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第22話「想違」

 しん、と静寂が膜を張った。

 タウラスの計らいにより切り傷やかすり傷程度で済んだ大人達はとりあえず帰ることになり、この場にはバイゼル、タウラス、カルト、フラム、トレノ、ロイの六人が向かい合うようにして席に座っていた。

 子供三人まるで今から説教でもされるかのように顔を暗くしている。……言うなれば、良い事をしようとしたのに、実際に悪いのはこちら側だったということだ。

 カルトはいつものように軽い声を出して言った。


「すまんなバイゼル、まさかこんなことを企んでたとは」

「いや、構わん。儂も楽しませてもらったのでな」


 言いながらバイゼルは顔を手で覆い、くつくつと笑いを漏らす。

 ――このジジイ、最初から楽しんでやがったのか。

 つまり自分たちが本気で挑んだ今回の出来事を、全部遊び半分で対処していたということだ。

 虚しさ、悲しさ、怒り、そんな感情が全部ごちゃ混ぜになって、フラムは顔が真っ赤になっていくのが分かった。

 ちらりと横を見ると、皆そんな顔をしていた。


「しかしそうだなカルト、お前は今回保護者役の筈ではなかったか?」

「あー、まー、そう、だけどー……」


 明後日の方向を見て誤魔化すカルトを尻目に、バイゼルは嘆息した。次いでフラム達の方を見る。


「貴様は?」

「え?」

「今回の件、どう取った」


 フラムは言い淀む。どう取った、と問われて気付く。――自分は何をしようとしていたのか?

 もちろん革命だ。だが同時に、ただ我儘(、、)を言いに来ただけでもある。大人達が付き合ってくれても、結局はそう、子供の我儘に過ぎない。

 人々の為、と建前を作ってもこの領主は上層や中層からはどう思われていたか。下層だって、言えないから諦めて生活していたわけではなかったら……?


「ふむ、分からない、か?」

「…………」


 頭の中がこんがらがって、より一層顔に陰を落とす。バイゼルはふう、と息を吐いて言った。


「君達は実に勇気ある行動をした」

「……?」

「革命なんてものは所詮意見の押し付け合いだ。自分が思ったことに賛同者が集まる。そして武力行使の上での革命」

「武力、行使……」


 口の中でその言葉を噛み砕きながら考える。

 武器を手に取った時点で、自分達の言う革命は敗北に終わっていたのではないか。

 平和的解決。それが一番望ましいものではなかったのか?


「貴様等の敗因だな。平和にのうのうと暮らしてきた民に足りないものだ。蹂躙を覚悟しておけ」

「殺しがあってこその革命だと……?」

「殺しの無い革命など滅多にない。こちら側が弱いか、或いはそちら側が賢いか。精々下層を集めた程度では可能性など皆無に等しいよ」


 ぐ、と反論の余地さえ与えられずに言葉に詰まる。正しい、全て正しい。圧倒的武力差、賢明さ、そのどちらとも欠けているのだから話にならない。


「儂は期待していたのだがなぁ。未来ある若者に、覚悟があるのかどうかを」

「おいおい未来に殺戮があっちゃ、たまったもんじゃねぇぜ?」

「カルト、殺戮は無くともそれ相応の覚悟はいるだろう」


 バイゼルが宥めるように声を出す。


「この世界は偽物なのだから」


 刹那、どたどたと階段を駆け上がってくる音がした。

 タウラスがすぐさま立ち上がり、バイゼルとアイコンタクトを取って扉の前に立つ。

 勢い良く開かれた扉と同時に引き抜かれたその剣は、侵入者の首元へ一寸の狂いなく突き付けられた。


「……へ?」


 侵入者はそう声を漏らし、はらりと金の髪を一本だけ落とすと後ろに仰け反って尻餅をついた。


「な、な、」

「……セティ?」

「と、トレノさん! 良かった、ここにいましたか……!」


 目の前の少女が客人の知り合いであることが分かるとタウラスは大人しく剣を閉まった。その動作にびくびくしながらセティもすぐさま立ち上がる。背後からはブレーヴが少し遅れて上がってきた。

 トレノは声のトーンを低くして言い放つ。


「なんで、来たの」

「なんでと言われましても……」


 困ったように頭を掻く。

 その脳天気な仕草に初めて、トレノは彼女に苛立ちを覚えた。


「あたしはセティ達を売ったんだ!」

「でも助けてくれましたよ?」

「それはっ…………」


 セティはトレノに近付くと、そっと手を握る。


「わたし達は売られたのではありません。協力したんです(、、、、、、、)


