お人形さんには、家族がいました。
童話……かな……これ?w
鬱蒼と樹林が茂り、村人達が誰も入ろうとしない森。
動物たちですら立ち入ることの少ない、その森の最奥部には、小屋が一軒建っていました。煙突がついているレンガ造りの古い建物です。
強風が吹けば倒れてしまいそうなその小屋には、一人の人間と一つのお人形さんが住んでいました。どうしてこんなひと気のない場所に在住しているのかというと、それなりの理由があったのです。
人間には昔、家族がいました。夫と娘と三人で幸せに暮らしていました。質素な暮らしでしたが、それはそれは幸福な生活を送っていました。
ですが、そんな平穏は永遠ではありませんでした。未知の病が村で流行し、妻以外の家族は死んでしまいました。
それからです。生き残った人間が、心を閉ざしてしまったのは。笑い方というものを、忘れてしまったのは。
それからすぐに、人間は村を去りました。
そして、独りで生き続けることに決めました。誰とも関わり合いたくなどありませんでした。大切なものができるからこそ、人は苦しむということを知ったのです。
だったら、ずっと独りぼっちでいることを選び、決断しました。そうすれば、もう二度と地獄のような哀しみに沈まずに済むのですから。
そんな、心の傷が癒えてきたある日。
人間は、気まぐれに人形を作ることを決意します。
独りぼっちだと、やることがなく暇なのです。
元々手先は器用な方でした。お金がない中、子どもにおもちゃを与えるために、手作りであるぜんまい仕掛けの人形を作ったことがあるからです。
たいそう娘が喜んだことを思い出し、懐かしみに目を眇めながら、制作に取り掛かりました。作っている内に楽しくなっていき、小さなものでは満足できなくなってしまいました。
自分と同じような、人間そっくりの人形を作ってみようと想像を膨らませました。どうしてそんなことを思ったのかは分かりません。ただの暇つぶしなのです。どうせなら、凝ったものを作りたくなっただけなのでしょう。
そうして、長い年月を経て、ようやく人形ができました。名前はつけませんでした。つけてしまえば、情が湧いてしまうほどの出来栄えでした。容姿は、まさに人間で、人形とは一目見ただけでは全く分かりませんでした。
完成したのは喜ばしいことでしたが、その人形はあまり言葉を発することはありませんでした。発したとしても、用事がある時だけで、無駄な話は一切しないのです。そんな人形と一緒にいるだけで、人間は次第に息苦しくなってきました。邪魔に思えてきました。
器用な人間にも決して作れないものがありました。
それは、心です。
人形には心という概念がないのか、色々と問題を起こしました。その中でも人間が頭を抱えたのは、人形が動物を無節操に殺してしまうことでした。
生きるためには、必要最低限の肉が必要。でも、それ以上の殺生は好ましくない、と説明しましたが、倫理観を持たない人形には理解できないようでした。
ですが、人間が何度も言い含めると、納得していないようですが、なんとか頭を上下させました。
どんな生物には命があり、大切にしなければならない。どんな生物だっていつかは死ぬのだから。……そう説明したときに、ピクンと人形は反応した気がしましたが、人間は些細なことだと思い放っておきました。
そして、その日がやってきました。
人間がある日、目が覚めると、吐血してしまいました。この症状は、自分の夫と娘が死ぬ前兆として起こした症状でした。未練などありませんでした。恐怖など微塵も感じていませんでした。
むしろ、家族のいる場所に行けると、穏やかな気持ちになりました。死ぬことに何の不自然さも感じません。
だから、人形がずっと傍らにいるのが目ざとくて仕方ありませんでした。ベッドに横たわる人間をじっと眺めていました。人間は、どこかに行くように命令しましたが、絶対に動こうとしませんでした。
初めてでした。
どんな命令であろうと、作った人間には逆らえないように人形を作ったのです。逆らうことのなかった人形に驚きを隠せなかった人間でしたが、どうせもう死ぬのだからと抵抗する気力もありませんでした。
段々と、意識が薄れていきます。
ですが、ポタポタと、何かが頬に零れてくるせいで、完全に目を瞑ることができません。意識を喪失することができません。ですがそれは、人間の涙などではありません。人間は自分が、死ぬことになんの感慨も湧かないのです。
一体なんなのかと不審げに目を開けると、自分の顎を滴るようにして落ちていた涙が、一体誰のものかということを悟りました。
それは――人形でした。
有り得ません。そんな風に人間らしい反応をするようには作っていないのです。作り物の人形に、心なんて宿るわけがないのです。
驚きのあまり瞠目する人間に対して人形は、こう言います。
お母さん、独りぼっちにしないで。
今度こそ、ボロボロと人間の瞳から涙が流れ出しました。喘ぐようにして息を霧散させながら、滂沱の涙を、顔をクシャクシャにして流しました。
人間は人形を、自分の死んだ娘そっくりに作っていたのです。家族を忘れることなどできなくて、突如として独りぼっちになったことが辛すぎて、壮絶なる寂しさを紛らわすために、人形を作ったのでした。
いつの間にか、人形と娘を重ね合わせていました。
ですが、やはり違っていたのです。人間と人形は一緒なはずがありません。いいえ、たとえ人形がほんとうの人間だったとしても、同じ人間なんて二人といない。死んでしまった人間は一生帰ってなどこない。そのことを分かっていながら、ずっと人形に辛くあたっていたのです。
そのことに、人形も気がついていました。自分は娘の代用品でしかない。自分の代わりなんてどこにでもいる。どうとでもなる。また作り出せる存在。人間に怒られる度に、自分がこの世に生きていてはいけない存在なのだと、誰からも必要とされない人形なのだと自覚していきました。
そのことを分かっていたから、文句一つ零さずにずっと人間に寄り添っていました。人間が人形に心を開くことなど皆無であっても、それでも、いつか本物の娘と認めたかったのです。人形にとっては、自分を作ってくれた本当の母親なのですから。
ずっと傍にいたかった。
たった、それだけのちっぽけな願いを持っていただけ。
それなのに――。
人間は謝りました。できることなら、もう一度やり直したいと思いながら、落涙していました。人形も呼応するかのように、悲しみを増長させながら、人間の手をずっと握っていました。心というものが分からずとも、何故かそうしていたかった人形は、ずっと、ほんとうにずっと、握っていました。
――たとえ、握っているその手が、冷たくなってしまっても。
動かなくなってしまっても。
ずっと。
ずっと。
――そして、家族を失った人形は、独りぼっちになってしまいました。
そして物語は、
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『独りぼっちのお人形さん』へと続く。