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プロローグ「再生少女」

 巨大な爆発音があちこちで起こる。

 甲高い悲鳴があちこちから聞こえる。

 ――戦争は嫌いだ。

 彼女は幾度となくそう思った。

 そして、そう思う度に仕方がないと自分に言い聞かせる。

 戦争をする時代に生まれてしまったのだから。

 考えはいつもその一言で終わらせた。

 オルセイア王国の旗を背負っている者の一人として、仕方がない。

 そう思えば幾分かはマシになる。

 昔からずっと共にいた、黒のベレー帽を被り直して、金の髪を持った彼女は前を見据えた。


「ヴァイス」


 優しい男性の声が耳元に届く。

 振り向くと、背の高い、白髪の青年がこちらを見て微笑んでいた。

 彼は同じトリプルAランクの魔道士で、そして、夫だ。


「そのあだ名、いつからだっけ?」

「さあ、少なくとも学生時代のだよね」


 顔を見合わせ、笑い合う。

 そんな何気ないことが、とても幸せに思えた。


「さあ、行こうか」

「うん。終わらせなくちゃ、この戦争を」


 青年は彼女の手を取り、未だ続く混乱の中に足を踏み入れていった。


 ☆


 部屋の隅にある古びた木製の本棚から、赤いハードカバーの本を取り出す。

 金の刺繍で『終わり世界の大魔導士』と書いてある。

 彼女が幼い頃によく読んでもらっていた本だ。

 そう言えばどんな話だったかと思い、暫く手に取ることの無かった、埃を被ったその本のページをパラリパラリと捲っていく。

 刹那、窓から風が吹き、紙をさらって最後のページになってしまった。


『彼女は神になり、そして自分の代わりとなる世界の調律者を作りました。

 七人の総称をロスト。

 再生世界へと変わり果てたこの世界の、救いの手を差し伸べる者達。』


 風が少女の金色の髪をさらう。顔にかかり、こそばゆくなる。それを手で払って、もう一度本を眺める。

 そこへ、少女と同じ色をした髪の女性が部屋の入口から顔を出した。

 優しげな顔立ちをした彼女は、少女を見つけると嬉しそうに微笑んだ。


「セティ? あら、ここに居たの」

「お母様。今帰られたのですか?」

「ええ、あなたの好きなアップルパイを作るから、少し待っていて」

「はい!」


 少女、セティは本を持ちながら母に付いていく。

 向かうはダイニング。

 昼下がりの日差しは、室内を白く染めていた。


 ☆


 部屋中に大好きな香りが漂う。

 この匂いを嗅ぐといつも、楽しみで仕方が無い。

 幸せな気分になる。

 セティは先ほどの赤いハードカバーの本を開いて、一から読み始めた。


「あら、懐かしいわね」


 母がその本に気付き、声をかけた。

 この本は五十年前の話で、ノンフィクションだそうだ。

 思い出深いこともあって、セティにとっては宝物に等しい。

 一人の少女が大魔道士へと成長していって、戦争を乗り越え、やがて神になるという、何とも作り話のような内容だが、それでも実際にあったことなのだ。

 その証拠に、ふとセティは左肩をチラリと見る。

 消えない痣のようなものが、そこにあった。

 L字型の模様をしていて、彼女の身分を記す証。

 ロストの証である。

 とは言っても、とセティは苦笑いをこぼした。

 ――自分はまだまだ未熟者だから。


「セティ、出来ましたよ。さあ片付けて」

「はい、分かりました!」


 本を閉じ、机の隅に置いた。

 代わりに目の前に現れたのは、こんがりと狐色に焼かれた大好きなアップルパイ。

 それをフォークで刺し、口いっぱいに頬張る。


「ん~~!」


 目を輝かせながら口を動かした。

 甘い香りが全体に広がって、とても美味しい。

 そんなセティの顔を見ながら幸せそうに、母は優しく微笑んだ。


「美味しい?」

「とっても!」


 そんなやり取りをしながら、あっという間にぺろりと食べ終わってしまう。

 セティは少し残念そうにしながら、皿を台所に置いた。


「ご馳走様でした」

「お粗末さまでした」

「では、行ってきます!」

「行ってらっしゃい」


 おやつや本などの荷物を小さなショルダーバッグに詰める。

 それを肩に掛け、お気に入りのベレー帽を被り、そして家を出た。

 和な山奥は木々が新鮮な空気を作り、毎日が美味しい。

