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第16話「太陽と海の街」

 セティは帰路についていた。

 と、言うのも。


『これは裏都市の住人(ヴィクタム)と私の問題です。セティが首を突っ込むものではありません』


 とエミリアに一蹴して追い返されたからだ。

 慌てた様子のカトレアに謝られたが、これにはセティも腹が立つというものだが、同時に悲しくもなる。


「関係ないって、全く。なんなんでしょうね!」


 道端の小石を蹴飛ばした。小石はころころと飛んでいって、壁にあたって跳ね返った。

 確かに自分が口を挟む権利はない。こうも言われたのだから。


 ――これは裏都市の住人(ここの人たち)が決めることで、それまでは他人の意見は必要としない。あくまで私はその手段を提示するだけだ、と。


 セティはむう、と頬を膨らます。それでも、除け者にすることないではないか。というか気になる。何の話してるのかとっても気になる。


「ただいま帰りましたー」


 玄関の扉を開けて中に入ると、ロゼが出迎えた。


「おかえりなさい。セティ、すぐご飯にするわよ。席に着きなさいな」

「あ、はーい」


 すぐさま返事をして席に着く。もう既に皆集まっていたようで、セティが座る頃には全員が集合していた。

 食事中、トレノが思い付いたように顔を綻ばせる。


「旅行しよう」

「…………………………………………へ?」


 唐突。あまりにも唐突過ぎて理解が追いつかない。

 しかし次の瞬間、セティの脳内に鎮座する一切の悩みなど明後日の方向へと飛んでいった。


「海行こう、海!」


「「海!?」」


 ガタ、と勢い良く反応を示した二人(、、)

