始まりは発つ。
そこはどこかの国の山奥だ。地図には載っているが、誰も知らないし、立ち入らない。そんな雰囲気を持った山の深層部。
人が住むには自然すぎる森の中に、一軒の古びた小屋があった。今に崩れてもおかしくなさそうなその小屋は何故か堂々と、周囲の森を引き連れているかのようにそこに建っていた。
そして、そこへと続く踏み固められて作られた小道の上を、一人の女性が歩いていた。
もうすぐ日が落ちることを示すように、赤く空を彩る太陽の光に照らされたその姿は女性にしては長身だ。まとっているコートが黒く、中に来た服もズボンも黒い事と、彼女の周辺だけが影を落としたように暗くなっているために周囲の暮れかけた薄闇に溶け込んでしまいそうな彼女を周囲に溶け込ませず、むしろ目立たせていたのは彼女の背を覆うほど長く美しい銀の髪と、冷たさを持ちながらも美人だといえる容姿だった。目は毒々しいまでに赤く、鋭く、口元は不敵に笑みを浮かべ、見る者の視線を一挙集中させそうな美しい女性だった。
彼女はゆっくりとしたテンポの鼻歌を歌いながら小屋の扉を開け、
「ロッジ、帰ったぞー。」
中に入り、誰にでもなくそう話しかけた。
小屋の中はだれもおらず、薄暗い。
けれど、女性の声に反応したかのようにテーブルの上のランプが明かりを灯し、部屋を照らす。日が宙を舞うように動き、壁際に並んだ蝋燭を灯していった。そして、
「お帰り、セア。」
最後に誰もいなかった場所に一人の男性が現れた。
「ただいま。」
女性――セアは突然現れた男性――ロッジに驚かず微笑んでそう返す。
「何を買って来たんだい……?パンフレット?」
「あぁ。前アメリカに行って二世紀たつし。」
「それで今度はどこ?」
「日本。別名『萌の国』。日本に言ったら秋葉原を巡拝し、その次に奈良の大仏を拝んでSUSHIなるものを食べ、大抵どこでも似たような雰囲気のお土産まんじゅうを買って帰るのが鉄則らしい。」
「そうなんだー。」
どこか違った知識を自信満々に語るセアを見てロッジが納得したように頷く。普通の人ならそれが間違っていることに気づくはずだが、突然現れた男性も、銀髪の美しい女性も人間ではなかった。男性は古い小屋が意志を持った妖精、日本でいう八百万の神で、女性は俗にいう吸血鬼だ。
だからこそ人里離れた場所に住み、人目を忍んで生きている。それなのにセアが旅行に出る理由は、
「好きだね、旅行。」
単純に趣味だった。微笑ましそうにロッジがそう言うのに頷き、
「楽しいぞ?そもそも吸血鬼は寿命が長いのだ。母さんが今三千オーバーだが、それでも六千オーバーの婆ちゃんが健在だし、婆ちゃんもまだ先は長いみたいだしな。その人生を日光に弱いからというだけでこもって生きるのはつまらんからな。少しばかり時代を置いて行けば風景の変わりようも楽しめるし、それに。」
けれど、趣味以外の理由でもあるかのように
「それに、多くの存在に会える。その出会いはきっと、空虚に終わる人生を彩ってるれるだろうしな。」
大量のパンフレットを広げ楽しそうに眺めながら、旅立ちの時間を待つ。
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