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月を抱く闇。―妖狐と過去―  作者: 小鳥遊カノン
出会い―スタートライン―
1/39

終わりを待つ。

長編ものです。

お付き合いいただければ幸いです!

(――ああ。晴明(せいめい)様、申し訳ありません。)


その死に逝く人を見て、僕が思ったのは唯それだけ。

かつて自分を『式神』(手下)ではなく、一人の友として見てくれ、一つの頼みを遺していった、僕が今までの中で、本心からこの人に仕えたいと望んだ、たった一人の主。心から信じれたただ一人の人間の友人に向けた謝罪だった。


(私は、貴方様との約束を守れなくなってしまいました……。)


安倍家に式神として仕えた妖狐、月葉(つくは)は、大罪とされる『主殺し』を犯した。

2015年。安倍(あべの)晴明が死去してから、1010年が経過した冬のある日のことだった。


           ★


神社があった。

年季が入り、古びているがそれ故の貫録と威厳に満ちているそこは、数千年続く陰陽師の名門、安倍(あべ)家の所有物だ。

陰陽師とはこの世の陰と陽を取り持つ……妖怪と人との間を取り持つ職業だ。悪しきを罰し、弱きを守る存在と言っても間違いはない。その職業は安倍晴明が頭首を務めた際天皇から命じられ、それからずっと続けられてきたことだ。だから、その職業は何時も一族の誇りと共に語られる。

けれど、そんな伝統を重んじる安倍家の廊下を、一人の青年が静かな怒りを湛えた表情で走っていた。二十代前半の、短い黒髪に、やたら眉間にしわを寄せた目つきの悪い青年だ。彼は一つの襖の前で立ち止まり、作法など知ったこっちゃない、と言わんばかりに勢いよく襖をあけ放ち、

「父上が殺されたとは真かッ!」

怒鳴った。その鋭い声に、その部屋の中にいた下働きがびくっと反応し、怯えた視線を青年に向ける。青年は彼らを睨みつけるように部屋の奥に視線を写し、

明人(あきと)静かになさい。お父様の前よ?」

そう青年……明人を戒める母親(みや)と、その前に敷かれた布団に横たえられた父親の亡骸を見た。一瞬寝ているだけ、という可能性も考えたが、横たわる父親の頬の青白さは、確実に生者のものではなかった。

(まさか……父上が……!)

明人は表情を青くし、慌てて居住まいを正して宮の横に座る。部屋はさほど広くはない上に、家族間の私的な会話を下働きには聞かれたくなかった。明人はすぐに母親にかけようとした言葉を飲み込んで、数人いた下働きに出ていくよう命じる。一礼の後に退室した彼らを見て、明人は時間を置いたことで落ち着いたテンションで、まっすぐ背筋をただし正座する母に問う。

「母上。父上は任務で命を落とされたのですか……?」

それは、質問の形をした望みだ。寿命を全うせず命を落とすことは神に与えられた物を捨てる行為だが、任務でならば

(それは、陰陽師として誇れる死のひとつですから。父上ならば、例えなくなっていたとしても任務は全うしていると思いますし。)

けれど、宮の表情は冴えない。無表情は普段と変わらないが、その下にある理由が周囲をおのれの感情で左右しないではなく、自分でも制御できない感情をふさぎ込むために感じられた。

「……はは、うえ……?」

明人は見たことのない母親の様子に戸惑い、そう語りかける。それに返ってきたのは普段と違う、全く覇気のない弱弱しい声だ。

「明……さん、は。」

普段三二代目頭首の妻として在った母親の姿からは想像もつかない、何の強さも持たない一人の女性の声だ。下働きがいた時は無理をしていたのであろう。隠し切れず、零れだした感情が宮を安倍家頭首の妻から一人の女性に変えてしまっていた。

「『式神』に……月葉に、殺されました。」

式神に殺された。

「それは……」

その一文が淡白に頭の中を駆け巡り、明人は時間をかけその内容を理解し、

「『主殺し』ではないですかッ!」

たまらず叫んだ。宮はそれを否定するでもなく、小さく頷く。宮は冗談を言うような人間ではなく、そもそも今は冗談を言っていい状況ではない。

だから、認めたくないその情報は、きっと真実で。

(まさか……。)