 少し麓に降りると家々が連なっている。茶色や赤色などの屋根や、黄緑色に染まった畑などが一望できる。

 この家が建つのはそんな場所。

 セティはいつもの、森の中の開けた土地に移動する。

 切り株の上に荷物を置いて、手頃な石を探し始めた。

 数分後に、良い感じの物が見つかると、それを目の前に置いて手を前に出し唱える。


「――スパリーレ!」


 しぃん。

 風が冷たく音をたてて吹いた。それに反応して木々がざわめく。

 しかし、その小さな石でさえ何も起こる気配はない。


「ま、またですか……」


 彼女は毎日のようにこんな事を続けている。結果は全滅。一つも成功の欠片すら見当たらなくて、彼女はとうに諦めの気配を漂わせていた。


「どーしたらできるんでしょーねー?」


 半ばやけくそになりながら、荷物をどかして勢いよく切り株に腰掛ける。

 セティの問いかけにもちろん答えてくれる者は居らず、近くの枝に止まっていたスズメがチチッと鳴いて首を傾げる。

 ぼーっとしているうちに面倒になって、セティはバッグから本を取り出した。


 神聖なる新たな神が作られたは、七柱の遣い。

「スパリーレ」と呼ばれる消去能力と、神からそれぞれに与えられた七つの魔力を駆使し。

 再生世界となったこの世界の調律師になる。


 突然、目の前の小石が光の粒子となって消えていった。

 サラリと。まるで砂のように風にさらわれ消えてなくなる。

 セティは特に驚きもせず、ああそうか、そろそろだったなとそれを眺める。

 これが、再生世界のリセット現象。

 一週間に一度、午後二時。

 五十年前の戦争が終わった時間と同じだと言われている。

 しかし、五十年前に生きていた人は誰一人としてその記憶は無く、真相は定かではないのだが。


「まあ、今日はもう練習する気が無くなってしまいましたし、明日同じ場所に取りに行きましょうか」


 ぽつりとそんなことを呟いて、再び本に目を落とした。

 ――瞬間。

 耳をつんざく程の爆発音が麓の方から起こった。

 地響きがして、ぐらぐらと揺れる。

 そして同時に甲高い悲鳴が微かに聞こえる。


「!?」


 セティは反射的に思わず立ち上がり、村がよく見える場所まで移動する。

 黒い煙がもくもくと上がり、赤い炎が村全体を覆っていて、昼間だというのに周りを明るく照らしていた。

 森に囲まれた村故に、火の広がり方が尋常ではない。


「い、一体何が……!?」


 そう呟いて、ハッと気付く。

 ――お母様は無事でしょうか?

 思ってしまうと、いてもたってもいられなくなる。

 次の瞬間には、セティはとうに走り出していた。

 山道を抜け、坂を駆け降り角を曲がる。

 そこが愛しの我が家で――

 セティはその場に一瞬だけ、立ち尽くしてしまった。

 扉が乱暴に開けられたままの状態が視界に入ったからだ。

 それは家に何者かが侵入した形跡で。


「お母様!?」


 最悪の事態を想像したくなくて、飛びいるように家に入った。

 ――何も無かった。

 室内がぐちゃぐちゃで、泥のついた足跡があって、それ以外は何も。

 母の姿も、侵入した人物の姿も無かった。


「ど、どうしよう……」


 きっと追われてる。

 きっと怪我してる。

 きっと襲われてる。

 追いかけなきゃ。でもどこへ?

 セティは本能に任せて無我夢中で家を飛び出した。

 火は未だ広がりを見せていて、彼女の頬をぬらぬらと照らしていた。


 ☆


「はっ、はぁっ」


 山道はでこぼこで、走り続けていると流石に疲れる。

 自分はまだ若いと思っていたのになぁ。

 いや、そう考えることが年寄りなのでは?

 苦笑いをこぼして、近くの木に手を付いた。

 思わず逃げてはしまったけれど、戻らなくては。

 ――あの子が待ってる。


「おーくさん?」

「!」

「やっと見つけたぜー?」


 焦ったように振り返ると、大柄な男がにやにやと不気味に笑いながらこちらを見ていた。

 その体格に見合う剣は鞘には収まっておらず、ぎらぎらと光っている。


「あらあら……」

「さ、いつまでもコケにされちゃ困るからなぁ。――一緒に来てもらうぜっ!!」


 太陽の光を反射して、剣が襲いかかる。

 目をつぶった。

 使えるか(、、、、)? どうだ、今の私は――


「ス――」



 キィン!


