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第11話「嫌いなもの」

 商業地区で今流行りとされる露店にて昼食という名目でライスバーガーを購入。

 もくもくと食べ歩きながら目的地を目指す。

 食べ終わる頃には角を曲がるのみで、緊張と不安と、居たらいいなという気持ちと、居なかったらいいなという気持ちと、あとは勇気を込めて。矛盾しまくりの胸の内を深呼吸で収めて、セティはゴミをバッグにしまい、角を曲がった。

 ――しかし刹那、セティは目を見開く。


「――ッ!」


 結論から言えば、晴天に映える栗色の髪は風に靡いていた。

 だが安心することなどできず、セティは思わず駆け寄ることになる。

 何故ならそこには、――床に這いつくばったシンザの姿があったからだ。


「大丈夫ですか、シンザさんッ!?」

「セ、ティ…………?」


 焼けた肌はいつもより血色が悪い。声に力もなく、ぐったりしている。

 セティは先程の心情を一切忘れて座り込んだ。うだうだと悩むよりも心配が大きく上回り、必死に声を掛ける。


「ど、どうしたんですか……!?」

「いや、ちょっと…………」


 ぐーーー。


「…………はらへった」


「――は?」


 その腹虫が大仰に叫んだ音は空間全てに響き渡ったような気がした。

 セティは呆気に取られ口を閉じることを忘れたまま、一先ず。


「……お茶ならありますが」

「……お願いします」


 ☆


「いやー助かった! 最近バイト代全部ちっちぇ奴らに回してて自分が食うこと忘れてたわ!」

「一大事じゃないですかそれ……」


 ベンチに腰掛けて、シンザはあっけらかんと言ってのける。

 少しは心配した方の身にもなってほしい、とセティはジト目で彼を睨みつけるも、気にされる様子は皆無だ。


「セティもごめんな。お茶、飲んじゃって。美味しかったけど」

「いえ、いいんです。元々差し上げる予定でした」

「そうなの?」

「はい」


 途端にセティは立ち上がった。

 少しだけ息を整える為の呼吸をして、吃驚した様子のシンザの前に立つ。

 次の瞬間、深々と頭を下げた。


「――ごめんなさい」

「はっ、えっ!?」


 唐突に謝られ、シンザは驚きを隠せず身じろぐ。

 しかし尚もセティは頭を下げ続けた。できるだけ斜め四十五度をキープし、誠意を表す。


「黙っていたこと――その……ロストだったことに対する謝罪です。――ごめんなさい」

「…………――顔、上げてよ」


 納得したかのように、シンザは酷く落ち着いた声を出した。セティは一瞬迷ったが、素直に従い顔を上げる。

 無表情の彼は、怒っているようにも憐れんでいるようにも見えた。


「俺さ、ロストは嫌いなんだ」

「……はい」

「七年前、紅のロストのせいで、目の前で姉が消えた」

「…………」

「――でも、それよりもっと嫌いなものがある」


 セティには目の前で大切な人を失う気持ちは痛いほどよく分かる。だから彼女の胸の内は苦しさで満たされていた。

 シンザはやはり顔面には何の表情も貼り付けず、あくまで他人事のように話し続けた。


「――俺は(ヴィクタム)が嫌いだ」


 ――そして彼は悲しい笑顔を見せた。まるで踏み潰された花のように。


「金に余裕があれば。生活に余裕があれば。もっと俺がいい奴だったら。――何回もそう思ったことがある。でも、(ヴィクタム)(ヴィクタム)であることに慣れて、そして諦めたんだ」