明人は呆然と父親の亡骸を見下ろし、思う。

陰陽師は陰の気を強くし世界のバランスを乱す妖怪を罰し、強者に迫害されるものを守る存在だが、時に妖怪と契約を結び、任務を手伝ってもらうことがある。契約を交わした妖怪は『式神』と呼ばれ、『式神』を人が殺すことは『番殺し(つがいごろし)』、『式神』が主を殺すことは『主殺し』と呼ばれ、ともに犯してはならない大罪と呼ばれている。

もちろん、種族の違い、考え方の違いから大罪にされていても発生件数は決して少なくない。けれど、

(月兄ぃが……。)

月葉は安倍晴明と契約を交わした妖狐だ。『鏡月』とも呼ばれるほどの力を持った彼が何故人と契約したかは知られていないが、明人にとっては、月葉は幼いころは遊び相手として、成長してからは陰陽道を学ぶ際のアシストを担当してもらった兄のような存在だ。その信頼は並みのものではなく、だから、こそ。

(何で……)

信じられなかった。……否。

信じたくなかった。

月葉は明にとってかけがえのない存在で、失いたくない存在で……

「明。今日からあなたが頭首です。」

元頭首の妻として、新頭首の母として、宮が精一杯の意地を張ってなるべく普段どうりをつくろって言う。

「だから、月葉の処分はあなたが定めなさい。」

「畏まりました。」

(だからこそ。)

失いたくない。ずっと居てほしいからこそ、

(道を誤り、罰せばならないのなら、私が……。)

そう思う。


          ★


そこは、どう煽てても『コンクリートに塗り固められた部屋』としか言いようのない部屋だった。雨漏りがないのは美点かもしれないが、床は冷たく、冷気はぬくもることなくそこに停滞する。

その中心に丸まる一つの金色の影があった。

狐……妖狐だ。

丸まっているため分かりずらいが尾が九本に分かれた九尾だ。うっすらと開かれた瞳は鋭く、琥珀色をしていた。瞳も、毛並みの色も……全てが計算の上で作られたような、美しい狐だった。

名は月葉。『主殺し』をいう大罪を犯した安倍家の元『式神』だ。

(明人はやはり、三三代目を継ぎましたか……。)

何もないコンクリートの空間を見つめ、月葉は思う。己が安倍晴明と契約を交わし、安倍家の『式神』として生きた今までの人生と、今まで子供だと、一人では何もできないと思っていた明人の凛々しい姿を。

(もう、数千年になるんですね……)

短かった、と思う。

妖狐の寿命は千では足りない。寿命とはそのものの力の大きさを示し、『鏡月』と呼ばれる月葉の寿命はおそらく万を超す。生きたい時間が寿命。そういってもおそらく間違いはない。

けれど、月葉の寿命はここで尽きる。大罪を犯したものとして、罰される。

(僕は晴明様の下に参れるでしょうか……。)

否。行ってはいけないだろう。理由があったとしても、月葉は『主殺し』を犯した咎人だ。そんな大罪を犯した自分と、天寿を全うした安倍晴明が同じ場所に言ってはいけはいけないと思う。

思い残すことはない。殺されても間違いない事を自分はした。腐っても『鏡月』と呼ばれ、妖狐の中で最強の地位にいたものとして、そんな情けないことはしたくない。

けれど、未練があるか、と問われれば。

(晴明様が残された約束を果たせぬことが、それにあたるのでしょうか……)

それはいつ尽きるかわからぬ約束だ。期限があいまいで……そして、内容もあいまいだ。

けれど、大切な人の遺言でもあったから、守りたいと思った。守り抜きたいと願った。

けれどそれは果たせない。

友の願いは、頼んだ者の死という形で叶わず終わってしまう。

けれど、月葉は様々な後悔を内心に押し込めるように瞼を下ろし、

「……。」

己の終わりを待つ。

お付き合いいただきありがとうございました。

感想等書き込んでいただけると幸いです。


2012年3月19日、月葉の内心の口調修正しました。

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