門前 part1
そこは月葉の話通り山に囲まれた小さな山村だった。
その場所と、妖怪という長い時を生きる種族が暮らすためか、穏やかな雰囲気の村だった。
……その村の前で足止めを食らっている月葉とセアにその光景を見る余裕はなかったのだが。
★
名無谷村の前には小さな門がある。
……門と言っても木でできた門で、月葉やセアならたやすく、人でも道具を用いたりすれば壊せそうな門だが。
その正面に、複数の人影があった。
「―――けど、そちらの方は陰陽師の『式神』ですよね?」
名無谷村に住む妖怪―――送り雀の夜歌がそう問いかける。送り鳥は本来小さな青い鳥なのだが、人間に化ける力はあるらしく、今は十代中ごろの少女の姿をしていた。髪は青みがかった黒で、背中で一つ結びにされ、薄青の着物を着た姿だ。顔立ちもおっとりとした印象を与えるが、それらは全て警戒しているかのようにとげとげしく、敵意をはっきりと示していた。
「いえ、今は除名されていまして……。」
月葉は幾度繰り返したかわからない言葉を再び重ねる。月葉達がここについてから優に二時間は経過しているのだが、
(やはり僕の以前の立場はまずかったですか……)
月葉はため息をつき、村に入ることを許可しない夜歌を見る。
恐らくその警戒には、今安倍家が妖怪を滅するのを目的に動いていること。そして、月葉がその安倍家の『式神』だった事が原因なのだろう。
(けれど……どうしましょうか。)
名無谷村に強い妖怪がいるという話は聞かない。元々が人のいない場所でのんびりと暮らすことを目的として作られた村だ。だからこそ他者からの干渉を受けず成り立ってきたのだろうが、
(安倍家がここを滅そうとやってくれば……)
抵抗も何もできないだろうと、思う。だからこそ自分が助力せねば、と思うのだが。
「月葉ー。私はいつまで待てばいいんだ?日傘をさしてても日差しが肌に痛いんだが。」
背後から状況を理解できていないようなセアの声が聞こえる。セアには一応日傘を渡しておいたのだが、
(吸血鬼にこの日中はきつかったんでしょうか……)
存在が滅していないのは恐らくセアの存在力の強さだろう。月葉がどうしようか、とさらに悩んでいると、村の門が内側から開き、
「夜歌。何してんだよ。そんな奴らとっとと追い返しゃぁいいじゃねぇか。」
一人の青年が顔をのぞかせた。薄墨の着物を着た、目つきと犬歯がやたら鋭い青年だ。その少年の登場に夜歌は慌てたように背後を向き、
「こっ黒夜君駄目だよっ!『鏡月』に私たちが敵うわけないよっ!」
自分よりずっと背の高い黒夜という名の少年を見上げ、頼み込むようにそう言う。黒夜は眉を顰め、機嫌悪そうに
「あ?夜歌は俺が弱ぇえって言ってんのかよ?」
「違うよ!でも……私たちは戦う種族じゃないんだよ?」
「送り狼には野良の狼と戦って人を守るっつー逸話があんだよ!」
「妖怪と戦ってるわけじゃないじゃない!」
(あー……。これは……)
月葉は何故か置いて行かれてる感を感じながら、ぼんやりと言い争う二人|(二匹?)を見る。
(幼馴染同士のけんかというか……兄弟げんかというか……)
それは今まで何度も見たことのある風景に似ていた。明人は一人っ子だが、常に子が一人というわけではない。多い時は十を超したし、そのすべての面倒を月葉は見てきた。
そして、夜歌と黒夜の会話は、その兄弟たちのけんかの風景に似ていた。
目を細め、思わず感慨にふけっていると、隣にセアが立つ気配がした。セアは日傘をくるくる回しながら、
「懐かしいかい?」
そう問うた。その内容は恐らく、安倍家で過ごした日々を指すのだろう。
「それは……千年以上の時をあの場所で過ごしましたし……」
あの場所で千回以上の春を、夏を、秋を、冬を見た。
あの場所で千人以上の新しい命を見た。
あの場所で千人以上の人の死を見た。
安倍家の方針が間違っていると感じ、『主殺し』まで犯してしまったが……だからといって、あの日々が消えるわけではない。