 そうですよね、とセティがブレーヴの方を向いた。ブレーヴは一瞬だけ迷って、すぐに頷いてみせた。


「ああ、そうだな。……ただ、ぶっつけ本番ってのは勘弁してほしいけど」


 セティがふふ、と笑って優しげな瞳をトレノに向けた。彼女は望んでやったのだと、そう言外で語っていた。

 これ以上何を言っても無駄だ。この少女は頑として譲らない気である。だからトレノは諦めた。


「…………セティ」

「はい」

「ありがと」

「はい」


 にっこりと笑みを差し出した。まるで幼子みたいな顔をした少女の群青の髪を撫でた。

 その時、バイゼルが低く唸った。


「――ふむ。つまり、我々は騙された、ということかな?」

「、それは……」


 再びトレノの顔が暗くなる。自分たちがした事は詐欺と変わらない。セティが『協力した』と公言した以上、そういうことになってしまうのだ。


「えっと……?」

「金色の少女よ、売られたままなら(、、、、、、、、)良かった。君がそこな少女を犯罪者にしたのだよ。もちろん、君自身もな」

「あ、……」

「領主を騙して得た金を、明日の糧にするのか。なかなか肝が座っておるわ」


 皮肉気味に投げ捨てられたその言葉を受け止めて、だがトレノは怯まなかった。

 陰を落としていた顔を上げ、バイゼルを強く睨む。


「騙される方が悪いんでしょう」


 少女の眼光を正面に受けながら、バイゼルは一瞬目を見開いて笑った。


「――クハッ、ハハハ!」

「…………」

「ほう、開き直ると来たか! 面白い奴らよな!」

「生意気な奴ら、の間違いじゃね?」

「いいやカルト。儂がこの地位を退いた後、成功とは行かなかったが革命をする決心までは褒めるべきだ。ロストはどうせオルセイアに帰ってしまうだろうが、そこの少年が一人残るだろう? それならば上々だ」


 バイゼルが指差した先に居る茶色の少年が目をぱちくりとさせる。ロイは自分が指されたことよりも、先程の発言に眉尻を上げたのだ。


「地位を、退く……?」

「ん、ああ。俺が来たのもその手続きがあったからなんだが……。そっか、知らないから革命なんか起こそうとしたんだもんな」


 カルトがきょとんと首を傾げた。ちょ、ちょっと待って、とロイがこめかみを抑えながら声を上げる。


「えっと、つまり?」

「つまりもなにも、バイゼルは今夜引退するにあたっての書類を俺に提出、オルセイアの王族がそれを受理し新たな領主と共にまたアクアエリクサーへ。この手続きは大体一週間前後かな」

「アクアエリクサーの民の大半はサプライズ好きだ。それはお前達がよく分かっているだろう? 引退セレモニーは盛大にやろうと思ってなぁ」


 呵々、とバイゼルは空いた口の塞がらない目の前の子供たちを見渡した。

 なるほど、この領主は思っていた以上に賢いようだ。自分のため、そして民のために行動している。芝居を打ったのも、厳しく接したのも全部ここにいる子供たちの為だった。なら、何故この領主は下層を見捨てたのか。――否、見捨てたわけではなかった。見ることが出来なかったのだ。