 セティは静かにそれを聞いた。彼の蔓延る雨雲のような瞳も、荒野に取り残された小さな一輪の花のような笑顔も、全てを真っ直ぐに見て、受け入れた。


「セティは、そんな(ヴィクタム)を、(ただの一般人)として扱ってくれたろ? 俺だけじゃなくて、カトレアやフィノも皆。それが俺らには嬉しかったんだ」


 目頭が、胸の内が、徐々に熱くなっていく。

 雨雲には晴れ間が指し、荒野には人の声が辺りに響いた。誰かが水を遣ってくれる。その優しさに浸るように、花は天を向く。


「――だから俺たちは、ロストであるセティがどうこうじゃなくて、セティはセティだと捉えるよ」


 闇に住まう人間でも、光を嫌う事は出来なかった。それは時に眩しすぎて、自分を惨めにさせる。それでもやはり人は、光に縋りながら生きていく。


 ――やがてセティの心は晴れ渡り、辺りには一面の花園が咲いた。頬を流れる大粒の涙がそれを物語った。


「ありがとう、ございます……」

「ははは、泣くな泣くな。ひでェ顔になってんぞ」

「……ホント失礼ですね……!」


 すんっと鼻を啜って、袖口に水滴を染み込ませた。

 一方シンザはセティが落ち着くまで待ってくれていた。それも申し訳ないとセティは慌てて整えたが。


「――そうですね、今度はわたしの家に来てみてください」

「ロスト協会?」

「はい、皆さんで。……やっぱりダメですか?」

「ううん。セティが知ろうとするなら俺も知りたい。行ってみたさはあるな」

「! はい! ぜひ!」


 大輪と化した小さな花だったそれは、陽に誇るように満面の笑みを見せていた。


 ☆


 目を覚まし、むくりと起き上がった。横を流れる白の糸が、窓から溢れる光を反射させて眩しく輝く。

 ぼうっとする意識のままに辺りを見回して、時計を発見し次第確認する。

 ――十時過ぎ。

 隣にいるはずの赤髪はもうとっくに起きているようで、ブレーヴは布団から這い出た。

 手早く着替えとその他諸々を済ませ、リビングに顔を出す。


「あら、ブレーヴおはよ」

「ん、おはようロゼ。……セティは?」

「あの子なら今日もお出掛けよ。引きこもりに友達が出来たのは何よりねぇ」


 ふぅんと生返事をして椅子に腰掛けた。

 朝食が並ぶのを待ちながら、ブレーヴはそういえば、と声を出す。


「今日何日?」

「七月一日。――それにしてもあんた、普段は早起きなのに土日になった途端遅いわよね」

「低血圧なんだ。平日は自分を叩き起してるだけ」

「あらそう」


 如何にも興味が無さそうなリアクション。

 ともあれ今日が一日ならば、とブレーヴは少し思考を巡らせた。――急用ができてしまった。

 着替えと同じスピードで並んだ朝食を食べ終える。


「ご馳走様。――ロゼ、俺もちょっと出掛けてくる」

「行ってらっしゃい。カルトは仕事だし、赤青コンビは探検とか行って街を彷徨いてるみたいだから、今日は皆出掛けてるわね」

「えっ」


 途端にブレーヴの頬に冷や汗が伝った。

 セティも目的地は街だったはず。結果、知り合いに会う確率がすごく高くなってしまう。


「ごめん、皆がどこいったか分かる?」

「赤青コンビは『今日はアネクス通りだー』とか言って騒いでたわ。セティは知らないけど」

「そっか、ありがとう」


 毎月一日の午前十二時までだった。

 流石に約束くらいは守らないと、と思いながらダッシュ。ただでさえ相手を探す時間も込みなのだ。残り二時間というタイムリミットがブレーヴを襲い急かす。


「遅れたら絶対怒られるよなぁ……」


 ぽつりと呟いて、頭を掻いた。

 午前の空色はかなり良く、燦燦と降り注ぐ陽射しは正に、夏の匂いを窺わせた。ブレーヴは手っ取り早く終わらせたくて、しかし結局一時間弱を使い果たしたのだった。


 ☆


 日が傾く。

 この時間はセティにとってすごく悲しくなる時間だ。別れの刻は毎日絶えずにやってくる。この日もセティは名残惜しく、シンザやカトレアと別れを告げた。

 あの後はひたすら語り合って、時間すら忘れていたと言うのに、どうして空模様に気付いてしまったのか。と、自分を恨みながらも『夕方には帰る』と言った手前、それを破るわけにはいかない。

 だいぶ慣れた道を辿り、横を通る猫の誘惑に勝利し、馴染んだ扉を開けた。


「ただいま帰りました」

「あ、おかえりセティ! ねぇねぇアネクス通りって行ったことある?」

「え、えっと……?」


 夕方になっても元気な金色の瞳は、出迎え早々驚きを隠すことが出来ない緑色に近づいた。

 その首根っこを、呆れたようにフラムが掴んでセティから離す。


「こいつ、路地裏に面白い店見つけたからってテンション上がってんの」

「あほ、フラムのハゲ。あんただって人の事言えないじゃん」

「うっせぇ牛乳女」


 ギャーギャーと騒ぎ始める二人を他所に、セティは路地裏の面白い店と聞いて心当たりがあった。確か、そう。ちらりと見かけた店の名前は――


「――デンファレ?」

「そう、それ!」


 トレノがビンゴと言わんばかりに急に人差し指を突き出して叫び出した。

 それはエビルの営む店だが、聞くところによれば、店員は大人の美人な女性以外居なかったという。新しく雇ったんだろうかとセティは考え、また行ってみるという結論を付けて終わらせた。