大切だった人がどうでもよくなるわけはない。
(けれどこれは……後悔ではないですよね。)
やり残したことはあるし、後悔も若干あるとは言える。でも、この感情は
「昔を見ているようで、微笑ましいです。」
セアの言う通り懐かしさ、なのだろう。
セアと月葉がほんわかとその光景を見ていると、その視線に気づいたのか、黒夜が頬を赤くし、
「何だよてめぇら!にやにやして薄気味わりぃ!」
叫ぶ。月葉は苦笑を浮かべ謝罪をし、セアはさらに笑みを深くし
「勝手に見せつけといて何を言ってるのかい?私は観客として見ていただけだよ?」
「うっせぇよ!よそ者のくせに無駄に偉そうで!」
「偉そう?違うな……」
セアは、胸を張り、びしり、と黒夜を指し、
「私は偉いのだ!」
言い放つ。月葉はため息をついて、雲行きの悪くなってきた交渉の行く先を案じる。
(どうにかなりますかねぇ……。)
安倍家もずっと何もしない、という訳にはいかないだろう。……否。罰を受けるべき妖怪に逃げられた時点で、名誉挽回の為に何らかの行動を起こさねばならないはずだ。安倍家は自他ともに認める最強の陰陽師の一族だが、何者かからの支えなしには回らないのだから。
だからこそ、
(急がねばならないのですが……)
そう思う。
★
「私は偉いのだ!」
セアがそう叫ぶと、黒夜がはぁ?とでもいうような表情に変わり、
「てめぇが偉いってどういう根拠の下言ってんだよ、バァカ。」
挑発するようにそう言った。セアは隣の月葉を見て、ため息を吐く彼の姿に
(自由にしていいという事だな!)
間違った解釈をする。何故なら、
(日本人は「しょうがない」と許可をするときため息をつくものだからな!)
セアは無駄な自信とともにセアは黒夜を眺め、
「お前は精々……350歳ってとこだろ?」
「それがどうしたよ?」
黒夜が眉を顰め、不思議そうに問う。その様子はセアの見立てが当たりだと言っているようなもので、セアはより一層得意げに笑い、
「私は数千年生きているからな。……日本では年を重ねているほうが偉いのだろう?」
「……そんなの只寿命が残りすくねぇだけじゃねぇか。」
「ちなみにまだこれでも子供だ。」
「寿命どんだけだよ!」
当然のようにさらりと寿命の長さを言うセアに、黒夜がそう突っ込む。妖怪も魔物もそうだが、寿命の長さはそのものが持つ力の多さに比例する。それが長いということは強いという事であり、
「……てめぇ、何モンだ?」
黒夜が背後に夜歌を隠すようにして立ち、セアを警戒するようにしてにらむ。
「私か?私はセアだ。セア・マリリネーラ。知らないか?」
「知らねぇよ。セアとかが何だってんだ。妖怪とは思えねぇ名前だけど。」
「私は妖怪ではないぞ?私は、」
「分かったぞ。」
カミングアウトしようとしたセアを遮り、黒夜がすべてを理解したような表情で言う。
「てめぇら、除名されたと偽ってこの村のモンを滅する気だろ?そっちの女は陰陽師でな!」
(こいつ何言ってんだ?人の話を聞かない奴はよくないな……)
セアは自分のことを棚に上げてそう思い、
「……私は陰陽師ではないぞ?」
否定する。けれど黒夜ははんっと鼻でそれを笑い飛ばして、
「だったら証拠見せてみろよ!陰陽師じゃなくて俺らの敵でもねぇっていう!」
(こっ……こいつっ……!)
挑戦的に放たれた言葉にセアは拳を震わせ、言ってやろう、と口を開く。けれど、それより前に肩に手が置かれ、ぐいっと強い力で背後に引っ張られた。
(なにす―――)
文句を言おうとセアが引っ張った月葉を睨みあげ―――けれど、見たことのない真剣な表情に言葉を飲み込む。
月葉はちらり、とセアを見て、
「僕に任せてください。―――糸口はつかめましたから。」
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