 衰退していく世の中でまず、上層の経済を回さなければ全体が滅びてしまう。しかし下層に行き渡るほどの資材はない。

 上層が贅沢をしているわけではなかった。そう見えていたのは、上層が賢いからだ。

 最後に一つだけ、フラムは聞いた。


「……なんで、引退を?」

「そりゃ、爺も余生を自分のために過ごしたいさ」


 オルセイア王も、早々に王位を譲れば良いものを。

 そう呟いて、バイゼル・クラウドスは別れを告げた。


 ☆


「書類上はこれで終わりだ」


 カルトは紙束を整える為に机を鳴らす。小気味よいその音を聞きながら、バイゼルはペンを回した。


「呆気ないものだな」

「本当に良かったのか?」


 気遣うようなカルトの声に首を振る。未練がない訳では無い。したいことはあったし、やり残したこともあった。しかしそれをするには自分では力不足のように思えたのだ。


「新たな領主は決まっておるのか」

「さあ、俺には分かりかねる」

「儂の要望が通っておると有難いんだが」


 バイゼルはそうぼやいてペンを置いた。書類を全部閉まったカルトは、ふ、と聞きたいことがあったのだと思い出す。


「お前、前領主のことなんか知ってるか?」

「アストライアか? なぜまたそんな……」


 彼は呆れたように背もたれに背中を預けた。


「まあ結論から言うと、――知らんな。儂が就任する頃には死んでおったし、貴族でも会う機会など殆ど無かったわ」

「そっかー」


 やはりブルーノの情報を待つしかないようだ。そう思っていると、バイゼルがそう言えば、と声を上げた。


「ただの上流階級の噂に過ぎんのだが」

「ああ、いいよ。続けて」

「……アストライアは星の焼印が身体のどこかにあるらしい、と。誰かが言っておったな」

「星の、焼印……?」

「子供ですら押されていたらしい。可哀想なことよな」


 そうして一家は燃えて死んだ。これ以上の悲劇があるか、とバイゼルは悲しげな目をした。

 一方、カルトの興味はただの興味では無くなっていた。心当たりがあったのだ。――否、心当たりなどではない。確信があったから、そう聞いたのだ。


「ありがとう、バイゼル」

「少しは役に立ったか?」

「ああ、十分だ」

「それなら良い」


 流石に眠たくなったのか、バイゼルは軽い欠伸をした。カルトはそれを邪魔する気は無く、帰り支度を手早く整えた。


「じゃ、あとは新しい領主を待つだけだ」

「そうだな。そうだ、派手にパレードでもしようと思うんだが、カルトも同席するよな?」

「お前はそういうの好きだなぁ」


 適当にひらひらと右手を振って、部屋を後にする。

 さて、これであとは書類を送り、ようやくひと段落がつく。なにが休暇だ、さり気なく雑用を押し付けやがって。

 心の中で愚痴を吐き出しながらカルトは早歩きで帰路に着いた。だいぶ夜も更けて、灯りのつく窓はもう少ししかない。ふああ、と大きな欠伸さえ躊躇いもなく出てしまう。

 宿に着けば真っ先にベッドへ、そのまま爆睡コース一直線だ。

 振り返れば上層は既に目下にあり、真っ黒な海が穏やかに音を鳴らしていた。カルトはそれを一瞥して、早々に坂を登る。不思議とその日はとても静かで、鳥の音などひとつもしなかった。


 ☆


 セティもブレーヴも、目をぱちくりとさせ驚いていた。はっ、と気付いたセティが慌てて二人の止めに入る。


「だ、大丈夫ですから、顔を上げてください……!」


 頭を下げ、精一杯謝っていた二人――フラムとトレノは恐る恐る顔を上げた。今頃ロイも同じようなことをしているだろう、フラムやトレノの宿とは違い、彼だけは下層へと帰っていた。


「ほんとに、危ない目に合わせたし……全部あたしたちが悪くて……」

「今回は大事にならなくて良かったけど、もし失敗してたら……」


 あれが悪い、これが悪い、あれをしなければ、こうしていれば、とフラムもトレノもすっかり縮こまってセティとブレーヴの前で座り込んでいた。

 ああこれは、どうしよう……、とセティが困ったようにブレーヴに目を向ける。ブレーヴはふう、と息を吐いて呆れたように言った。


本当にな(、、、、)

「!」

「お前らのせいで俺もセティも危なかった。もしあの憲兵が本気を出してたら、俺はひとたまりも無かったよ」

「……」


 ブレーヴの一言でフラムもトレノも更に縮こまった。

 一方セティは首を傾げながら『あの人本気出してましたよね……?』と思うが口には出さないでおく。話が拗れることくらい分かる。


「現に俺は怪我をしている。あの人が紳士で助かった。節操が無かったらセティも怪我してたぞ」


 ブレーヴは見ろと言わんばかりに足を上げた。細剣(レイピア)の剣先を引っ掛けただけの軽い怪我な上、出ていた血も既に固まっている。だが彼にとって大事なのは怪我をした事実だ。だからセティにはよく分からなかった。この人は二人を追い詰めてどうする気だろう。

 次にブレーヴは、涙目の二人に向かってこう言った。


「……これで満足か?」

「へ……?」


 彼は首を傾げる。だってお前らは責めてほしかったんだろう? と。


「確かに許せないことはあるぞ、一つだけ」

「何……?」

「俺らに何も言わなかったことだ」


 ぴたり、と動きを止めてフラムとトレノは互いの顔を見合わせた。セティはブレーヴの言葉に同意を示すように、うんうんと頷く。


「言ってくれれば協力したさ。それとも、そんなに俺らを信用していないか?」

「……ううん、」


 トレノが涙を乱暴に拭いた。


「ごめん、ブレーヴ、セティ。……ありがと」

「僕も、そう言ってもらえるの、すごく助かる」


 見上げたその瞳は強く、二人を射抜いた。もう何も後悔してない、そんな瞳。

 その眼差しを正面から受けて、ブレーヴは、ふと笑った。


「さて、明日はどこへ行こうか。領主が交代するまであまり娯楽ができないんだろう、確か」

「そうなんですか、だから海に入れないんです?」

「そうみたいだな」


 首を傾げながら頭を捻る山育ちに、フラムとトレノはつい笑ってしまった。

 ああ、そんなことなら。


「僕たちに任せてよ、おふたりさん」

「良い場所なんか無限にあるんだから」


 二人は弾けるように、そう言った。

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