「あら、皆揃ったわね。ご飯にしましょうか」


 騒ぎを聞き付けたらしいロゼがリビングから出てくる。ご飯、という単語を耳にしただけで三人は即座に席に着いた。

 ふと、セティが顔を上げ小首を傾げる。


「はて、ブレーヴさんは?」

「ああ、部屋で頭を抱えてたみたいだけど。もうすぐ来るでしょ」


 言ったそばから、とロゼは食事を並べながら目線だけで答えた。

 白髪の彼は眠そうに頭を掻き、セティの向かい側に座る。


「どうしたんです?」

「んー、あー、ちょっとな……」


 言い難いのか、徐に手を顎にあて口篭る。

 好奇心が勝ちそうになるも、あんまりデリケートなことであれば聞くのも悪いと、セティは自分に静止を掛けた。


「では言いたい時に教えてください」

「ん、そうしてくれ」


 今夜は昨夜ほどではないが、絶品であることには変わりなかった。

 肉に変わり魚を主役にして並んだ食卓は、セティを満足させるには十二分に足りていた。


 ☆


 夜も更けた頃。

 いつもならばぐっすりと眠っているこの時間――即ち午前一時。

 自分でも驚くぐらいの時間に目が覚めて、同時に喉が渇いていることに気が付いて、セティは眠気眼のまま部屋の扉を開けた。

 初夏の夜は妙に涼しく、且つねっとりとした空気を充満させている。

 瞬間、セティはリビングの灯が薄らと付いていることに気が付き、首を傾げた。消し忘れか、否、人が居る。


「――ロゼさん?」


 本当にいつ寝ているんだろうと本気で疑問に思う中、本を読んでいたらしい彼女は振り返り、不思議そうな顔をセティに向けた。


「あら、セティ。どうしたの?」

「いえ、目が覚めてしまって……。喉が渇いたのでお水を貰いに」

「そう」


 ロゼは立ち上がって台所へ直進する。

 吃驚したようにそれを慌てて静止して、


「じ、自分でやります……!」

「そう?」


 こくこくと頷いた。

 割と世話焼きな彼女は自然と何かをしてくれる。セティにとっては少し飲みたいだけの軽い所作だが、わざわざその為に動いてもらうのは罪悪感を感じざるを得ない。

 硝子のコップを取り出して、蛇口を捻った。半分を過ぎたところで止めて、一気に喉に押し込む。

 そこでふと、聞きたいことを思い出して、セティは徐にロゼに問うた。


「……紅のロスト(、、、、、)――って、ロゼさんのことですよね……?」


 なんてことないただの質問で、ただの確認だが。それでもロゼをぴくりと動かすには丁度よかった。

 それはシンザが言っていたこと。七年前――ロストの年齢に合わせるならば三・五年前。今や消失地区と称されるようになった、喪われた区画の一片。そこを襲ったアレスロストの実行者。――それが紅のロスト。

 紅、と言われれば単純に考えて赤い髪を持つフラムか、赤い服を着たブレーヴを指した。当初のセティは二人を思い浮かべたのだ。

 しかしフラムは今回の招集で初めてオルセイアに来たと言うし、ブレーヴも商業地区以外行ったことは無い筈なのだ。

 オルセイアに初めから居たのはロゼかカルトであり、あとはもう直感だけなのだが。


「――それで?」

「いえ、知ってどうこうというわけではありませんが。単純な好奇心です」


 キッパリとセティは答える。

 曖昧にロゼは頷いて、本を閉じた。


「そう、そうね。紅のロスト――懐かしいわね。ええ、私の事よ」

「そうですか」

「でもそれ以上答える気は無いわ」


 一切の表情を消した瞳がセティを射貫く。彼女の桃色の瞳はどこか諦念と哀愁が立ち込めており、怒っているのではないと分かった。

 セティもそれ以上聞くつもりは更々無く、強いて言うなれば、『少しだけ気になる』と言ったところだ。

 一先ず、と満足したように頷いて、セティは踵を返そうとした。


「ああ、でもこれだけ」


 ふいにロゼが声を上げる。

 振り返って、セティは小首を傾げた。


もうすぐ分かる(、、、、、、、)わよ。でもあの子達に私の事は言わないでおいて」

「? どういうことで――」


 セティの疑問は考えるより先に口から出たが、しかしそれを遮ってロゼは、


「――おやすみなさい」


 閉じた本をそのまま机に置いて、部屋から立ち去った。

 その背中を呆然と見送るも、ふと、思い出したように眠気がセティを襲って欠伸を促す。

 必死に出たがった欠伸を外に出してあげながら、セティは深く考えることを放棄し、そのままベッドへ直行。休息を欲する脳に従い、深い眠りへ身を落としていった。

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