 珍しいことに、セティの隣の人物が大声を上げているではないか。

 目を丸くしたフラムが、手に持ったフォークに刺したトマトを口に運ぶ直前で止めた。


「へぇ、ブレーヴもテンション上がることってあるんだね?」

「ばっ、お前、海だぞ!?」

「え、」


 本当に珍しい。彼が、まさか彼が。

 ――こんなに周囲にキラキラを撒き散らすなんて。


「海って言うとアレだろ、でっかい湖なんだろ!?」

「でもブレーヴさん、味は湖の水とはまた違うとか……! 一体どういう成分で……!?」

「うわ、山育ちって怖いわね」

「ブレーヴにも知らない事ってあるものだよね、そりゃ」


 一同(二名を除き)唖然。しん、となった食卓で唯一賑やかだったのはセティとブレーヴの偏った知識で語られた海の話のみだった。

 暫く惚けて、ロゼは、はたと意識を取り戻す。


「あー……んじゃ、保護者役はカルトで」

「なんで!?」


 瞬間、カルトが目を見開き驚いたように肩を震わせる。ロゼはひらひらと手を振った。


「私は用事があるもの。アンタ休暇だと思って行ってきなさいな」

「逆に! 休暇が! あることが! 怖い!」

「失礼ね、そこまで鬼じゃないわよ」


 素直に喜んで良いものか悪いものなのか。カルトは心情が伺える見事なよく分からない表情をして、それから深刻そうに声を低めた。


「…………帰ったらもしかして」

「もちろんお察しの通り」


 ロゼが優雅に紅茶を飲み、口元を拭った。


「あーーー! ヤダーーーー!」


 悲痛の叫び声。察するのは簡単過ぎる。これは溜まりに溜まったお仕事を決められた期日(めちゃくちゃ少ない)までに終わらせねばならないパターン。

 フラムは涙目になったカルトに優しげな目を向けておいた。やめろ、そんな目で見るな! と言われたが。


 ☆


 来店のベルが鳴る。

 椅子に座り頬杖を付いていた少年は、顔を上げ、来客の顔を確認すると即座に顔を綻ばせた。カルトはルミナの向かい側の椅子を引き、どかっと座り込む。


「やあ、カルト! ……どうしたの?」

「うう……休みもらった……」

「へえ、君が? 珍しいね。もっと喜べばいいのに」


 青ざめるカルトを見て不思議そうに首を傾げる。彼は面倒くさがり屋で仕事は好きでは無いはずだ。休みならば即座に喜ぶだろうに。……察せないことは無いのだが。


「うん、まあ。休みの後って仕事多そう」

「マジそれ」


 案の定。あの手厳しい女性のことだ。飴と鞭の割合がおかしい。


「という訳で暫く来れないと思うんだが……どうだ、進んでるか?」


 カルトはのんびりとした声音で進捗を尋ねた。

 と同時に別の扉が開く。中から少女が現れた。


「あらカルト、心配せずとも進んでいますわよ」

「そっかぁー」

「ええ、ネズミを使った実験は成功、しました、けど……」

「けど?」


 桃色の彼女は少し顔を暗くさせる。

 首を傾げ、先を促すと、彼女は再び前を見た。


「持続時間が余り有りませんの。これでは人に打てばどのくらい持つか……」

「無くていいんじゃねぇの?」


 カルトが口を挟むと、エビルが少し悩んだように口元に手を当て、一拍置いてから顔を上げた。


「ええ、無くても構わないのですが……。そうですね、人体を使ってみなくてはどうにも」

「すればいいじゃん。その辺にいくらでもいるだろ?」


 カルトはルミナの方を見た。

 少年の無垢な瞳は視線に気付くと、楽しそうに笑う。


「武器、人員、作戦等……。どう見積もっても年明けだね、起こるのは」

「んじゃ、その前に使えばいいんだろ? 裏都市の住人(ヴィクタム)。はぐれくらいなら大して支障出ないだろ」


 エビルはきょとん、とした。ついでに笑った。

 分かってはいたが、カルトがそういった提案をするとは思っていなかったのだ。

 平和に濡れた人々の中にいたのに、愛する人を見つけたのに。

 彼の心の中は、――まだ冷たい(、、、)


「可笑しいか?」

「いいえ、とても最高よ」


 実行は年が明ける前。

 私は(味方)を手に入れなければならない。


「――さあ、始めましょうか」


 エビルは笑った。


 ☆


「馬車ですね!? 移動手段はもしかして馬車ですね!?」


 青空の下、セティ・モンドは盛大に目を輝かせた。

 隣で歩くトレノがあんまり嬉しくなさそうな目で、青ざめた顔で頷く。


「え、どうしたんですか? トレノさん」


 セティがきょろきょろと周囲を見回す。

 皆同じような顔をしている。せっかく海にレッツゴーな直前だと言うのに、勿体無い。


「セティは前乗った馬車が気に入ったみたいだけど、あんまり期待しない方がいいよ」

「何でです?」

「乗れば分かる」


 ばたばたと駆ける足音が聞こえて、トレノが後ろを振り返るとカルトが走ってやって来た。どうやらロゼに少しばかり時間を取られていたらしく、こうして門までゆっくり歩いているのが現状だった。


「っと、ごめんな。待ったか?」

「いやぁ、大丈夫なんだけど」

「?」


 トレノがセティを指差した。どう考えてもわくわくしてる表情を隠しきれてないその顔を見て、大体のことを察したらしいカルトが「ああ……」と声を上げた。

 西門を出て、馬車に乗り込む。街の馬車とは違い、荷車のような形。木製に白いテントが掛けられたコスト低めの馬車だ。流石に五人も乗ると少々狭いが、問題は無い。

 弾く音と共に馬が鳴いて、馬車が動き出した。

 わくわくしながら身を乗り出し外を見るセティも、暫くすると顔に影が差してくる。

 トレノがもう慣れた、という顔をしてセティを見る。


「ね?」

「……………………………………はい」


 ――圧倒的に尻が痛い。乗り心地は最悪だ。

 外の景色は荒野のまま変わらないし、道が整備されていないおかげで石に車体が乗り上げてさっきからガタガタ揺れている。そんなに早いわけでもないし、着くのは何時になるのか。

