……シリアスどこ行った?
「さて、日は昇ったわけだけど。」
「……昇りましたね。僕の後ろに隠れるのはやめていただけませんか?」
「何を言う。私は吸血鬼だよ?防護しているとはいえ、朝の日差しがチクチクして痛い。例えるなら針山の上に手を押し付けてるような感じだよ。」
「……それはそれは。」
月葉は面倒臭そうにそう返し、
「では、そろそろ店も開くでしょう。適当に朝食を食べますか?」
提案する。
月葉とセアがいるのは安倍家の近くにある山の洞穴だ。雨風はしのげたし、月葉もセアも人外という存在で丈夫だからか、快適に過ごせた。……月葉はセアに布団代わりにされたが。
「そうだな。」
セアは頷き、言いずらそうに
「……でもまず着替えないか?」
「え?」
月葉は不思議そうに首を傾げ、
「何でです?」
「いや、目立つからだよ!洋服着ろって!」
「何を言ってるんですか。」
月葉は変なことを言い出したセアを笑顔で見て、
「洋服は外国の方が着る服ですよ。」
「今時着物のほうが少ないんだよ!」
「……え?」
突き付けられた事実に凍りついた。
★
(う……うわぁー……し、知りませんでした!いやだって明人とか公家服でしたし、安倍家皆着物でしたし、外出とかほとんどしたことないですし……うぅ。)
十分後。事実を聞き、自分の認識がかなり古かったことに落ち込み、洞穴の隅っこで蹲ったままの月葉を見て、セアがため息をつく。そしてフォローするように笑い、
「ほら、今日知ったんだからいいじゃないか?服も化かしの術で作ってるんだろ?早く着替えて……」
そう着替えを進めかけて、ぴたりと止まった。
「……?」
月葉は急な無言に首を傾げ、立ち上がりセアを窺う。
セアは思案するように考え込んでいて、どことなく嫌な予感がする。
「セアさん?どうしたんですか?」
月葉は恐る恐るそう聞く。セアはその声を聴いて起動を再開したように顔を上げ、やたら期待に満ち、きらきらした瞳で
「月葉ってさ、種族性別年齢問わず化けれるんだよな?」
そう問うた。
(もしかして……)
月葉はかつて何度か経験したことのある問いに、何度か経験したことのある嫌な気配を共に覚える。
「そうですけど……。」
冷や汗をかきながらそう答えると、予感は的中し、何度も聞いたことのある問いが返ってきた。
「じゃあさ、ちょっといろいろ化けてみてよ!」
(……やっぱりですか……。妖狐ってそんなに珍しいんですかねぇ?)
月葉はため息をつき、そう思った。
★
昼の町だ。
観光客が多く歩く土産物店の中に、茶髪に茶色い瞳の女性―――セアがいた。うまい事影を選び、土産物を眺めるセアの横には十歳ほどの少女がいた。肩までの茶髪をサイドテールに結んだ少女で、つり目がちな瞳がどことなくセアと似ていて、薄い黄色の膝丈まであるシャツの下に短いジーパンをはいていた。
……セアに色々化けることを強制された月葉だった。
【何で僕は往来で女装してるんでしょうっ。】
月葉は唇を動かさないまま、人には聞き取れない音域でそう嘆く。その間にも十歳の少女だと周囲に疑わせないようにお土産を楽しそうに眺める演技をするあたりがプロだ。
セアはそれを爆笑するのをこらえながら横目で眺め、
【うくっ……くくっ……。女装を通り越して女体化?】
【妙に詳しいんですね?】
【日本に来たら秋葉原に行かねばならないらしいからね。下準備として学んだんだ。】
【……何ですかその偏見。】
月葉はため息をつき、高いお土産を買わせよう、と決意しながらお土産を見つくろう。
【けど、落ち着いただろう?】
セアは微笑し、目の前に積まれていた煎餅の箱を手に取る。
【死んで罪を償おうという気持ちはもう、落ち着いただろう?】
(セアさん……そんなことまで考えて……)
月葉はその言葉に意外そうに目を丸くし、苦笑する。
【女装までは必要なかったですけどね。】
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