いるけど、いなくて。
「妖狐が……月葉が逃げましたっ!」
そう下働きの少年から聞いたのは月葉を除名した夜中だ。
(月兄ぃが……逃げた……?)
明人はしばらく呆然として……すぐに
「すぐに行くっ!貴様らはとりあえず敷地内の捜索を!」
そう命令を下す。了承し、駆けていく下働きの少年の立ち去っていく足音を聞き、部屋着から普段着に着替えつつ、思う。
(月兄ぃが逃げた……?それは……)
どうやって、とは考えない。一応陰陽術で『外に出られないように』した部屋に入れてあったが、妖狐として最強と……『鏡月』と謳われる月葉の前にそれはあってないものだろう。
だから、明人が抱いた疑問はどうやって出ていったのではなく、
(何故?何故脱走など……)
明人は奥歯を噛みしめ、直接問いたい質問を内心に押し込めて、冷えた廊下に飛び出した。
★
「ほっ……報告、いたします……。」
月葉が逃げてから数時間。夜明けが見えてきた頃、明人はびくびくしながら結果を報告する下働きの少年の声を聴いていた。
「屋敷内を探したところ妖狐の姿は発見できませんでした。屋敷を囲う結界が破壊されていたので、すでに外に逃げたものと思われます。」
(当然でしょうね……。月兄ぃは強いですし……)
明人は内心でため息をつきつつそう思い、下働きの少年を下がらせ、窓から日の昇る間近の空を見上げる。
(月兄ぃを殺すことがなくてよかった……)
一人になって、心を覆ったのは安堵感だった。父を殺した月葉は憎いが、明人にとって月葉は信頼できる兄貴分だ。殺した理由が分かるまでは憎悪など持てないと、そう思う。
(けれど、月兄ぃはもうここにはいないのか……)
一緒に仕事をしてくれる約束はどうしたんだ、とか、明人の最後も看取ってやるよとかいうブラックジョークの実現はどうするんだ、とか様々な思いが渦巻いた後、明人はそう思う。
それは、結局明人が本心から思った本音。
罪人だとわかっていても、月葉にはそばにいてほしかった。……生きていてほしかった。
一つはかなった。殺すことがなく、よかったと思う。
けれど。
(ここまで、虚しくなってしまうものなんですね……)
ぽつりとつぶやく。
そばに月葉がいないだけ……もう会えなくなっただけだ。なのに、なぜかすごく不安で、悲しくて……
「っは――――――……」
明人は息を吐き、気分を入れ替えようとして……けれど、悲しみをぬぐいきれないまま、頬杖をつき、悲しみから目に溜まりそうになる涙を歯を食いしばり耐えた。
自分は安倍家の当主で強くならねばならないのだから、と、自分に言い聞かせながら。
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