 セティは溜息を大きく吐いた。


「ううぅぅ〜〜いつになったら着くんですかー!」


 断末魔を拾った、高野を駆けていたネズミが小さく鳴いた。


 ☆


 朝早くに出発したというのに、着いた頃には太陽はてっぺんまで登っていて、セティは涙目で殆ど倒れ込むように座り込んだ。


「いたいです……じんじんします……。なんで皆さんそんなに涼しい顔してるんです……?」


 トレノとフラムが顔を見合わせる。ブレーヴ、カルトに至っては完全に慣れきった顔だ。


「あたしらは既に何回かオルセイアとアクアエリクサーを往復してるし」

「俺も前は商業区と故郷を行ったり来たりだったな」

「俺の仕事って外回りだし」

「つまり初乗りはわたしだけってことですか……」


 がっくりと項垂れて、気付く。

 白い石の床だ。荒野から石に変わっている。前を見ると同じく白い石の壁で街がぐるっと囲まれており、やっぱり門まで白い。

 トレノが手を差し出した。手を置くと、ぐいっと引っ張って立たせてくれた。


「中はもっとすごいよ」


 門が開く。どうやらカルトが手続きを済ませてくれたようだ。

 完全に開かれた門から覗く、その景色は壮大で、青く、蒼く、葵かった。

 潮の香りがツン、と鼻を付いて目の前の風景に色を足している。

 セティは思わず息を呑む。胸が熱く、脳裏にすっと言葉が浮かんだ。


「――……海だ」


 太陽の光を反射してキラキラと輝く青々とした広大なそれは森にも、荒野にも劣らない存在感を放っている。

 これが海。

 じりじりと照りつける夏の熱ですら、忘れるほどセティは辺りを見回す。

 アクアエリクサーは一言で言うと白の街だった。

 門と同じ白い石で作られた家々は港から階段のように軒を連ねており、青い屋根はまるで海の延長線だ。

 港には沢山の船が停泊して、帆にカモメを泊めている。

 足元に敷き詰められた石畳も真っ白。反対に、ここの人達は青や赤の髪を持つ、カラフルな人ばかりだ。それは白い草原に咲く花のように、穏やかな空気を感じることができる。


「気に入ってくれると嬉しいんだがなー」

「ねー」


 トレノとフラムは顔を見合わせ、いたずらっぽい笑顔を浮かべながら他を見た。カルトに関してはもちろん、何回も来ているらしいので別段楽しげな表情などはしておらず、寧ろ暑さに溶けそうなほど顔を歪めているが。


「気に入らない訳がない!」


 ブレーヴが眼前に広がる光景から目を逸らさずに言った。その顔には好奇心を滲ませており、セティも同じような顔をしている。


「あの! あの! 海って入れるんでしょうか!」

「入れるよ。そういう場所ある」

「まじですか!」


 しかし目を輝かせたセティに向かって、バツが悪そうにカルトが頭をかいた。目は明後日の方向に向けられている。


「あー、悪いけど。今すぐ、は無理だな」

「えっ……、な、なんでです……!?」


 目的は海なのでは……!? と驚愕と落胆の表情。器用な表情筋である。

 その時、ぼふん! と何かがトレノの背中にぶつかってきた。トレノは驚いて、うわっ! と声を上げてなんとか倒れるのを阻止しようと足を一歩前に出して踏ん張る。正体を確かめようと、勢いよく振り向いた。