 でかけた言葉を遮るように、甲高い音が響き渡った。

 恐る恐る目を開けると。


「大丈夫ですか!?」


 白だった。

 背の高い青年が、大柄な男の剣をはじき飛ばしたのか。

 なかなか華奢な体つき。完全に見合ってはいないその大剣を振り下ろして青年は男の前に突きつける。


「あんまり傷付けたくないんですが」

「ハッ、あまちゃんはこの世界じゃ生きられねぇんじゃないか?」


 皮肉を言いながら、今度は男がその剣をはじき飛ばす。


「逃げてください」

「でも、」

「早く!」


 青年は男から目を一切逸らさずに告げる。

 一瞬言葉に詰まったが、しかし彼女は走り出す前に青年に語りかけた。


「私にそっくりな娘がいるんです」

「?」

「あの子を、お願いしてもいいですか?」


 それだけ言うと、青年が呼び止める頃にはもう居なくなっていた。


「もういいかィ」

「――ああ。はっ、待っててくれたのか?」

「一応な。最後くらい好きにさせてやるよ」

「なかなか理解のあるやつ。別のとこで会ってたかったよ」


 そして風がまた、深緑の葉をさらっていく。


 ☆


 無我夢中過ぎてどこに走っているか分からない。

 麓を目指していたはずなのに、景色は一向に変わる気配を見せていなかった。

 刹那。


「あうっ」


 べしゃり、と顔から地面へダイブする。

 何事かと足元を見ると、木の根が地面から突き出て輪を作っている。

 どうやらそこに足が引っかかったようだ。


「いたた……」


 じわりと涙が滲む。

 泣きそうだ。

 心細い。寂しい。


「セティ!」

「!」


 一番聞きたかった声が向こうから駆ける音と共にやってきて、バッと顔を上げる。


「お母様!」

「セティ、良かった……!」


 ふわりと母の香りが漂った。

 陽だまりのような、とても暖かい。

 気が付くとセティは母に抱かれていた。

 涙が堪えきれずにこぼれ落ちる。


「さあセティ。オルセイア、って知ってるかしら?」

「い、いえ……存じ上げませんが……」

「ここから南東にあるの。おっきな街よ」

「それが一体……」


 セティは不安を感じて問いかけた。


「逃げなさい」


 予想は的中。

 つまり、母はここに残るということか。

 言葉にはきっとそういう意味もあっただろうけれど、一応聞いてみる。


「お母様は……?」

「私は皆と合流しないといけないもの」


 にこりと微笑む。

 いつものように優しい笑顔だ。

 それが余計不安を煽って、セティは怖くなった。


「い、やです」

「セティ」

「いやです!」


 堪らず叫ぶ。

 生まれてこの方我が儘を言ったことは無かったはずだが。

 人生初めての我が儘か。ならば精一杯強請ってやる。


「まだお母様と一緒に行きたいところ、沢山あります! アップルパイだってまだ食べたりないです! それにッ――」

「セティ!」


 母の怒号にビクリと体を震わせた。

 怒られたことはあっても、怒鳴られたことは一度も無かったからだ。

 涙をうっすらと浮かべ、セティは顔を上げる。


「私は死なないわ」


 そこには、笑顔があった。

 いつものように微笑む母の顔。

 不思議と落ち着いてくる。そんな顔。

 涙でぐしゃぐしゃになった顔を、母は袖でそっと拭った。


「心配しないで。貴方はただ、生きることに一生懸命なだけで良いのよ」

「お母さ――」

「話は終わったかしら?」


 頭上から降りかかる知らない女性の声と共に首元に冷たい感触がした。

 母の顔はさっきと打って変わって青ざめている。

 恐らく気配など微塵も感じなかったんだろう。

 首元の冷たい物が何か分かった瞬間、セティは言葉と息を思わず止めた。

 ――ナイフだ。

 小型。よく研いである。

 カーブを描いた赤い髪を持つ女性が、妖しく笑いながら二人を見下ろしていた。

 セティは途端にガタガタと身体が震え始めるのが分かった。


「さーて、どっちから殺ろうかなー?」

「お願い、この子には一切手出ししないで」


 楽しげに問いかけるように呟いた女性とは正反対に、母の声は至って真剣。

 その様子に面白くないとばかりに女性は顔をしかめ、


「あら、じゃあ貴方から先に逝く?」

「どうぞご自由に」


 ――何だろう、これ。

 二人の声の先にある感情が、とても冷たい。

 どうしてこうなったんだろ。私、悪いことしたかな?

 ただ、幸せなだけだったのに。

 ただ、そのままあの家で生きたかっただけなのに。


「……セティ?」


 母の困惑した声が聞こえた。

 俯いているので顔は見えないが、二人とも困惑しているに違いない。

 だって、何となく分かる。

 俯いたままでも十分分かる。


 ――これは力だ。


 先程まで無かった、溢れんばかりの光の粒がセティの周りを覆っている。

 それがどんどん出てきて、自分でも抑えきれないほどになってきて。


「な、何よこれ!? 身体が透けてるじゃないの!!」

「セティッ、セティ抑えて!」


 ――お母様、みんな、誰か、助けて!


 そして、弾ける音がした。


 ☆


 目の前から人が、森が、全てが消え去った。

 ――あれ、いつの間に空と大地しかない場所に居るんだっけ。

 きょろきょろと周りを見渡す。

 倒れている女の子を見つけたのは、それからすぐだった。

 少女を中心に、土地が抉られている。


『あの子を、お願いしてもいいですか?』


 ――そういえば金髪の綺麗な女の人が、そんなことを言ってたっけ。

 青年は納得したように声を出した。


「ああ、ロストなのか」


 近付いて、抱き上げてみた。

 よく似ている。この子で間違いないだろう。

 そうだな、まずは――

 少し遠くだが、被害を免れた木が一本だけ見えた。

 ――そこまで運んでやるか。

 晴れ渡る空の下。二人の影は地を這って行った。

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