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月を抱く闇。―妖狐と過去―  作者: 小鳥遊カノン
出会い―スタートライン―
5/39

終わりは始まりを連れてきた。

月葉が来て、数十分ほどで『除名の義』の準備は終わった。

床には儀式のための陣が描かれ、九方位には他の妖怪の干渉を受け、儀式を失敗しないようにするための魔除けが置かれている。といっても大層なものではなく、安倍家が代々受け継ぐ陰陽術の初歩ともいわれる『変わり身人形』が置かれているだけだ。

時間がかかったのは、床の陣をかくのが厄介なせいだ。

陣の形はざっくり言ったら五芒星だ。それに、様々な図形が付け加えられ、周辺を囲むように文字が刻まれている。

その中心に、月葉と明人が立ち、周囲を白装束の人たちが取り囲んでいた。

「では、只今より―――」

白装束の一人が、静かに言葉を紡ぐ。

(始まるんだ。)

明人は小さく息を吐いて気分を入れ替え、犬で言うお座りの姿勢で瞼を閉じ、沈黙する妖狐の―――月葉の姿を見て、決まりきらない覚悟を、安倍家の頭首の責任で無理やり固める。

「『除名の義』を、始めます。」

(大切なものが居なくなってしまう、終わりが。)


          ★


「――――月葉」

しゅらり、と儀式に必要な刀を抜き放ちながら明人は妖狐に話しかけた。月葉は閉じていた眼を開き、その琥珀の瞳で明人を見る。

その瞳をまっすぐ見つめ、明人は本音を飲み込み、最低限の言葉を投げかける。

「本当に―――」

「それ以上言わないほうがいいですよ。―――頭首が揺らぐと、下のものも揺らぎますから。」

しかし、それは月葉によって遮られた。自分でも理解していたことを月葉に諭され、浅く下唇をかむ。そんな感情的な部分も、まだ未熟なのだと思い知った。

「―――始めます。」

(けれど、全てこれからです。未熟だということは、進めるという事でもあるんですから。)

明人は内心でこれからの決意を行い、厳かに言の葉を紡ぐ。

それは、言葉以上の意味を持った言葉だ。

「≪別れを願い 終焉を望む≫」

言葉が静かに、凛と響く。

空気が張りつめ、常識が陰陽術により書き換えられる。

―――夢幻が、(うつつ)となる。

「≪故にかつての契りを虚無へと捨て逝く≫」

ぼわ、と月葉の周りに光が満ちた。それは床に書かれた陣を消し去り、かつて月葉が安倍晴明と交わした契約陣を再現する。

それは、本来なら先ほどまで床に書かれていた陣、除名陣(じょめいのじん)と同等のものであるはずだ。しかし、浮かび上がった陣は

(単純すぎる……これでは相手を束縛するほどの威力も持たない……。それにこの内容は、契約というより約束……?)

一概には言えないが、陣が複雑なのはその中身に込められる意味が膨大だからだ、と言われている。それは行う儀の難易度によって変化し、その中でも契約は複雑なものが多い儀の中でも難しいとされているものだ。

そんな明人の動揺を感じ取ったのか、月葉が言う。

「晴明様は、僕に契約はせまりませんでしたから。」

かつての契約者を、敬うように懐かしそうに呼んで、目を細め、

「―――あれは、友人同士のお願い、といった感じでしたね……」

そう呟くように言いながら、月葉は目線で儀式を進めるよう明人に言った。

明人は気をさらに引き締め、残りの言の葉を紡ぎ始めた。

(陰陽術の極意は信仰!思い、信じることこそが力となります!)

だから、これが正しいのだと自分に言い聞かせる。言い聞かせ、思い込む。

「≪過去の記録を空虚に返し 未来を分かつため楔を断つ≫」

ぐっ……。と血管が薄く浮かび上がるほど強く刀を握り、明人は刀を正面に構えて息を吸い、吐き、右足の踏込とともに

「≪我らの道は分かれた!≫」

叫び、刀を振り切る。刀が薄く月葉の肉を裂き、言の葉と陣により補助された刀が物理的ではなく術的な力を持ち、陣を断ち割る。

まばゆい光とともに陣が消えていき、その光に目を細めながら、明人は思った。

(やってしまった。)

それは、やらねばならなかったことだ。安倍家の当主として、為さねばならなかったこと。けれど、

(私は、大切な人を失うとわかっているのに、踏み出してしまった……)

胸の内にあるのはただ、喪失感だった。術をやり遂げた達成感ではなく、大切なものを失った喪失感。

周囲が成功に沸く中、明人は刀を振り下ろしたまま、後悔に奥歯を噛みしめた。


          ★


まばゆい光は、かつて晴明と契約した時と似ていた。

けれど、その中に含まれた感情が違う。

晴明の時は優しさがにじんだ光だった。けれど、今己を包むのは

(拒絶、ですか……。)

それは自分が安倍家の『式神』でなくなることへの拒絶か、と月葉は自分の胸を伝ってゆく血の生温かさを感じながら、思う。

(だから、この儀も失敗しそうなラインをいってるんですね……)

陰陽術の基盤はざっくりいうと思いだ。自分がそう思うことを、言の葉を通じ、時に陣を用いて現実のものとする。いくら明人がそう思おうとしても本心は偽れない。故のこの術の不安定さなのだろう。これでは陣を用いる術の中で最も重要で、最も難しい部分である『相手の意地をねじ伏せる』ことなどできないだろう。もしも今、月葉がこの術を拒絶すればこの術は失敗に終わってしまうだろう。

その術の不安定さから、月葉は思う。

(けれど、このままでは僕を処罰など……)

出来ないだろう、と。『除名』するだけでこれほど拒絶しようとするのだ。命を奪うとなったら……

(無理でしょうね。……だから、)

光の中で立ち上がり、月葉は縮めていた体をもとの大きさに戻す。それは、今まで誰にも言ってなかったことで……秘密にしていたからこそ、そこは嫌われるきっかけになる。

そして、光がはれ、

「……!」

驚きに目を丸くし、こちらを見上げる。それを見下げ、出来るだけ、低めで威圧するような声で

(嫌われましょうか?)

「さあ、陰陽師。」

(それが、彼のために僕ができる最後のことでしょうから。)


          ★


「この家はザルか?護衛も何もない。」

夜。月を背景に、セアは安倍家の屋根に立っていた。鼻をひくつかせ、薄くなった血の匂いをたどる。存在を陰に溶け込ませ、たどり着いたそこは、コンクリート張りの部屋だった。

その中央に、一匹の狐がいる。二メートルほどの大きさがあろうか、という金色の毛並の妖狐だ。

セアはにやり、と楽しげに頬をゆがめ、声をかけた。









「――――――お前、そのまま死んでいくつもりか?」

お付き合いいただきありがとうございました。

感想等書き込んでいただけると幸いです。

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