 そして表情が崩れた。ついでにフラムも目を見開いている。

 セティがなんだなんだと首を捻っていると、


「すみませーん、うちの子が……って、あれ?」


 ぶつかってきた少女(、、)が来た方向から、少年の声がした。太陽に照らされた茶髪。美しく神秘な海のように、その青の双眸はきらりと輝いた。


「フラムにトレノじゃん」

「ロイ、と……」

「シエラ……」


 シエラはトレノに抱きついたまま空に浮かぶ炎に負けないくらいニッコリと笑い、ロイは楽しげに大きく手を振った。


「来るなら来るって連絡くらい入れろよな、兄弟!」


 ☆


「挨拶には行くつもりだったけど、まさか大通りを歩いてるとは思わなかったよ、ロイ」

「フラム、ここは少し変わったのさ。そんで、そちらさんはお友達かい? 例の、えーっと……」

「ロスト協会のね。思い付きで小旅行だよ、夏だし」

「そっかぁ! ま、ゆっくり楽しんでけや。ここの食いもんは美味いもんばっかだぜ!」

「は、はぁ……」


 海を望むこの街は少し坂になっていた。オルセイアは中心が小高い丘になっているが、ここはまた別のようだ。つまり、現在は大通りを下っていく形になっている。

 茶髪碧眼の彼、ロイ・エンティは元気を表したような丸い瞳が特徴だった。十六歳、とトレノやフラムと同い年。シエラ・トーマスは明るい青の髪をふわふわと伸ばし、長めの前髪から赤い瞳が覗いている。白のワンピースがとても可憐で幼い少女らしい。

 彼らは二人とも、スラムの一員であるようだ。


「……なんだかシンザさん達みたいですね」


 ぽつりと零した言葉に、意外にも反応したのはカルトだった。


「ああ、どこの街に行ってもこういう存在ってのはいるもんだな」

「?」


 いつもより声のトーンが低い気がして、セティはカルトの顔を見つめた。が、すぐに彼は顔の色を変え、ぱっと軽く笑う。


「そんじゃあロイとやら、オススメの店はあるか? まだ昼飯を食ってないんだ」

「それならあそこかな。安くて旨い、ミシェリアおばちゃんの『陸の珊瑚礁』さ!」

「シエラもあそこ好きだよ! おばちゃん優しいの!」


 横を見るとトレノもフラムも懐かしがって、うんうんと頷いている。現地人が言うのなら間違いは無いだろう。

 木の看板が大きく掛けられた食堂『陸の珊瑚礁』。その扉をくぐると、中は老若男女でごった返していた。ちょうど昼時だ、当然だろう。

 しかしそんな中でもズンズンとロイは進んでいく。そして忙しなく駆け回る女性に声を掛けた。


「おばちゃん! 席空いてる? 外からの客だ、もてなしてやろうよ」

「ああロイ。外から……ってあら! フラムにトレノじゃないの!」


 彼女は、ぱあ、と顔を明るくさせ、近くにいたテーブル席に声を掛けた。テーブル席に座っていた大男達は皆、昼間っから酒をあおって陽気に笑っている。


「ほらアンタ達! 久しぶりの面さね、どきな!」

「ああん? おいミシェリア、なんだ藪から棒に……」

「ってカロルノ! ありゃフラムとトレノじゃねぇか!」

「あ!?」


 飲んだくれていた、カロルノと呼ばれた大男は勢い良くテーブル席を立ち、こちらに向かって歩いてきた。そして、ずいっとフラムとトレノに顔を近づけると目を細め、瞬時にカッと開いて大声で笑い出す。


「おーおー坊主! 久しぶりだなぁ何年ぶりだ!?」

「いやそんな経ってないよね? 精々三ヶ月くらいだぜ?」

「なーんでこんな歓迎ムードなんだろ」


 うんざりしたように二人は顔をしかめ、カロルノの大きな手に頭を撫でられている。

 一方、カロルノは振り返って、店中に響き渡るように声を張り上げた。


「さあ野郎共、席を開けな! 坊主らが友人を連れてきたぞ!」

「やあこんにちは兄弟! 今日からお前らもみーんな仲間さ!」

「きょ、きょうだい……?」


 セティが目をぱちくりさせる。ブレーヴもカルトも驚いたように同じ顔をしている。オルセイアとは全く違う、陽気でガサツな雰囲気。それを前にして少し戸惑っていた。

 隣からこそっとシエラが顔を出し、ニッコリと笑った。


「おねーちゃんたち、ようこそアクアエリクサーへ! 笑おう、歌おう、楽しく過ごそう。それが下層の特権だよ!」


 さあカップを持って? と促されるままにジュースの入った容器を持たされ、セティ達は店の中心へと流される。

 楽しげに歌が始まる。ミシェリアがお世辞でも上品とは言えない、美味しそうな魚料理を持ってきた。

 ロイがテーブルの上に立ち、片手を上げる。


「さあ! 新たな兄弟を祝福して!」

「「「乾杯!!」」」


 これがアクアエリクサー。太陽と海の街。

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