頭を掻き毟りながら気だるげに再開する。


「まあいいや。とにかく、一定の条件で出現する遺跡の存在が見つかったの。その為に、お前らの能力を上げておこうって話だ」


 言い終わってからカルトは『はい、ロゼちゃんパス』と呟く。

 それを合図にパタンと本を閉じて、ロゼが立ち上がった。

 入れ替わるようにカルトは椅子に座り込み――もとい即行爆睡。

 そうとう疲れていたんだろうなぁ、と思ってしまういい爆睡っぷりだ。というかこっちまで眠くなるから、いびきをかくのだけは止めてほしい。


「さて、じゃあまずはスパリーレのテストをしようかしら」

「テスト?」


 皆が一斉に首を傾げる。


「皆の実力を知りたいのよ。はいはい、グラウンドに出た出た」


 ロゼは手を叩くと、グラウンドに出るよう促す。

 ロスト協会の膨大な敷地面積。その大半がグラウンドで占めている。

 この教室は窓側がスライド式の扉になっている。そこからテラスへ出られる仕組みだ。

 更にテラスの階段を降りれば、そこはもうグラウンドである。

 植物が一つも無いのが寂しいが、木製の床で我慢しておこう。

 四人は素直にロゼの言葉に従う。

 そのままある程度建物から距離を取った場所に移動した。


「まずはブレーヴね。お願いできるかしら」

「はい」


 対象は小さな石ころ。力をあまり消費する必要はない大きさだ。

 アレスロストの可能性もある為、半径一キロ以上は離れておく。

 ロゼは双眼鏡を片手に持って見守っていた。

 ブレーヴが片手をかざし、口を開く。


「スパリーレ」

 まるで慣れているかのように軽やかな動作だ。

 セティは思わず見とれてしまう。

 次の瞬間、石ころは跡形もなく消え去った。

 つまり、成功である。


「す、すごい……」


 ぽつり、と呟く。

 これがスパリーレ。これがロスト。

 今まで見たこともなかった他のロストが、目の前に居る。

 その感動がセティの胸の、心の中を覆っていた。


「次はトレノね」

「はいはーい任せて! 素早く終わらせてきちゃうんだから!」

「失敗しろ!」

「お前がな!」


 フラムがちょっかいを出してロゼに静止されていた。

 会って間もないが、セティのトレノの印象は『元気な人』だった。

 だがあの時聞いた通り、『見ていないようで見ている』のならば、きっとこの人は見かけによらず器用なのだろう。

 トレノは『いっちに、さんし!』と軽く準備運動を済ませてから、ブレーヴが先程までいた場所に駆けていく。

 それから両手をかざして笑顔で告げる。


「スパリーレ!」


 見ている限り、楽しんでやっているようだった。

 数秒たって、石ころは徐々に消えていく。これも成功のようだ。

 人によって消え方が違うんだな、とセティは頷く。

 ブレーヴは無表情だったが瞬時に消え去ったし、トレノは楽しげにやった結果跳ねるような感覚を残して石ころは消え去った。

 ロストって面白いんだな、と思う。


「じゃあフラム。頼むわね」

「オーケー、ぜってぇトレノよりも早く消してやる!」

「あたしに勝てるのー? フラムがぁー?」

「うっせぇー! 負かしてやんよー!!」


 大声で何やら宣戦布告。


「仲いいですねぇ」

「あれはそうなのか……?」


 羨ましい気持ちで呟いたのだが、ブレーヴは半眼で笑っている模様。


 ――違ったのだろうか?


 しかしフラムもトレノも、すれ違う途中でハイタッチをしている。やはり仲が良さげだ。

 フラムもトレノと同じように両手をかざす。


「スパリーレ!」


 ――消えない。


 遠目から見てもわかるくらい焦っていた。

『おりゃー!』とか『ふぬー!』とか粘っている声が聞こえてくる。

 ちらりと横を見ると、トレノがめちゃくちゃ腹を抱えて笑いを堪えていた。

 数分にも思えるような時間が経ってから、一陣の風が吹く。


「あ、消えた」


 ロゼが呟いた通り、それは風と共にふっと消える。

 フラムが脱力したように大きなため息を吐いた。

 ちなみにトレノは耐え切れなくなったようで、大声で『あっはっはっは!』と笑っている。

 フラムがキッとトレノを見た。心なしか涙目な気がする。


「次、セティね。大丈夫?」

「あ、はい。多分、大丈夫かと……!」


 成功か失敗かアレスロスト。

 恐る恐るフラムの居る場所へと歩いていく。

 少しブルー気味のフラムの元に着き、気になったので声を掛ける。


「あ、あの」

「ん?」

「大丈夫ですか?」


 フラムがきょとんとした顔になった。それから瞬時に把握したようで、『ああ』と声をあげる。


「まあアイツに負けたのは悔しいけどさ」

「?」

「これから追い抜けばいいじゃん?」


 ニカッと笑う。

 まさに少年の、太陽のような笑みにセティはどきりとする。

 年の近い男の子はそれこそ初めてだ。(ブレーヴの雰囲気は大人っぽくて年の近さを感じなかった。)

 セティは両手で握り拳を作って、ぐっと力を込める。


「そうですね。これからがありますもんね……!」

「そういえばさ、気になってたんだけど。なんでお前敬語なの?」

「えっと、それは……」


 そういえば考えたこともなかった。

 自分には『他人に敬語』は当たり前の事だったので、年の近い人との接し方がいまいち掴めていない。

 どう答えようか迷っていると、『フラムー! はよ帰ってこい!』というロゼの声が聞こえる。


「あ、はいよー!」


 とフラムも大声で返して、「じゃ、頑張れよ」という言葉を残して去っていった。

 その背中を見送りつつ、ぽつりと呟く。


「難しいんですねぇ」


 それから持っていた石ころを地面に置く。

 セティには一度もスパリーレを成功させた実例がない。ので不安だらけだ。

 アレスロストなら起こせる自信があるが、これはちょっと酷い冗談なので止めておこう。

 握り拳を再び作って、先程よりも強い力を込める。

 そして全身の力を抜き、ふーっと息を吐いた。

 目の前の石ころに両手をかざす。

 どくん、どくんと心臓が緊張で脈打つ。集中、集中と脳内で唱えるが、多分それよりも大きい音だ。

 目を閉じて、周りの景色をシャットアウト。

 石ころの存在だけを自分の脳内に焼き付かせる。

 そして。


「――スパリーレ……!」


 ゆっくりと、息を吐くように、呟いた。

 目を開ける。

 その眼が、光の粒子を確認した。

 石ころを見れば、四分の一くらいが粒子と化している。

 セティは途端に嬉しくなった。


「や、やった……成功――!?」


 しかしそう思ったのも束の間。

 消えかけていた石ころの形が元に戻っていったのだ。


「うそ、なんで……!」


 数秒で完全に元の形に戻った。

 その後何度やっても消える気配は全く無い。


「不発……!?」


 セティの結果は、


 ――失敗だった。

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