名無谷村
新章です。
新幹線の窓の外で景色が高速に流れていく。
その車両の中の一つに、月葉とセアがいた。セアは楽しそうに窓の外を眺め、月葉は黙々と油揚げ弁当を食べる……ふりをしながら、人には聞こえない音域で今から行く名無谷村について話していた。
【名無し谷村は谷と名前がついてはいますが、周りが山に囲まれた山村です。地図に名前は載っておらず、人は住んでいません。妖怪がかねてより暮す村で、その存在を知る者は妖怪と陰陽師だけです。道も通っておらず、町からも離れているために人間が迷い込むということもありませんし、電波もガスも通ってないので人間が住むには過酷な環境と言えるのではないでしょうか?】
【つまり……妖怪が作った妖怪たけの村、というわけ?】
【そうです。】
月葉は頷き、着物の袂から一枚の紙を取り出し、セアに渡す。
【これは、僕が殺害した陰陽師が最後にやろうとてできなかった仕事の全容を書いた紙です。】
【こんなもの、いつの間に?】
【ちょっと入ってきてもらってきました。】
月葉は何て事内容にそう言い、安倍家の護衛システムの杜撰さにため息をつき、
【まぁ、見てみてください。】
促す。セアは紙に視線を落とし、
「名無谷村……って!」
【落ち着いてください。その音域だと聞かれてしまいます。】
慌てて聞いたセアを月葉は冷静に諭す。セアは周囲の人たちに愛想笑いで謝罪し、座りなおして、
【これって……!】
【ええ。僕たちが今行っているところです。……僕が殺害した陰陽師の息子は父親を信じていました。父が成せなかった仕事があるとすれば……きっと、彼は自分がやろうとします。】
そう……。明は、明人の憧れだったのだ。
小さいころから、明人は明を追いかけていたのだ。
(それが間違っていると気付かぬままに……)
月葉は油揚げ弁当を完食し、ごみを片づけながら、宣言するように
【間違っているとは知りません。―――だから、僕が正します。】
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